第18話Air insubstantiality
──5年Sクラス教室──
一年生の授業が午前で終わる日の午後、僕は五年生のSクラスへ。
「ええーという事で、特別措置を取ることとなったリアムくんじゃ。皆、先輩としてしっかりと面倒を見てあげるのじゃぞ」
「はぁ〜い」
五年Sクラスのおじいちゃん先生ダロンからの紹介を受け、クラスからは、いかにも普通の返事が返ってくる。
「儂は魔法担当ではないからついていくことはできんが、優秀なお主の姉もおることじゃし大丈夫じゃろう。気楽にな」
「はい!頑張ります」
「うむ、いい返事じゃ。それじゃあまたの」
「これからもよろしくお願いします」
ダロンは、おじいちゃん独特の、威厳がありつつも優しさにありふれた声で激励の言葉をかけてくれた。
『とりあえず、荷物を置こう』
ダロンが教室を去った後、教室には様々な音が入り乱れ始める。
一番前の机に荷物を置き、荷物を整理するため椅子に腰をかける。
魔法演習は外での授業だから、なるべく早く支度を済ませよう。
「かわいぃ〜!ねえ、私たちと一緒に行きましょう?」
「ガサツなマルコたちには任せておけない」
「なんだと!おい、もういっぺん言ってみろ!」
「なあ、こんな奴らほっといて俺たちと行こう!」
席に座ると一呼吸おく間もまなく、教室にいた一部の生徒達が歓迎してくれる。
「ヒィッ……」
「この、芯まで凍るような冷気は……どうして」
どこからともなく凍えるような冷気が流れてきて、声をかけてくれた先輩たちが両腕をさすりながら情けない声をあげる。
「姉さん」
僕も寒さを感じ、教室を包む冷気の流れてくる方へと視線をやると、そこには見慣れた姉のカリナと、その頭上に浮かぶ大きな氷の塊があった。
「「「「姉さん……?」」」」
ハモる先輩。
「今年からカリナさんと一緒に登校している一年生の子がいるって噂」
「あ、あったなそんな噂。まさか……」
「へ、へぇ〜、姉弟揃って優秀なんだ〜」
「マジか……」
……焦り方が尋常じゃない。
「ごめんなさい!カリナさん、別に私たちあなたの弟にちょっかい出そうとしたわけじゃないの!」
「そう!ただちょっと仲良くできたらな〜って、だから……ね?その氷の塊をしまって!」
「そうだ!今度、家のシェフに作らせた甘いお菓子を持ってくるからさ!それで手打ちに、な!」
「り、リアムくんも弁明して、我々の庇護を」
ゆっくりと前進してくるカリナに先輩たちは次第に怯え始め、しまいには庇護してくれと、先輩後輩の関係まで逆転した。
「問答無用!」
皮切りに、脱兎のごとく、先輩たちは急反転して背中を見せる。
教室の隅に追いやられた今、どこに逃げるというのか。
「ぎゃーーー!」
「つめた〜い!」
「ヒィーーー!」
「ヒヤッフ〜……この程度、俺にとって──ン〜、無理!」
逃走姿勢も虚しく、頭上の氷が分裂し、彼らの頭上まで移動、それから更に分裂し礫となり、雨雪のように降り注ぐ。
「ヤッホ〜、リアムくん」
「ラナさん……こんにちは」
「こんにちは、リアムくん。今日から一緒のクラスで魔法を勉強することになったんだから、私の呼び方はラナでいいよ〜?私もリアムって呼ぶから!」
「えっ……はい、あの、ラナさん」
「ま、直ぐには無理、か。でもいつかはもっと親しい呼び方をしてほしいな。あっ……じゃあ今はラナお姉ちゃん!でもいいよ!」
唖然とする非日常的な光景の中、ラナはとびきりの笑顔で話しかけてくる。
彼女とは、スクール初登校の日から何気にほとんど毎日一緒に登校している見知った仲となっていた。
「ラナ!リアムはあなたと違って礼儀正しいいい子なんだから!それにリアムのお姉ちゃんは私一人!これは絶対!」
「はいはい、どうせ私は軽くて礼儀が悪いですよーだ」
氷の礫が一つ、僕とラナの間をものすごい速さで突き抜けると、カリナの横槍に、ラナはブーブーと不貞腐れている。
「リアムの優秀さは身をもって知っていたけど、勉強の方じゃなくて、まさか魔法の方でご一緒することになるとは想定外だった〜!」
「あの〜、あれ、止めなくていいんですか?」
何事もなかったかのように話、続けるじゃん。
「ああ〜、いいのいいの気にしないで!あれ、カリナなりのスキンシップだから」
「スキンシップ……」
「連中も分かっていて付き合っているから大丈夫!前にもちょっと話したと思うけど、カリナは良くも悪くも、皆と一線を画す存在だからね〜」
「良くも、の意味ってなんでしたっけ」
「うーん、私の親友?それにしても、今日はなんだか長めだね」
一線を画す、とはいえ孤立しているというわけではないのね。
「ちょっとカリナさん?なぜかいつもより威力強くありません!?」
「そうだぞカリナ、さん!もう許してくれよ〜!」
「よ、よし!巷で噂のベリーパイも追加で!」
「フハハ!なんのこれし──グハッ!」
「「「マルコ!」」」
「へへッ……みんな、生きろよ」
マルコ男子生徒に少し大きめの礫が直撃、歴戦の戦士がごとく見事な最後……ではないものの、被弾した彼のその顔は己の全てを出し切り雌雄を決する戦場に散っていった戦士のような、そんな満足げな表情をしていた。
避けた拍子に自分からぶつかりに行ったよね、今さ。
「急所は外しておいた。しかし、もう目覚めることは……ない」
「「「マルコ〜!!!」」」
「オウ……グッド・ラック・マルコ」
実はかなり乗っているのではないかと思わせるカリナの台詞を前に、一人の先輩は既倒、周りの他の仲間たちは倒れいったマルコの勇姿を惜しむがごとく彼の名前を叫び、倒れた彼にエセ外国人のような激励を送るラナという配置。
『なんだこの寸劇……次回予告は?』
繰り広げられる寸劇の終演を見て、被害にあった先輩方には失礼ながらもついつい、マルコを失った先輩たちの行方について気になってしまった。
──移動中──
「ラナさんはSクラスだったんですね」
「言ってなかったっけ?ふふーん、こう見えても私はとても優秀なのだ〜」
「異議あり!」
「イテッ!」
「あまり調子に乗らない。いっつも試験のたびに泣きついてきて、毎年実力テストのある頃に、私を巻き込んで缶詰をするのは
「あはは〜、参った参った」
頭に鉄槌(チョップ)を受けたラナは、両手を合わせて舌をチョロまかしている。
リスペクトタイムは一瞬で終了してしまった。
「ま、学問じゃなくて、剣術や体術みたいな実践向けの成績が良いからね……腑に落ちないけど」
「カリナが……デレた?」
「誰がデレたって!私がデレるのはリアムだけ!」
「ナハハ〜、……と、私はいつもお姉さんにはお世話になってるってわけ!」
「なんでそう自慢げなの……」
これはデレてる。
「それでも、ちゃんとSクラスになれるような成績を認められているわけだし、ラナさんは凄いよ!」
「あれ?そう?いや〜リアムって本当にいい子。やっぱり私の弟に」
「コラッ!ラナ!」
「はいはい!わかってますよ〜」
お世辞でもなんでもなく素直に凄いと思ったのに、やっぱり、褒めてはいけない部類の才能だったか。
「簡単に褒めちゃダメ。直ぐに調子にのるの。それに、二人とも、おしゃべりしてる間についたよ」
カリナが視線を移した正面、ケレステールは今日も多くの人達で賑わっている。
いよいよか……ついに、この場所へ入る時がきた。
「ほら、少し遅れ気味だから急ぎましょ!」
「遅刻して罰をもらうのだけは嫌〜!反省文と雑用手伝いだけはもう勘弁!」
ラナが、スイスイと人混みを避けながら走っていく。
「リアムも!入るのが初めてだから、色々説明があるだろうし急ぎましょ!」
「うん!今いく!」
心踊る。
人生初の挑戦となる ”ダンジョン” へと、駆けていく。
──回廊受付──
「九番のシーナさん……」
一旦、カリナとラナと別れ、回廊を歩きながら入場ゲートを探していた。
ケレステールのダンジョンゲートは東側の入場ゲートと西側の退場ゲートに別れている。
また、指定された番号ゲートを使って入退場する。
そのため、ダンジョンオペレーターなる受付担当の人が一人につき2名つく。
自分の場合、入場ゲートはシーナ、退場ゲートはクロカというダンジョンオペレーターがメインオペレーターを担当することとなっていた。
「注意事項は以上となります。何か質問はございますか?」
「大丈夫です」
「では、ギルドカードに餞別のダンジョンポイント:100ptのチャージを行います」
初めてダンジョンに入る際の諸注意を受け、それも終盤に差し掛かっていた。
「あの子、アンダーの証を付けてないってことはこっち側の子だろ?」
「スレーブの証も付いてないし、一般の子でしょ?なんであんなちっちゃい子が?」
先程から、冒険者や探索者といった周りの雑踏からの奇異な視線が刺さる。
「はっはっは、君にダンジョンはまだ早すぎるだろう!なんなら、俺を護衛として雇わないか?」
ヤダなぁ、なんて思っていたら、一人の赤髪の少年が話しかけてきた。
鼻に絆創膏を貼ると、とても似合いそうだ。
「ウォルターさん!この子はスクールの魔法練習のためにダンジョンに入るだけですから、そのような心配はご無用ですよ!」
「そうだったのか……その若さで……ん、なんかついてる?」
「年齢はそんなに変わらないと思いますが?」
年齢的にカリナと同じくらい……13歳くらいに見える。
「俺はもうスクールも卒業してるって!少しばっかし若く見えるのは、ばあちゃんがエルフだからだ!」
「へぇー……」
「な、なかなか胆力がありそうな子だ……将来は大物か?」
「この子はとても優秀で、本日は上級生たちとの魔法の練習に参加するそうなんですよ!すごいですよね〜」
「てっきりそんなに小さいからどこかの金持ちのお坊ちゃんが見栄を張ってダンジョンに来たかと思った……すまない少年!それにシーナちゃん!悪気はなかったんだ!」
それでも、最初の態度はダメなのでは?──でも、謝ってくれるというなら、こちらとしては吝かではない。
「もしダンジョンやスクールでわからないことがあったら俺に聞け!初心者の大抵のことや護身術なら教えてやるぞ!」
「ご親切にどうも」
「おう!ということで、シーナちゃんも忙しそうだし、自分で依頼を探しにいくから俺は掲示板を見にいくな!あっ、俺の妹がスクール生だから!何かあったら五年Sクラスに行け!妹の名前はラナだ!それじゃあな!魔法の練習、頑張れよ!」
第一印象通りの気っ風のいい素直な人だなぁ…………?
「はぁ!!!!!!?」
「ど、どうかしましたか!? リアムさん?」
……心臓が、赤くなった気がした。
──転送陣の間──
「凄い……これが転送陣……」
受付を済ませ、ケレステール地下中央広場にある転送陣の間にて──。
「この転送の間にはダンジョン内に繋がる幾つかの転送陣があり、ダンジョンに入る方々は皆さんその陣から潜入します。今回は初回なので私も同行していますが、先ほども申し上げた通り、普段は他の業務もあるためこれから先は基本、私がここまで同行することはありません。特にこれといって難しいこともありませんので大丈夫ですよ」
隣では、シーナが中央にある複数の転送陣を指して説明する。
「またDpt (ダンジョンポイント)の交換所はダンジョンの中に専用の施設が、退場の時は退場ゲートの方でもう一人の
転送陣を使用する順番を待ちながら、これからのことについて再確認する。
「わかりました。中には先に姉や、スクールの先生たちが入っているはずなので、わからないことがあったら頼ろうと思います」
「それはいいですね。リアムさんはその年でしっかり……し過ぎているぐらいですが、見知った方がいらっしゃるならそれに越したことはありません。もちろん、受付に来ていただければ、私たちの方でもサポートはさせていただきます」
「はい、ありがとうございます」
そうして会話をしているうちに、あっという間に順番が回ってきた。
「では……いよいよですね!」
「なんか改めて、緊張してきました」
異世界に来て初めてのダンジョン、そして ”転送”という未知のメカニズムと現象を引き起こす魔法に、緊張を抑えられない。
「大丈夫ですよ。一度体験してしまえば慣れてしまうものですし、何よりも経験が第一。後になってみれば、呆気ないものです」
凡人ながら見当すると、物質の分解と再構築による転送、はたまた少し違うが、紙を折り曲げて説明する有名なワープ論などが有名だった。
もし転送間における肉体の分解と再構築なんかが行われるならば、僕は僕であるのだろうか……いかんいかん、そういうことは考えないほうがいいな。
時として、半端な知識はなかったほうが気が楽、ということは多々あるものだ。
「案外子供の方がパッと行けるものです!陣を起動してからは一瞬ですから
そこまで思考が単調なわけじゃないんだよ、これが。
でも、シーナの言っていることは一理ある。
『しかし……、まさか受付で驚かされるとは』
あれが初ダンジョンで1番の記憶になるのだけは嫌だな。
入り口手前から豆鉄砲をくらい、そのことがチラチラと脳裏にちらついて頭の隅っこから離れない。
これ以上の驚きが、どうかダンジョンの中でありますようにと変な杞憂を抱える羽目となり、新たな一筋の希望をダンジョンへと抱く僕は、短絡的か。
「スー……ハー……ここまでありがとうございましたシーナさん。いってきます」
「その調子です! それでは、これからも良き
なんか前世のアトラクションみた……。
……い。
「おぉー」
一歩踏み出すと、なんてことなかった。
眼前の冒険者達の配置や顔ぶれが一瞬で変わった。
「おい坊主!起動した魔法陣にずっと乗ってると少しずつ魔力を吸われていくぞ!」
しばし感動していると、忠告が浴びせられる。
「はい!」
慌てて転送の魔法陣より外に出た。
「消えた……みんなに聞いた通りだ……」
乗るだけで起動し、降りるだけで魔法陣の光は失われる。
転送先も、毎回固定ではなく、空いてる先に順次送られるらしいし、こんなシステマチックな魔法がこっちにもあるなんて。
未だに解明されていないことばかり、未知の巣窟……いいじゃん。
「お前がリアムだな!」
「さっきはどうも……」
「ん、違ったか?」
「いえ、そうですけど……どちら様ですか?」
「俺はジェグド・スクランブル!スクールの肉体授業担当で、魔法訓練では闇魔法の担当だ!よろしくな!」
「……先生?」
逞しい声、逞しい体、どっかのTHE - 傭兵!
先生とはお世辞にも思えないほど黒い獅子か傭兵が似合いそうな見た目に、反応がワンテンポかツーテンポ遅れる。
「そうだ!今日はお前が初日だっていうから、俺がここまで迎えにきてやったぞ!」
「あの、姉さんたちは……」
「ああ、カリナとラナなら先に演習場へ向かわせた。もしかしたら遅れそうだったからさ。それじゃあ、俺たちも外に出よう!」
先生であることを疑ったことを毛ほども気にしていないようなジェグドは、機能性の良さそうな籠手をつけた手で、僕の頭に手をおきながら笑い飛ばす。
「よっしゃ!」
「肩車はやめてください!」
外へと急かすジェグドは、僕を抱えて肩車した。
周りから集まる微笑ましい視線に、恥ずかしさで一杯になりながら、慌ててジェグドに降ろすよう嘆願した。
「ここって本当に、ダンジョン?」
「おう!驚いたか?ダンジョンにはモンスターが近寄らずスポーンしない安全地帯がある。ようはそれだ。それにここは、メーテールと繋ぐ転送神のあるマザーポイントのセーフエリアで、こうしてダンジョンの中に一つの街が形成されているってわけだ。それから── 」
「空がある」
「……そこか?それはそんなに驚くことではないだろう?」
整備された土の道に、ノーフォークの街とは比べ物にはならないが、ちらほら目立つ立派な建物の他に、幾つも立ち並ぶ素朴な建物……しかし、空があることには勝らない。
「コンテストを見たことがないのか?」
ジェグドは不思議そうに首を傾けている。
「いえ、一度だけ見たことがあります。わかってはいた、でも、作り物が本物になったみたいで……なんて表せば、言葉になってくれるのかわからないです」
今でも、河原のある風景で、対岸に布陣する冒険者とオークの対比は鮮明に思い出せる。
なのに、だ。
こんなにも、この目で見るあの空に惹かれるのは何故だろう。
「そうか、ま!気にするな!」
シンプルな人だ。
ジェグドのおおざっ──もとい、切り替えの早さを見習い、今は深く考えるの止めることにした。
「さあ、スクールの魔法練習場はあっちだ!まだちょっと歩くし、時間も押してるからさ!ほれほれ!」
行くべき方向を指差したジェグドは、大きな掛け声とともに、引き続き目的地へと牽引する。
「そういえば、転送陣のあった建物って、同じみたいでしたね」
「建物の造りはほとんど同じだ。とはいえ、例えばメーテールにはダンジョンポイントの交換所があってそこは、オブジェクトダンジョン内で得たポイントを使って様々な物品と交換、またはその逆ができるっていう冒険者や探索者にとってもう一つの生命線となる施設があったり!」
ここは教師らしく、こちら側、つまりメーテールのケレステールについてジェグドが話してくれる。
「それに輪廻の門、通称リヴァイブがある」
輪廻の門、か……その名前は僕も何度か聞いたことがあった。
「リヴァイブは本当に凄い。なんせこちら側で死んでしまった場合、生き返ってその門へと一瞬で転送されるんだからな。メーテールに来る前に負った怪我や病気は治らないが、こっちで負った怪我や病気なら全て完全回復して生き返るし、メーテールから帰る時もその恩恵を受けられる」
先ほどとは少しばかり、ジェグドは声のトーンを落として真面目に語る。
「スクールの3年生からオブジェクトダンジョン内で慣れない魔法を教えるのはこのためだが、だからと言ってわざと死んだり、怪我を負ったりしていいってことにはならない。……お前もいくら元通りに治って生き返るからって、簡単に自分の体を危険に晒したり、軽視するんじゃねえぞ!」
ジェグドの言葉は、だんだんと持ち前の明るさを取り戻したものの、とても重く感じた。
「しません!痛いのは嫌です!」
「……そうか。ハハっ、お前がいくら若すぎるからって、そんなにはっきり『痛いのは嫌!』って明言するとは思わなかった!……痛いのが嫌だから、とかいう理由で全てを尽くさず撤退するのは、なぜか、オブジェクトダンジョンの中では悪徳とされている。それはダンジョンに関わる者たち共通の認識だ。死んでも生き返るんだからな」
はじめは豪快に笑い飛ばし始めたが、ジェグドの持ち前の明るさは再び鳴りを潜ませ、ひとときの平穏を見せた。
『うげっ……そうなの?』
そいつぁ死んでもゴメンだね、だって、一回死んだ僕が言うんだから──バーサーカーのようなオブジェクトダンジョン事情を聞いて、襲ってくる同調の面倒臭さをそんな風に咀嚼するのは、自虐と取れるか、正当か、臆病と罵られるか。
「しかし小さいのにお前はそんなつまらない圧力も簡単に跳ね除けちまうような気概を感じるよッ!」
「……いいんですか?」
「いいも何も、俺が決めることではない。回復魔導師のいないパーティーでは、装備ロストのリスクを除けば、回復薬のコストなんかを考えると有効な手段だし、時には興奮状態に陥りやすくなるのを利用して自身を活性化させる、なんて使い方もある」
……あぁ、バーサークが肯定されていく。
少し、寂しさを感じるのは、僕がその考え方に迎合する気がないからだと──。
「だがな、それは同時に、現実をより非現実的なものへと近づけ、そして、一番失ってはいけない現実に多大な影響を与えることもある……俺のダチも……」
ジェグドの言葉に、嘘はなかった。
過去に思いを馳せ、愉しさと悲しさが介在する矛盾を僕に見せてくれた。
俺が決めることではない、僕が決めていいんだ。
「おっと、しんみりした! 悪りぃ悪りぃ!」
「とんでもない。おかげさまで、心構えが整いました」
「そうか? それは何より……なーんかお前と話してると、同じ年頃の奴と話してるような錯覚に陥って、色々話しちゃったなぁ!」
そうして笑い飛ばすジェグドに、僕は思わず苦笑いである。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが、ジェグド先生はおいくつで?」
「俺か?俺は今26だ!」
あー……僕の精神年齢と同じ歳か。
世界が違えば人生の密度はここまで異質なものなのか……関係ないか。
これまで培ってきた人生の経験量がジェグドに負けるとは思っていない。
しかしジェグドから感じた哀愁は、僕がこれまで培ってきた経験とは質の違いをより感じさせるものであり、ちょっぴり重く感じた。
……僕も、もう少し、彼女といられたのなら。
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