第29話


──翌朝──


「父さん母さん。今日の夜、話があるんだけどいい?」

「私は大丈夫。ウィルは予定、大丈夫?」

「ん?いいぞ?」

「ありがとう。それじゃあ今日は僕、用事あるから先に行くね」


 早めに朝食を終え、身支度を済ませて外出する。


「いってきます」

「いってらっしゃーい」

「気をぅつけろよー!」


 アイナは玄関まで、その隣でウィルが口にパンを頬張りながらも手を振って見送ってくれる。


「昨日は返事がなくて心配したけど、大丈夫だったみたいね」

「ああ、今日はリアムのお願いもあることだし、早く帰ってくるよ。それじゃあ俺もぼちぼちいってくるわ」 」

「いってらっしゃい」


 そんな平穏な1日が、今日も始まる。



──森の木陰の薬屋──


「おはよーございまーす」


 ゆっくりと扉を開く。


「あッ! いらっしゃいリアム!」


 レジに座るレイアが、満面の笑みで招いてくれた。


「なにッ!リハムだと!」


 奥の方から馴染みのある声が聞こえた。

 それから、バタバタと床板を慌ただしく鳴らす。


「リアムッ!」

「リアム……」


 慌ただしく出てきたのは、少し寝癖の残るラナと、木製の柄に毛のついた歯ブラシを咥えていたウォルターだった。


「おはよう、ラナ、ウォルター」

「おう……」

「おはよう、リアム」

「二人と話がしたい。いいかな」

「ああ……」


 店の奥の部屋を借りて、ウォルターとラナと対面する。


「昨日はごめんなさい」

「いや、なんでお前が謝るんだよ!」


 ウォルターが椅子から飛び上がった。

 

「なはは……ウォルター、先を越されちゃったね」

「……まさか先を越されるとは」


 頭をかいて、ボヤく姿はそっくりだった。

 こうして二人を見比べると、やはり兄妹だと思わせられる。


「あー……そのなんだ。謝るのは俺の方だ! すまなかったリアム!」

「私もごめんなさい、リアム」


 ウォルターとラナは、頭を下げたまま言葉を続ける。


「俺はお前たちのロガリエの先導役として、先輩として、お前たちを守ることができなかった。お前たちに先導者を頼まれて、俺はどこか浮き足立っていた。まるで自分がもうベテランになった様で嬉しくて、思慮深さに欠けていたかもしれない」


 机の上に置かれたティーカップには、ウォルターの悔恨の表情が映っていた。


「だから実践指向のサポートなんて軽い考えをして、お前たちを傷つける結果になった。俺はどんな思惑があろうと、万全の状態を整えるべきだったんだ。危ないときに皆を守れると、過信していた」

「いいや、それは違うよ。僕の感じた限り、ウォルターも、そしてラナも。側にいてくれるだけでとても頼もしくて、慎重に僕たちを気遣ってくれていたと思う。あれ以上は過保護だよ 」


 ウォルターは、僕が話し始めると、顔を上げて真っ直ぐとこちらを見据えていた。


「それにまた一度、二人とはダンジョンに潜りたいって思う。二人が良ければだけど……いつか僕が二人に追いつくから、その時は一緒にまた冒険してください」


 深呼吸し、逸る気持ちを落ち着けて、僕が言わなければならない言葉で、本心から漏れている言葉を伝えることができた。

 すかさず、両手を前へ差し出す。


「ああ、もちろんだ!」

「いつでも誘ってね!」


  二人は直ぐに手をとり、期待に応えてくれる。


「あの〜……」


 お店側の方から、恐る恐るこちらに呼びかけが掛かる。


「盛り上がってるところ申し訳ないんだけど、お兄ちゃんはともかく、お姉ちゃんは今日、スクールで研修でしょ?そろそろ出ないと間に合わないんじゃない?」


 僕とウォルターは、黙ってラナの方に視線をやる。


「……いや〜、一回くらいサボっても問題な」

「お姉ちゃん!」


 目を泳がせ、理由にすらならない言い訳をするラナに、レイアの鋭い叱咤が炸裂する。


「まったくもー。一緒に行こうって誘ったのはお姉ちゃんでしょ? 私だって学校の温室で植物たちの世話があるんだからしっかりしてよ!」


 プンスカと頬を膨らませながら、腰に手を当てまるで母親の様に姉を咎める末っ子。 

 こういう姉妹関係を見ていると時々、どちらがお姉さんなのかわからなくなってしまう。


「ごめんごめん。もうそんなに時間が経ってたんだね」

「リアムは悪くないよ……」

「だったらさ、僕もスクールに用事があるから、一緒に行かない?」

「ホントッ!? なら一緒に行こう!」


 スクールは今、夏休み。

 最近は普通の登校日であっても時間を持て余しているが、朝の日課として、毎日ポーション作りの練習をしてからレイアたちと一緒に登校するのが平時の流れとなっている。

 昨日、クソッタレな事実が発覚したために、僕も今日は学校に顔を出さなければならない。


「なんかリアム……変わった?」

「そう?なんか変?」

 

 他愛無い会話で、通学路での時間を潰す。


「ううん。別に変じゃない。前のリアムも好きだけど、優しいところや 私はどっちも、す、好き、かな」

「ありがとう」

「うん」


 恥ずかしそうに頬を染めるレイアが、それを隠すべくそっぽをむく。


「わったしも〜」

「お姉ちゃん!」


 僕に抱きついたラナを引き剥がすも、予断を許さず逃げていく姉を追いかけて、姉妹は行ってしまった。

 どこかで、見た光景だ。


「じゃあ頑張って」

「うげ〜、いってきま〜す」

「それじゃあ私も温室に行ってくるね」

「うん、それじゃあね」


 学校に着き、それぞれの目的のために、校門で2人と別れる。



──学長室──


 コンコン──と、学長室の扉を叩く。


「はいはい〜、開いてるよ〜」

「失礼します」

「おお、リアムくん。ちょうどよかった。僕も君に話があったんだ」


 入室早々、こちらを見てグッドタイミングと喜ぶ学長に、既に警戒心を抱いている僕の野生の勘は、今、最高に高まっていると言っていい。


「まあまあ、とりあえず座ってよ。お菓子もあるから」

「ありがとうございます」

「で、今日はどうしたの?」

「ポイントの返還と、謝罪に来ました」

「へぇ……返還かぁ」

「無知であったとはいえ、自分のしでかしたことへの責任に対する意識が軽薄だったことを反省しています。約二年越しの謝罪となりますが、本当にすいませんでした」


 有耶無耶にする気はない。

 でないと、こちらが揚げ足を取られる。

 ……でも、申し訳ないとは思っている。


「いいっていいって、別に気にして無いから。確かにあの時外部から持ち込んだモンスターたちが蘇ることはなかったけど」


 やっぱりだ。

 改めて、事実を聞かされると、消沈する。


「それよりも君が森を吹っ飛ばした時にできた魔力だまりのおかげでね、もともとあったモンスターの生態系に変化が起きてそっちの方が断然面白いんだ〜」


 ……ん? なんだって?


「僕たちが人工的に作り出した環境の中でいかにモンスターたちの行動原理を観察し、導き出すかが当時の課題だったんだけど、魔力環境の変化によるモンスターたちの特異についてはまさに未知の領域。今は絶賛それを研究中で、昔なんかよりよっぽど新たな発見も多いよ」

「でも物理的に変えられたり失った地形や資源は、ダンジョンの復元力のおかげで一晩かけて元に戻ると習いました」

「そうなんだけどね。魔力だけは例外なんだよ」


 なぜそんなに嬉しそうに、ニヤニヤしながら話せるのか、理解不能、理解不能。


「それもまた、未知で研究対象の分野なんだけどね。今わかっているのは制御下にある、あるいは、あった魔力はダンジョンの復元力による対象から外れるということ、また何かしらを介して散った魔力は元の純粋な自然の魔力に戻るまで時間が必要であること。いわゆる制御下で固定された魔法は一定の塑性を持ち、それが解除されると魔法を構成していた魔力の塑性は失われ、復元力によってゆっくりと純粋な魔力に戻る。昔はそれを利用してボスのいるところに魔法罠を仕掛けて復活すると同時に捕獲・討伐していたんだけどおかげで独占が始まってね。ギルドがボス挑戦を制限・管理するようになったんだ。因みにその時限感知式の魔法罠の陣を作ったのが僕なんです。ねえ、凄いでしょ?」 


 余計な自慢を交えつつ、余計な情報も過分にあったが、魔法化に伴う塑性の情報はとても有用なものではないだろうか。


 もしかすると、僕が絵図を描く魔法手法が一つ、確立できるかもしれない。


 実は前から、魔法行使の手段と方法について構想をしていた。

 興味本位からの妄想から始まったのだが、いざと言う時に切れるカードを一枚でも増やしておきたいこともある。

 そして、今の情報によって、ぶつかっていた難しい課題を解決する展望が見えてきた。

 これは後で実験しないと……ほくそ笑まずにはいられない。


「君の放った魔法が、塑性を持った圧縮魔力を異常な威力によって拡散させたものだから、広がった範囲の度合いも広く大きな影響をもたらした。でも最近は残留する魔力だまりも徐々に弱まってきているし、なんらなもう一度吹っ飛ばしてくれても構わないよ?」

「遠慮します」

「ははは、まあそのことはまた頭の隅にでも置いて考えておいてよ」


 冗談がめしく、物騒なことを提案する。

 冗談だから忘れろと言わないあたり、なんだか怖い。

 とはいえ、許された気がして、小躍りしたい気分だ。


「ところで、君の要件はそれだけかな?」

「はい、そうです」

「じゃあ、このあとなんか用事があったりとかは?」

「特には」


 本当はこのあとエリシアとアルフレッドの家に赴き、昨日の謝罪やらをしようと思っていたが、バツが悪くて濁してしまった。


 それに三人の家は貴族街にあるから、許可証発行は数日かかりそうだ。

 こちらの話を聞いてもらった後だし、学長先生の話が終わった後、最後に軽く相談しよう。

 うん、そうしよう。


「だったら……」

 

 予定を確認したや否や、ルキウスは杖を取り出し一振りする。


「なにをッ!」


 突然、どこからともなく現れた縄で縛り上げられてしまった。


「まあまあ、落ち着いて。もしかすると君が逃げてしまうかもしれないし、何よりこうした方が面白い」


 生徒を縛り上げ面白いと言ってのけるルキウスは、やはり、分かりきったことではあるが、100本はくだらない頭のネジが狂ってる。


「それじゃあ、行こうか。先生♪」


 紅茶を飲み干し、ルキウスはソファーから立ち上がる。

 ニヤリと不敵な笑顔を見せるクソッタルキウスに、ただただじっと黙って睨みつけながら、不安な先行きを嘆いているしかできないなんて……情けない。


「そう怒らないでよ」

「普通の子供だったら……そうでなくでも叫んで助けを呼ぶシチュエーションですよ、これ」


 学長室で縛られて、裏門に待機していた馬車に乗せられて、ルキウスと二人馬車に揺られながら暇を潰していた。

 馬車にはカーテンがつけられていて、外の様子は見えない。


「で、どこに連れて行こうというんですか?」

「おや、冷めてるね」

「ここ二年で、あなたの性格もだいたい把握しましたから」

「フフッ」

「何か面白いことでもありましたか?」

「いや、9歳の子供が大人の悪ふざけに冷静に対応してるのが逆に面白くて、これはこれで」

「巫山戯すぎですよ?」


 面白いと笑うルキウスに、笑顔で応対しているのは、もちろん皮肉だ。 


「いいや、失礼。先に断っておくが、これから君に手伝って欲しいのは残念なことに大いに意義のあることなのだよ。無駄に面白くが僕のモットーなのにね」

「それは随分自分の趣向をお楽しみのようで。縛っておいて先にも何もないでしょう……はぁ」

「わかるかい?」

「カーテンをする必要があるんですか? 道のりを見られたらまずいとか?」

「カーテンは単純に縛り上げた君をのせているのがバレるとめんど臭いから。ついでに行き先については着いてのお楽しみだよ」


 結局、大した情報を得ることもできず、イライラする理由しかルキウスの口から聞くことができないと悟った。

 もうこの話題は諦めて切り上げることにし、素朴な疑問をぶつけてみることにした。


「それにしてもこの馬車、随分と揺れないんですね」

「おや、その年でそこに気づくとはやはり君はいいね」


 僕の余計な質問は、ルキウスの矜持に再び火をつけてしまったようだ。


「この馬車には緻密に調整した魔法陣が車輪に組み込んであるんだよ。と言っても仕組みは簡単。車輪に空間属性の座標感知を魔法陣に組み込んで、ある一定のスピード以上でZ軸が上下した時に、一緒に仕込んである闇魔法 ” レビテーション ”の魔法式部分に変数によって調整された魔力が送り込まれていて……」   


 長々と始まってしまった解説と自慢話。

 もう絶対に、質問しない。


「ルキウスー! 関所に着いたぞ!」

「この声は……」

「よっ!リアム!」


 停車した馬車の扉を開けたのは、ノーフォークギルド支部長のダリウスだった。


「ダリウスさん、何してんですか」

「んあ? なんかな、執務をしてたらルキウスの精霊がきて、『面白いことがあるから来い』って呼ばれて抜け出してきたら、こうして御者をさせられていたんだが……早速面白いものが見れたな」

「今夜、学長先生がお酒をご馳走いたします。記憶から消してください。できれば今すぐに」

「リアムくーん。まだ夜じゃないよ〜。というか、僕は奢らないからね」

「リアム……滑稽だなッ」

「笑ってるんだったらこれ、解いてくださいよ」

「まあそう慌てるな。おいルキウス、もう十分楽しんだだろ? そろそろリアムの縄を解いてやれよ」


 なんだかんだ言って、一通り楽しむと援護してくれるのだから、ダリウスはまだマシな方だと思う。

 今度、ダリウスのエールに、玉ねぎの辛い部分だけ絞っていーれよ。


「わかったよ……」


 親友の言葉に耳を傾け、ルキウスは杖を一振りして僕を縛っていた縄を解く。


「おい、こりゃあどういうこった?」

「ここから先にも着いてきてもらうよ」


 スルスルと操られる縄は、解けた端からダリウスに絡んでいった。 


「お前! 謀ったな!」

「はっはっは!こんなおざなりな罠にかかる君が悪い! 御者は君しかいないというのにどうして君がここで待機になるなんて思ったのか甚だ疑問だね!君は身分証明の必要はないから、そこにいたまえ!」


 ルキウスは縄で縛られたダリウスの背中を押し、彼を馬車の中へと押し込んだ。


「おいリアム!今度は俺を助けてくれ!」

「さあリアムくん。君は手続きが必要だから、こっちに来てね」


 一連のゴタゴタの中、助けを求めるダリウスの言葉を遮って、馬車から降ろされた。


「おっと」


 馬車から降りると、いつもと感覚の違う地面に膝から沈まないように、バランスをとる。


「実際に馬車は船のように揺れているわけだから、このフラつき同様、人によっては酔ってしまうことに変わりはないんだけどね。慣れるとこの感覚も楽しいものだよ」

「まてーッ! この薄情も」


 馬車の扉が閉まる。

 防音性も抜群である。


「ダリウスは、ここから先に行くのが嫌いなんだよ」

「ここは……もしかして、貴族街の入り口ですか?」

「えーっ、つまんない。来たことあるの?」

「いえ。来たことはないですが、街を出る門所に行ったことはありますから」


 昔、カリナと壁外に出て一緒にピクニックに行った時のことを思い出す。

 今、目の前にある検問所と門は、その時に通った東門の関所と似ていた。


「この街で関所があって、表裏両方に街があるのは貴族街に通じる南の検問所しかないですから」


 公都には大きな円状の壁に囲まれた一般区があり、その南側に小さな円状の壁で囲われた貴族街があるのだ。

 全体図は、空から見ると8のような形になっている筈だ。


「なぁ〜るほど。てっきり仲の良いアルフレッド君やエリシアちゃんに誘われてきたことがあるんだと思ったよ」


 面白くなさそうにいじけながら、ブー垂れるルキウスだが、エンゲルスの家名を持つ彼も、こう見えて、結構いい家の出ではあると思う。 

 この人が育った家に興味はないけど……興味を持ったら、研究試料とかにされそうで怖い。


「ダリウスは月に一度あるこの街の主要人物が集まって話し合いをする定例会議が大の苦手でね、副ギルド長を代理に立てては度々サボっているんだ。私は君に頼みたい一件とは別に、さるお方から会議サボリ魔を是非に連れてきてほしいと頼まれていたのだよ」


 ……はて、それでどうして、僕を同行させる理由があると言うのだろうか。

 はっ、まさか、生徒の悩みを打ち明けずとも見透かせるスーパー教育者なんだこの人。

 アルフレッド達に会いやすいよう取り計らってくれたんだな!


「海老で鯛を釣る、罠に嵌り足掻く友人の姿というのは一度で二度面白い。一石二鳥とはこのことだね」


 よっ、すごいぜ学長、憎いね傾奇者(ルキウス・エンゲルス)!……じゃあ、僕はここでさよならしますね。

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