第19話Resonating heart


「遅刻ですよ、ジェグド!」

「すみません……もう演習始まっちゃってたか〜」

「あなたが担当の闇属性組は、今、アランが監督してます」

「そうか。それじゃあリアム、一旦お別れだ」

「ジェグド先生、ありがとうございました」

「おう!これからたくさん冒険しろよ!俺直伝の闇魔法もしっかりと叩き込んでやるからな!」


 スクールのケレステール魔法演習場では、既に学生たちが魔法の練習を始めていた。


「今日は氷属性を教えているフラン先生にリアムさんの担当をしていただこうと考えています。いきましょう」


 ケレステールでの魔法授業では風属性を担当をしているケイトと行動を共にする。


「フラン先生」

「先輩、どうしたんですか?」

「フラン、こちらリアムさんです」

「あなたがリアム君……入学式で拝見いたしましたので存じ上げてはいましたが、間近で見ると本当にまだ小さいのですね。私はフラン・フィヨルド。ケレステールでの魔法授業では空間属性と、特別にですが一部の生徒に水の派生系である氷属性を、また、普段は召喚術とダンジョン学を主に教えています」

「ダンジョン学は履修する予定です」

「はい、存じ上げていますよ。噂のリアムさんが私の授業を受けると申請を見て、楽しみだったんです。ところで先輩、どうしてリアムさんがここに?」

「リアムさんのお姉さんがここにいるでしょう?」

「お姉さん……あぁ、カリナさんですね。カリナさんなら、今日はビッド先生のところで回復属性の練習をしていますよ」

「……なんですって」


 万が一僕が怪我しても大丈夫なようにするって、ここに来る前に張り切ってたからな〜。


「そんなわけでして、私のところはこの通り、今日は門前雀羅を張っています」

「人がいなくてちょうどいいですね。今日はリアムさんの魔法を見てあげてください」

「えぇ!? 私の属性担当、ご存知ですよね!?」


 空間属性は、基礎属性の中でも扱いが難しく、一番希少な属性と聞いたことがある。

 で、氷属性は基礎の水属性の派生系。


「ほら、事前に話したでしょう、リアムさんが上級生たちの魔法演習に参加する理由」

「それは、まぁ、聞きましたけど……魔力が少し多いからって、氷属性を教えるにも派生元である水魔法を先輩が先に教えた方がいいのでは?」

「それはその、大きな魔力を扱うのはあなたの方が長けていますし……」

「でも、今日はたまたま他のところに生徒が散らばっているだけで、これから先ずっとリアム君の水魔法を見ていけるわけではないですよ」

「いえ、ですから……まぁ、授業選択の申請も終わりましたし、いいでしょう。──コホンッ。先生方にはリアムさんの魔力量の異常性についてのみしか事前に伝えていませんでしたが、これから先生方にはリアムさんの魔法を見てもらう予定ですし、隠していてもしょうがないので正直に告白します……実はリアムさんは……全属性に適正がある魔力持ちなのですよ」

「えぇ──!そうなんですか!?」


 えぇ──!?は、僕の台詞だ。

 ここだけの話でもなんでもないただの暴露。

 この人、僕を他の授業の勧誘から遠ざけるためにこれまで話さなかっただけじゃん。


「本当ですか、先輩!」

「嘘を言ってどうするのです」

「やった!これで魔法練習の時に教えられる生徒が増える……!」

「そういうわけですから、今日は手が空いているあなたがリアムさんに魔法について教えてあげてください」

「えっ、でも私の属性担当──」

「じゃ」

「じゃ、って!?先輩!?私なに教えればいいんですかぁ!?……あぁ、行ってしまった」


 ケイトは自分の担当する学生たちのところに向かってしまった。

 フランと取り残される。


「どうしましょう……とりあえず、まずはリアム君がどのくらい魔法を使えるのかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「……僕はまだ、魔法のまの字も知らないような素人です」

「なるほど。そういうわけですか……全く先輩は……」

「何かまずいですか?」

「いいえ。ただ、だったら尚更、まずはスクールの方の演習場で魔力操作の訓練をして慣れた方が良かったのではと思いまして。少し魔力が多いくらいでしたら、問題ないかと…… ケイト先生が変なことを言ってゴメンなさいね。あの人、実際はとても凄い人なんだけど時々抜けていて、マッドな研究熱が悪い癖として出ることもあって……」

「先生も、苦労なされているんですね……」

「えぇ。リアムさんもそのお年で中々の重荷をお背負いのようで、大変ですね……」


 ケイトに振り回される同志、がっしりと握手を交わす。


 ・

 ・

 ・


「それでダンジョンは空間魔法やその他の高度魔法の宝庫なわけで、その謎、神秘を解き明かしていこうというのが主題なのですよ」

「それは凄いですね。確かに、あのシステム性を魔法として確立するためにかなり特殊な命令式が魔法陣に組み込んまれているはずですもんね」

「そう!……そうなんですよ!私のテーマは正に今それで、複数の魔法を組み合わせた高度な空間魔法とこのダンジョンの世界がある空間の特定に至ることなんですよ!……しかし、魔法陣を構成する文字群がオブジェクトダンジョン特有のもので解読が困難で……」


 ケイトに押し付けられて、今日の担当となったフランと共に、何故か始まったケイトの愚痴大会から、今はダンジョン学についての研究話に花を咲かせていた。


「ケイト、特にこれといって問題は起きなかったが?下級生でも、何かあればすぐに避難できると思うし、先生もついてるんだ」

「やっぱり、多少魔力が多いくらいで上級生の方に参加させなくても、下級生の魔法練習で良かったのでは?」

「……少々失礼」


 授業も終盤、ジェグドと、もう一人の教師アランにリアムの上級生側の魔法練習参加の是非について責められていたケイトは、ズンズンと、リアムとフランの下へ向かう。


「フラン、そしてリアムさん。なぜあなたたちは授業と関係のない話をそんなに楽しそうに話しているのかしら?」


 時間も忘れ、フランとダンジョン学について談笑していた僕たちの後ろから、声のトーンの落ちたケイトがハイディング。


「せ、先輩……?ちょっと顔が怖いことになっているんですが……?」

「なぜですフラン?私の顔はこれでもかというくらいに笑っていると思うのですが?」

「いや……、だから……先輩がそんなニッコリした笑みを見せることなんてそうそうない、ですから」


 フランが、ジリジリと後退していく。


「そう、そんなに私が笑顔でいることが珍しいですか」

「はっ!違うんです先輩!私はただ本当のことを!……あっ」


 完全な墓穴を掘ってしまったフランは直様回れ右をし、眉をピクリと動かしたケイトを背中に逃走を謀る。


「あなたの言ったことは正しいようですよフラン。私がこんなに素敵な笑みを浮かべる時は大抵、何かしらの仮面を被っているのですよ」

「イタイイタイ先輩!ごめんなさい!……ごめんなさい!」


 静なる伸ばされた右手が襟を掴み引き寄せると、その後は両手で、フランの両耳を引っ張り続ける。


「あなたは仮にも教師としてここにいるのですから、いくら普段やることが少なくても、生徒が一人でもいるのならしっかりと授業を行いなさい」

「はい、すいませんでした先輩」

「とりあえずフランもリアムさんも、こちらに来てください」


「「は〜い」」


 ケイトの逆鱗には触れたくない。

 説教を再開させないため、従順なものである。 


「と言うわけで、フランが授業をサボっていたようです」

「ハッハッハ、自由でいいなお前らは!俺はいいと思うぞ!」

「ジェグド、これに関してはあまり褒められたことじゃない」

「ごめんなさい……」


 魔法演習が終わった後、現地解散が言い渡されてちらほら残っている生徒もいる中、ケイトに演習場に残るように言われ、繰り広げられている先生たちの話し合いの場に同席していた。


「もう終わってしまったこと。まだ残っている生徒もいますから、この辺にしませんか」

「ビッド先生。私も、これ以上フラン先生の尊厳を傷つけるつもりはありません。論点は別にあります。正直に言って私は、彼をこちらの魔法演習に参加させることは反対だったんですよ」

「そういえばアランさんは先日、そのようなことをおっしゃってましたね。なぜでしょうか?」

「それは……、彼にはまだ、この魔法演習は早すぎると判断するからです」

「へぇ、真面目で教育熱心なお前がそんなことを言うなんて珍しいな。アラン」

「彼を軽視しているとか、そう言うわけではない。本人を前に非常に言いにくいのですが、これは私の個人的な史観と感情も少し絡めた上での判断なのです」

「というと?」

「彼がスクールの入学試験を受けた日、皆さんにも既にお話ししたとは思いますが、私はあの日ミスを犯しました。仕事の伝令を怠り、入学試験を補講代わりに生徒に任せ、更には全くレベルの違う試験を受けさせてしまったのです。その結果、彼は見事に試験合格を果たしたわけですが、入学式の日にはその才能が買われ代表挨拶、現在もこうして学問のみならず魔法においても特別措置を受ける立場にあります」

「それの何が悪いって言うんだよ、全部いいことじゃないか」 

「私はそれが、彼の将来を危険にさらしているのではないかと思うのです。皆さんも、本スクールの教師は様々な境遇のもと集まっているので、少なからず世間には妙なしがらみが存在することをご承知でしょう?」

「……はい」

「まあな」


 フランとジェグドは神妙な面持ちで答える。


「この国の文化はここ百年ほどで、オブジェクトダンジョンの恩恵と魔法技術の向上によりとても安定してきています。しかし今でも貴族と平民、そして法によって待遇は改善されていますが存在を拭えない強い支配を受ける奴隷と、階級が存在します」


 そこにいたメンバーを一度見回した後、アランは話を続ける。


「私は彼が、いずれそのような理不尽に巻き込まれないかどうか、それが心配でならない。そのため私は、せめてもの間、まずは彼を学問の分野で十分に育てた後にでも、魔法に関する特別措置を取ることが良いのではないかと考えている」

「確かに、急激な変化というのは時として残酷なものですね」


 アランの考えに、追随するかのようにビッドが頷く。


「ケイト、いくら彼が才気溢れる子でも、私は彼にこんなに早くから特別措置をどんどん適用していくことは反対だ」


 そんなことを考えていてくれたのか、アラン先生は……。


「遺憾です。限りなく遺憾ですよアラン」


 真っ直ぐな瞳で語るアランの演説に、異を唱えない他の教師陣をケイトは一蹴する。


「皆さんも、私が周囲の目への配慮も考えずリアムさんに措置を用したと思われているのなら、それはとても遺憾です。私がそのように配慮に欠ける教師だとお思いで?」


 すみません、ケイト先生。

 心情的には、こちらの弁護をしてもらっている気分ですが……思います。


「先輩……」

「お前がそれを言うのかよ」


 ケイトのここぞという台詞はうまく決まらない。


「この間も、『魔法陣学の未来と発展のためです』とかいって校庭に馬鹿でかい陣を作るために魔石粉マジックパウダーをばら撒いたくせに、パウダーに魔力を混ぜるのを忘れて結局、相当量の魔石粉が風に運ばれて無駄にしてたのに……せっかく手伝ったのに、俺まで怒られたんだからさぁ」

「うっ……」


 ケイトの失敗暴露話、ジェグド優勢である。


「まあ、しかしぃ、それはそれ、これはこれです。今回の件とその件は関係ないので魔石粉の件はセーフです、セーフ!」


 アウトだよ。


「とにかく!アランの懸念のおおよそについては、こちらで学長先生と話し合った上なので、皆様のご心配には及ばないと思います」

「学長が……」

「あの人と話し合った上でって大丈夫なのか?」

「ちょっと、不安が増しましたね」


 ルキウスへの不信感が半端ない。

 なんであの人学長やってんの。

 

「リアムさんの学力は少なくとも中等区分クラス程度にはあります。それはアランが一番よく知っているでしょう。どうせ学問でリスクが同行するのですから、そこに魔法が加わったって同じようなものです」

「だが倫理観をだなぁ……」

「ゴブリンにでも食わせておけばいいのです。それにリアムさんが魔法の練習をして学舎の魔法演習場が全壊、メーテール演習場にてまだ魔法に慣れていない同級生を巻き込んで大量虐殺、なんてことになるより大分目立たなくて良いと思いますが、違いますか?」


 全てを蹴散らす元も子もないセンテンスだ。


「今の話では、リアム君が魔法演習場を破壊する可能性があるということだが、それはつまりビッドさんを除くと、我々が行使できる最上級魔法に匹敵する魔法を使用するということになる。ならばケイト、お前がそこまで懸念するリアム君の魔法の力、見せてくれないか?」

「いいでしょう、見せてやりましょう!」

「……リアム君も、どうだろう?」


 どうしてケイトがやりましょう、とか言えるの?


「ということでリアムさん!ここはオブジェクトダンジョン。ここで負った傷はダンジョンを出れば治りますし、最悪死んでも生き返ります」


 不穏な前置きである。


「それにここら一帯はスクール専用の演習地。背後の森から草原を経て、マザーエリアまでは他の探索者や冒険者はいませんし、新地にしてしまっても特殊な魔法道具を使わないと傷ついた自然は一夜で元通りです」


 へぇ〜、それは知らなかった。

 新情報だ……それなんて戦略魔法?


「先生。僕は意識して魔法を使ったことはありませんし、そもそもそんな大きな神話級の魔法を使う必要性はないです。雑草狩りをするつもりはありません。まずはロウソク程度の火を出す魔法でも目指して少しずつ練習を……」


 僕ね、今、すっごくまともなこと提言してると思うんだ。


「さあリアムさん!今こそあなたのその眠れる才能を解き放つのです!演習地を焼け野原に変えてしまいなさい!」


 打診は響かなかった。

 ケイトは完全にシャットアウトし、どこかの艦船主砲の発射を指揮するように、堂々と眼前に広がる草原へと向けていた。


「では私は念の為、演習場に残っている生徒たちを集めてきますね」


 そうしてビッグマウスを放ったケイトは、異を唱える間も無くさっさ散らばる残った生徒たちを集めに行った。


「フゥ……」


 今日は口にすることのできない感情の起伏が激しい。


『解き放つのです!……そんな大規模な魔法って想像できないから。まずは生活を豊かにする魔法の使い方を覚えていきたい』


 ぶっちゃけ、ケイトの発言は、お巫山戯の域に達している。


「リアム君、昔からケイトは自分の興味あることとなると、ああやって暴走しがちだ。大目に見てやってくれ」

「あれを……?」


 今も「さあ皆さん!危険ですからこちらの方に集まってくだっさい!」と演習場に残っていた生徒たちをかき集めている。


「……まぁ、そのなんだ。すまないが、私も、念の為にこの目でしっかりと君の実力を確認しておきたい。さすれば私は教育者として、君の将来のためとなる指導が提供できるだろう。だから私にも、君の今の実力を見せておいてくれないか?……よろしく頼む」

「でも、一面焼け野原とかは無理ですよ」

「当然。よし、私が簡単な火魔法をレクチャーしよう。魔力を体の外に出して属性変換するだけでいいよ」


 そうして僕は、これまで行使したこともない魔法を訳のわからない期待と検証のために、魔法演習の先生総出の前で実演する羽目となった。


「魔力の火への変換は、簡単な方だ。体温を感じているからね。熱くしていく感じでいい。もしくは、可能であれば君が持つ火へのイメージを練り込めると、制御が効きやすくなる。魔法を扱うときに魔法鍵(スペルキー)を唱える理由と考え方は同じだ」

「イメージが大事」

「そうだ。杖を構えて、杖先に君が構築したイメージを集中させる。そこへ、体の中から放出した魔力をぶつけるのが、一番手っ取り早い。時差式の命令を込めたり、体外に出た魔力を制御したりするのは、少し難しいステップだからね」

「はい。でも、魔力の放出って、どうすればいいんでしょうか」

「リアムさん、先日のマンドラコラの捕獲の時の魔力操作の感覚は覚えていますか?」

「はい」

「よろしい。あの時、寄せるように傾けた魔力の勢いを、フッと蝋燭の火を消すくらいの勢いで押し出すようにすれば大丈夫。ただ、リアムさんの場合は本当に魔力の量が多いですから、お手柔らかに」

「手加減、やっぱり難しそうですね」


 手加減と言われても、どのくらいの加減が手加減になるのか、いまいちわからない。

 

「あなたは先日、魔石を通して魔力の繋がりを感じたはずです。覚えていますか?」

「はい」

「後はそれを、魔石を介さずに自然界に存在する魔力に波紋のように共鳴させて放つのです!」


 試行錯誤、アランとビッドのアドバイスを受けていると、学生たちへの声掛けが終わったケイトが戻ってきた。

 結局は抽象的で、いまいち現実味リアリティのない説明である。


『よくそんな抽象的な感覚で扱うもの、初っ端から素人に成功させようとしているよ……たく』


 もう、ここまでくると欠伸をして寝転びたくなる。


「それでは、精霊の加護があらんことを」


 これでできないと、ちょっぴり恥ずかしいじゃん。

 本気でやるけど、できなかったら凹むよ。


「リアムー!あなたならできるわ!大丈夫よ!」

「いっちょ派手にどかーんとやっちゃえ!」


 うわー、カリナとラナの応援が僕の羞恥心を煽る煽る。

 嬉しいけどさ。


『まずはこの前感じた自分の中の魔力を感じて……魔石を通して繋がった炎、ようはあの時と少し違って、ただの魔力タンクとしてだけではなく、変換器としての役割も担えばいい、この解釈で合っているだろうか』


 教えてもらった通り、魔石を通じて魔力を垂れ流した時のことを思い出して、構える杖先には、火のイメージを収束させる。


『でも、この前みたいに火柱が立ち上ったりしたら危ないからなんとか綺麗に纏まらないかな?球……ボール、小さいボール、ビー玉か。蝋燭くらいの火玉ならビー玉くらいのイメージがいい。火が拡散しないよう、球状に収まるよう維持できればどうだろう。これなら魔力供給をやめれば済む。供給遮断は一度やってる』


 火のイメージに、魔力は燃料だとか、杖先は火種でそこへ燃料を噴射するだとか考えていると、ガスバーナーを経て、火炎放射器が頭の中に浮かんできた。

 放射はダメだ。

 魔力の加減に慣れてないせいで辺り一面焼き尽くす、ありそう……危なかった。


「いい集中力だ。では、やってみようか」

「はい──」


 杖先への意識を保ちながら、感覚を体内に割く。

 魔法行使は、一段階の夢。

 望みが叶えと強く願いながら、名詮自性へ、内省を注いだ。


「いけ」


 ……ヤバっ。

 出たと思ったら、ごっそり出た。


「マズい……!」


 うつ伏せの炎の巨人が起き上がるのを見ているようだった。

 杖先から、明らかに異常な炎が飛び出したのだ。

 魔力をたくさん使ったという感覚はない。

 こんなに近くに火があるのに熱も感じない。

 それでも、いきなり大量の火を目前にすれば焦ってしまう。

 すかさず、供給する魔力を切ろうとした。


「でました!見てますか皆さ──!」

「魔力供給を切るな!!!」


 待ってましたと、ここぞと捲し立てるケイトの言葉がアランの大声で掻き消される。


「これは、また、面妖な」


 杖先から飛び出したものは、炎だけではなかった。

 噴出した炎がチカチカと目を刺激したかと身構えると、そこにはもう、脅威はなかった。 

 杖の射線上に現れた黒い球体にほとんどが吸い込まれたのだ。

 あれだけの量の炎を見たのも初めて、その炎が指向性を持って、宙の一点にみるみる仕舞われてまう光景を見るのも初めて。


「なになになに、あれあれあれ!」

「炎が吸い込まれた!」


 あんぐりと口を開けるカリナの隣では、ラナが飛び跳ねて、目を輝かせている。


「リアム君、そのまま魔力供給を継続しながら応えて欲しい。まず、魔力はまだ保ちそうか? 枯渇する気はするかな?」

「それは、大丈夫です」

「もし、体がだるいとか、維持が無理そうだと感じたらすぐ報告してほしい。そして絶対に、よしと言うまでは供給を切らないでもらいたい。できるかな?」

「はい」

「フラン先生。緊急です。生徒たちを避難させたい。マザーエリアの付近までゲートを繋いでもらい、誘導をお願いします。避難が終わったら戻ってください」

「わかりました……?」

「ビッド先生とケイトは、生徒たちと一緒に、監督をお願いします」

「任されました」

「わかりましたが……アラン、もしやあれは」

「いいから、私とジェグドに任せてくれ」


 アランは、粛々と事態の収集を始めた。

 傍から見学していた生徒たちをフランが集めて、避難誘導を始めた。

 しかし、アランの緊張感が酷い。

 こちらにまで、彼が焦っているのが伝わってくる。

 そんなに大変な事態に陥っているのだろうか。


「アラン、これは、闇力子(グラビトン)か?」

「ジェグドがそう見るなら、間違いないだろう。私もそう思っていた」

「なら、不味いな」

「ああ、不味い」


 現れた黒い球体について意見を出し合った2人の表情は非常に落ち着いているのに、声色は切迫としている。


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