第4話 この世界と、私の世界のつながり

 実を言ってしまえば、お店の外に出たのはこれが初めてではない。ただ、三人で外に出たのはこれが初めてである。ノアさんがトーニに、一人で外に出ると危ないからと外出許可を下さなかったからだ。


「うっわぁっ‼︎ 凄い凄い、僕お外大好き〜‼︎」


 一歩一歩進む度に、嬉しそうな声をあげるトーニ。相変わらず感情を表現するのが上手いので、そのあたりを幸せそうにぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。


「ってうわ、眩しい」


 お店の森を少し進んだ小高い丘にある開けた場所に出た。すると、先ほどまでは木々で遮られていた太陽の光が直接目に飛び込んできたのだ。それと同時に世界の眩しさが、私の視界いっぱいに広がった。


 そうだ、外の景色はあまりにも眩しかった。それは明るさの話だけではない。まるで意思を持っているかのように、風に乗って踊る新緑達。雲の隙間から漏れ出た太陽の光を浴びて、宝石のように輝いている。


 その景色は綺麗だった。そうだ、綺麗すぎたのだ。緑も、光も、空も、雲も、何もかもが美しい。だって、それは私の世界との繋がりだったから。この世界に来てから初めて感じた、懐かしいもの。


「——ねぇリン、聞いてる?」


「って……っあ‼︎ ごめんごめん、何?」


 そんな懐かしさから強制的に意識を取り戻させたのは、一筋の声だった。私と世界との繋がりが、急速に断たれていく。今立っているところは、もう知らない場所に戻っていた。


「ぼーっとしてるねぇ。あの君が、ぬいぐるみ君がいなくなったことに気が付かずに突っ立っているだけだなんて……」


 はっと辺りを見回すと、そこにトーニの姿がない。


「嘘でしょっ⁉︎ トーニどこに行ったの!?」


 驚き慌てる私に、嬉々として欲しくなかった情報を追加するノアさん。


「ああ、これから暴風雨になるはずなのにねぇ。君はどうするんだい?」


 そうだ、ノアさんの能力は未来予知……つまり、雨が降ることだなんて最初からわかっていたはずだ。


「暴風雨って……ノアさん、なんで知っててなんで外に出ようだなんて言ったのっ⁉︎ どうしよう、今すぐトーニを探しに行かなきゃだよ‼︎」


「探しに行かなくて大丈夫だよ〜、なんとかなるさぁ」


「なんとかなるって、ノアさんはトーニのことが嫌いなのっ⁉︎ 見捨てていいわけないじゃん、だって……」


 大切な友達。そう言葉にしようとした瞬間、自分の目から涙が溢れそうになっていることに気がついた。過ごした時間は確かに短い。それでもトーニを見捨てるのは、絶対に嫌である。そんなことを考えてしまっただけで、胸に穴が開いてしまいそうだ。


 トーニは、慣れない場所で出会った数少ない友達なんだ。縁もゆかりもないこの場所で、できた……


 そんな私の様子を見ても、ノアさんは一切慌てることはなかった。ただ歌劇のワンシーンみたいな、不自然なほどに自然な動きで一枚のタオルを差し出した。


「ああほら、泣かない泣かない。僕は別に嫌いじゃあないよ、見捨てるつもりもない……ねぇ、君は忘れてしまったのかい? 僕の能力が、未来予知だってこと」


 タオルで左目を抑えた私に言い聞かせるように、ノアさんは優しく言った。その瞬間、ぽつり、またぽつりと雨が空から降り注ぎ始める。全てを見透かしたようなその目を、私は絶対に好きになれないと思った

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