第32話


「はぁ〜……思わぬ収穫があって万々歳だった。けど最後にまた嫌な土産ができた」

「大丈夫ですか?」

「お待たせフラジール。じゃあその、アルフレッドのところに連れてってもらってもいいかな」

「わかりました」


 用事を思い出したと、ブラームスに言ったことはあながち嘘ではない。

 僕にはこれからまだ、やらなければならないことがある。


「フラジール」

「はい」

「ごめん……」

「えっと……?」


 フラジールがキョトンとこちらに振り向く。


「ミリアの説得に付き合わせて嫌な思いをさせたこと。だけど、僕が一番謝りたいと強く思っているのは、昨日のダンジョンでの僕の行動や言動について」

「私は気にしてませんよ!ダンジョンのこと。それに先ほどミリア様とのお話に私の名前を供として出してくれたこと、ありがとうございました……嬉しかったです」


 こんな流れで彼女に謝る様なことは、ずるかったかもしれない。

 しかし僕は今しかないと思った。

 アルフレッドに謝る前にだ。


「主人であるアルフレッド様があのようなことになってしまい、危うく面目が潰れてしまうところでした。しかし、リアムさんがミリア様に打診してくれたおかげで私の供が許され、首の皮一枚繋がりました」

「そんな、とんでもない」

「ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」


 凛と伸びた背筋のまま微笑むフラジールと、握手を交わす。

 彼女は実に、弁えている。

 友人として、もし助けを求められたら、僕は躊躇しないだろう。


 窓から日の差し込むお城の廊下で、大きな声で腹を抱えて笑ったりはしない。

 胸の中いっぱいに広がる幸せな感情が僕たちを包み込み、緩んだ口元に綻ぶ相好が産む咲(わら)いが、不安を一つ、また攫ってくれた。


「それではリアムさん。アルフレッド様をよろしくお願いします」

「行ってくるよ」


 フラジールに見守られながら、アルフレッドが待つ応接室の扉を叩く。


「いいぞ」


 許可を聞いて、入室する。


「アルフレッド」

「ああ、リアムか……僕もお前に話があったんだ。座ってくれ」


 対面のソファに、勧められるままに腰を落ち着ける。


「あのさ、怪我は大丈夫だった?」

「ああ、お前が魔法で防御してくれたおかげでなんとかなった」


 ミリアの私室の前で起こったことを話題に話を詰めていくも、話は弾まない。

 アルフレッドの声色は、実に静やかだ。


「なあ、僕は誰かの役に立てる様なれるのだろうか」

「どうして?」

「僕は……世話になっている公爵様の願いすらも全く遂行することはできなかった。これで、将来は誰かを支えるために育てられているとは、無能もいいところだ」


 彼は城の近くの屋敷を借りて、ブラームスの庇護下の元、現在スクールに通っている。

 領地を持つ貴族の次男として、アルフレッドの将来は、彼の兄を中心に決められていくこととなる。

 領地運営に精を出すことになるのか、政略結婚か、あるいは、万が一の場合の兄のスペアとして、だが、僕から見たアルフレッドは、実に多才で、有能な男だ。

 魔法も、知力も、礼儀も、同年代の誰よりも優れた才を育んでいると思っている。


「ミリア様のことは、しょうがないよ。あれはかなり難しい問題だったし、僕も運で得た情報がなければ説得は難しかった」

「公爵様も学長先生も手を投げた案件だ。しかしだからこそ、僕に役を任せられた時は嬉しかったし、同じような立場で、同じような夢を追いかける新しい友人が一人増えるかもしれないと思った……結局は空回りだった」

「誰とでも友達になれるわけではないよ」

「そうだな。意気込みだけが先走っては碌に会話もできず、追い出されて無様に助けてもらう始末。お前がここにいるということは、既にミリア様の説得も成功させたのだろう?」


 そう言われると、僕は何も言えない。


「昨日のダンジョンで起きたことだってそうだ。エリシアが暴走した時に僕は後ろで見ていただけ。それにゴブリンの2陣目が来た時、アイツに続いて戦闘に参加したのは、僕だった」


 ますます、なんと声をかけて良いものかわからない。


「僕は息巻いていただけだ。お前に重荷を背負わせ、引き止めることもできなかった……すまなかったな」


 彼はこうべを垂れると、黙り込んでしまった。


 自分が謝る前に、こうして謝られるとは思ってもみなかった。


「ごめん」

「なぜ……リアムが謝る?

「それは僕があまりにも自分勝手だったから。相談することもなく気持ちを爆発させてみんなの前でエリシアを非難してしまった。怒鳴って、喚いて、傷つけてしまった」


  率直に、とてもシンプルに僕は僕が悔いていることを彼に伝えた。


「エリシアをオークから取り返す時のことを言えば、あの時逃げろって言ったウォルターの言葉に反発して下がらなかったのは僕だし、2陣目のゴブリンたちが来た時だって、あんな呆気なくゴブリンたちが倒れた後だとそういう気持ちになるのもわかるよ」


 エリシアが1陣目のゴブリンライダー3匹を一瞬で倒してしまったのを見て、僕の危機感も緩んでいた。

 あの時のロガリエメンバーで無難に動けたのはメンターの2人とフラジールだけかな。 

 僕はフラジールに魔力消費の大きいミストをお願いしてしまったし、ショックボルトでエリシアを傷つけてしまった。


「僕たちにとって初めての挑戦だったんだ。完璧な成功なんてありえない、ましてや失敗しないなんて万が一にも……さっきはミリアの手前あんなことを言っちゃったけど理由はどうであれ……みんなより小さかった僕に話しかけてきてくれて、アルフレッドと仲良くなれた時に僕はとても嬉しかった。もちろん、最初に話しかけてきてくれた時のアレは、失敗だったと思うけどね」

「……ハハッ」


 入学式のあの日、「おいチビがいるぞ」という独特な呼びかけからの奇妙な出会い。それを思い出して僕とアルフレッドは少し笑ってしまう。


「アルフレッドに謝られたのはこれで何回目だろう。この2年、一緒にいた時間がたくさんある。そして、今回は僕も君に謝らなければいけない……これも、何回目だろうね」

「お前は魔法を暴発させるたびに謝ってたからな」

「数え切れないよ……勝手なことを言って、逃げて、友人として相談することもせずに感情を爆発させた」


 スクールで初めて僕にできた友達だった。


 嬉しかった。

 こそばゆかった。

 ……そして、楽しかった。


「本当に、ごめんなさい」

「僕の方こそ、申し訳なかった」


 僕とアルフレッドは固く握手を交わし、和解した。


「まあなんだ。僕たちはこうして無事和解したわけだが、あいつのところにはもう行ったのか?」

「それがまだで」

「エリシアさん、あの後かなり落ち込んでいて、だからできれば早く行ってあげてください」


 フラジールの淹れてくれた紅茶を手に、香りを鼻の奥まで吸い込みながら、背中を丸くする。

 肩身が狭いが、逃げたくはない。

 紅い水面(みなも)に、エリシアの落ち込んでいた姿が浮かぶようだ。


「けど、エリシアに連絡を取る手段がない。できれば家を訪問してでも早く解決したい」

「あいつの身内も貴族だからな。家は貴族街にあるし突然の訪問はあまり好ましくないということか。だが、まぁ、思い切って訪問してみたらどうだ?」

「そうですね。エリシアさんのお家なら、私が知ってます」

「ありがとう、二人とも……エリシアは、僕が突然訪ねて、怒ったりはしないかな……」

「お前はなんのために公爵様の庇護下に入った」

「突然お家の門を叩いても、エリシアさんは怒ったりしません……アルフレッド様、私がリアムさんをエリシアさんのお家の門までお送りしてもよろしいですか?」

「まぁ待て。僕も一緒に着いていく。門の前までだがな、家の者に取り次ぐくらいはしてやるさ」

「二人とも、ありがとう。お願いするよ」

「では、早速出かけよう。でなければ夕食時に訪問することになる。それはまずい」

「行きがけにアルフレッド様の屋敷の前も通りますから、軽くそこで身なりを整えましょう」

「それがいい。ついでにうちの場所も覚えて今度遊びにこい。いつでもいいぞ?」


 話が決まってから、どんどん予定が組み立てられていく。

 頼もしい友人たちだ。

 ……カップの紅茶を、一気に飲み干した。




──ブラッドフォード邸への道中──


「お前という奴は……」

「せっかくお似合いでしたのに」

「よくよく考えてみると平民なんだし、こっちの身なりの方がいいよ」


 揺られる馬車の中で、追従笑いが顔に貼り付く。


 エリシアの家に向かう道すがらアルフレッドの家を訪問した。

 公爵様に借りている借家らしいがやはりアルフレッドの屋敷も大きく、立派なものだった。

 僕はそこでアルフレッドのお下がりという服を何着か着せられ、そのうちの一つを選んで訪問しろと言われたのだが、衣装はどれも貴族らしい布をふんだんに使った服や、装飾の凝ったものばかりで、鏡で姿を見たとき僕は身の程というものを知った。

 まさに衣装に着られているという表現が似つかわしく、完全に浮いて見えたからだ。


「手土産のお菓子を融通してもらっただけで、僕は十分感謝してるよ」

「しかしお前はやるといってるのに結局ポイントと交換してしまうし、もっと友を頼っても良いのだぞ?」

「でも値段は割引いてくれたじゃない。僕はそれだけで十分だよ」


 このお菓子の値段は大体銀貨1枚分。

 その辺のコンビニで買えるぐらいの普通の焼き菓子だが、嗜好品に分類される菓子類が高いのはしょうがない。

 僕はこのお菓子を5000dptという半額の値段で、アルフレッドから買い取った。

 ポイント交換はカード同士をかざすだけ。

 うん、実に便利だ。


「ついたようだな」

「はい」


 馬車が停止した。


「こんにちは。私はブラッドフォード家に仕える執事のバットと申します。本日のご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「私はアルフレッド・ヴァン・スプリングフィールド。今日は訳あって我が友人、リアムの付き添いで来た。そちらのエリシア・ブラッドフォード嬢に面会したい。取り次いでくれ」

「畏まりました。主人に確認をさせていただきますため、少々お待ちください」


 名乗りが堂奥に入っている。


「僕ができるのはここまでだ。あとはしっかりやってくるのだぞ」

「ありがとう。恩に着る」


 友人が舞台を整えてくれたのだ。

 意気込みも一入になる。


「主人の許可が取れましたので、どうぞ中へお入りください」


 すると、屋敷の中から出てきた門番が、許可が取れたことを伝えに戻る。


「お邪魔します」

「リアムさん、今度また、みんなでお茶でもしましょう」

「それはいいな、早速招待状を作ろう」

「急かしすぎだよ二人とも……それじゃあ、またね」

「ああ、またな」

「頑張ってください」


 2人の大切な友人に見送られながら、バットに案内されていざ、ブラッドフォード邸へ。

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