第16話After the storm


『昨日のみんなの顔……どんなだったっけ……』


 火柱事件を起こした翌日、教室の入り口の前で立ちすくみ、中に入れないでいた。


 怖いな……。

 昨日、ケイトと2人で話していた時のことを強く、思い映す。

 大丈夫……大丈夫……大丈夫……。


『よし!大丈夫だ!』


 決意を胸に重い扉を開いて、教室へ。


「……」


 教室に足を踏み入れると、それまで賑やかだった教室の中が一瞬で静まった。

 これは経験した事がない。

 やっばい、一歩、足を踏み出すとふわふわと地面を蹴ってる感覚が薄い。


「来たわね!私のライバル!」

「……?」

「なにゴブリンがドラゴンにエンカウントしたような顔をしてるの?ほら、私のライバルとして認めてあげたんだから名誉に思いなしゃい!」


 痛々しい雰囲気に呑まれず、臆することなく噛んだよこの子。

 周りからも「噛んだ」「ああ噛んだな」と、ヒソヒソとしたちょっとした声の小波が立つ。


「……」

「……」


 エリシア・ブラッドフォード。

 噛んで恥ずかしくて赤面するエリシア・ブラッドフォード。

 それでも仁王立ちを辞めれないエリシア・ブラッドフォード。

 だが、他の子たちがきっと持っていない対抗心(モノ)を持っている、エリシア・ブラッドフォード。

 紛れもなく、彼女は異彩を放っている。


「何か言いなさいよ……」


 ついに我慢できなくなったエリシアが、小さな声で呟く。


「ねえ……何か言ってよ……これじゃ私が馬鹿みたいじゃないのよ……」


 ……と、言われても。

 あ、と一言だけ発するわけにもいかない。


「う……ひぐっ……そんな可哀想な子を見るような目で見ないでよ……私は可哀想な子じゃ……ない……」


 居た堪れないと思ってはいる。

 でも可哀想とは思っていない。

 居た堪れないと思ってはいた。

 期せずして、君が、肩代わりしてくれたから。


『あ……デジャヴ』


 入り口に罠を仕掛けて、それでも仕掛け終わると我慢できなくなって虎穴に飛び込んで、ついでに親虎を得ようとして、追いかけられて、入り口に仕掛けていた罠に自分で嵌って踠いてる。

 この後の展開としては、堪えきれず泣き出してしまった彼女の泣き声に耐えられない虎が、嵐が過ぎ去るまで虎子と日向ぼっこに出掛けるところまで見えた。

 ついには肩を震わせながらすがるように涙声になったエリシアを見て、実力テストの結果発表日に彼女に出会った日のことを思い出したよ。


「ごめん、いきなりでびっくりして……」

「ほ……ほんと?」

「本当(ホント)」

「じゃあ……私のこと可哀想な子なんて思ってない?」

「うん!思ってないよ!」

「ほんとにほんと?」

「うんうん!思ってない思ってない!」

「ぐすっ……そう、それならいいの」


 良かった。

 今回はしおらしく着地した。


「はいはい、もうすぐホームルームですので、お二人とも、席にお着きになってください」

「ケイト先生……見てました?」

「見てましたって、何をですか?」

「ケイト先生……おはようございます」

「はい、おはようございますエリシアさん。……ほら、ここはサッとエスコートして差し上げて」

「でも絡まれたのは僕の方──」

「おはようございます、リアムさん!」

「おはようございますケイト先生……」

「はい、お二人とも、席にお着きになって。何度も同じ事を言わせないように」


 チクショー、大人の笑顔なんてきらいだ!


「席に戻ろう。話の続きは、後でちゃんと聴くから」

「わかった」


 エスコート、と、ただでさえ関係が微妙なクラスメイトたちの面前で女の子の手をとるのは恥ずかし憚られ、席に戻るようにエリシアを諭して、自分もいつもの定位置に着くことにした。


「おはよう」

「おはようございます」


 フラジールは、普段と変わらない、弱々しいがこちらには聞こえる程度の声で、優しく挨拶を返してくれた。

 もう一人の同席人であるアルフレッドは、不機嫌そうに「ああ」と返事するだけだった。


「どうしたんだ、らしくない」


 らしくないのはこっちだ。

 へいへい、どうしたんだよ?──なんて、おちゃらけた気でさ。


「ンッ……」


 腕を組んでいたアルフレッドは、少し唸って顎をクイッと、後ろを示すようにこちらの問いかけに応える。


「後が詰まっているんだから早くしてくれない?」

「えっ……」


 急に、後門のエリシアに急かされた。

 ついてきちゃったの?……気づかなかった。


「早く席にお着きになってください」


 今度は教室前方教壇から、さっきと変わらない笑顔を浮かべたケイトが、いつまで経っても席に着かないリアムたちに注意を促してきた。


『その笑顔で物言いするのはやめてくれ……緊張する』


 能面かよ、と、能面の下で怨ずるしかない。


「はぁ……アルフレッド、フラジール、半分ズレてくれる?」

「わかりました」

「しょうがないな」


 暗中、目の前に現れたエリシアに、奇しくも……なんか、救われた気がしたから。

 邪険にはできない。


『少し落ち着かないな〜』


 ここの教室の机と椅子は大人で四人、僕らのサイズでは五〜六人ぐらいは座れるほど長いものであるが、これまで三人で座っていた椅子に四人でかけているので気持ち狭く感じる。


「それでは皆さん、昨日の告知通り、本日はまずは魔石の配布、それに加えまして、本来の予定通り、授業科目の選択をしてもらいます。少し時間も押してるので、先に授業科目選択の用紙を配ります。魔石配布については、対象者をその都度お呼びしますから、その間、対象の方以外の皆さんは各自、自身でお決めになった授業を選択しておいてください」


 申し訳ない。

 時間が押している件に関しては、理由の大部分を自分が占めている。


「用紙をお持ちでない方はいませんね。……では、魔石配布を再開します。呼ばれた生徒は前へ、他の皆さんはくれぐれも大きな声で騒いだり、遊んだりしないよう律を持って自分のすることに臨むように」


 一通り用紙が行き渡ったことが確認され、ケイトの魔石配布が再開された。

 

「ねぇねぇリアム、私と一緒の授業を採りましょ?」

「いや、エリシアはエリシア、僕は僕、自分の好きな科目を選んだ方がいいと思う」


 初対面の中、見知った顔がいるとそりゃあ安心するしモチベーションも上がるだろうけどさ、周りに流されず、自分のやりたいことがあるのならばそれを取るに越したことはないし、その方がきっと後悔しない。


「じゃあ、そういうことだから……」


 この件については、自分の為、投影すれば、相手の為でもあると考えられる。

 だから、迷いはなかったし、悪気はなかった。


「フグッ……」


 隣から、話の締めを遮るような呻き声が上がる。


「ウゥゥ……」


 忠言を聞いたエリシアは堪えるように呻きをあげ、瞼に涙を浮かべていた。

 ──嵐が、来る。


「わかった!エリシアの気持ちはわかったから、なるべく一緒の授業を取れると……いいね」


 ……どうだ?


「そうね!それが一番いい!」


 さっきまでの暗鬱な曇りはどこへやら、ケロッと快晴が眩しい。


『……してやられた!』


 唖然とした。

 驚きも束の間、漸くエリシアが演技していたことに気づいた。


 なぁーにが、嵐が、来る──だよ、もおぉおおさぁあああ!


 勘弁してくれ。

 最近こんなことばっかな気がする。

 僕って詐欺に遭いやすい性格なのかなぁ……ちょっと不安になってきたわ。


 小学生でも油断できない。


 技術水準は"魔法"の概念を抜きにすれば近世ほど、魔法を取り入れると、ある分野では突出した発展を見せ、更に解明されていない魔導技術に至っては、それは、前世の近代技術にも届くようなものもあるように見受けられる。


『僕はまだまだ甘ちゃんだなー』


 人をちょっと騙して楽しむこと。

 これもまた、この時代でも変わらない一つの娯楽なのである。

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