第25話un roseau pensant


「よしっ!仕留めた!」

「やりました!」


 それから、アルフレッド、フラジールと順調に成果を上げた。


矢が立ったやった……殺(と)れた……」

 

 初矢(そや)。

 矢場から放たれ、矢口は祝いを詠んだ。 

 狩猟儀礼として、いただきますと感謝するのか。

 だが、どうなんだろう。

 ……やってみたらわかるだろう。

 この放任の姿勢が手を伝ってまだ温もりを放つこの子に対して、失礼とは思えない。

 僕は、この子の命には……無関心なのだろうか。


「ウォルター」

「ん?」

「どうして冒険者になったの」

「どうしてかー。ダンジョンってさ、すげぇんだよ。1匹狩れば、そいつの素材と、換金性のあるポイントが手に入る。それに、名声が本物だと証明される。目撃者がいる。未来もある……こんなの、挑戦しない方がもったいないと、俺は思ったんだ」


 卯が矢に立てられた余韻、僕は、この子の命を奪うことには喜びを感じているのだろう。


 ……釣りと一緒、とでも考えよう。

 ……狩猟と一緒、とでも考えよう。

 ……娯楽と一緒、とでも考えよう。


 ……虚しいのに、楽しい……なんだろう、お腹が空いてきた。


「なーんかラビットしかいないんだけど。ゴブリンは?」


 既にフォレストラビットを3羽、一刻の時をかけて仕留めているのだが、エリアB -1の目玉であるゴブリンに未だ遭遇することなく、一行は森を進んでいた。

 今回のロガリエメンバーで狩りができていないのはエリシアだけである。

 ロガリエということで緊張していた僕たちが、もしこれからゴブリンの一体とも遭遇できないのであれば、それはもう拍子抜けである。


「おかしいな、普通だったらもう遭遇しててもおかしくないんだが」


 ラナの不可解な呟きに追随し、ウォルターが首を傾ける。


「僕たちにとっては初めての事ばかりだし、変に危険よりはいいよ」


 黙り込んでしまいそうな雰囲気を断ち切るため、切り替えの言葉を挟む。

 魔力感知による索敵もあることだし、モンスターを発見したいのなら同じ場所に留まっているのはナンセンスだ。

 できるなら、全員が成果を得て綺麗にこのイベント・・・・を終えたい。


「そうだな、次を探そうか」


 ウォルターも成果を焦る気持ちを察したのか、探索を再開しようとする。

 考える足を止めることだけは、したくない筈だ。


「ん?何かこっちに近づいてくる」


 ラナからの待ったの声。

 何か感知したようだ。


 一同は接近する何かに臨戦態勢をとる。

 それから十と数秒、離れた茂みの中から一つの黒い影が飛び出す。


「兎ですね」

「小物だな」

「兎か」

「また兎」

「エリシア、いける?」

「大丈夫」


 今度はエリシアの番、と考えていた。

 しかし兎は茂みから姿を現しても、こちらに目もくれることなく素通りした。

 脱兎の如く駆け抜けていった。


「ちょい待ち!今、兎が来た方向から2……いや、その後ろからもよくわかんない魔力の揺れを感じる」

「ゴブリンの群れか?」

「わかんない。ちょっと数が多い。魔力が歪んでる」


 兎を追おうと振り向きかけていた僕たちをラナが更に制止し、こちらに迫る謎の魔力を感知したことを告げる。


「臨戦態勢維持!」


 臨戦態勢を解くなと、ウォルターが警告を発す。 


「あれは……人か?」


 確かに、ウォルターの呟き通り、兎が飛び出してきた茂みよりも高い位置に2つの人のような影を確認することができた。

 その影はどんどんこちらに近づいてきて、目視できてから、一つ間を置いてやはり人であることを再確認できる。


「なぁ、あんたたちさっきの兎を追って──」

「ハぁ、ハァ、ハッ……」


 ウォルターが2人に話しかけるも、足を止めず、応えることもなく息を乱しながら彼らはウサギが逃げた方へと走り去った。 

 

「あいつら、どうして兎相手にマジになってるんだ?」


 ウォルターの疑問は当然だろう。

 今、素通りしていった冒険者たちは年長者のウォルターと同じぐらいの年頃、体格も悪くなくとても初心者冒険者には見えなかった。

 B-1には強くても分布しているのはゴブリンライダーやゴブリンメイジぐらいで、他の鎧を着たホブゴブリンやキングゴブリンは集落内でしか活動しないはずだ。

 それに、あの人……あっ。


「ウォルター、逃げよう!今、通り過ぎていった人の一人、僕らがセーフポイントに着いた時に『やっとキングに挑戦か、エリアボスの足掛かりだ腕が鳴るな!!』ってイキッてた人にそっくりだった!」

「本当か?──ヤバイッ!全員今すぐ逃げるぞ!」


 小さくとも気づいた事、気になる事はなるべくパーティーのみんなと共有するのが望ましい。

 慣れてない内は、リスク回避的に行動したい。


「クソっ……なあラナ、さっき言ってたよくわからない魔力の揺れはどうなってるかわかるか?」 

「それがさ、あの人たちが過ぎてから前方と後方の2つに別れた。一つはさっきの人たちかな。後方のは、私たちよりスピードは少し遅いけどこっちに来てるよ、ウォルター」


 先導者(メンター)の退避指示から迅速に、走り抜けていった冒険者たちを追う。


「よしっ、できるだけ早くセーフポイントまで戻るぞ!」

「待ってくれ、セーフポイントまで戻るのか!?」

「そうだアルフレッド!さっき逃げて行ったあいつらきっと、キングゴブリンへ挑戦して途中で逃げてきたんだ!」

「つまり?」

「キングは縄張りからは出てこないが他のゴブリンたちは違う」

「そうか! キングゴブリンの討伐ができるのはゴブリンたちの集落だから、もし挑戦して逃げれば集落を守るゴブリンたち以外が全部追ってくるのか!」

「ああ、それも追いかけろ、というキングの統制付きで。あいつら、挑戦に失敗して装備を失うのが嫌だったかビビったのかは知らんが、とにかく途中で逃げてきた挙句に俺たちに追っ手のゴブリンたちをなすりつけたんだ!こっちにはリアムたちがいたのも確認しただろうにな!」

「待って! もしそれが本当ならチャンスじゃない!」


 エリシアの地面を蹴る力が軽くなる。

 合わせるように、一同も速度を落とした。


「エリシアちゃん?」

「だってゴブリンがわざわざ討たれにきてくれてるってことでしょ?それってチャンスじゃない!!」

「まずいよウォルター、距離が縮まってきてる!」

「だからその中にはライダーやもしくはメイジもいる可能性があって」

「そのくらい! だいたい最初からビビりすぎなんじゃない? それに私たちにも魔法はあるのよ?」


 足を止めたウォルターの早口の引き留めにも関わらず、エリシアは興奮して意気込む。

 学年で僕に次いで、好成績を修める彼女は聡い。

 未熟とはいえ、聞く耳を持たないとはらしくない。


「ダメだよエリシア! それでもまだ僕たちには複数体相手をするのは危なすぎる!先ずは一体ずつ相手できるようになってから」


 説得するため言葉を連ねた。

 精霊契約しかり魔石・魔法事件しかり、この世界の予測不可能な不確定要素は十分己の身を通じて知っている。


「グギャギャ!」


 説得の途中、リアムの言葉が何かの鳴き声によって遮られる。


「まじか……」


 ウォルターの手が、弓へと伸びる。

 その鳴き声が聞こえた方を見据え、ウォルターが苦渋の言葉を漏らす。


「グゥーッ!」


 使役モンスターに跨る3匹のゴブリンライダーたち。

 彼らは唸りを上げながらジッとこちらを睨みつけていた。


「追いつかれてしまったか。だが、数は多くはないな」

「ふえぇぇ……」


 僕たちを睨みつけるゴブリンライダーたちを見て疑問を口にするアルフレッドにたじろぐフラジール。


「ゴブリンは賢い。スピードの対比からライダーはいないと踏んでいたが、奴らがいつも以上に狡猾であることを失念していた」


 追い回して安心、もしくは疲れ切って立ち止まったところで奇襲しようとスピードを態と緩めて機を伺っていたんだろうか。


「数が少ないのは、集落で逃げた奴ら複数に別れて逃げたんじゃないかな……私の勘だけど」

「不幸中の幸いも僥倖ってこと」

「あ、いやそう言うことじゃなくて──!」


 ゴブリンの恐ろしさを諭されても、拾えるところばかりを、都合の良いように捉えていく。

 だが、エリシアの気持ちも、ちょっぴりわかる。

 ウォルターの無念の声にも、もちろん耳を傾けていたのだが、どうしても先ほどから気になるゴブリンの跨るモンスターに目をとられてしまう。


 だって、ゴブリンライダーの跨るモンスターがウサギじゃん、デカイ。

 フォレストラビットを一回りも二回りも大きくしたような大きなウサギ。


「たった三びき、しかもラビット種を使役する雑魚! これだったら私にも──ダストデビル!」


 種火を発破にかけた。

 エリシアは矢継ぎ早に、先手必勝と言わんばかりに魔法を詠唱する。


「 ──ッ!」


 エリシアの手元からびゅうびゅうと生み出される風に乗って、闇力子の礫が放たれる。


「ギャッ!ギャーッ!」


 ゴブリンたちを閉じ込めた闇力子を含む旋風の鎌鼬が彼らの体に傷を刻み、血をさらっていく。

 

「グ……ゲ……」


 程なくしてゴブリンたちは跨っていたラビットから巻き上げられ、地に体を打ちつける。

 ゴブリンたちが跨っていたラビットは、その大きさにみあい物理・魔法耐性も高かったのか、平気な顔して魔法を最後まで耐えた後にどこかへと消えていった。


「ほら、簡単!……はぁ……はぁ」


 息絶え、地に横たわるゴブリンを見て自信に胸を張る。

 息を乱しているのは、さっきまで走っていたからか……それとも、やはり体調が悪いのか。


「こいつのか弱い魔法でも息絶えるとはそこまで警戒する必要もなかったんじゃないか?」

「違う!そいつはあくまで奇襲兼足止め用の先行だ!だからこいつらの部隊の本体が後ろから迫ってくるはず!」


 横で成り行きを見守っていたアルフレッドも、拍子抜けな結果に今までの自分たちの過剰対応について一蹴するが、ウォルターは一層焦りを増す。


「グゲゲ!」


 倒れるライダーたちが来た方から、先ほどよりも多くの足音と鳴き声が聞こえてきた。 


「やばいッ!メイジがいる!!」


 遠目に見える緑色の群衆の中から、一匹、毛色の違うフードを被ったものが確認できる。


「そんなもの、また速攻でやっつけてやる!」

「今度は僕も参戦するぞ!」

「はわわわわ〜」


 威勢を張る者に 、戸惑う者。


「グギャギャギャ」


 遂に目の前まで迫ってきたゴブリン達も、これから始まる戦闘に息を巻く。


『多分普通のゴブリンが15くらいにメイジが1……かな』


 対峙するゴブリン達の数をとりあえずざっくりと数える。

 奥の方にはボロのフード付きのローブを着るゴブリンメイジが陣取った。


「ここまで来ると逃げるのは無理か……ラナ、もし撤退を余儀なくされるようなら、俺が殿をする」

「わかった」

「今回はメイジもいるし不用意に攻撃せず様子を見ながら持久戦にしたい。ラナは魔力が少ないから弓で援護を、そして俺たちは」

「そんなまどろっこしいことしてられないわよ!」


 撤退の余力を残すウォルターの作戦を無視し、興奮冷めやまないエリシアが横槍を入れる。


「僕も早く手柄を上げたい!」

 

 追随するアルフレッド。

 二人はすかさず前に出て、短杖を構える。


「ちょっと待て!中途半端なことをしたら!」


 直ぐ様二人を止めようと呼びかけるも──。


「ダストデビル!」

「グラベル!」


 ウォルターの必死の呼び止めも虚しく、二人は魔法鍵を唱えゴブリンの群れに魔法を打ち込む。


「グギャギャ!?」

「ギャ……ギャッ!」


 二人から放たれる中距離からの魔法にゴブリン達が包み込まれる。

 ゴブリン達は自分達が吹き飛ばされないように踏ん張るので精一杯だ。

 ゴブリンライダー達を倒したエリシアの魔法は、切り傷を作りはしたが、決め手は主に落下し地面に叩きつけられたことだった。

 それでも、今回の魔法はライダーを仕留めた先程ののエリシアの魔法に加え、アルフレッドが作り出した鋭利で小さな砂利も加わり、ゴブリン達の負うダメージがかなり増しているように見える。


「こうなったらリアム!フラジールちゃん! 俺たちも援護射撃をするぞ……ッ!」


 長期戦は諦めたのか、ウォルターも風へ乗せて矢を放ち始めた。


「はわわ……」


 突然の攻撃命令がフラジールの戸惑いを増させる。


「フラジール。よければエリシアの魔法にミストの魔法を乗せてくれない?」

「ッ! はい!」


 魔法指示に、フラジールの戸惑いは吹っ切れた。

 フラジールは僕の望み通り、エリシアの魔法にミストの魔法を加えていく。


「アイスパイル、施条(しじょう)、一斉射撃!」


 フラジールが魔法を放ったとこを確認し、空中に五つの魔法起点を作る。

 魔力で歪んだ空中には、楔状の氷を5つ、風の回転を帯びた後に解き放つ。

 

「ギ〜……」


 虚しく轟くゴブリン達の断末魔。

 体に傷を刻み、弓で射られ、氷の杭に貫かれ潰される。風で閉じ込められたゴブリン達は逃げ出すこともできず、吹き荒れるミスト、そして打ち込まれた氷の杭の相乗効果で確実に体力を奪われる。

 約40秒に渡って継続された魔法は、ゴブリン達の静寂とともに打ち止めとなる。


「もう無理です〜……」


 魔法を止めると、その場にフラジールは座り込んでしまう。

 ロガリエ組の中で一番魔力の少ないとはいえ、普段に比べると消耗が激しい。


「お疲れ様。よければこれ、後で飲んで」

「ありがとうございます」


 亜空間から一つ瓶を取り出し、彼女に手渡す。

 フラジールは瓶を受け取り、探索前に渡したポーションの入ったポーチの中にそれをしまった。


 彼女に手渡したのは魔力マナポーション、魔力を回復するためのポーションである。

 このポーションは他のポーションと違い制作過程でかなりの魔力を消費する。

 作り手が限られ、あと、かなり高い。

 だが、効果は絶大である。

 魔力も人によって特徴があるため、多少の減損はあるものの、心身のリラックス効果のある薬草を加え体内の淀みを減らし、純魔力に近づけた魔力を体液の浸透圧に近づけた塩多めの補水液に溶かしこむことで、ポーションを通し、魔力をそのまま飲んで、補充する。


「なんのことはなかったな! これならエリアCに挑戦しても余裕だったんじゃないか?」

「お前達……魔法強すぎだ」


 ダーッ!っと息を吐き背伸びするウォルターの顔は、心做しか呆れていた。

 8歳近くも年の差のあるアルフレッド達が広域の魔法を使い持続させていたことに驚いたのだろう。

 更に貴族のアルフレッドならいざ知らず、今回一番魔力を使ったのが一応平民に当たるエリシアだ。

 エリシアの自慢話から注釈を加えると、彼女の祖父は100年前にあったという勇者ベルと竜の聖戦において、勇者陣営で多大な功績を残し一代限りの名誉爵位を賜ったほどの実力者なのだとか。

 魔族の国の侯爵家ブラッドレイクの出身でもある、彼女はそんな祖父の血を引く、ブラッドフォードの家系なのだと、だから、公都でも一際有名なブラッドフォードの名前を初め僕が知らなかったから、とてもとてもとっても、驚いたらしい。

 一方で、ウォルターとラナは魔力の扱いは程々だが、魔法を行使するのは苦手らしいから、なおのこと、ため息には呆れが入り混じっていたように聞こえた。


「……」


 エリシアは、魔法の連続行使で疲れたのか下を向いて黙り込んでいる。

 もしくは、この匂いに当てられているのか。

 悲惨なゴブリン達の死体とそこから香る血の匂いが充満している。

 ゴブリンの血の色は赤ではなく青と緑の中間のような奇怪な色をしているのだが、不思議とその匂いは人間や動物の鉄と変わらない。


 ……僕も変な緊張感から解放された今、ゆっくり腰を落ち着け休憩したい気分だ。


「おっとリアム、まだ座らないでくれ。とりあえず、セーフポイントまで撤退しよう。まだ他の集団が徘徊していないとも限らない」

「は〜い」


 ……チクショウ、体が怠い。

 不測の事態も、怒りの向けどころがあると、腹が立つものだ。

 あの冒険者たちを氷漬けにした後、沸騰した湯で煮込んでやりたい。

 

「ウォルター! メイジがいない!」


 緩んだ空気を瞬時に緊張させる一言。

 ラナは先の戦闘に参加せず、魔力回復に努めていたために率先して確認作業に移っていた。


「── んなッ!」


 ウォルターは、ゴブリン達の死体を見渡し、メイジの証ともいえるローブを探す。


「おい、あんな地面の盛り上がり、最初からあったか?」


 アルフレッドが指さした先、ゴブリン達の倒れる奥の地面の一部が不自然に隆起していた。

 確かに、あんなものはなかったと記憶している。

 この辺はそもそも平地で、絶対にそれはなかった。


「グゲゲ……」


 盛り上がっていた土の一部分が崩れ、穴が開く。

 崩れた土山から、一匹のローブを着たゴブリンが眼を光らせる。

 不意をついたメイジが、半歩先を行く。

 

「メイジ!」


 ゴブリンメイジは、土魔法で自身を埋め囲い防護、防空壕のようにしてこちらの魔法から逃れていたようだ。


「ゲゲゲッ!」


 すかさず翳された手が、魔力を操り死体となった仲間のゴブリン達の上に空間の揺らぎを作り出す。


「下がれラナ!」


 元々この手のことに敏感で反応早いラナは、ウォルターの言葉を聞くとほぼ同時に素早く後退する。


「クソッ!」


 ラナがステップを踏むと、悪態と共にウォルターが素早く弓を引く。


「グゲッ!」

「なっ、もう一匹!」


 突如ゴブリンメイジの後ろから現れたゴブリンが、矢を身を呈して防いでしまった。

 もう一匹、ゴブリンメイジと共に土の中に隠れていたゴブリンがいたようだ。


「──ッ!」


 外してしまった矢に悔しさを滲ませる事を歯噛みし、再び新しい矢に手を伸ばす。

 

「土の中にもう一匹いたのか!」

「フラジール、今すぐ立って、さっきのポーション飲んで」

「は、はい!」


 ウォルターの矢が防がれ、瞬時にフラジールへ魔力回復の指示を出す。

 

「キャッ!──あっ」


 召され落ちた質量に、ゴブリン達の遺骸が踏み砕かれた。


 震動で少女の手の中から滾れ落ちた蓋を開けた瓶の中身が、土に吸われる。


 巨大な体積が生み出した蛍火を散らす悪風、血の鉄をフワッと巻き上げる煽風(あおちかぜ)が、前腕を鼻と口元へ運ぶ。


「逃げろ、お前ら」


 強敵との対峙を悟ったウォルターは、新しい矢に手を伸ばす事を止め、これから起こる出来事に備える。


「ブォーーーッ!」


 牙の巨人が、大きく鈍い咆哮を上げる。


「ラナ!皆を連れて先にセーフポイントまで行ってろ!」

「みんな、退くよ!」

「ウォルター、まだまだ魔力は残ってるよ」

「お前達は今日はロガリエ、わざわざ初挑戦で危険を冒してまで怖い思いをする必要はないさ。なぁに……オークは鈍足だし足して割れば1対1みたいなもんだ」


 目には決して諦めはなく、リヴァイブ送りになるまで足止めをする気もなさそうだ。


「それに俺は、ちょろまかして逃げるのは得意なんだ」


 ウォルターという自己は、崖っぷちでこんな風に不敵に笑うことができるのか。


「ねえウォルター。逃げる前に一発、魔法かまして行きたいんだけどいいかな?」

「わかった……やってみろ」


 殺傷性の高い火属性は森の中ということもあり使えないが、先ほどのように別属性の魔法なら大丈夫であろう。

 ここが森や洞窟でなければ僕もゴブリンと遭遇次第火魔法で一掃していたし、オークを召喚されることもなかった。

 しかし二年前、あの時は不可抗力だったとはいえ同じ轍を踏むわけにはいかない。


「ありがとう」


 チャンスをくれたウォルターに一言礼を言い、そして魔法の準備に取り掛かる。


「アイスランス、アースランス 、設置」


 先ほどは風中を飛ばすということもあり、太い杭に回転を加えて射出したが、今度はより鋭利に長く形作ることで貫通性を上げる。


「どこが一発だよ……」


 空中に形成される六つの槍の矛先を、頭に2、胸へ2、両足へ2ずつ集中する。


「血……血はどこ?」


 ……今のは。


「さっきまであんなにいっぱいあったのに……どうして……もうくすんでしまったの?」


 虚ろな目で、お菓子を無くした子供のように辺りをキョロキョロとし始める。


「血を、血を!──蒸れるような血の香りを!」


 聞き間違いでもない。

 八つ当たりするように、地面に向かって激しく叫んでいる。


「エリシア!?」


 突然の変わりように驚愕する。

 他のメンバーたちも信じられないものを見るように、固唾を飲んで彼女をみていた。

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