第17話They are shy underneath


 ──午後──


 授業科目の選択も提出し終え、選択した複数ある科目の内、薬学の体験授業のために、温室に来ていた。


「これも植物かな? 土がなんかモゾモゾしてる……えいっ!」


 エリシアがその葉に触れた途端、植木鉢の植物は"ブルッ"と震え、それを面白がったエリシアがその後何度も、その植物の葉を突いた。


「ツンツン、ぷふ、おもしろーい!」


 ──ノソリ。


「えっ……?」

「ピギャー!」


 エリシアに何回も突かれた植物が、土の中から根っこごと這い出してきた。


「ピギャーーー!」


 奇声を上げ、植物がエリシアを追いかけ回し始める。


「ひゃ〜!助けてッ!!リアム〜……」

「さっきの僕の感心は何処へやら」


 奇声を発しながら追いかけてくる植物に、エリシアは泣き叫んで走らされていた。


「お願い!お願いだから助けて〜」

「ピギャーーー!」


 聞こえてくる叫び声の元がエリシアか、謎の植物か、最早どちらの叫び声なのかわからない。


「ふえぇ、エリシアさん、大丈夫でしょうか……」

「騒がしいな」

「アルフレッドとフラジール?こんなところでどうしたの?」

「何ってお前、授業見学に決まっているだろう。一緒に回ろうと思っていたがリアムはあそこで叫び周っているバカに、早々に連れて行かれただろ?」


 授業が終わるなり、手を引っ張られたっけ。

 結局、授業選択中エリシアは、ずっとこちらの用紙を覗き込んでいたし、結構内容が重なっていた気がするのは、気のせいだと思いたいくらいには、気のせいではないと思う。


「ホッホ、賑やかですね」

「すみませんビッド先生。エリシアが温室にあった何かの葉っぱに触れたらその植物が動き出して、現在に至ります」

「ああ、マンドラコラですね」


 彼の名前はビッド。

 見学授業は温室で行いますと、場所が変わったため、温室で待機するように言われたのだ。

 薬学の体験授業が、普段1年のSクラスが使っている教室で行われる予定だったのだが……教室を焦がしたことと特に関係がないと、強く思い込もう。

 強く生きよう。

 あの、マンドラコラのように。


「マンドラコラは引き抜くときに手に魔力を纏い、与えながら引き抜きます。そうすることで、土の中や大気中からで魔力を吸い取っていた状態を再現し、擬似的に保つことで大人しくなるのです」

「魔力を纏わずに葉っぱに触れた。だからエリシアはマンドラコラに追いかけられているんですか?」

「ええ、おそらくそうでしょうね」


 優しく触れないと叫びながら追いかけてくるとは、中々にジャンキーな特徴だ。


「では、叫び始めたマンドラコラを鎮めるために効果的な手はなんでしょう?」

「引っこ抜く前に土の上に出ていた軸から上を切ってしまえばいいのでは?」

「残念ですが不正解ですねアルフレッドさん。マンドラコラがどうしたら喜ぶかを考えるといいですよ」

「お水を与える、とか……ですかね」

「おぉ、惜しいですフラジールさん」

「フラジールが惜しい……満足する……欠けている……魔力を与える?」

「正解です、リアムさん」


 ビッドの説明とヒントを掛け合わせ、定石通りに推測した答えを呟いた。


「ここのマンドラコラは薬草としての用途以外に、自然界に存在するマンドレイクの捕獲練習のためにも用いられます。では、正解したリアムさん。いい機会ですから、魔力を手に集中して、あのマンドラコラを捕獲してみましょう」

「マジですか?」

「ええ、マジです。ケイト先生からお話は伺っています。何でも相当な量の魔力をお持ちだとか。今回は、魔力を体の外へ出す必要はありません。器の方を魔力で満たし近づけるのが目的ですから。身体強化の基礎(ベース)となる技ですね」

「でも、暴走……」

「大丈夫、初めに私が操作をお手伝いします。外から魔力の流れを観察しながら誘導しますから、魔力を移動、というよりは、普段から流れている魔力をちょっぴり寄せる、くらいの感覚で」


 ……仕方がない。

 そこまで言われるならやってみよう。

 だからアルフレッドよ、昨日の今日で堪え性がないみたいな目でこっちを見ないように。


「なんと力強い魔力でしょうか……それでは、手の方にちょっぴり寄せてみましょう。気持ち、体の重心を右側に傾ける、くらいの感覚で結構ですよ……そう、上手ですよ」

「ほんとに、重心を右側に傾けてるだけのつもり何ですがね……」

「では、手を離しますよ」


 ビッドが手を離したので、恐る恐る体を少しだけ左に傾けてみた。


 ……違う。

 ただ重心移動したわけではない。

 そこにある、意識を割く量は重いのに、右手先の肉や骨がすっごく軽い。

 

「ピギャー!」

「ピギャーーー!」

「キャッチ──」


 無事、マンドラコラをゲットだイェイ。


「あっ、魔力ちょっと吸われた」

「いやはや……話には聞いていましたが、これは凄いですね」


 根茎と葉をつける軸、マンドラコラにそういった名称が存在するのかは知らないが、丁度、植物における胚軸あたりを僕に掴まれて人のようにさっきまで走り回っていた根茎を蒼白とさせながら、しかし葉の至る所に鮮やかで立派な実をつけたマンドラコラを見て、ビッドは感心する。


「ゼェ……ゼェ……。ありがとう……リアム」

「うん、大丈夫?」

「だ……大丈夫……ゼェ……このくらい」


 マンドラコラと庭園の追いかけっこに精を出していたエリシアが、息を切らしうつ伏せで倒れる。

 せめて座りなよ、と、空いていた手を彼女に差し伸べた。


「既に、意識を割かずとも魔力制御を維持できていますね。素晴らしい」

「ビッド先生、それでこのマンドラコラはどうすれば良いのでしょうか?」

「そうですね……そのマンドラコラはリアムさんの魔力のおかげで実をつけるまでに一気に成長しましたので、薬の材料としてこちらで貰い受けましょうか」

「では、お願いします」

「いくらあっても困りはしませんので、私も助かります。ありがとう」


 ミッションコンプリート。

 無事、魔力操作の初歩をやり遂げた。


「どうかしましたか?リアムさん?」

「……そのですね。マンドラコラって叫び声に何かしら悪い効果があると聞いたことがあったので」


 前世ではよくファンタジー要素の定番として出てくるマンドラゴラやマンドレイクには強い幻覚や幻聴、時には人を死に至らせるようなものをその声に含んだものが描かれていたと記憶している。

 名前が異なるけど、実際に存在したマンドレイクは神経毒を持っていたはずだし、先ほどの「自然界に存在するマンドレイクの捕獲練習」の言葉も引っ掛かる。


「噂程度、ということでしょうか?」

「あくまで、噂程度、ですね」

「そうですか、ではリアムさんの質問にお答えしましょう。分類上、同じ植物であるこの二つですが、自然界のマンドレイクは外敵避けのための非常に強力な錯乱効果を持つ叫び声を発するため、無闇に触れると危険です。その錯乱効果を弱めるよう品種改良したものを、我々はマンドラコラと呼んでいます」

「はい、先生。マンドラコラが分類上同じ植物であるならば、2つとも薬の調合に使われるんですよね?」

「おっしゃる通り、2つとも魔力の乱れを整える手助けをする薬になります」

「それなら、品種改良したことで効能や調合した薬の薬理効果にに変化があったりしたのでしょうか?」

「鋭い視点ですね。巷では品種改良されたことで、魔力調整薬としてのマンドラコラの薬効薬理作用は、マンドレイクより大幅に改良された、とされます。一方で、一般薬理作用として、錯乱等への耐性効果がマンドレイクのソレより半減します。しかし、マンドレイクとマンドラコラ、2つの植物の効能が大きく変わったわけではなく、この変化は、外敵のない保たれた環境で安定した魔力を与え続けた結果だと考えています」

「2つは別物ではないのか?」

「はい。これこそ、まさに現在の私の研究の主題の一つです。植物は、生きている。自然下のマンドレイクは日々、生存競争に晒されていますが、これが生存競争に晒されなくとどうなるか。試しに、同じ鉢から種をとり、温室の内と外で、魔力の有無等の条件を設定した上で、ストレスがかかるようマンドラコラを育ててみました。すると、ストレスを与えたマンドラコラは通常通り栽培したマンドラコラより魔力調整の効果を下げて、錯乱等への耐性効果を増した。叫び声にも程々の錯乱効果が戻り、さも、原種のマンドレイクの如くです」

「す、すごいんですね……植物の力って。私も、もっと大事にお花を育ててみます」

「ええ、ぜひ。さて、マンドラコラの最大の特徴は、家畜化された、という点なのです。自然下のマンドレイクは、もっと細く、不気味な見た目をしております。その点、マンドラコラは、原種に比べれば見た目も嫌悪感が薄れます。それに、大分育てやすくなった。アクシデントが起こっても、想定される被害は騒音だけですからかなり家畜向きですね」

「これで……大人しい方なの?」

「はい。大人しいですね。叫び声に乗る緊張感が全然違います。以上のことを踏まえて、現在、私は更なる改良のため、叫び声が小さく、錯乱耐性が強い薬を作れるマンドラコラを選別・繁殖しています」

「……個性、強そうですもんね」

「それはもう。接していて飽きません。しばしば発見があって楽しいですよ」

 

 ビッドの手に捕獲されているマンドラコラを直視する。 

 さっきより、根茎の蒼白が薄れて、穏やかな表情をしている……のかな?

 魔力の好み・好みの量もあるのだろう。


「薬学は基本的には薬物の生成や特性について学んでいくものであり、それだけでも十分な報酬を得ることが可能ですが、同時に、生物学・植物学といった他分野とは切っても切り離せない学問です。ですから、薬物の生成という用途以外にも幅広い知識を学び、そして様々な場面で役立つことは保証します。是非、皆さんも、薬学を履修することをお勧めしますよ」


 観察と検証を繰り返す地道なイメージがある学問だと思っていたが、体験授業にぴったりなアグレッシブな面を見せながら、しっかりと薬学の多様的な意義について触れて勧誘してくるビッドに、素直に脱帽した。



──薬学体験終了後──


「後1、2科目は体験できるのではないか?」

「そうだね。僕はもう既に、一つ体験する授業を決めているんだけど」

「そ、そうなんですか?」

「そうなんです。うん、僕は魔法陣学の体験授業を受けるよ……」

「なんだその諦めたような……あぁ、魔法陣学……なるほど」

「なるほどですね」

「マンドラコラ……」

「では、僕たちもそうするとしよう」


 ……僕は、僕はなんていい友達を持ったのだろう。

 体験授業だし、幾ばくか誘うのにも心が軽い。

 

「ドラコラ……もう……マンドラコラは見たくない……」

「大丈夫ですか、エリシアさん?」

「だ……だいじょばないかも……」


 頭の中でマンドラコラの叫び声がフラッシュバックしているようだ。

 心ここに在らず、マンドラコラの錯乱効果か……これはビッド先生に報告しておいた方がいいかも。

 フラジールの気配りも虚しく、エリシアはどこか遠くを見つめている。

 彼女らしくない……ちょっと可哀想に思えてきた。

 茶化すのはこの辺でやめておこう。


「薬、飲む?」

「ヒィ──!? マンドラコラ!?」


 マンドラコラの生態について学んだ後、体験授業の主題として、実践的にマンドラコラから薬を作ってみよう、できた解毒薬は各自持ち帰ることができる……という、中々子供心を掴む内容が控えていた。

 エリシアに渡そうとしたのは、その時作った薬だった。

 製薬に際して、マンドラコラを引き抜く作業のとき、追いかけられたトラウマから、魔力操作を誤り素手同然でマンドラコラに触れてしまったエリシアは、言わずもがな……更なるトラウマを刻み込まれていた。


「ごめん、悪気はなかったんだ。まさか、粉上のマン」

「その名前を呼ばないで!」

「はい……」

「自分では呼んでいるではないか。先生も魔力操作ができない生徒は無理をしなくていいと言っていたのに、見栄を張るからそうなる」

「うっさい。怖いものは怖い!」

「エリシアさん、深呼吸しましょ。吸って、吐いて、ですよ」

「ありがとう、フラジール〜」


 介助してもらいながら、吸って、吐いて、緊張している体をほぐす。

 このまましばらくこの調子だと思うと、フラジールが居た堪れない。

 ……助け舟、出すか。


「まあ、それでも諦めずに挑戦して、いつか克服できるとかっこいいかもね」

「ハッ……そうだよね!私、頑張って克服してみせる!」


 エリシアが、覚めた。


「じゃあ、早く次の授業にいきましょ!」


 カオスからの帰還を果たしたエリシアは、「ほらほら」とアルフレッドとフラジールの背中を押して、急かし始める。


「ふえぇぇぇ!?」

「こら、押すな!危ないだろ!」

「いいじゃんいいじゃん!ほら、リアムも!」


 カッコイイという言葉で立ち直るのが、エリシアらしい。



──魔法陣学の体験授業──


「本日は、基礎魔法陣についての講義を行いたいと思います」


 授業の初めをそう切り出して、ケイトは黒板に図を描き始める。


「誰か、この魔法陣についてご存知の方はいらっしゃいますか?」


 ……ケイトの問いかけに、挙手し答えるものは誰もいない。


『……誰も知らないの?』


 既にいろんなところで悪めだちをしたから、なるべく目立たないようにと基礎魔法陣について知っていたのに、僕は手をあげなかった。

 それにしても、みんなステータスの魔石は持っているだろうに、知らないのかな?

 あれ……魔法陣学って意外とマイナー?


「ではリアムさん、答え合わせをお願いします」

「……はい?」


 ケイトが人柱に立たせにきた。


「(とぼけてもダメですよ?弟思いのカリナさんから、リアムさんについては色々と聞いていますから)」

「な、なんで……!?」


 耳元で、普通の聞こえ方とは明らかに違う、イヤホンを通したようなケイトの声が耳元に直接、届けられる。

 しかし色々って、姉さん、何を話しちゃったのよ。


「(これは私の開発したオリジナル魔法陣の一つで、一方的にですが、光属性を用いて指定(ターゲティング)した相手の耳に風属性の派生系である音魔法で直接語りかけられます。もしリアムさんがこの陣を持っていれば、双方向で短距離ですがこのように通信が可能となる……どうです、すごいでしょ?)」


 他の生徒たちには聞こえないよう、魔法陣を通して語りかけてくるケイトは、何気なく自身の指につけているリングを触り、示唆する。


『なにそれ凄い!……欲しぃ』


 ものっすごく、欲しい。

 魔法陣て、そんなことできるの?

 ソレとも、魔法陣がなくてもできるのかな?……頑張ればできそうじゃない?


「わからなければ、わからないとおっしゃってくださいね。初回ですから、私、張り切ってみっちり講義いたしますよ」


 秘密裏な会話を持ちかけた当人であるケイトの理不尽な言葉に、他の生徒たちの前で反抗する根拠も乏しく、仕方なく、ステータスの魔石にその魔法陣が発現した時に、アイナから教えてもらったことを思い出しながら、自分なりに解釈した基礎の魔法陣について答える。


「はい、結構です。大変素晴らしいですね」


 わからなければ、わからない──って、ならどうして、挙手してないのに当てたんだよ……この人、授業の前にマンドレイクの叫び声でも極(キ)メてきてんじゃないの。


「なんでお前は皆が知っているようなことは知らないくせに、そんなことだけは知っているんだ?」

「アルフレッドって、魔法陣は使わないの?」

「魔法陣をなぞることはできるといえばできるのだが、僕の場合、スプリングフィールド家の魔道具に刻まれていた魔法陣をいくつか覚えているだけで、実際の陣がどうやって動かされているのか、に関しては全くもってど素人だ」

「そうなんだ」

「それに、他のスクールでは、魔法陣学は4年生以降、中等区分から学ぶ科目なんだ。だから基礎の魔法陣の理論に関しても、理解するには僕でも程々に難しい。なのにお前は……魔法陣理論以上に、難解だ……」


 アルフレッドが、今、説明した内容を反復しながら、皮肉を込めて教えてくれる。

 なぜこのスクールで初等部から魔法陣学が学べるのか。

 毅然と教壇に立つケイトを見直して、なんとなく察してしまう。


「巷では既存の魔法陣が流通し、手に取った魔法陣の仕組みについてなんの疑問も持たずに使っている方も多いのではないでしょうか?」


 是非是非、知りたいと思ってしまう自分は、この学問に向いていると思ってよいのだろうか。


「使用することと理解することは別のこと。この授業では、若いうちから魔法陣の構成に迫り、文字と図形で魔法を体現する神秘に没入、いては、初級魔法規模の効果を発揮する魔法陣を、自ら考えて作れるようになることを目指します」


 中々に、壮大な計画を語るじゃないか。


「ですので、その基礎となるこの魔法陣は皆さん、しっかりと覚えておくように」


 そして、ケイトは本件に関する内容を綺麗に締めた。

 ……んんん? 締めた……?

 

「先生、質問してもよろしいでしょうか?」

「はい、よろしいですよ。どうぞ」

「あの、つかぬ事をお聞きします……この内容って、普通、魔法陣学の一番最初の授業でするような内容なのでは?」


 同じ教室で講義を受けていたいかにも勉学の虫のような眼鏡を掛けた少年が、率先して手を挙げてくれた。

 いいぞ少年、僕も今、同じ疑問を抱いていた。


「……そうですね、それで?」


 ……言って退けたよ、魔法神学信奉者(このひと)。


「今回の授業はあくまでも体験授業ですよね?あの……その……」


 神と書いて陣と読む。

 口ごもってしまう気持ち、凄くわかるよ男子生徒。

 君は何も、悪くない。


「いいですか。自分で調べ聞き、学ぶことも学問の理です」

「はぁ……ですが……」

「納得できませんか?ですが現に、私が授業で採り上げる前から、リアムさんは基礎の魔法陣について理解していました。いい例です」

「いぃ!?」


 ちょっとぉおおお、何言っても無駄みたいな荒涼とした雰囲気まとったまま引き合いに出さないでよ!

 ハッ……仮想敵が増えていく気配──!


「……それに皆さんは魔法陣学の素晴らしさに魅せられ集まったいわば未来の同志ですので、少し道の外れた同士とはこれくらいのリーチはあっても問題はないでしょう(ボソッ」


 よっしゃぁあああ、コレ、これがこの人の本質だから!!!


『『『『絶対こっちが本音だ……』』』』


 恐らく教室中の誰もがそう思ったことだろう。

 魔法陣学に対してケイトが見せる謎の熱が籠った対応には、しばしば、教室の一体となった雰囲気を感じることができるから不思議である。  

 諸君、我々は同志だ。

 さぁ、一致団結して立ち向かおう……ところで、僕は何と闘っているのだろう。


 果たして、この教育方法はよろしいのだろうか。


 後日談として、僕は魔法陣学を当然のように履修したのだが、一応、始めの授業で基礎の魔法陣についての紹介はあったものの、詳しい解説はせず、解らない生徒に関しては、他の生徒に訊いたり、自分で調べたり、どうしても理解できなければ別途個別に訊きにくるようにというハードなアナウンスを経て、次の内容へと移っていった。


 一番最初の教えねばならぬ基礎を自分で学ばせる狂気そのものの所業とスタンス、そんな問題ありありな発言をするケイトに対し、この先について一抹の不安を覚えた。


「僕は体験しておかなければならない授業があるので、今日はここでお別れだ。じゃあまたな」

「わ……私も、アルフレッド様と同じで大事な授業がありますので失礼します。また明日です」

「私も……じゃあね、リアム。また明日」


 次々と、矢継ぎ早に言葉を残して蜘蛛の子を散らすように次の体験授業へと向かう。


「無理もないか。あんな授業の後だとさ」


 とはいえ、みんな、本命の体験授業があるんだろう。

 僕の場合は、自由科目として、今日体験した授業の他に、アウストラリア史、世界史、ダンジョン学、礼儀作法を選ぶ予定だが、これらを合わせてもあと5科目も選択可能科目数に余裕がある。 

 だからこそ、気楽に体験授業を選択できていた。


「僕はぼちぼち行こうかな」


 今日はもう帰ろう。

 なんだか疲れちゃったし。



 ──翌日──


「おはよう……」

「おはようございます、リアムさん」

「おはよう……リアム」

「おはよう」


 いつも通りアルフレッドとフラジール、そして、昨日仲良くなったエリシアと教室で朝の挨拶を交わす。


「どうかしたの二人とも?何かあった?」

「……他愛もないことだ、気にするな」

「リアムに気遣ってもらうほどのことじゃない……なんでもない……」


 ……そう言われると、気になるじゃないか。


「あのぉ……実は……」


 恐る恐る、アルフレッドの後ろに控えていたフラジールが事の経緯を教えてくれた。


「昨日の体験授業貴族学でどうやら二人が鉢合わせ 、結果として成り行きで一緒に授業を受けることとなる 。お決まりの展開というか、二人が喧嘩をした 。で、先生に怒られた 」

「ハィ」

「フラジールも貴族学の体験を受けたの?」

「いえ、私は礼儀作法の授業の方に出ていました」

「そうなの?実は僕も礼儀作法の授業は履修する予定なんだ」

「そうなんですか?それは私も寂しくなくて……嬉しいです」


 異世界の礼儀作法を学ぶため、スクールでの一般礼儀の枠を超えた、いわば上流階級の作法も学ぶことができる科目を選択している。

 

『かわいいね〜』


  頬を染めながら少し緩んだ口元で安心してもらえると、こちらとしても初めての授業への不安が和らぐ。


「僕も嬉しい。よろしくね」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「なぁに?リアムは礼儀作法の授業を取っているの?」

「うん。エリシアたちは貴族学でそういったことは一通り勉強できるから、礼儀作法の授業は取らないでしょ?」

「そうだけど……」

「もしかして、何かまずかった?」

「んーん、だったらちょうどいいなって」

「はぁーーー……」

「なに、何か問題がある?」

「あのな……問題はない。ただ、考えていることが想像できたからさ」

「邪魔しないでよ」

「ご随意に」


 アルフレッドとエリシアが通じあっている。

 そんなに距離が近づいたのかな。

 クラスメイトと良い仲に、貴族学……ちょっと興味が湧いてきた。


「リアムは選択授業で礼儀作法の科目をとったのよね?」

「うん、そうだけど?」


 もじもじしながらも、上目遣いでこちらを見るエリシアに、首を傾けて受け答えする。


「じゃ、じゃぁ……しょ……将来、リアムを私の従者として雇ってあげる!」

「ありがとう。でも、僕はあくまで下流から上流階級まで一貫した一般的な礼儀を学びたくてその科目を選択しただけで、特に従者を目指したりしているわけではないんだ」


 礼儀作法って、上流階級と近いところで働きたい子とかも採るんだ。

 むしろ、そっちが目的の子の方が多いかも。

 これは、適当に授業を受けてられないなぁ、真面目な子が多そうだし。


「だ、ダメなの……!?」


 エリシアは最初理解が追いつかないように目をパチクリとさせた後その目を徐々に潤わせ、次第に顔を真っ赤に染めていった。


「はっはっは!当たり前だ!だからお前は状況把握が甘いと言ったのだ。昨日僕が言ったことも満更間違いではなかっただろう?リアムはスプリングフィールド家の誘いも断った傑物、将来は自らが傘となって付き従う者たちを守るだろうと父様が評価したリアムだぞ!」

「とうさまとうさまって……家のこと傘にしてるのはあなたでしょ!」

「早とちりのアホめ!お前こそアホの阿呆だ!」

「アルフレッドのバーカ、子バカ!」

「り……リアムさんンン〜、どうにかしてくださぃ、お願いします!」

「大丈夫だって。ほら、よく言うでしょう。喧嘩するほど仲がいいって」

「「どこが!」」

「ほらね」


 ハモった二人は、罵り合い第二ラウンドへと突入する。


「真似するんじゃない!」

「お前こそ、僕の真似をするな!」


 エリシアの鼻を明かしてやったとでもいうように、アルフレッドも次々と見事に皮肉の言葉を並べていく。


「つまりは、本音が言いあえるような喧嘩できる仲というようなニュアンスでね。二人とも根はいい子だから」

「本当ですね……でもそんな言葉があったなんて知りませんでした」


 素敵ですね、と、クスリと天使のような笑顔でフラジールは笑いかけてくれる。


「リ〜ア〜ム〜!」

「だ・れ・と・だ・れ・が・仲がいいだって〜」


 種火を煽りすぎた。

 天使よ、悪魔に肩を掴まれた私はこれから、地獄へと迷い込みます。

 どうか、いつも傍で見守っていてください。

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