第30話
「ほら、ついた」
結論……逃げられませんでした。
スッゲェ嫌な予感がする。
御者を変わったルキウスに付き合わされ、貴族街を走っている間御者台に座っていたが、段々と近づいてくるその建物を見て覚悟を決め……決めるに決めかねていたら、着いちゃった。
「お疲れ様ですエンゲルス様。それでは、身分証の提示をお願いします」
城の門番がルキウスに身分証を求める。
「ルキウス・エンゲルス様、ダリウス・ドッツ様、リアム様の身分証と招待状を確認しました。どうぞ中へお入りください」
門番の敬礼に見送られて、入場する。
「着いちまったか……チッ」
門をくぐり、馬車から降ろされたダリウスが縄に縛られながら、目の前にそびえる建物を眺めて舌打ちする。
「ルキウス。どうやら私が頼んでいた件、見事遂行してくれたようだ」
「はぁ……うるさい奴がきた」
素面でここまでストレートに悪態をつくダリウスも珍しい。
「パトリック様、ご機嫌いかがですかな?」
「気分転換に庭を散歩していたら、執務を滞らせる馬鹿者の顔がチラついてすこぶる悪い。いや、これからそのサボリ魔をしごいてストレス発散できると思うとそうでもない……この子がお前の秘蔵っ子かな?」
「いえ、私の、というよりお父様の秘蔵っ子と申した方が正しいかと。どこか気になられますところでも?」
「それはそれで、穏やかではないよ。母が父を半殺しにするところまで見える」
「違いない」
「さて、軽妙な話はこのくらいにして、君、名前は?」
「……リアムです」
「リアム。私はパトリック。こいつらは畏まってか呼ばないが、気軽にリックでいい。それにしても確かアルフレッドが話していた友人の名も同じだった。アルフレッドとは顔見知りかな?」
「もし、アルフレッド・ヴァン・スプリングフィールドのことでしたら、彼は僕の友人です、パトリック様」
「そうだったんだね。まあ、父とルキウスが認めるということは、若いのにさぞ見所があるのだろうね。私とも仲良くしてくれると嬉しいよ。これからもよろしく」
「よろしくお願いします。パトリック様」
パトリックは、快く僕を歓迎してくれた。
「いくぞ、ダリウス」
「へいへい、わかりましたよ……パッキー」
「僕をその愛称で呼ぶな!」
「忙しい人ですね」
「彼の本名はパトリック・テラ・ノーフォーク。次の領主様だからね」
ルキウスが敬称で呼ぶのだから、大体の検討はついていた。
「さあさあ、私たちも行こうか」
背中を押すルキウスに連れられ、いざ、公爵城へ。
──公爵城の廊下──
メイドさんに案内され、立派な扉の前で身なりを整える。
「失礼しまーす」
ルキウスが、待った無しのノータイムで扉を開く。
「どうもどうも、連れてきましたよ」
「ご苦労」
「すみません学長先生。急用を思い出したので僕はこれで……」
「おっと、やはりここまで縛ってた方が良かったかな?」
そこから逃げ出そうとすると、ルキウスに襟首を掴まれた。
「こういう時、待合の応接室なんかに通されてホスト側の都合つくまで待つものではないですか? 急すぎて僕の心の準備、できてませんよ」
僕が学長室を訪ねたのは、偶然だ。
そう都合よく、この人の体が空いていたとは思えない。
「あれ?よく知ってるね。でも今回は特別。公爵様にとってもなる早で解決したい問題がだから、都合を無理やりつけてもらったんだ」
こんなにあっさり御目通りできるとは夢にも思っていなかった。
今はエリシア、アルフレッド、フラジールとの関係修復の課題もあるし、さらに面倒ごとが舞い込んでくるのはごめんだ。
「もうここまできたんだ。後で会う方が色々と面倒くさいと思うけど?」
「わかりました」
僕はルキウスの言葉に観念する。
「失礼します」
室内に一歩足を踏み入れると、大きないくつかの窓、ふんだんに布が使われた贅沢なカーテン、絨毯の壁と床の調和、装飾に負けずに存在感を醸し出す机に座る公爵様が出迎える。
「お初にお目にかかります。ブラームス・テラ・ノーフォーク様」
「執務の片手間であるため、このまま話すことを許してくれ」
「滅相もない。此度は私のような若輩者をご招待いただき恐悦にございます。前々から一度、私のスクール入学の折に便箋を図っていただいたこと、そして、ローブのお礼をお伝えしたいと思っておりました。今日はこの場をお借りして、お礼を述べさせてください。ありがとうございました」
「是非もない。其方はそれだけ優秀だった。私がそうするしかないと確信してしたことだ。今日は招待に応じてくれた其方に、私の方からも礼を述べよう」
「滅相もございません」
「……ということだ。まあ椅子はないが、楽にしてくれ」
「はい」
楽にしてくれと言われて、全身の力を緩めるが、背筋に気をつけながら目線を合わせる。
「それにしても、あの時の子供が随分と大きくなったな」
「成長期ですから」
「そうか……そうだな」
入学式代表挨拶を担ったのは、もう2年前の話だ。
「こうして言葉を交わすのも初めてだ。君も色々と私に聞きたいことがあるかもしれない」
「ご迷惑でなければ」
「ほほう、やはりか。どれ、聞いてやるから言ってみろ」
手を止めて、関心をこちらに傾けてくれた。
ブラームスも少し時間をくれるらしい。
「それでは失礼して。公爵様には先ほども申し上げた通り、私めのような一介の平民に、多大なる恩情をかけていただき大変感謝しております。ですがそれゆえに分からないのです。会ったことも話したこともない私になぜ、そこまでご寛大な処置をいただけたのか。おそらく私が公爵様のお目にかかれたのは入学式のこと、恩情をかけていただいた後のことだと存じますので」
これは、もし機会があれば是非に公爵様に尋ねたいと思っていたっことだ。
いくら試験でいい成績を出したからといって、一介の平民にローブまで送ってくれた。
「そのことか。私はてっきり今日呼び出した件の詳細についてだと思ったが。つまり君は、私がなんの保証も情報もなしに、見ず知らずの平民に余計な力を与えるような愚行をしでかした愚か者であると? そう言いたいのだな?」
「い、いえ!違います!そんな遠回しな表現や気持ちは一切なく、純粋な好奇心による質問で、それで……えっとそれで……」
「まあそう怯えるな。いや、すまない。許してくれ。最近色々と問題を抱えている。息抜きする口実が欲しかった時に舞い込んできたこの機会、これは拾わないと損だと思った。それに、年相応なところもあるようで、安心した」
「ハッハッハ、ダメだ。お腹痛い」
隣でルキウスが腹を抱えて笑いを堪えている。
この大人たちは、まだいたいけな齢の子供をいじめて楽しいのか?
はっはっは、僕もお腹痛い。
「今日は私が抱えている案件の中でも最重要、一番の難題を君に任せたくて呼び出したというのに、全くもってすまなかった」
おい……勘弁してくれ。
「今日は君に出した手紙の件、了承してくれたから来てくれたのではなかったのか?」
「手紙?」
「おいルキウス。手紙はどうした? まさか話もしていないのか?」
「はい。なにせ私にとってはもはや手に負えない事態。ここでリアム君に断られると困りますので、彼には一切の事情を伝えずに連れてきました」
また、僕を陥れて楽しむ気かも。
「そうか。そういうことか。なぜお前はそう、腹黒いのか」
「いえいえ、公爵様には負けますよ?」
いいや、この二人はどっちもどっち、五十歩百歩だ。
「本題に入る前にリアム。まずは君の疑問に答えるとしよう」
改めて、話を本筋に戻すブラームス。
「……実はな。私は君の特別措置を許可する前に、一度君に接触している」
「どういうことでしょう」
「あれは君がスクールで入学試験を受けた次の日のことだ。街を歩いていた君は、老人にぶつからなかったかな?」
「すみません。姉さんと外に出かけたのは覚えているのですが」
「覚えてないか……その日、私は老人に変装し、君と接触していたんだよ」
……あの日のことは、カリナとのことで頭がいっぱいだ。
「人の印象は第一印象で決まると言ってもいい。そして私はその時、君にとても良い印象を抱いた。直感的にな」
穏やかな表情で、第一印象について語られる。
「なぜ、わざわざ?」
「私は君が入学試験を受けた日、慌ててやってきたルキウスに事情を聞き、驚愕した。なぜなら私の掲げる領地経営理念には、人材の育成とその教育の確立があるからだ」
ブラームスは、自身のマニフェストの一つに教育環境の向上を謳っている。
「兄が王権を継いだ後、私は私を迎えてくれたこの地の民を幸せにしたかった。しかし、この地にはオブジェクトダンジョンがあり、国内に作物を輸出していくほどに農作も盛ん、大した政策をとることもなく経済が回ってしまう」
この街の生活は悪くない。
治安もそれほど悪くないし、コンテストのような娯楽もある。
僕はまだ利用したことはないが、ダンジョンの交換所では、主に植物、あるいは、農作物といった、この街の名産がどこからともなく生成されて交換できるそうだ。
「私は私に何ができるのかを必死に考えた。そもそもダンジョンに行けば誰でも稼げてしまうこの街で需要のあるものは何か」
ダンジョンに行けばモンスターの素材も取れるし、後に尾を引く大きな怪我を負うリスクもない。
「ある時、私は一つ気づかされた。ここには既に、私が何か新しいものを生み出さなくても苗を植え、育て、収穫する領民たちが更に新しいものを生み出していることにだ。私が生み出すことで貢献できることは限りなくないのだと。であれば、私にできることは一つ。自分に足りないものを、自分で補う力を身につける手助けをしようと。誰でも行使できる力で自分の権利を守り、家族を守る術を一つでも増やしてもらおうと」
感慨深そうに、ブラームスは語る。
ノーフォークの領主になった日のことでも、思い出しているのだろう。
「たどり着いたのは教育への投資だ。人と繋がる力、自分を守る力、自分を強くする力、それを身につけることができる一番の近道は成長に紐付けることである。既にあるものの質をより良く仕上げていくこと、そのプロセスを半永久的に回していくことが大事だ」
「素晴らしい考えだと思います。私も、歯車の一つになれて光栄です」
「お前は口が上手い。……私は王都とのコネを使い、この国最高峰の王立学院からこのルキウスを始めとする何人かの優秀な教師を研究環境を準備することと引き換えに雇った。そして狙い通り領民の識字率や算術の普及率はグンと上がり、更にはダンジョンでより効率的に狩をする方法、魔法を行使する術、生活を豊かにする手段も増えた」
「他の領地のスクールなんかに僕は立場上視察に行ったりするけど、そこで教えているのは簡単な初級魔法と算術、文字の読み書きくらいだ。他の領地やスクール経営を否定するわけではないけど、ウチのスクールは国でも王立学院に継いでトップクラスだよ」
「土壌を整え、最初の種に肥料も与えた。あとはこの種が強い根を張り、実をつけることを願うだけだ。後は皆がまた種をまき、整地してくれる」
教えられ、糧となった知識はまた、次の世代に伝えることができる。
あとはそれが長く続くことを祈るだけだ。
遠い未来に僕たちのクワは届かないから。
「だから、君と接触を図ったのは新進気鋭の大きな才能を確かめるべく動いた結果であり、決して城下を散策する口実を作るためなんかではないので、あしからず」
ダハー……最後にこれじゃあ色々台無し。
「はっはっは! やはりこう未来ある若人と話をするのは楽しいものだ……いや全く」
「まだ公爵様もそういう歳ではないでしょうに」
ブラームスの推定年齢は大体30代中盤。
この世界の人種の平均寿命は魔法があるせいか、前世の日本より少し若いくらいの感覚だ。
「ということでリアム。そんな早くも花開き、実をつけてもおかしくない段階まで踏み込んでいる君に、折り入ってお願いがあるのだよ」
いったい、どんなことを頼まれるのだろうか。
これから先の教育のため、僕の知能を調査したいのか、だが、僕の能力は前世に依存するものあるから、もしこの世界の人間が全て前世の記憶を持っていない限り、無駄になる。
「私が今回君を招待した理由、それは……」
……断ろう。
「君に、我が娘の家庭教師を頼みたい」
アウストラリア王国の王弟にして公爵、ブラームス・テラ・ノーフォーク。
そんな彼の口から飛び出した願いはなんと呆気なく、予想だにしていなかった願いであった。
「ごめんなさい。お断りします」
御免被る。
僕に責任が生じるなら、もっと面倒臭い。
「まぁ、待ちなさい。結論を急ぐな」
「僕は、責任を持てる年齢ではありません」
「わかっている。私の娘はな、年齢こそ君より上だが、同学年の少女だ」
そういえば、入学式の時にそんなことを言っていたと記憶している。
「しかし娘はスクールには向かわせずに、専門の家庭教師をつけて座学をさせていた。私は認めないが……私は認めんが!!……なにせ公爵である私の娘。将来はどこかの貴族の元へ嫁ぎ、領地経営を補佐したりと一般のスクールで学ぶこととは大きく外れた役割を担うことになるだろう」
「ミリア様は行く行くは高等部に上がられる際には王都の王立学院に進学されることが決まっている。その前準備のため僕たちも臨時の家庭教師として度々召喚されていたんだけど、ただ最近ちょっと問題が起きてしまってね」
落胆して、はぁ〜、と二人がため息をつく。
「最近、行商から今王都で話題になりつつある楽器を買い与えたのだが、娘がそれをいたく気に入ってしまってな。元々その分野に興味あった娘はどんどんのめりこんでしまい」
「ついには引きこもり、勉学を拒否して日々それに没頭するようになってしまった」
二人して頭を抱えて顔を青くする。
「辞めさせるのは最早困難。かと言って王都でも王城や少数の貴族にしか献上されていないような珍しい品で、講師を雇うのも、見つけるのも難しい。おかげで毎日新しい発見があり、自制も効かないらしい。何より、私は嫌われたくない!」
威張って宣言されても……嫌われたくなくても、時には子供の外れた道を修正してあげるのは親の務めだと説きたい。
「そんなに熱中するなんて……」
「約百年前に世界に太平をもたらした、かの勇者が設計したものだからか……」
喉元まででかかった言葉を飲み込み、話を続けた。
「勇者……」
ブラームスの言葉が、僕のアンテナを刺激する。
勇者。
この世界にいたという類稀なる力を持った者。
「君も歴史の授業、というかダンジョン学をとっていたはずだから、勇者ベルについては知ってるだろう?」
世界のバランスは主に4種の種族によって構成されている。
それは神、人、魔物、そして竜であった。
この世には2対の神が存在し、それぞれ善神と悪神と呼ばれた。
神たちは宇宙を生み出し、世界と生物を創ると、最初に生んだ精霊を自分達の代理者として、その後は深い眠りへ就く。
世界の次に創られた人は、共に創られた魔物と戦うための力として、神と精霊の祝福によって、魔法を手に入れた。
唯一、神に創られていない竜は、神をも食らう存在として恐れられ食物連鎖の頂点に立ち、何者にも咎められることのない唯我独尊を貫く自然の高等生物とされる。
ある日、一匹の竜が世界樹のある世界へと迷い込み、神の揺り籠、善の神が眠るとされる世界樹に害をなし始めた。
世界樹の番人の精霊の王たち、精霊王はその竜と対抗して戦った。
だが、戦況は劣勢。
世界樹を襲った竜は、当時の竜たち全てを束ねる存在、竜王だったのだ。
精霊王とその配下達は苦戦を強いられ、徐々に竜王の巨大な力に押されていった。
戦火の日、遂に眠っていた善神は眠りから目覚め、そして憂いた。
世界そのものの神は手ずから世界を救えない。
何かのきっかけがなければ、干渉すらできない。
だから善の神は人に使命を与え再び眠りについた。
自身を崇め、願いを乞う人に。
世界に勇者が現れた。
勇者はその類いまれぬ才気と能力で人々を魅了し、当時争っていた魔族と条約を結び閉戦、平和をもたらした後に、魔王とその配下と共に聖戦へ合流、やがて一騎打ちにもつれた竜王に咎を刻み、次元の狭間に閉じ込め見事勝利した。
「そしてそれが約百年前の話、勇者は竜王を悠久の檻に閉じ込めたが、同時に姿を消してしまった。勇者が姿を消した理由は、一緒に次元の狭間に竜王を道連れにしたとも、善の神に誘われ、世界樹で共に眠っているとも言われています」
ダンジョン学の初講義で、フランから教わった内容を思い出していく。
「熾烈を極めた竜王と勇者一行の戦いは世界に様々な穴を開けてしまい、使命を果たした勇者一行の願いを聞き遂げた善の神がその穴を修復、その副産物に今のオブジェクトダンジョンが作り出されたという説があります。そしてその勇者の名は ──」
勇者の名前は──。
「ベル」
「ああそうだ。その勇者ベルが設計したものが、ここ最近になってようやく形になり完成したというわけだ」
「今回の作戦は、その勇者ベルの一行が竜王を倒した後、戦いの勝利を祝い、世界樹の麓で開かれた宴の声に善の神が誘われ再び目を覚ましたと伝わる逸話を基にした」
どこかで聞いたような話だ。
「同学年の君が勉学や、外の話をすることで注意をそちらに惹きつける。それが本作戦、"花の宴・天(あま)の揺り籠"だ」
天に揺られるように気持ちの良い揺り籠から、神様が起きてしまうほど楽しい宴を指してつけられた逸話の名。
娘一人の興味を惹くのに、大層 × 馬鹿らしい作戦である。
「もし、君が参加してくれるのなら、スクールでの縦断的な待遇を用意しよう。ルキウスが用意する試験に合格すれば、残りの期間を自由に授業選択して過ごしてくれて構わない。ただ、空いた時間を少し、こちらに割いて欲しい。給料も出す。互いにメリットがある。今のところ目立つデメリットもない。ならばこそ気兼ねなく互いが互いを利用できる関係にあろう」
一介の平民が公爵にここまで言わせる。
ある意味で不届きなような気がするが。
「わかりました。とりあえず、会ってみるだけ会ってみて、様子をみさせてください」
この先のことを考えると、これは受けておいたほうがいい。
カードが多ければ多いほど良しと昨日学んだばかりだ。
「そうか! では早速……」
早々に、机の上にあったベルが鳴らされる。
ベルは一振りされると輪唱するように部屋の中を響き渡り、デクレッシェンドしながら音を消していった。
あのベル、魔道具の一種のようである。
「あ、あの、詳しい打ち合わせとかは!」
「それなら、君より先に作戦に参加している先輩がいるから、心配するな」
そんな無茶苦茶な……先輩って誰だ。
ケイト先生、とかではないだろうな。
「失礼します。お呼びでしょうか」
「ご苦労。このリアム君を娘のところに案内してやってくれ」
「畏まりました」
執務室へ呼ばれたメイドさんに連れられ、僕はその場を後にしたわけだ。
「どうでした、彼?」
「どういう育ち方をしたら、あんな風になる。似ても似つかない」
「アイナさんの影響でしょうかね」
「親が子供の発育に影響を与えるのはそうだが、親が賢ければ子が賢く育つのであれば、ミリアはリアムよりも賢く育っている……私が、どうしてノーフォークを選んだのか、君に話したことはあったかな」
「詳しくは……」
「類推してみてくれ」
「……あなたのこれまでの演説等を整理すると、ノーフォークはオブジェクトダンジョンを抱えている。それに、1次産業が盛んです。あなたの政策も相まって人口も増加傾向にある。そして、あなたのお兄様はこの国の王。であれば、国を支えて、お兄様を支えるためだと類推いたします」
「……つまらない解答だ。いつからそんなに保守的になった」
「兄のことを話すときの、私のお決まりの答弁ですよ。こんな性格だからこそ、尊敬してる。それで、答えをいただけるのでしょうか」
「ああ。お前の言う通りだ」
「……私は、お支えしますよ。この職を任せてくださったあなたにも、紹介してくれたパトリックにも感謝しています」
……ブラームスは、答えを求めている。
──ミリアの私室の前──
「リアム様、到着いたしました。こちらがミリア様の私室にございます」
「ありがとうございます。……あの、ノックしても?」
「はい。それで大丈夫でございます」
扉の前に、一歩間隔を空けて立ち、ひとつ深呼吸する。
胸に一度手を当てて、意気込んだ。
「よしッ!いく──ッ!?」
突然、扉が開いた。
後ろへ飛んで後退する。
「あ、あぶなッ!」
今度は、開いた扉の向こう側から物が飛んできた。
回避するため、横に飛びのく。
「いてぇ……」
目の前に転がる飛んできた物の中から、うめき声が聞こえる。
「一体何が……アルフレッド!?」
「んあ? リアムか? … …どうしてお前がここに」
シーツに覆われていたのは、昨日喧嘩別れをしてしまった友人のアルフレッド・ヴァン・スプリングフィールドであった。
「大丈夫ですか!?アルフレッドさ……リアムさん!」
「どうして二人がここに……」
「それはこっちのセリフだ」
追って部屋から出てきたフラジールが、立ち尽くしていた僕をみて足を止める。
「でていけー!」
「アルフレッド様危ない!」
「ウィンドウォール!」
一呼吸置く間も無く、誰かの大声が聞こえた。
フラジールがアルフレッドの前に立ち、何かから守ろうとする。
背中を向けては危ないと、僕はすかさず両手を構え、魔力を集中して風の壁を作った。
「なんでこんなものが……イスが飛んで来るんだ?」
飛んできたものに目を見張る。
部屋の中から飛んできたのは、立派な装飾の施された椅子だった。
間一髪、なんとか間に合った魔法は椅子を跳ね返すことなく風の壁内に閉じ込めてしまい、荒れ狂う風の中軋みをあげさせて次々と傷ついていく。
「や、やばい!」
急に飛んでいかないように、且つ、素早く魔法を解除していく。
うまく調整された風で、ゆっくりと床に下ろす。
この椅子、いくらだろう……絶望だ。
「助かった、リアム」
「ありがとうございました。リアムさん」
「何があったの?」
ひとまず、椅子のことは保留しよう。
「僕たちは公爵様の要請でミリア様の──」
「私の邪魔をするなぁー! お前達なんて嫌いだ!」
息を乱し怒る少女の声に遮られた。
さっき部屋から聞こえてきた声だ。
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