第21話Forest of yore


 今日は父のウィルに連れられて、二人だけで外出だ。


「もう少しで着くからな」

「ねえ、何処に行くの?」

「それは着いてからのお楽しみだ」


 未だ知らされていない行き先に、手を繋ぐウィルの横顔は嬉しげだった。

 

「お〜っす!マレーネはいるか〜ッ!」


 実家のある居住区より中心街に近い路地のお店。

 ドアベルの付いた扉を勢いよく開けると、ウィルが声を響かせる。

 

「五月蝿い。相変わらず喧しい声」

「おうマレーネ!あのさ、あいつらいる?」

「カミラとエドはダンジョンだよ。挨拶もなしに不躾だ。何か用事かい?」


 店の奥から顔を出したマレーネと呼ばれた白髪の老婆は、不満を漏らしながも、ウィルの応対を続ける。


「悪い悪い!いや、用事ってほどでもないんだがな。おはよう!」

「今かい!……おはようさん」


 マレーネが、こちらをジッと見据える。


「ほら」


 ウィルが後ろに控えていた僕の背中に手を回し、ズイッとマレーネの前に差し出した。


「あの……」


 前に出されて挙動不審になる。

 しかし、マレーネは目を細め、暫くじっと僕のことを見つめているだけだった。


「良く来たね。お前がリアムか……」

「はい……リアムです。よろしくお願いします」

「ほうほう、私はマレーネだよ。いきなりジッと見て悪かった、お前さんは父親と違って躾がなってる。礼儀の良さはアイナ似だ」

「おいおい婆さん……そりゃそうだけどさ」


 緊張感漂う中、挨拶を交わし漸く受け入れられた気がした。


 それから── 。


「カミラと賭けてたんだろ?この子が初めてダンジョンに挑戦して、ポーションに頼らずモンスターを倒せるかどうか」

「カミラのやつ、洗礼式の日に『軟弱な奴は私の可愛い娘には近づかせん!』とかぬかしやがった!そりゃあ黙って見過ごせねぇってものさ!」

「これはカミラにも言ったこと……売り言葉に買い言葉で、子供を賭けの道具にするな!」

「えっ……あ、いやその……ザマァねぇなアイツ」

「お前もだ!」


 ウィルがたじたじで、尻込みしてる。

 つーか、賭けってなにさ。


「……で、連れてきたってことは早々に負けを認めたわけか。それが利口だよ」


 マレーネは、受付らしき会計机に腰を下ろし机仕事をし始めた。


「子供がモンスター相手にポーション無しで挑むとか無謀だ。ウィルもやっと大人になったか」


 手を動かして帳簿の書類に何かを書き込みながら、マレーネは会話を続ける。


「で?今日はポーションかい?それとも薬かい?まさかその子をもうダンジョンに連れて行くとは言わないだろうね」

「あれ?リアムじゃん!どうしたの?怪我でもした?」


 マレーネの小言を遮るように、リンリンと入り口のドアベルが鳴る。


「ラナさん?」


 店に入ってきて声をかけてきたのは、ラナだった。


「おはよう!ラナちゃん!!」

「おはようございます!ウィルおじさん!!」


 隣にいたウィルとラナが親しげに挨拶を交わす。


「おかえりラナ……ん?レイアはどうした?」

「へっ?……あれ?……どこいっ……あっ!なんで隠れてるの?」


 ラナの来店に机から視線を離したマレーネに指摘され、辺りをキョロキョロと探し始めてまもなく、背後に何かを発見したラナが、首を横に曲げながら、自分の背後へ問いかける。

 ラナの背後には、見覚えのある白色の髪の一部が、チラチラと揺れ覗いていた。


「おやおや。初対面ではなかったはずだろうに」


 ラナの問いかけに答える者は誰もなく、返事を待ちに待てなかったマレーネが、手が掛かることを憂うよう、やれやれと、口角を緩める。


「……ただいま」


 ラナの後ろに隠れていた女の子は……そう、洗礼式のあの日、教会で言葉を交わしたあの女の子だ。

 一目、記憶の中のあの子よりも少し大きく成長していた。


「ほら、アイナの息子のリアムだよ。レイアは洗礼式の日に会っているだろう。覚えてないかい?」


 レイアはそれから何も呟くことはなかったが、その首が少し横にふられた。


「ラナがいつも話してくれているしねぇ。リアムはどうだい?この子のこと、覚えてるかい?」


 尋ね先が僕に変わった。

 あの日、彼女と出会った日は良くも悪くも僕にとって特別な日であった。

 僕が忘れるわけがない。


「はい」

「なら大丈夫だね。リアムも今日は学校休みだろう? せっかくだ、奥でゆっくりお茶でも飲んでいくといい」

「そうだね!リアムがウチに来るのは初めてだし、ゆっくりしていきなよ!」

「父さん……」

「甘えるといい。俺は、マレーネと話した後、少し出かけてくるから迎えにくるまで待っててくれ……いいよな?」

「まぁ、構わないが……」

「ってことで、いい子にしてるんだぞ」

「わかった」


 ── そして、そこからが早かった。


「さっ行こうリアム!三人でお茶しましょ!」

「ちょッ!ラナさん危ない!!」

「お姉ちゃん!?ちょっと待って!!」


 ラナはまだレイアの返事も聞かずに、片手でせかせかと僕の背中を押して、もう片方で隣にいたレイアの手を引き店の奥へと連れていく。



──調合室──


 移動した店の奥、そこには様々なポーションや薬を作るのに使っているのであろう器材がそこら中にあった。

 試験管やフラスコのような透明な器具もあり、ちょっとしたノスタルジーに襲われる。


「好奇心に惹き込まれそう……凄い」

「へへーんッ!これでもウチは知る人ぞ知る、隠れた薬の名店だからね〜ッ!!」

「ラナさんの家は薬屋さんだったんですね」

「そうなんだなぁ」


 店の入り口の看板には『森の木陰の薬(ポーション)屋』とあった。


「お茶とお菓子準備する」


 一緒に奥に連れてこられたレイアは、部屋にあった綺麗なフラスコをコンロの魔法陣の上に置いて、お湯を沸かし始める。


「あの、ところで……」

「ん、なに?」

「昨日のダンジョンでのこと、大丈夫でした?」

「ああ〜、あれね!」


 レイアがお菓子を取りに行っている間、共に席に着いたラナになるべくアバウトに尋ねる。

 無垢な笑顔だ。

 しっかり意図は伝わったのか、彼女はまるで忘れ物を思い出したようにパッと明るく振る舞う。


「ドカーン!」

「うわっ!?」

「へへ、驚いた?」


 目と鼻の先で、ラナの満面の花火が爆発した。

 ひっくり返りそうになった僕の前で、ニヤニヤと……不覚にも、その無垢さを可愛いと思ってしまった。


「で、あの後、何かあったの?」

「いえ、何も」


 なんだかんだ、優しいな。

 靄が晴れた。


「ここだけの話。解散した後の帰り道でずーっとカリナがリアムの自慢をしていたから、私にはリアムの力が凄いんだって、わかってるよ……」


 耳元に近づいた口から、小声で物騒なことを告げられる。

 僕は、顔を離したラナを一直線に見つめた。


「吹聴はしないでくださいね」

「大丈夫!そのことは誰にも言ってないし、秘密にしてるから安心して!それにカリナに私が言いふらしたってバレたら後が怖いし」

「心強い味方がいてよかったです」

「ま、私もリアムの味方だからさ。だから、偶には私の味方をして、今週末の宿題一緒にしよって私が言ってたこと、カリナに伝えておいてください。お願いします」


 笑顔で口の前に人差し指を立てた後、綺麗に終われば僕の胸の高鳴りも続いていたのに。


「はぁ、そこでグッと、大人でいてくれたら尊敬していたのに」

「なにそれ!?ねぇ、私、大人だから!うっふん……ほれ、尊敬して〜!」

「僕の荒んだ心を潤してくれたらしますよ」

「私の心も荒むからー!尊敬したまえよー!」


 ウリウリと、頬を擦りつけられて、なんとなくこれからのラナとどう付き合っていけばいいのか、腑に落ちた気がした。

 信頼していいのやら、計算高いと真面目不真面目半々に付き合うのが正解なのやら、信頼しながらも正解などないと、踠き続けるのが妥当と悟る。


「二人で何を話してるの?」

「「なっ、なんでもないよ!」」


 茶葉の香りがほのかに香るティーセットが、新しい時間を運んでくる。


「どうぞ、お姉ちゃん」

「ありがとうレイア」

「どういたしまして。リアムも……どうぞ」

「ありがとう、レイア」

「うん……どういたしまして」


 店頭で挨拶を交わした時よりも、レイアの顔は影を薄めて、僕と目も合わせてくれた。

 少しずつ、心を開いてくれていると思う。

 お礼を言われて頬を染め、自分の分のお茶を淹れるレイアは、僕とラナの心の癒しだ。


「でねーッ!その時レイアったら私じゃなくてカリナに助けを求めてさぁ」

「お姉ちゃん!」


 ラナとの内緒話も終わった後、それからは楽しい会話に包まれる。

 聞いたのは、洗礼式の日からウィルやラナ、そしてよくラナの勉強を見に来るカリナに僕の様子や近状をレイアが聞いていたこと、このお店の店主マレーネが彼女らの祖母であること、最近起こったレイアの身近な出来事や世間話などであった。


「私と同じ齢なのに、スクールに通って、だから、リアムはすごいな〜っていつも話を聞いてた……」


 もう、憚りなく話しかけてきてくれた洗礼式の日の彼女と変わらない。


「それに後からリアムが精霊と契約できなくて落ち込んでるって話をこっそり聞いてたから……ごめんなさい」

「大丈夫。詳しくは言えないけど、原因はもうわかったから」

「よかった……ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう」


 あの日精霊と契約できなかった僕に声をかけれなかったこと、結果僕が落ち込んでいたことを後に聞いたレイアは、ずっと僕のことを心配していてくれたらしい。

 一度は打ち解けた仲。

 レイアと僕がもう一度打ち解け合うのに、そう時間は必要なかった。

 その ”ありがとう” からは、彼女の優しさが響く。


「さーてとッ!お互い仲良くなったところで、何かして遊ぼ〜ッ!」


 旧交を温めた僕とレイアを見守っていたラナから、提案される。


「あっ!薬草、取り出してない!」

「あ〜、そう言えば出かける前に水に放してたんだっけ」


 途中だったポーションの精製を思い出し、あっ!と声をあげる。

 そんなレイアに追随するように、ラナも桶の中で水にさらしていた薬草のことを思い出したようだ。

 

「これからどうするの?」

「取り出した薬草を刻んで茹でるんだよー」

「一回沸騰させた後に、しばらくまた、浸けておくの」

「そうそう。で、水に晒してアク抜きをしてたんだけど、あんまりつけてると出来上がるポーションがちょっと薄くなっちゃうのさ!」

「……だったらポーション作り、一緒にやってもいいかな?」

「リアムが?」

「ダメ?」

「ああそのっ!ダメってわけじゃないんだけど、これが結構難しくてね!?」


 ラナがソワソワと落ち着きをなくす。

 好奇心でつい手を出したくなったが、もしかすると、ポーションの製法やらレシピは秘匿情報だったかもしれない。


「どうするレイア?」

「一緒にやろう!」


 自分の軽率な発言を反省していたところ、レイアは、嬉しそうに笑顔で承諾をくれた。


 ポーション作りは意外と簡単。

 というのも、材料はもともとセットされており、ポーション素の薬草を煮出した液体を蒸留して、フラスコに残った濃密な液体の方をブレンドしていくだけで、そのほとんどをレイアが指示してくれる。


「すごいね。いつも作ってるの?」

「うん!お店のお手伝いでほとんど毎日!」


 僕と同じ年齢……といっても精神的に生きてきた時間は圧倒的にこちらの方が上なわけでさ、レイアの手際の良さと知識に感心させられる。


「最後に、この液体に魔力を巡らせたら終わり!」


 レイアは手も動かしながら、最後の工程を教えてくれる。


「このポーションの魔力調整が一番大事で難しいんだよねー。できる、リアム?」

「……ラナさん、そろそろ働きませんか?」

「ま、何事も初めてがあるってもんでさぁ、ガンバレー」


 ラナは僕たちがポーション作りをしている横で見学だ。


「きてアリエル。いつも通りお願い」


 机の上にあった木でできた棒が握られ、構えられる。

 どうやらそれは簡易的な短杖であり、これから行う魔力調整は工程の肝、それは繊細な作業であるらしい。

 祈りるように名を呼び、願いをかける。

 するとレイアの前に優雅に泳ぐ魚が現れ、ポーション瓶の周りをグルグルと周り始めた。


 その姿は幻影のようだ。

 水面に映える影のような、浮動する霧のような抽象的な存在で、若葉色の優しい光を纏っていた。


──次第に淡い光を放ち始める原液。


「すごいよね〜レイアは!レイアの精霊ってね、カリナほど特殊じゃないけど最初から中位精霊で、水と更に回復の属性も持ってるの」


 一秒……一秒と時が経つにつれ、瓶の周りでアリエルが優雅に舞う度に原液はその光の鮮やかさを増し、やがて消えていく。


「綺麗だ……」

「私はまだ魔力操作が下手だから、アリエルに手伝ってもらってるの。作れるポーションもまだ初級だけだし……」


 作業が終わったレイアが、アリエルが担っていた役割について教えてくれる。


「でもね!おばあちゃんが作るポーションはもっとすごいんだよ!」

「そうなんだ」

「うん!普通は精製の過程で何度も魔力を与え続けなきゃ高品質なポーションは作れないんだけど、おばあちゃんは精製するときに魔力を使わなくても最後の魔力調整で高品質なポーションを作っちゃうの!」


 興奮しながら、祖母の凄さを語るレイアの話を聞いてると、こちらも心が穏やかに、そして、挑戦への意欲に湧く。


「材料の調合や工程もまた全然違くて難しくて。私もいつかおばあちゃんみたいにお客さんに喜んでもらえるような薬屋さんになりたいの!」


 レイアは本当にマレーネのことを尊敬しているようだ。


「レイア興奮しすぎぃ」

「あっ、ごめんなさい」


 目を輝かせるレイアの熱が、ラナには少しだけ煙たそうだった。


「レイアがそこまで褒めてくれるとは嬉しいね」


 作業場から店の方へ通じる扉の方から、感慨深そうに優しく語りかける声が聞こえてきた。


「おばあちゃん!」

「レイアはその歳でそこまで出来れば十分だよ。お前は十分にやっている」

「えへへ〜」


 マレーネに頭を撫でてもらうレイアの笑顔が眩しい。

 思い出したよ。

 無垢とはこういう様相(モノ)だった。


「なに? 私の可愛さに惚れた?」

「……ちょっと、違ったなって」

「なにが!? なにが違ったの!?」

「こっちの話です」

「きーになる!教えてー!」 


 ラナがガバッと抱きついてくる。

 ちょっぴりうざったい。

 

「あ、姉さん」

「カリナ!?……だましたなー!」


 賑やかな人だ。


「リアム。お前は魔力を込めないのかい?」

「……難しいらしいし、失敗したら商品にならないから」


 ここまでポーション作りを体験させてもらえただけでも僕は十分だ。

 それに初級のポーション作りといってもそこに材料費がかかっているし、出来れば最後までやってみたい気もするが、スクールで薬学を取っているしいずれは挑戦する機会が巡ってくるだろう。


「えぇー、大丈夫だって。ね、おばあちゃん」

「ラナの言う通り。なあにウィルとアイナの息子だ。そんなことを気にする必要はないし、もし失敗しても喜んでウィルが使ってくれるさ」


 ……何かの拍子に下剤ができても喜んで飲んでくれそうだ。


「それにお前さん、相当な魔法の才能を持っているんだろう?だったら失敗してもいいから、一度それを見せてもらえると嬉しいよ」


 ウィルはこのマレーネのことを相当信用しているらしい。

 まさか家族以外に僕の能力について少しでも語っているとは思いもしなかった。


「でも、爆発させたら」

「魔力を込めるだけでどうしてそんなことになる……よし、初めは私が魔力をこめる時の流れをレクチャーしよう。手を出しなさい」

「はい……」

「よし、いくよ……そうだ、その調子で世界と対話をするように、ポーションに巡る魔力を感じてゆっくり丁寧に流してやるんだ」


 恐る恐る、手を差し出した。

 マレーネは僕の手を取って、原液の入った容器を握らせる。

 これは……前にビッドにレクチャーしてもらった時と同じだ。


「あとは流れを鎮めるためにゆっくりと魔力を絞り、供給を止めるんだ」

「はい」


 僕はマレーネの指導を受けながら、ポーションの原液にゆっくりと魔力を巡らせていく。

 既に手は離されている。

 初めは液体という不安定な媒質を感覚として把握するのに苦労したものの、今はだんだんと慣れてきた。


「よーし、完成だよ」


 完了の知らせ。


「ふぅー」


 瓶から手を離し、一息つく。

 

「すごい、成功させちゃった……」

「綺麗……」


 感嘆するレイアとラナの声。

 いやー、そんなに褒められると照れるなぁ。

 もひとつ、いっとく?


「おばあちゃん、これって……」

「参考にしちゃダメだよ。レイアはレイアさ」

「うん」

「ラナもだよ」

「はぁーい、わかってますって」


 ……もしかして、失敗した?


「もしかして何か」

「ただいま〜!」


 空気を瞬変させるウィルの声が、店中に響わたる。

 なんて絶妙に間の悪いタイミングなんだ。


「お使いもバッチリ済ませてきた!……ん、どったの?」

「はぁ〜、ご苦労さんウィル。ちょうどいい、このポーションを見てみなさい」

「なんだこれ?普通の初級ポーションだろ?」

「それはリアムが作ったポーションだよ」」

「マジか!すげぇ、俺の鼻が伸びる伸びる。やったな、リアム!」

「やはりお前の目は節穴かい。もう少し見る目を養いなさい」

「じゃあ俺になにを求めてるんだよ!なんだよ帰ってきて早々〜、ブーブー」


 マレーネの前では、ウィルも子供同然に扱われてしまう。


「いいかい?確かにこれは初級ポーションだ。しかしこの淀みない美しさがお前にはわからないのかい?」

「うーん、わからん」


 ウィルはポーション瓶をまじまじと真面目に見つめる。

 ぶっちゃけ、僕もわからん。


「複数の材料を混ぜて作るポーションは、通常、その効果を高めるために魔力で素材を繋ぎ染め、相乗させて効力を高めていく。だからこそ魔力調整はポーション作り一番の重要な作業となり、高い技量が求められる」

「ほいほいなるほど」

「チマチマと弱い魔力を流すだけでは駄目。安定性を上げる素材同士を繋げる強固な魔力密度もさることながら、それらを一定に染め上げる量の魔力と繊細さが必要だ。そしていわゆる純度、その質によってポーションの価値は同じ材料、工程で作った物でも価格が変わってくる」

「へぇ〜難しいんだなぁ」


 ポーションには、一般客の知らない基準が他にもあるようだ。


「薬屋は商売柄、その偏りが出ないように純度を調整することで価格差を出さずに安定して供給ができるわけだが、そんな柵を取っ払ちまえば混合物であるポーションを、いかに淀みない魔力結合の高い品質に近づけられるか、ポーション作りはその一点に尽きると言っても過言じゃない」

「だから、リアムはすごいよ。才能があるってね」

「うん。私ももっと頑張らないと」

「この子は世界に愛されているね。これだけの才と実力を持ち合せているとは」

「そうだろうともそうだろうとも」

「あぁ、是非うちの後継として婿に欲しいね」


 そこまで期待されるのであれば、手に職つける意味では、薬学の道に進むのも悪くないかもしれない。

 しかし、決め切れるわけではない。

 保留かな。


「あっ!だったら私と……」

「どうかしたのかい、ラナ?」

「いやちょっと……なんかカリナがそこにいたような気がして」


 ……不憫だ。


「まあ、それは本人同士が決めることだからお互い無理することではないからね」

「ねぇリアム、私なんてどう?」

「あ、姉さん」

「もう引っかからないって!もう、一つ覚えだなぁ」


 チッ。

 引っかからなかったか。


「それじゃあちょっと待ってな」

「何かするの?おばあちゃん」

「実を言うとリアムの魔法の力についてウィルに相談されてね。ウィルには息子のところに行ってもらって、材料を取りに行ってもらってたのさ」

「それって薬の?」

「そうだよ。聞いたよリアム。お前さんすでにダンジョンに入っただけではなく、森半分と一緒に大量のモンスターまで消しとばしてしまったんだろ?」

「誤解です。消し飛ばしてません」

「もともと回復属性の魔力は人や動物、自然といったこの世に存在するありとあらゆる物に精通する身近なもの。ポーションもその性質はそれらを強める効果を持つ薬草などを精錬して高めたものだ」


 動じない。

 きっと、訂正されたと信じよう。


「別の効果を持つものを付け足すことで、更に別の効果に変化させたり、付随させることができる。ウィルに持ってきてもらったのもそれだ。リアムがポーションに込めていた魔力は、量に限って言えば完全に飽和しきっていて、魔力が大気中に漏れ出すレベルだった」


 無駄遣いをしているなんてサラサラ思ってもいなかった。

 そりゃあ、淀みなんてないさ。


「粋ある回復ポーションは様々な効果を持つポーションの基礎となるんだよ。だから私がこれから、一時的に魔力を抑える薬を作ってやる」


 ウィルは自分の賭けの勝利宣言をしにきただけでなく、信用できるマレーネのところに僕の魔法の相談をしに連れてきてくれたらしい。

 魔力を一時的に抑える薬。それは魔力常識に欠ける僕にとって、新たな諍いを避けるためにとても魅力的な品である。


「あ、ありがとうございます!」


 沸騰するように嬉しさが溢れ出した。


「良ければリアム、時間があるときにうちに遊びにきな。その時はお前さんにポーション作りを教えてやろう」

「よかったなリアム!いくらマレーネが顔馴染みだからって、エルフにポーションの作り方を教えてもらえることなんて中々ないぞ!」


 告げられた衝撃の事実。


「ま……マレーネおばさんってエルフだったの?」

「ん?ああだって婆さんの耳、とんがってるだろ?」


 うーん。

 確かにとんがっている。


「まあ、そう言うことだ。私は基本店にいるから時間が空いた時にいつでも来るといい。その時は手ずから教えてやるからね」


 マレーネは、本当にエルフであるらしい。


「もちろん、薬の購入もいつでも歓迎する」


 ニヤリとした表情で商売魂たくましい冗談を織り交ぜて、話が閉じる。


 エルフといえば長寿で森のことや魔法、弓術に優れているなどのイメージがある。

 マレーネおばさんって一体何歳なんだ?

 というかラナやレイアたちもエルフの血を引いてるってこと!?

 ……あ、ウォルター!

 エルフの血を引いてるって、マレーネのことだったのか。


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