第23話


──二年後、リアム9歳──


「こんにちはリアムさん。今日も練習頑張ってください」

「ありがとうシーナさん。いってきます」


 スクールでの授業も順調に、僕は三年生となって今を楽しんでいる。


「あっ!そういえばもうすぐ夏休みなので、そろそろモンスターを倒しにいってみたりしようかな、なんて考えているんですが」

「そうですか。それは私も楽しみです」


 スクールの魔法演習でダンジョンに出入りするようになって早二年、未だにモンスターを狩ることはせず、魔法訓練に勤しんでいた。


「今日こそはお前の闇を晴らしてやる!」

「私の魔法の方が優秀だということをまた教えてあげる!」

「あの、私は生活用の魔法をまた教えてもらいたくて……」

「一緒に練習しようか」

「あ、私もやるー!」

「お、おい!」


 同級生であるアルフレッド、エリシア、そしてフラジールとダンジョンで魔法練習をする光景も見慣れたものだ。


 最近は……。


「なーんか面白いこと起きないかな〜」

「そーだなー。何処かの誰かがAクラスの魔物をひょいと倒して素材を持ってきてくれたりしねぇかなー」


 初めてダリウスと出会ってからというもの、時々、飲みやご飯に付き合わされ、更にはしばしばルキウスがヒョンと合流し、最近では横で「つまらないなー」とか「新たな刺激が欲しいー」と愚痴をこぼされている。


「だってー、お前ほどの実力があればそんくらい余裕だろー」

「全くもってその通りだぁ〜!我々に娯楽を〜!!」


 酒が入った彼らは手がつけられない。

 おじさん2人が子供に愚痴ってる様は周りの冒険者からどう見られているかというと「あの子、またギルド長たちに付き合わされてるわよ。可哀想に」とか「酒もなしにあの人たちの愚痴は聞きたくないな」と良くない醜聞が立っている。


「またこんなところに!学長!あなたも教師なのですから、リアム君を捕まえて愚痴るのはやめてください!」


 こういう時は大抵、ルキウスを探しにきたアランが彼を回収し、泥沼から救ってくれる。


「リアムくんも、こんなダメな大人たちに構っていてはいけない!いくらスクールの座学を全て終えたからといって、君は前途有望な生徒なのだからしっかりと勉学に励みなさい!先に王立学院へ行ったお姉さんにも恥ずかしくないようにな!!」

「はーい、頑張りまーしゅ!!」

「あなたは溜まった書類の整理を頑張ってください!」


 これがテンプレートな日々から脱出したいと、モンスターへの挑戦の意欲が高まっている起因としてあったりしそうで、世俗に塗れている。


「それじゃあ、いつも通りスモール火玉ファイアボールから」

「はい」

「そいえば〜、どの区に挑戦するか決めた〜?」


 ウォーミングアップも兼ねて小火玉を出していると、こちらも手元で小火玉を出すエリシアが問いかけてくる。


「やっぱり一番簡単なエリアAからが良いんじゃないかな」


 小火玉が大きくならないように意識しつつ、問いに応じる。

 ここ2年、マレーネの薬のおかげで抑えられた魔力感覚を覚え、以前の様に馬鹿みたいな魔力を垂れ流すことも今ではほとんどなくなっている。


「でもやっぱり初心者レベルじゃデビューに華がないし、目立てないじゃない?」


 僕ら初心者です。


「ははは、目立つことはなるべく避けたいし」

「私は……リアムさんと同じであまり目立ちたくない、です」

「まあ、こいつに同調するわけではないが、僕も貴族、それも領地もちの貴族家の一員としてロガリエから大きな成果を上げて武勇伝を作っていきたいな」


 ロガリエとは、冒険者の初めてのダンジョン挑戦を指し、箔を付ける勇敢さ、はたまた失敗から学ぶ原点として界隈で逸しかそう呼ばれる様になった、いわばケレステールの洗礼である。


「……わかった。だったらこっちも初心者用だけど、エリアBに行こうか」


 折衷案として、難易度でいえば初心者中級レベルであるエリアBを提案する。


「まあ、初めからエリアBに行く冒険者は少ないって聞くけどなぁ」


 アルフレッドが、提案を吟味するように考え込む。


 ダンジョンの中はいくつかのエリアに区分されている。

 セーフエリアと呼ばれる、僕たちも訓練をする安全区域を出ると、モンスターはどこにでも出現する。

 僕が2年前に吹っ飛ばした森は、転送陣があってセーフエリアの中でも一際大きいマザーエリアとの境界線に接しており、その外側近くの土地にあった。

 一方で、エリアボスと呼ばれるモンスターへ挑戦できるゲートがあって、特にモンスターが集中しているエリアがある。

 ケレステールではエリアA〜エリアGまでが区分けされ、A〜Cが初心者、D〜Fが中級者、そして、Gが上級者向けとしてレベル分けされている。

 エリアGのあるコルトの山へ向かって、マザーエリアから遠くなるよう設定され、現在話に上がっているAとBは、マザーエリアからも近く、それぞれ初心者用とされるレベルモンスターがスポーンしやすい地区。

 しかし、エリアAでは蛙や虫、エリアBでは小鬼や犬のモンスターが出る。

 群生するモンスターと難易度がやはり違っており、エリシアやアルフレッドが行きたいと言っているのは豚(オーク)が群生するエリアC、A派の僕とフラジールと正反対の主張を取っていた。


「リアムがそういうならしょうがないかな」

「ありがと、エリシア」

「僕もそれでいいと思う。結局死んだらかっこ悪いしな!」

「私も、大丈夫です」

「オッケー。それじゃあ、メンターのウォルターとラナに伝えておくね」


 ロガリエには、先輩冒険者がメンターとして同行する慣習がある。

 メンターは、普段からダンジョンに通っているウォルターと妹のラナにお願いした。


「あのリアムさん。この前教えてもらった《清潔クリーン》の魔法についてなんですが、少しいいですか?」


 ウォーミングアップも済ませ、各々が魔法を練習する時間、フラジールから相談を受ける。

 初めは一緒に練習すると言っていたエリシアは、すっかり忘れてアルフレッドとの競い合い、もとい、闇魔法の練習に没頭していた。


「ん?何か問題が?」

「はい、その……私の魔力ではまだ連続して使用するのが難しくて。10回ほど使うと魔力切れが近くて、それで」


 あー、フラジールが何回も魔法を使うことを考慮してなかった。

 フラジールは貴族であるアルフレッドのお守兼使用人見習いである。

 先日便利だと思い、マレーネにポーション指導の片手間に教えてもらったこの魔法を彼女に教えたのだが、フラジールが立場上、その魔法を多用することを失念していた。


「わかった。それじゃあ検討してみるよ」

「検討、ですか?」

「そ……《カスタマイズ》」


 オリジナルスキルのカスタマイズ。

 魔法鍵を唱えるとステータスボードのようなボードが出現し、そのUIからアクセスすることで様々なことができる。


「対象が”単体”の部分を”指定した範囲”に変更してARサポートもつけて、で制限体積は、というか《清潔》って魔力50も使うの。高い」


 この世界には大きく分けて2種類の魔法に分別する。

 一つは魔法鍵スペルキーと呼ばれる名で画一された恒常魔法。

 もう一つがその場で魔力をいじって作り上げる即興魔法。

 前者は一般的に広く分布されたマクロでの普及が盛んで、対象に後者では固有魔法や秘匿魔法といった個人オリジナルの魔法が多い。

 カスタマイズは、理解した魔法構造を視覚化し、いじることができる。

 魔力変換の工程の効率化、変換式をいじって別物にする。

 それらを魔法陣として書き出すこともしてくれる。

 魔力にこういう命令を与えるとどういう結果が得られるのか、整理しやすくなって助かっている。


「カスタマイズ完了、この魔法を《範囲清潔クリーンレンジ》で登録してコメントはいつも通りよろしく。続けて《範囲清潔》を陣化してこちらも陣一覧に登録した後に魔石への付与を実行」


 恒常魔法である無属性生活魔法清潔の改案検討が終わった。

 カスタマイズには設定が設けられており、そこには成長学習型サポートAIのオンオフ機能まであった。

 初めは効果を実感することがなかったものの、最近ではAIが言葉を認識し、頼むだけで細々としたことを手伝ってくれる。


 対象魔法の陣化プログラムをエクスキュート・・・成功

 対象魔法の陣化・・・完了

 対象魔石への陣の描画・・・成功

 カスタム魔法範囲清潔に自動コメントを付与し 魔法欄 魔法陣欄にそれぞれ登録完了しました

 

 まるで地球の技術とこの世界の理が融合したような能力。

 作業工程がカスタマイズのボードへと書き出されていく。


「転写できた……よし」


 用意した小魔石に魔法陣が刻まれたことを確認すると、いつも持ち歩いているサブの小魔石用の指輪を取り出し、取り付ける。


「はいこれ、プレゼントです」

「これって、もしかしてリアムさんが時々使ってる?」

「うーんとね、そうだな……エリシア!アルフレッド!」


 聞くより慣れろ。

 魔法合戦で砂を巻き上げているエリシアとアルフレッドを呼ぶ。


「リアムが呼んでいるからまだまだ余裕だが!今はここで終いにしてやろう……」

「そっちこそ、リアムに助けられたくせに強がっちゃって……」


 そんなに時間も経ってないのに、第一ラウンドを途中で切り上げた既に二人はヘトヘト。

 で、いつも第二ラウンドは、ポーションを飲んで始める。

 ここまで全力で訓練できるんだから、ポーションって偉大だ。


「なんだリアム?」

「なぁ〜にリアム?」

「悪いけど二人とも、そこに立っててくれない?」

「いいけど」

「立っていればいいんだな」

「うん。フラジール、それを指に嵌めてブートって言ってみて」

「はい……ブートぉ」


 恐る恐る魔道具の起動キーが唱えられる。


「ひゃッ!……な、なんですかこれリアムさん!」

「おいリアム!それって立体板の魔法か!?なんでフラジールが使っている!!」

「うんそうだけど?」

「うんそうだけど?じゃない!大体今までお前に気を使って言わなかったが、そもそも立体板の魔法と陣の改良はギルドが独占している技術だ!?何故お前がホイホイ使っているのだ!!」


 立体板とアルフレッドは騒いでいるが、まぁ、ステータスの魔石を使った時にステータスを表示しているスクリーンの事だ。

 起源はあるレガシーと呼ばれるオブジェクトダンジョンで発見されたオリジナルのステータスの魔石をギルドが複製することによって生産・配布を可能としているらしい。

 分析してそれをコピペ、改造はスキルだよりで構造を全て理解しているわけではない。


「大丈夫だと思うよ。ダリウスさんに『ステータスの魔石のボードの仕組みがわかったんですけど特許とか大丈夫ですかね?』って聞いたら『特許?ステータス魔石のボードの仕組みぃ?ああ、立体板の魔法のことか。俺にも仕組みはわからんし別にいいんじゃね?』って言ってたから」


 そう、言質はもう取っているのだ。


 オブジェクトダンジョンで発掘・発見されるレガシー。ケレステールにあるコンテスト用の大きな黒い浮遊体もそれで、『一つのレガシーを完全に解読できれば、我々の文明は少なくとも10年は進歩する』と言われているほどだ。

 レガシーの中には、ラストボスと呼ばれるダンジョンの象徴を倒した最初の攻略者のみが手に入れられないラストレガシーなるものもあるとか。


「いや、そういう問題ではないと言ったつもりだったのだが」

「話が逸れた。既存の《清潔》の消費魔力が大体50くらいだったのに対して、今回の《範囲清潔》は最大消費魔力が80くらいかな」

「それって魔力消費増えていませんか?」

「大丈夫。使い方は簡単、その画面の中に立方体があるでしょ?」

「はい」


 開き直り、フラジールの前に発現した立体板覗き込み、そこに枠で形取られた立方体があることを確認する。


「じゃあ、右手の親指と人差し指を画面に添えて開いたり閉じたりしてみて」


 ピンチインとズームアウトによる調整で動かすことを教える。


「うまいうまい!あとはその箱の中にアルフレッドとエリシアが入るようにして、こう唱えて。《範囲清潔》!」

「クリーンレンジぃ!」


 最後に魔法発動のための魔法鍵を唱える。


「んなっ!?」

「すごーい!!」


 砂にまみれていたアルフレッドとエリシアの身なりが、クリーンアップされていく。


「陣化と魔石併用でかなり消費魔力は抑えたけど、やっぱり今までの《清潔》に比べると魔力消費は大きいから、小さな汚れをサッと綺麗にしたいときは《清潔》、部屋なんかの広範囲や複数の汚れ物を綺麗にしたいときは《範囲清潔》を使うといいよ」


 きちんと魔法が発動したことを確認し、おまけのアドバイスで用途による使い分けを提案する。

 我ながら、いい仕事をした。


「おい!この魔道具はいくらだ!!」

「フラジールへのプレゼントだから、タダだよ」

「はぁーッ!?タダだぁ!?」


 タダより高いモノはない、とか言いださないよね。


「いいか!?この魔道具は効果こそアレだが実用性は十分だし、何より埋め込まれている陣の構成が高度すぎる!!これは言い値だが、僕だったら少なくともその魔道具に金貨1枚は出す!!」

「金貨一枚……」


 こういう市場価値的な常識は、この中ではアルフレッドが一番詳しい。

 彼が言うのなら、そうなんだろう。

 

「興味がない僕でもそれだけの価値を見出すということだ。もしこれを人前で一般人が使ったら直ぐに良からぬ輩に目をつけられる。まあ、フラジールは貴族である僕のお付きであるからある程度は大丈夫だろうが……」


 一通り声を荒らげて段々と冷静になってきたのか、アルフレッドは顎に手を当て耽り始める。


「本当にもらっていいんだろうな?」

「なんか怖くなってきたけど、よろしければどうぞ」


 アルフレッドのことは信用してるし、その辺諸々考慮して僕もフラジールにプレゼントしたんだけど、そんな怪しむような目で見られると多少は畏まる。


「いいかフラジール。その魔道具は公衆の面前では使わぬよう注意しろ。然もなくば要らぬ諍いに巻き込まれることになる」

「あっ!」

「なんだッ!どうしたッ!」

「いや……あの……ケイト先生の前ではその指輪は隠すようにと」


 価値がわからない者はそれはそれで恐ろしいのだが、一番恐ろしいのは身近な熱狂研究者である。


「あっ……」

「あっ……」

「へっ……?」

 

 「あっ」と声を漏らすアルフレッドとフラジール。

 エリシアだけは、その意味を最後まで理解していない様だった。



──帰宅──


「ただいま〜」

「お帰りなさい」

「母さん、これ姉さんからの手紙と学院からの報告書」


 今日、学校でもらった書類をアイナに手渡す。


「相変わらず無茶してるわ〜」


 カリナはまた、王立学院から逃げ出そうとしたらしい。 

 これで三度目だ。

 高等部へと進級したカリナは、この春から王都にある、アウストラリア王立学院へと進学した。

 スクールでも一際優秀だったカリナに、王立学院から直々の招待があったのだ。



──カリナ、スクール卒業前──


「リアムと離れ離れになるなんて嫌!リアムと離れるぐらいだったら私、高等部には行かないで冒険者になってこっちで生活する!!」

「しかしカリナ、王立学院に招待されるなんて凄いことなんだぞ」

「そうよカリナ。王立学院はウィルと私も通っていた学校よ?いいところよ?」


 アウストラリア王立学院は、王都に建てられた国立の学院である。

 様々な科が連立する国一の名門学校だ。

 各地の領地が運営するスクールと比べるとそのレベルは一線を画しており、国の重要な役職であったり、国雇いの研究職を目指したり、中には騎士科もあったり、そんな学院から招待が来ているのに、受けないなんてもったいないとは思う。


「それでもリアムが一緒にいないなんて私にはなんの意味もないところ」


 これは僕が足枷になっているのか、本当に行きたいと思っていないのか。


「王立学院に招待されるなんて姉さんはすごいなー」


 天井を見上げて足をブラブラしながら、純粋さを演出して呟く。


「かっこいいなー、尊敬するなー……僕も将来は王立学院に行ってみたいなー」

「父さん母さん!私、王立学院に行くことにするわ!」


 トドメの一言。


──現在──


「本当に仕方ないわ。誰かさんにそっくりね、カリナは」


 手紙を眺めて呟くアイナは、とても優しい微笑みを浮かべる。


「そういえば母さん、来週いよいよ挑戦しようと思うんだ」

「そう。カリナも遠いところで一人頑張ってる。リアムも頑張りなさい」


 優しい眼差しで、アイナに背中を押してもらえる。

 応援してもらえてる……よし、頑張ろう。

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