第20話Mach stem


「避難終わりました」

「助かった。ところで、我々が避難できるだけの魔力はまだ残っていますか?」

「大丈夫です。このくらいの距離なら、どんと任せてください」

「ジェグド、リアム君を抱えて……」

「わかった、任せろ」

「理解が早く助かる。火に慣れている私が殿をしよう。間に入る。フラン先生、ゲートの入り口はリアム君の後方へ、出口は演習地の方へと向けて欲しい。開閉のタイミングは私が指示します。そのことを念頭に置いた上で、指示があるまで待機をお願いします」

「お任せを!」

「よし……リアム君、待たせた。これからの行動を簡潔に伝える。詳しくは後で質問してくれて構わないから、今は」

「なんか大変なんですよね。言われた通りにします」

「よろしい。いいかい、今からフラン先生が空間魔法で作ったマザーエリア付近に繋がる穴を通って避難する。君は、魔力供給の維持に集中してくれているだけで構わない。君のことはジェグドが運んでくれる」

「任せろ」


 どういう風の吹き回しかは読めないが、緊急避難が必要と言われれば、従って損はないと思う。

 これまでの話を要するに、ゲートなる空間属性魔法を使い、ここから離脱する。

 フラン、僕とジェグド、そして、アランの順番で避難する。


「フラン先生」

「はい。開きます──ではお先に」

「ジェグド」

「ああ。行くぞリアム、集中してろよ」

「お願いします」


 アランの計画(プラン)通り、フラン、僕とジェグド、そして、アランがゲートを通り終わる。


「では、フラン先生。閉じてください」

「わかりました。……あれ?完全に閉じない」

「はぁ!? ……どうしてだ?」

「魔力の繋がりが濃すぎるんですよ」

「先輩!」

「生徒たちは皆、解散させました。ここからは一蓮托生です」

「ビッド先生。あなたが居てくれると心強い」


 アランはゲートが閉じる時の力を利用して、僕の魔力供給を無理矢理断ち切るつもりだったらしい。

 しかし、潰し切れない。

 計画の進行が頓挫したところへ、学生を解散させたケイトとビッドが合流する。


「しかし、他人のゲートを開き続けるってすげぇな」

「人間業とは思えないものの、糸が固く太すぎて、糸切りの鋏では断ち切れないようですね。大量の魔力を用いれば他者の開いた亜空間(サブスペース)をこじ開け続けられる。これがリアムさんが空間属性への魔力適性があることと関係しているのか、単なる力技か、いずれにしてもこれは新発見ですよ、よくやりましたフラン」

「足がかりが見つかってよかったですけど……コレ、検証の仕様がほとんどないですよね……ハハ」

「あの、僕はどうすれば……」

「少々お待ちを。アラン、私が風の壁を張ります」

「わかった。私は傍に控えていよう」

「というわけで、リアムさん。ここからは、この前の復習です。魔石へ流れる魔力を断ち切ったように、供給している魔力を止めてください。つっかえがなくなれば、ゲートも勝手に閉じます」

「わかりました」


 ケイトの指示通り、体外への魔力供給を止めた。


「……無事、完了しました」


 閉じるゲートとの間、にっこりとこちらに微笑みかけるケイトの顔が──。


「お疲れ様でしなんですかあグゥぅぅぅう!」


 爆風で煽られた。


「きゃあぁあああ!」

「ぬぅ、ここまで影響が」

「やはりこうな──」

「しっかり俺にしがみついとけよ、リアム!」


 後方、森と演習地のある彼方から、強烈な震動と風が僕と教師陣を襲う。


「大丈夫か、リアム」

「はい……ありがとうございます」

「はは……お前はまだ小さいから、飛んでいってしまったかもなぁ」

「……アラン!? 今のなんですか!?空を煙が駆けたと思ったら、私の顔がズタボロにされましたが!?」

「先輩。今も空を、土が舞ってます……ビッド先生、お怪我はありませんか?」

「お気遣いありがとう。私は大丈夫ですよ」


 コレって、もしかしなくても、僕が魔力供給切ったことに関係がありますよね。


「全員、無事か……」

「だからアラン!今のはなんですかって訊いてんですよ!」

「フラン先生。重ね重ね、手数をかけるがもう一度、森の手前までゲートをお願いしたい。もし、火事になっていたら消火しないといけない」

「無視ですか!?」

「ケイトも消火を手伝って欲しい。ここにいるメンバーで消化に適した魔法を使えるのは、ビッド先生、フラン先生、そして、君だ」


 アランの指示の下、一同は再び森の前に蜻蛉返りである。

 フランの開いたゲートを通った先には、凹んだ爆心から外に向かって広がるように煤と灰がこびりついており、森の入り口付近には皮を焦がした木々の成れの果てが散乱していた。

 森の奥の方からは、所々白い煙が上がっている。

 半壊と表現しても差し支えがないボヤが立ち上っていた森に入り、ビッドは土属性を、ケイトとフランが水属性魔法を用いて鎮火作業へと移った。


「あの……」

「気にすることはない。私の注意不足が招いた結果だ」

「……どうして、僕の火は無くなったんでしょう」

「ん、それについては、俺が教えよう。あれは闇属性魔法の一種だ。闇属性魔法は基本属性にも複数の性質が混在する魔法の代表として、魔法応用の説明に使われることが多い。基本の応用というか、応用の入門というか……」

「概論から各論へ移行する際の枠組み分けのルール。属性概論を基本10属性とするが、実際には、単(ひとえ)の基本属性内には色々な特徴をもった魔法がある。魔法を習う足がかりとして既存の恒常魔法にばかり触れる初等区分生から、中等区分生になり、魔法理解とその応用について学ぶ時に使われるのが、力の性質を持つ闇力子(グラビトン)や光を吸ってしまう性質を持つ吸光衰(アンジェル)のように、複数の子分を持つ親分が闇属性というわけだ。同じ属性にあっても、必ずしも性質は一致しない。君の担任のケイト先生に言わせると、魔法陣を使うのと理解するのとでは違う。魔法陣を理解するための頭づくりの足がかりとして用いられるというわけだ」

「そうそう。まぁ、あれだ。闇魔法に紐付けて簡単に説明しようとした俺が悪いんだが、土魔法でも、魔力から砂を作る場合もあれば、岩を形成したり、自然界に存在するそれらを操作したり、しかし同じ土魔法に分類されていても、術者によって砂が得意で岩が不得意だったり、多少なりとも得意不得意が生まれる。他にも、魔法初学者が最上級魔法を使おうとしてもいきなりは使えない、とか、そんないろんな話に首を突っ込む酔っ払いみたいな……って、話が逸れたわ」


 ……ケイトの例でよくわかったわ。

 ぽわんとしたイメージで使える簡単な初級魔法があれば、複数の具体的なイメージの組み合わせを必要とする高等魔法もあるってことね。

 で、後者には相応の概念への理解が求められる。

 中高等相当の授業に使われる説明を初学者の僕に合わせて説明しようとして、ジェグドの頭がこんがらがった。


「結ろーん。リアムが火を出すと同時に使ったのは、闇魔法の性質の一つである闇力子(グラビトン)を持った簡単な魔法だ。引き寄せたり、押し出したり。さっきのは周りのものを収束させてた。なかなかの魔力量の火を吸い取るだけの、同等程度の魔力が込められてた」

「だけど、それって熱が圧縮されただけ、ってことではないんでしょうか?」

「注目すべきは、それらの火が何を燃料としていたのか、魔力だ。あとは、少なからず周囲の空気も一緒に圧縮されたり、様々と圧縮された状態で温度が上がっていったり、色々細々とした原因が重なってあれだけの爆風となったと私は思っている」


 火薬なんてなかったしとか考えていたけど、近しいヤバいものたっぷり焚べてたらしい。


「ふっふっふ……どうですアラン!私の言ったことは正しかったでしょう?」

「正しかったでしょうって、先輩だってこれは想定外だったんですよね。『あグゥぅぅぅう!』って言ってましたもん」

「言ってません」

「ビッド先生、どうでしたか?」

「ダメでした。奥の方も、木々が薙ぎ倒されていました……かなりの数が下敷きになったり、吹っ飛ばされたりしてやられたものと思われます」

「また無視ですか!?」

「無視なんてとんでもない。ケイト先生、君には聞きたいことが山ほどある」

「……アラン先生、私、急用を思い出し」

「まぁ、待ちなさい。今日の職員会議にはどう急いでも遅れる……今、始まった。それより、どうしてリアム君が火属性と闇属性を同時に行使できたのか」

「どうしてって……どうしてでしょう?」


 こっちに振られてもわからん。

 魔力の加減については、いくら考えようと無稽だ。

 とはいえ、心当たりがないとは言えない。


「魔法を使う時、魔石の時みたいに火柱みたいな、ブワーっと火が出たら危ないなってこのくらいの球状にまとまるようにとか考えていたんです」

「そんなに小さくか?」

「あんな大量の火を出すつもりはなかったんです」

「だろうな」

「ですが、そんなことで同時に魔法が出てきたりするものなんでしょうか」

「でるよ。複合魔法の素養があれば、意外と簡単に」

「複合魔法?」

「そんなに珍しくもない。努力で身につけられる素養だし。生まれつき素養があるなら、初めての魔法を使うときはちょっぴり慎重を重ねればいいくらいで」

「あっ……」


 今の「あっ」は僕じゃない。

 でもさ、あるよねー……これ僕は悪くない。


「今、あっ、て言ったな」

「言いましたよ。あっ、て。思い出したんですよ。そういえば、昨日立ち寄った食事処にペンを忘れたんでしたー。取りに行かないと」

「なぜ今思い出す必要がある」

「あー、それはですねー、ありますでしょ。大事な場面で全く関係ないことを思い出すことって」

「それを注意散漫という」

「私、昔から自分のことばかりの猪突猛進(マイペース)でして」

「リアム。魔法アンケートは書いた?」

「書きました。複合魔法の欄もあったかと、ちゃんと丸をつけて提出しました」

「へぇ。確信犯か」

「駄目押ししておくと、ケイト先生には一度、ステータスを見せています」

「確信犯ですね」

「あ、もひとつオマケに。その時、魔法陣作成の素養があることを知られ、授業に勧誘されました」

「ズルいです!私には、勧誘などせずとも純粋な学問を追い求める者を受け入れてあげなさいといつも熱弁を振るっているくせに!」


 ちょっと面白かったりして。


「忘れていたって言ったら、許してくれますか?」

「そうだろうとも。問題は、どのタイミングで思い出したかだ」

「たった今です!」

「僕、死ぬかと思いました……怖かった」

「ちょ、リアムさん!?火柱を上げる魔石を前に冷静に対応したあなたが──」

「そうだろうとも。不注意で生徒の身を危険に晒したんだ。もっと言うと、リアム君が魔法の才能を披露するのを君は面白がっていただろう」

「そんな面白がってなど!私はただ、才能がある子が認められることが嬉しかっただけで!」

「そうだとしても、事実は消えない……ですよね?」

「リアムさん!!?」

「確かに、どうやらお前の言ったことは正しかったらしい」

「……《水囲いイシェケの姿鏡》!」


 指それぞれに違う指輪の嵌った右手を胸の前に掲げ、ケイトが魔法鍵を唱える。


「消えた!」

「待てケイト!逃げることは許さん!」

 

 みるみるうちに消えゆくケイトに何かを悟ったアランが、一呼吸の間に姿を消してしまった彼女に声を荒らげる。


「でも逃げなくても怒るでしょ!」

「当然だ!魔法演習を教えるにあたって大事な基本を厳かにしただけでなく、我々のみならず生徒であるリアム君をも危険に晒したのだからな!」

「だからこそ、私は逃げます!」


 アランの怒りの混じった呼びかけに、立体反響のようにあらゆる方向から聞こえてくる焦りを含んだケイトの声が返ってくる。


「無駄ですよ、先輩。私がいることを忘れていませんか?」

「何を……言っているのです」

「先輩は覚えていませんか?学生時代、その魔法陣が完成した時にいち早く私にその陣を見せびらかしに来たことを」


 何をやっているんだ、この人は。

 本日何度目かの暴露によるケイトの残念な話。そんなケイトの学生時代にちょっと羨ましさを感じつつも、フランに対する残念な行動に目を瞑る。


「その時先輩は自慢げに私に話してくれましたよね。その魔法陣の凄さと欠点についても!」

「まさかフラン!裏切るのですか!?」

「裏切るも何も、今回は先輩が悪いと思います!ですから観念してお縄についてください!」

「嫌です!あなたもアランのお仕置きが私に容赦のないことは知っているでしょう!」


 フランの最後の忠言も虚しく、ケイトはそれを強く拒否する。


「アラン先生。実を言うとこの魔法、魔法自体は高度なものなんですが何せ先輩の大好きな魔法陣を媒体としたもの。ですから、研究に没頭する先輩のように、どこか抜けているのです」

「ほう」

「止めなさいフラン!」

「先輩のオリジナル魔法水囲いの姿鏡は、行使者の周りに細かい目に見えない水の壁を作り出して光魔法を併用することで周りの景色の像を投影する魔法」


 劇的に変化する場面の中、妙な冷静さのあるフランの告白が、ケイトを追い詰めていく。

 

「この魔法の弱点は2つ。一つは頭の先から足の先までをカバーする水の壁に周りの景色を投影しているため、動くと地面に円を連続して描いたような水の跡が残るのです」


 既に1つ、如何しようも無い弱点がバレてしまった。

 どうやらケイトが先ほど消えた周辺にそのような水の跡はなかった。


「そして、そもそもこの魔法は光魔法によるスクリーンへの景色の投影が難しいために、発動した場所から動くと空間の歪みのような変な揺らぎが生じます」

「ということは……」

「ええ。先輩は先ほど居た位置から動いていません!音魔法で声を立体的に反響させているのもそれを悟らせないためです!」


 フランによってケイトの手品のような魔法のタネは暴露され、居場所も直ぐに特定されてしまった。

 せめて黙っていれば良かったのに。


「ありがとう、フラン先生」

「お役に立てて何よりです」

「フラン!後で覚えておいてくださいね!」

「止めないか!」

「イタイ!……イタイですよアラン!!」


 ぶっちゃけ、複雑そうな魔法陣をあんな小さな指輪の石に刻んでステルスを実現するなんて凄いと思っていた。

 ……凄いのに、どこか残念だ。

 間抜けな逃亡劇も最後、アランに首根っこを掴まれたケイトは呆気なさと切なさと、そして僅かな抗弁によってその幕を閉じた。


──ケイト説教中...──


「今度からは、水や土の属性から訓練を始めるといいかもしれませんね」

「あぁ……ですね。どうして火魔法から始めたのか。浅慮でした」

「いいんです。初めて使う魔法だったんです。特別なものにしたいと思うのは至極当然ですよ。それにこの国には雷と火の精霊王がいます。相関は明らかではありませんが、自然と、雷や火属性の使い手も多い」

「おっすお疲れ〜!とりあえずギルドの方に軽く報告だけはしておいたぞ」

「ジェグドさんが口下手過ぎてうっかりリアム君の事を口にしてしまうのではないかとハラハラしましたよ」

「ハハハ、サポートありがとよ」


 ケイトがアランに説教を受けている間、ダンジョン内のギルド出張所に軽い事情説明に行っていたジェグドとフランが帰ってきた。


「先方も驚いてた。マザーエリアの近くで大きな閃光と爆発音が鳴り響いてたから。とりあえずいつものようにケイトが魔法陣で暴走したってことにしといたから」

「ああ、それでいい。一番の原因が誰にあるかは明らかだ」

「まあ……否定はしませんが……あの、そろそろ立ってもよろしいでしょうか」

「……いいだろう」


 説教から解放されたケイトは、肩を重くしながら、四半刻物の皺に縒れた服を整える。


「あっ、お帰りなさいリアム君!大丈夫?どこも怪我してない?」

「なんでシーナさんがここに?」


 ケイトへのお仕置きも程々、僕たちは転送陣の間へ戻る。

 そこには、入場ゲート担当で、ここにいないはずのシーナがいた。


「よかった〜。実はね、ダンジョンの中でスクールの先生が実験に失敗して大爆発を起こしたんだって。それでリアム君大丈夫かな〜って心配してたの」

「そ……それはわざわざありがとうございます」

「それじゃあ今日はついでに退場ゲートまで一緒に行きましょうか!」

「で、でも」


 心配して出迎えてくれたらしいが、後にね、いるんですよ。


「私たちのことは気にしなくていい。今後のことは後日話し合うとしよう」

「ありがとうございます、アラン先生」


 一緒に転送陣に乗って帰ってきたアランたちとは、ここで別れることになった。


「それじゃあ俺たちは先にスクールに戻ってるぜ!」

「またね!リアム君!」

「次は薬学の授業で待ってますよ」

「ありがとうございました先生方。また学校で」


 僕は、恵まれている。


「ほら!お前もシャキッとしないか!」

「はぁ、でもですね、体が重くて」

「あと少しで校舎に着くからもう一踏ん張り」

「だって……みなさん、容赦ないん……ですから」


 ケイトは完全に憔悴しきっていて、震える足で踏ん張りがきかずに、まるで生まれたばかりの子鹿のようにプルプルと体を支えながら、重い口をなんとか開いていた。


「あの……その方、ダンジョンから出て来たのになんでそんな体調悪そうなんですか?」


 ふとその光景に違和感を覚えたシーナが、具合悪そうにしていたケイトに疑問を呈する。

 するとシーナに健康状態を指摘されたケイトは、まるで目から鱗が落ちたようにハッとした顔をしていた。

 それほど精神的にきてたんだな……。


「そう……そうでした!私は遂にあの呪縛から解放されたのですね!」

 

 ケイトの言う呪縛とは正座による足の疲労のことであろう。


「ああ、私としたことが失念しておりました!」


 シーナの提起で自身の足の疲労が取れていることに気づいたケイトはみるみるうちに元気を取り戻していく。


「魔法陣学の鬼才ケイト!ここに復活です!」


 最後には決めポーズまで決めて復活を宣言するまでに回復していた。


「それではリアムさん。私はこれから考察したい魔法事案がありますので、また学校でお会いしましょう」


 一秒も待たずに、やることがあるとその場を去ろうとする。


「お前は帰ったらまず始末書だ!」

「アラン!私には私の使命があるのです!そんないつでもできることは後です後!」

「コラ待てケイト!……それではリアム君また学校でな!」


 一目散に走っていくケイトを咎めようと叱りつけながらアランが追いかけ、他の先生たちは談笑しながらゆっくりと追った。


「面白い先生方ですね……」

「はい。律儀な良い先生方です」


 呆気に取られていたシーナを傍に、そうして初めてのダンジョン物語は、嵐の後の静けさを残して幕を閉じた。


「なんでダンジョンポイントが316万ptもあるのよ!」


 閉じなかった。


「なに言ってるんですかクロカさん。そんなはずはないですよ?」


 クロカとは、退場ゲートでのもう一人の担当オペレーターである。

 ところで、彼女とは面識がある。

 というのも、ギルドカードとステータスの魔石をもらいに行ったあの日、受付にいた女性がクロカだった。

 あれから数ヶ月、その間に配属が変わったようで、偶然にも、もう一人の担当オペレーターとなったのだ。


「リアム君は今日ダンジョンに入ったばっかりですし、第一私が入場前に確認したポイントも餞別分の100ptのみ。そんな急激に溜まるようなものじゃありません。冗談言わないでくださいよ〜」

「いや、冗談じゃ……」

「それに個人のダンジョンポイントを漏らすような発言は原則禁止じゃないですか。クロカさんももう少し気をつけて……クロカさん……気をつけて……」


 壊れたラジオのように、シーナが言葉を詰まらせる。


「クロカさん。私、転送に紛れ込んだ狂い鼠の錯乱を受けたようです。今すぐ上層部にゲートの封鎖を要請して来ます」

「現実逃避しないでシーナ!そもそもセーフエリア内にある転送陣に野生の狂い鼠が紛れこめるわけないでしょ!」

「ハッ──!だとするととある組織の計画的な犯行!?それとも密猟者の」

「んなワケないでしょ!」


 遂にはありもしない空想の謀略を唱え始めたシーナへ、クロカのすかさずチョップが決まる 。


「アテッ!酷いですよクロカさん!いきなりブツなんて……」


 クロカのチョップが当たったところを、ブー垂れながらシーナがさすっている。


『それにしても、こういう光景を最近よく目にする気がする』


 不覚にも、そんな二人のやりとりを見て、ふとカリナとラナ、そしてアランとケイトの顔を思い浮かべてしまった。

 ……同世代の友人。


「リアム君。ギルド支部の方まで同行してもらえるかしら」

「どうして?」

「ほらこれ。まさかあなたには別の数字が見えていたりしないよね?」


 想像に耽るのも数秒 ──目の前に晒されたダンジョンカード。

 そして、ギルド連行宣言。


 ダンジョンで討伐したモンスターや、ある一定の条件を満たすことで補充される不思議なポイントがある。

 ダンジョンポイントはダンジョン内にあるこれまた不思議な交換所で食物や資源、魔法道具などの物資と交換できる仮想通貨のようなもので、そのシステムはダンジョンの神秘の一つとして謎に包まれている。

 ダンジョンポイントは物資と交換できるということもあり、固定レートで1pt=銭貨1枚分の価値として換算することができる。

 ダンジョン交換所にはダンジョンポイントを魔力を流すことで表記できるシステムがあり、また交換ラインナップにその機能を持つポイントカードが存在するらしい。

 そのポイントカードをギルドは特別仕様の魔法道具として改良し、現在の高度なギルドカードを作り上げたと言われている。

 もちろんその技術はギルドが独占し、機密化されているわけだ。


「わざわざご苦労、君たちはもう下がっていい」

「しかしギルド長。この子は悪いことをするような子ではありません」

「君は……」

「はい!冒険者管理オペレーターのシーナです!」

「そうか……して、隣の君は?」

「クロカで〜す。以後お見知り置きを〜」


 支部長室で面会した男は、丸めた頭の肉体派。

 冒険者上がりだろうか。

 

「ということだな。とりあえず君達とはもう一度後で話すことになりそうだ。君たちは一度外に出て別室で待機していてくれ」

「でも」

「はい。ほらいくよシーナ」

「クロカさん!?……リアム君をお願いします!失礼します!……さっ!クロカさん行きましょう!休憩室でお茶でも」

「えっ!本当に待つの!?私、後5分で終業時間なんだけど!!?」

「いいから行きますよ!!!」


 扉が閉まる前に、ブーブークロカとプンプンシーナがとんでもない土産を残していった。

 なぜ僕が気まずさを感じないといけない……クロカめ。


「さて、俺はダリウス・ドッツ。ノーフォークギルド支部のギルド長をしている。当人である君を放置してすまなかった。……それにしても、本当にまだ幼いな」


 真面目でありながら優しさを感じさせる。

 なんというか人の上に立つ人物ってこういうオーラを持っているんだと思わされるような威厳を見せつけられた。

 すかさず、弱みを晒さないよう緊張感を高める。


「そう構えないでくれ。君のことはルキウスから聞いている。というか……おいルキウス!お前いつまで傍観してるつもりだ!」

「だってこれからがいいところそうだったし」

「学長先生!?」

「やあリアム君……驚いた?」


 支部長室には、入り口の扉とは他にもう一つの扉があった。

 どうやら隣にあるらしい部屋から、ノーフォークスクールの学長ルキウス・エンゲルスがジャジャーンと登場する。


「なんで学長先生がここに!?」

「だってぇ。魔法演習に向かっていた先生たちがさ、職員会議を悉く欠席していた。しーかーもー、今日はリアム君が中等区分の演習にお試しで参加すると報告を受けていた。これは何か面白いことがあるだろうなと思ってね。会議が終わってすぐにダンジョンに出向いたらスクールの演習場の方で爆発騒ぎがどうとか、そしたら解散した学生がいて彼らに話を聞いてみると君が魔法を暴走させたとか。そこで一旦、状況を把握するためにギルド長であるダリウスを訪ねた。で、ケイト先生が魔法陣を暴発させたというフラン先生とジェグド先生の報告がダンジョン出張所から上がってきたところで成り行きを大体察して、コレはいい暇の理由を得たとここで──おっと」 


 すんこい喋るじゃん。


「無知である様を放っておいて、踊るのを楽しむようなヤなヤツだよ、ルキウスは」

「ダリウスだって、サボり魔の癖してなにをそんなに偉ぶっているのか」

「ばっ──リアムの前でなんてことを!」

「いいじゃん。ホントのことなんだから」


 話を整理すると、学生の話とダリウスに上がってきた話の齟齬から検討を済ませて、大事にはならないだろうと判断するとダリウスのところで時間を潰し、すると連れてこられた僕から隠れて隣の部屋で様子を伺い楽しんでいたらしい。


「面会を申請されるにあたり報告にあったその不自然なポイントについても、演習場の森にいたモンスターが暴発に巻き込まれたとか、大方そうなんじゃないかなぁと、ルキウスから事前に話を聞いていたわけだ」

「いや〜まさかここまで連れてこられるとは。もう可笑しくて可笑しくて……ッ!」


 そのポイントはおそらく、演習場の森にいたモンスターを大量に討伐したために発生したポイントであろう。

 しかしそんな僕の一大事に腹を抱えている、我が校、組織の長ことルキウス・エンゲルス学長。


「笑い事じゃありませんよ!来てたんならどうして最初からこの部屋にいてくれなかったんですか!!」

「だってそっちの方が面白そう……アハハ!ダメだ変なスイッチが入って笑いがとまらない!!」

「ルキウス、お前は本当に昔から変わってないな……」

「あーあ!ダリウスこそ……相変わらず頭は堅そう、ブフッ!」

「うるせえ!これはスキンヘッドっていうアダルティな魅力と希望を秘めたステキヘッドだ!ギルド内でも結構評判いいんだからな!」

「まあまあいいじゃいか。こういうことでもなければ、お互い忙しすぎて中々会えないんだから」


 ダリウスとルキウスは、旧知の仲であることがうかがえる。


「まあな……働いてる場所はバカでかい建物を挟んで反対側だというのに、随分と疎遠になっちまったもんだ」

「というわけでリアム君、このギルドの頂点は僕の傀儡も同然だから、今日あった件も含めてある程度のことは揉み消すのでそのつもりで」


 アダルティなしんみりとした雰囲気の中、表情を変えずにサラッと物騒なことを呟く。


「リアムよ」

「はい……」

「本日の件、そしてこれからもできるだけ君のサポートをしていくつもりであるが、決してこいつのように性根の曲がったことだけはしないでくれ」

「酒に酔うのはいいのかい?」

「うっせぇ!」


 ルキウスのように面倒臭いことだけはしないでくれとダリウスは懇願するが、これがまぁ、満更ではないのだろう。


「善処します。ギルド長も大変なようで……」

「その歳で分かるか?いやはや思わぬところで良き理解者を得られるとは。是非今度飲みに行こう」

「なにいってるのダリウス?彼はまだ初等区分のスクール生。適齢にもなっていない子だからね。そんな非行の道を進めちゃダメだよ?」


 こういう時だけマジレスを返す。


「そんなことはわかっている!!しかしお前のような奴が友人にいると、相手はその位悩みを抱えるということだ!!」

「面白い冗談だね……!本当君たちは可笑しくて面白くて退屈しないよ!」


 この二人、案外、似た者同士だ。

 

「とりあえず今日はこれにて終了、リアムは後日にでもまた遊びに来るといい。その時は、ギルド長である私自らこのギルド支部内を案内してあげよう」

「ありがとう。それじゃあ遠慮なく遊びに……」

「お前じゃない!しつこいぞ!」


 さも当然のようにツッコミが入る。


「ハッハハ!それじゃあギルド長様もお忙しそうだし、行こうかリアム君!」


 煙たがるダリウスから逃げるように、ルキウスはそそくさと退散し始める。


「あっありがとうございました。また今度お邪魔します」

「おう!今度ギルド支部自慢の酒場に連れてってやるからな!」


 ……それは本気だったのか。

 的の外れた返しに、ダリウスの謎の本気度を感じる。


「これからもどうぞよろしく」


 ギルド長室の扉が閉められる頃、ルキウスに手を引かれる僕の口から漏れたその言葉はきっと、ダリウスには届いていなかった。




──帰宅後──


「「「316万!?」」」


 今、驚嘆の声をあげたのは、ウィル、アイナ、カリナである。


「316万って俺の年収よりも……」

「魔法が成功したっていうからお祝いを用意していたんだけど、もっと用意すればよかった」

「私がこれまでに貯めたポイントよりも多い。これじゃあ、お姉ちゃんとしての立場が……」

 

 魂が抜けたように、困り顔で、心なる宇宙を見つめて……ポイントそこ


「あの、森を半分消してしまったっていうのは……」

「すっごい魔法を使ったって、カリナから聞いてたから。リアムの実力は知ってたし、それくらいの覚悟はしていたから。でもまさかそんな大量のポイントを稼いでくるなんて……リゲスにもっと砂糖を使ったパイを頼めばよかったわ」


 なぜそんなにケロッとしていられるのだろう。

 いくら先にカリナから聴いてたからってその反応はいいのか!?

 ……それともこちらの方が魔法ある世界の親としては普通なのだろうか。


「リアム……明日は学校休みだったな」

「うん」

「よし。それじゃあ明日、父さんと出かけよう」


 カオスの中、光明を見たような表情で明日の外出に誘うウィルは、打って変わってどこか嬉しそうだった。

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