白椿を押し花に
青いバック
貴方はどこまでも友人
私は女の人が好き。別に男の人が嫌いっていうわけじゃなくて例えるとするなら、ライクとラブの差ってやつだと思う。男の人がライクで女の人がラブ。女性にラブを送るのはおかしいという人達が世間にはごまんといる。貴方が女性を好きになるように、私もただ女性を好きになっているだけなのに。愛する性別が変わっただけなのに、何をそんなに拒絶しているのか、私には分からない。
普通と思っていることが普通だと認めてもらえなくて、異常だと後ろ指を指されて海の中に飛び込んだみたいに苦しくて、認めて、と口に出しても泡を吹くだけでなんの意味もない。
だから、私もこれを異常だと思うようにした。表に出さないで心の裏に閉じ込めて、誰が好き?と聞かれたらクラスの人気者って答えてそれとなく場を凌いできた。でも、本当に好きな人はクラスの人気者なんかじゃなくて私の世界に一等星としてずっと輝いてる、幼馴染で身長が小さくて、小動物みたいにチコチコと歩いて、対して口も大きくないのにご飯を一杯に頬張ってリスみたいに頬っぺを膨らます、女の子の
椿は昔から天真爛漫で誰からも好かれる性格でいつも人に囲まれて、自分では気付いてないけど誰彼構わずに視線を奪って惹かせて、私も惹かれた一人で、抱いていた感情も最初のうちはライクの方だった。誰にも態度を変えない裏表のない性格に惹かれて、その次は些細なことも見逃さない気配り上手なところに惹かれて、そうやっていい所を一つとまた一つと発見していくうちに抱えていく気持ちはラブになっていた。
最初のうちは自分の気持ちに蓋をして気付かないふりを必死にしていたけど、会う度に会う度に膨れ上がっていく好きの感情はとめどなく溢れて、椿の顔を見るのが精一杯になってしまった。
椿の顔は端麗で道を歩けば全人類が思わずふりかえってしまうほど美人で、声は川のせせらぎのように心地が良くていつまでも聞いていられる。こうやって椿の顔とか声を観察するようになったのは、気持ちが溢れかえった中学二年生の頃からで、我ながら気持ちの悪いことをしているなと思っていた。いくら好きな人だからといって、まじまじと人を観察するのは気持ち悪い行為であるのは間違いないけど、してしまうのだから仕方が無いと言い聞かせて、それを容認している都合のいい悪魔が私の中には存在している。
毎朝、椿が私の家に迎えに来てくれる。家の扉を開ける前に手鏡で軽く前髪を整えてから、その日の一番いいコンディションにしておはようと言って今日も学校へ二人で登校する。中学二年生から始まったこの日課は、高校二年生になった今でも続いていた。通っている学校は中高一貫校だったから、私と椿が離れる可能性はなくて嬉しかった。
「ねね、
「体育だよ。椿、運動嫌いだからドンマイだね」
「うへえ、体育か」
隣を歩いてくれる人が今日も同じで心からほっとする。いつか、終わりが来てしまうかもしれないという不安は常に苦い思いと一緒に心の隅にあって、終わらないで欲しいと毎日願っている。
「今日の体育は一組と二組の男女合同のマラソンだったはずだよ」
「マラソンかあ……わたしマラソン嫌いなんだよね」
「知ってる。いつも最下位だもんね」
「星乃は上から一番だもんね。羨ましいよ」
羨ましいと口を尖らせながら不満を言う椿の顔はそれでも可愛かった。羨ましいと言われるけど、誰にも負けないその可愛さは異常で本当に羨ましく思ってるよ、私も。無愛想で、能面みたいでみんなから怖がられて正反対だから私もそんな風になりたい。
マラソンで一番をとっても、特典がある訳でもなくて二人で刻んできた年数の方がよっぽど特別で、椿の一番になれた方が余程価値がある。
「数学の宿題やるの忘れちゃった、星乃助けて〜」
「また?もう、ほらノート。授業始まるでに終わらせなよ」
「ありがとう、星野様、神様、仏様」
学校に着くと椿は宿題をやり忘れたと私に泣きついてくる。ノートは貸さずに宿題は自分でやるべきだと、厳しくするべきなのに子犬のように愛らしい顔で泣きついていくるから、私は負けて甘やかしてノートを貸してしまう。でも、この笑顔を見たらどうでも良くなってしまうからついつい貸してしまう、こうして頼られるのも満更でもない。
一限目の体育のために体操服に着替えていたら、椿がこっちに寄ってきた。
「星乃、私ね今回は最下位取らないようにする。目指せ、下から二位だよ。今度こそ最下位脱出だ!」
「随分と低い目標だね」
「あっ、酷い!私にとって、下から二位だとしても取るの大変なんだからね」
「ごめん、ごめん。拗ねないで」
大それた目標を胸をはって言うから、おかしくて馬鹿にするとハリセンボンのようにほっぺを膨らませる。頭を撫でてあげると、猫のように嬉しそうにして、本当は人間では無いのかもしれないと有り得ないことを考えてしまって、一挙手一投足の全てに可愛さが詰まっている。
体操服に着替え終わって校庭に行くと、やけに張り切って準備体操をする男子で溢れていた。外は少しだけ肌寒くて身震いをする。
「みんなやる気だね、私はこれぽっちも動きたくないというのに」
「下から二位取るんでしょ?頑張らなくちゃ」
「少しだけ馬鹿にしてるでしょ?」
「なんのことか分からないや」
本心を見抜かれてはぐらかすけど、椿の瞳は私をしっかりと捉えていてこのはぐらかしは無意味のようだった。
程なくすると先生がやって来て、全員でマラソン前の準備体操を始める。
「はい、じゃあ二人一組のペア作ってー。男子は男子、女子は女子でね〜」
「あ、じゃあ椿……」
椿とペアを組もうと思って駆け寄ろうとしたけど、私の瞳に映ったのは違う人に駆け寄って楽しそうに喋っている椿の姿だった。チクリと小さい針が刺さったような痛みが胸に走る。
『あっ、私じゃないんだ……』
心の底から滲み出た薄汚い声。誰と組もうと自由なのにそれを制限しようとする醜い声。私は、その声を振り払うように頭を振って必死に考えないようにしようと、他の人に声をかけてペアを作った。
「うっし、じゃあ準備体操も一通り終わったしマラソンするぞ〜。コースは学校の周りを三週、終わった奴は校庭で休憩な」
「私、頑張るからね!」
「あ、うん。頑張って」
キラキラと眩しい笑顔を見せてくれるのに、私の心は薄汚い声に蝕まれて素っ気ない返事を返してしまって惨めに思えて、じんわりと目が熱くなった。熱さを冷ますように腕を振って、足を動かして、何も考えなくていいようにがむしゃらに突っ走る。今はただこの風が心地よかった。
三週が終わって校庭に座り込んでいると、ヘコヘコとおばあちゃんのような足取りで最後の周回を迎えた椿の姿が見えた。後ろにはもう一人女子生徒がいて、その人に抜かされなければ目標の二位達成が果たされることに気付いて、私は声を上げて頑張れと応援をする。
そして、抜かされることがなく椿はゴールを切った。念願の最下位からの脱出だ。
「わ、私二位取れたよ……」
「頑張ったね」
息を切らしながら、今にも途絶えてしまいそうな声で悲願の達成を喜び、額には汗という名の頑張った勲章が輝いていた。
ちなみに張り切っていた男子は、私が一位をまた取ったことによって意気消沈しており、最初のやる気が嘘のようで空の彼方へ吹っ飛んでしまったようだ。
「うへえ〜、つかれたー」
「お疲れ様、ほら汗ふきシート」
鞄から汗ふきシートを取りだして、体育終わりで汗がびっしょりの椿に渡す。冷感系の汗ふきシートは暖まった体を芯からひんやりとさせてくれる。汗臭さも取れて一石二鳥というやつだ。
体操服を丁寧に折り畳んで袋にしまって、体育の余韻の眠気が襲いながらも午前の授業は進んでいった。
「お昼だ〜!お腹すいたー!」
「ハイハイ、お弁当食べようね」
「待った、星乃。今日はあそこへ行こう」
椿が真剣な顔付きであそこへ行こうと言う。あそこ、というのはB棟の五階の階段の事である。電灯が無いから薄らとしていて埃を少しだけ被って、幽霊が出ると根も葉もない噂をされている場所、それがB棟の五階だった。
ここへ行こうと言う時は真面目な話がある時だけ、という決まりを二人の間で作っていて、これが出たということはそういう話があるという暗黙の了解があった。私はうなづいて二人でB棟の五階の階段へ行く。
「それでどうしたの?」
「星乃にね言おうか、言わないかずっと迷ってたんだ」
着くや否や、私はどうしたのかと切り出す。口を開いた椿は天真爛漫さを押し殺したような真面目なトーンで喋り始めて嫌な予感がした。
いつもとは明らかに違う様子で重大そうなことを打ち明ける雰囲気が満ち溢れて、生唾を飲み込む。
「な、何を?」
全身を駆け巡る嫌な予感のせいでどもる言葉。語尾も少しだけ震えている。
「笑わない?おかしいって思わない?」
「思わないよ、椿のことをそんなふうに思うはずがない。大丈夫だよ、安心して」
「だよね。じゃあ、言うね。私、女の人が好きなんだ」
カミングアウトされた事実、それは奇しくも私と同じだった。私が異常だと押し殺して無くした事実、女性が好きだという事実。後ろ指を指された境遇は好きな人も一緒だったんだと、私はそれが嬉しくて、もしかしたらという願いもあったけど、束の間の嬉しさはすぐに壊れることになる。
「でね、私付き合ってる人がいるんだ」
「えっ……?」
椿の口から言われた耳を塞ぎたい言葉。心臓がドクンドクンとさっきまでは遅かったのにやけに早くなって動揺していることを教えようとしてくるけど、そんなの私が一番よくわかっているに決まっている。
嫌な予感は当たってしまって、整っていた呼吸は次第に荒くなっていって、目の前がチカチカとして、世界が急に反転したような気分になる。
「体育の時間、ペア組んでた人。ちょっと前から付き合ってるんだ」
「あ、え、そ、そうなんだ」
上手く言葉が紡げない。いつものように喋れない。どうやって喋っていたかも分からない。何も分からない、分かりたくない。頭が見たくない現実をシャットアウトするために考える力を放棄する。
「……いい人なんだ」
頬を椛に染めて緩めた表情は私が見た事のない一面だった。
「あ、ごめん。ちょっとお腹痛いや、トイレ行ってくるね」
適当な言い訳を並べこの場から逃げる。後ろから心配する椿の声が聞こえたけど、今はそんなのも聞こえない。ただ、あの場から逃げてしまいたかった。
五階にあるトイレの個室に駆け込んで、私は誰にもバレないようにと声を押し殺して抑えていた涙をバケツをひっくり返した雨のように流した。
告げれた真実、嬉しかった真実、認めたくない真実、一同にやってきて頭の中は混乱していた。でも、認めれていることもあった。椿、いや貴方が好きになった人なんだから良い人なんだということは分かっていた。
自分そっちのけで人を優先して誰よりも優しい貴方が好きになった人なら、本当にいい人なんだと分かるから、少しでもほんの少しでも悪い奴ならやめなよと言えたのに。こんなことを醜いことを思ってしまう私だから貴方の横に立てなかったのかな。
「……勝ち目ないのかな」
ボソッと吐き出した言葉は空気に溶けていって涙は止まらずに溢れていた。これ以上トイレにいると貴方が心配してきてしまうから、無理矢理涙を止めるけど、目は赤く腫れて泣いていたことがバレバレだった。
わざとらしく目をゴシゴシとかいて、あたかもそれが原因で赤くなりましたみたいな顔をして貴方の前に私は帰る。
「……あ、星乃大丈夫?保健室行く?」
「ううん、大丈夫だよ。元気になったから心配しないで」
嘘で塗り固められた言葉を吐いて心配させまいと気丈に振る舞う。心は今にでも震えだして膝をついてしまいそうだけど隠し通すの、この気持ちは隠し遠くして付き合っている人に貴方の横を譲るんだ。私にとって、貴方はどこまでも友人なのだから。
「でも、目も赤いし」
「あぁ、これ?なんか急に目が痒くなってさ、ゴシゴシ強くかいたらこうなっちゃってさ、泣いたみたいで困ったよ。本当は泣いてなんかいないのにね」
「そうなの?」
「うん、本当に大丈夫だから気にしないで。それよりさ、聞かせてよ。貴方の好きな人の話」
本当は聞きたくない、例え一ミリであっても私の心には入ってきてほしくない。けれど、聞かないと貴方は安心してくれないだろうし、ずっと心配してしまう。そんな優しさを持っているから私は貴方に惚れたんだよ。
あぁ、どうか、どうか幸せになってね。私の愛おしい人。
白椿を押し花に 青いバック @aoibakku
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