第15話To prevent harm to others -愚行権-
ケイトに連れられ、昨日ぶりに再び研究室を訪れる。
研究室に着いた途端、倒れこむようにケイトは椅子に背中を預ける。
「お見苦しいところを……魔力が底を尽きかけているようです……」
楽にすることを断った後、ケイトは研究室にあった丸薬を口に含む。
「それで、あの魔力は一体なんですか?……私の魔力が尽きかけても沈静化することができなかった魔力量です。あなたはあれだけの魔力を放出しても、お元気そうですし……」
直ぐに答えることができない。
痛いところを的確につかれて、頭の中ををグルグル回転させて言い訳を考える。
……だが、何も言い訳が思いつかなかい。
「言えません……」
なんとか絞り出した言葉がこれだった。
「言えないとはどういうことですか?……私は別にリアムさんを問いただしてはいませんよ?」
ケイトは、何のことだかわからなさそうに、とぼけた顔で首を傾げる。
『……墓穴掘った』
焦っていたらしい。
ケイトの意味深な自問自答に早とちりしてしまった。
「リアムさん……あなた、何か隠していますね」
しまった!──謀られた!
目を光らせて問いただしてくる愉快犯を前に、ここまでが誘導だったことを悟った。
「さてリアムさん、あなた一体何を隠しているのでしょう」
「これからお見せする内容(コト)は内密に……」
「はい、私は一教師。生徒が内密に打ち明けてくれた秘密事は決して口外しないとお約束しましょう」
賭けだ。
ケイトが信用できるかどうか、これから自分の慧眼が試されることになる。
「では、《ステータス》」
出現したステータスボードへ、ケイトはジッと真剣な視線を注ぐ。
「……これは……あなたがこれを隠そうとしていた理由がわかりました」
一応、隠していた理由には納得してくれたようだ。
「リアムさん、魔法陣学を履修しましょう!」
「……えっ?」
「是非……是非!魔法陣学を履修しましょう!」
一度では返ってこなかった答えを引き出そうと、気持ち強く、ケイトが両肩を掴んできて勧誘する。
「……なぜですか?」
「なぜってそれは……、あなた、スキルに《魔法陣作成》をお持ちではないですか」
当たり前のことを語るように話すケイトの顔は、徐々に先刻の講義を脱線させた時に見せたような恍惚とした表情に変わっていく。
今って、僕のステータスの話をしていたわけで……でも、これもステータスの話なわけで……脱線し始めてない?
「そのスキルを取るのにどれだけの勉学を修めないといけないと思っているのですか?勉学のため青春を棒に振った、そんな勤勉な方でも《魔法陣作成》を獲得できる方とできない方が別れるような、神聖なスキル。それをまさか、あなたがその若さで習得しているとは……」
……もしかしてこの人、専門は魔法陣学じゃなくて魔法神学とか言う謎の学問だったりする?
「わ、わかりました。魔法陣学には元々興味があったので履修させていただきます」
「……それでは約束ですよ!」
元々魔法陣学を履修したいとは思っていた。
それに加え、興奮した顔で「是非!」といってくるケイトに「No」と言う必要は全くない。
普段のケイトは、まだ若いのに大人びて見えるのだが、今は子供を相手しているようだ。
そんな感覚に陥るほどに、はしゃいでいる。
「それにしても、《魔法陣作成》に全属性魔法を加え、更にこのような途方もない魔力を保有しているとは」
一番最初に《魔法陣作成》を持ってくるあたり、この人らしい。
開示の選択に至ったこと、楽観に浸りたくはないが、彼女の性格をだんだんと掴んできたと思いたい。
「魔法防御は魔力値の1/10に比例するのでこの数値には納得ですが──」
へぇ〜そうなんだ。
それは初めて知った。
ステータスの中にも相関関係があるらしい。
怪我の功名である。
「それにしても、魔力値が
……今、この人なんてった。
「通常の一般成人でも多くて5千、貴族や宮廷魔導師でも1万もあれば十分なはず。それに加え更に、オリジナルスキル、複数の
そ……そんなはずは___!
『魔力が20万を超えている!それにユニークスキルは謎の《???》が一つだけだったはず……《魔眼》ってなに?』
変な汗が噴き出してくる。
ステータスボードの両端を握り、噛り付くようように間違いがないかどうか再確認する。
「どうかなさったので、リアムさん?」
「僕の魔力、つい先日まで19万と2501だったんです。それに《魔眼》というユニークスキルには見覚えがありません」
混乱が解けない。
聞きなれない数値にフリーズすることだけで必然だったというのに、新しいユニークスキルってなんじゃそれ……喜んでいいの?
「どういうことでしょう。魔力を使用をするとその器である体と魔力が鍛えられて育っていきますが……しかしこの魔力の育ち方は異常……育ち盛りにしても説明がつかない……」
「ケイト先生?」
「リアムさんは初めから大量の魔力を保有……まさか、魔力の成長量は初期保有量に依存する!?……いやしかしそれだけでもまだ弱いか___」
「Hey! Hello! ……ケイト先生。──ケイト先生!」
僕の身に降りかかった不思議現象が、ケイトの研究者スイッチを押してしまったようだ。
「魔力の定義とは万物の因子を保有する生命エネルギーの一種。つまりその魔力は保有する種族によって一定の基準を持つはずですが……しかしリアムさんは人種 ──?……リアムさん、あなた本当に人種ですか?」
「ケイト先生!」
「どうされました、リアムさん?」
「どうされましたって、先生、こっちほったらかしで一人研究の世界に浸っていたじゃないですか!それに僕は正真正銘の人種……です!」
最後の種族宣言で少し詰まってしまったのはご愛嬌だ。
転生種などの分類がないことを切に祈る。
「そ、そうですね。これは失礼。不適切な発言がありました」
放置と異種族宣言を極め込んだことを反省し、握りこぶしのままの片手を口の前に持ってくると、ケイトは取り繕うように謝罪する。
「ところで、その、ですね。先生に聞きたいことがあるのですが、いくつかよろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「ユニークスキルの《魔眼》とはどういうものか、先生はご存知ですか?急に現れたスキルなので全然把握できてなくて」
「ああ、魔眼についてですか。それについては、発現の原因に目星がついているので大丈夫ですよ」
頼もしく、ケイトは胸を張って応える。
「ある文献によれば魔眼とは、生まれ持った才能であり、ユニークスキルとして分類されるそうです。通常はその種族特性に沿った能力を発揮するそうですが、しかし、その眼に大量の魔力が集中した時、眼の変質によって《魔眼》のスキルを所得できるのだとか。そうして会得した魔眼も一応、ユニークスキルに分類されるそうですが、その能力は本来の生まれ持った魔眼とは似て非なるもの」
ケイトはつらつらと《魔眼》について説明をしてくれる。
「いわゆる特性が付与されていない、純粋な魔力で発現する視覚強化の眼らいしいです。リアムさんは先ほど、その身に大量の魔力を巡らせていましたから。この学校にもリアムさんと同じケースの魔眼持ちがおりますので、今度紹介いたします。試しにその魔眼の項目を押してみてください。その通りならばおそらく『純粋な魔力が集積した眼』という短文が表示されるはずです」
どれどれ……。
『純粋な魔力の集積した眼』
──よし。
「能力は素晴らしいものです。魔眼を使えば、例えば無属性の一種である身体強化よりも遠く、かつ明確に対象を視覚に捉えたり、また夜目も効き、まるで昼間のように暗闇の中でもあたりを見渡せるそうです。気をつけることといえば……内包する魔力が多いと、魔力を操るのが難しくなります。先天の資質による習得難易度の変化が生じるわけです」
「魔力量が多いから、さっきみたいな暴発(こと)になったんでしょうか?」
「リアムさんは魔力操作の才能をお持ちだと思います。それだけの魔力量に対して、制御が平凡であれば、もっと歳と暴発を重ねながら、が基本ですから……流れ出る膨大な魔力を制御する
「……では練習していけば、魔力の暴発も減ると」
「少し違いますね。先ほどの件は、魔力の塞き止めができずに放出していただけで、暴発したのは魔法の方です。本物の魔力の暴発とは荒れ狂う魔力を伴い疼痛のようにどこかしらを患うため、制御なんてとんでもない」
改めて、ケイトの見識は、素晴らしいと思う。
「魔力とは一種の生物システムなれば、魔力はその存在を保有者が知覚するまでは石のように体内に固まり止まっているのですが、その存在を一度知覚すると、第二の血液のようにゆっくりと全身を循環します。魔力の放出はおそらく融解した魔力の高まりと、手に握る魔石が共鳴し、初めての魔力知覚であったことから起きた事故と言えます。ですから、怖がらないでください。リアムさんがイメージで魔力を制御したこと然り、私の放った即興魔法然り、強烈な魔力には相応のイメージと技術を伴った舵取りが必要となりますが、リアムさんであれば、これから先、今日のような意図しない魔力への干渉が行われても、十分に対処できる力を身につけられると私は確信します。実践に失敗が付き物であることは、数多の実験を執り行ってきた私が太鼓判を押しますので、ええ」
「ありがとうございます。これからも積極的に魔力の制御訓練を行なっていこうと思います」
「そうですね。ただ、魔法演習場では少し心許ないですし、ダンジョンで訓練をしたほうが良いかもしれませんので、その辺の便箋は私の方で図ります」
「是非、お願いします」
「どんと、お任せを。結局、内と外へ、意図的に魔力を制御することは初め、誰にだって難しいのです。リアムさんはそれをやってのけました。それは他から干渉する魔力を防衛する術と同等の難しさ、初等部後半から高等部にかけて広く学ぶ内容の一つであります」
あぁ、よかった。
かなり人に比べて魔力が多いということ以外は、そんなに苦労しなさそうだ。
これで、心置きなく魔法が使える。
「リアムさん、質問は以上でしょうか?それとも何か私の説明でわからないところがありましたか?」
「ケイト先生の説明は十分に理解しました……その!……あと一つだけ質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、よろしいですよ」
この質問、いざすると決意はしたものの、やっぱり訊きにくい。
だが、家族に訊くのも違う気がする。
今がチャンスだ。
今が……。
「ケイト先生は僕のこと……気味悪くないですか?僕、ステータスはこんなだし、自分で言うのもなんですけど、この歳で結構考えが自立しているしているというか、なんと形容しましょうか……」
普通の子供に見えますか……。
ちょっぴり孤独を感じているのは、なぜだろう、と思う反面、そこに暗鬼がいることは、わかっていたことでもある。
それでも、ここで後回しにするのはただ事実の確認を先延ばしにしているだけ。
いずれ自分がその不安で潰されるだけだ。
これは決して自慢ではない。
純粋な疑問である。
「そんなことを気にしていたので?」
……この人なら……僕は臆病なのか、卑怯なのか。
「これまで魔道具や魔石にあなたが触れなかったのは不幸中の幸いでしたね。もし軽い気持ちで触っていたらと思うとゾッとします。さて、リアムさんは、Exスキル《知の書》をお持ちでしょう」
「はい、持ってますが」
「おや?その様子では《知の書》の有用性をご存知ないようですね」
ぞ、存じません。
「《知の書》は特殊なスキルです。この国なら、王都の優秀な学生や教授、文官の方々と、学術的な分野に秀でた方達の保有率が高いですね。ポイントは、保有者が多いこと。王都にあるオブジェクトダンジョンに行けば、誰でも簡単に手に入れられます。因みに、私も持っています」
「ダンジョンに行くことでスキルが手に入るんですか!?」
「はい。とはいえ、ダンジョンの魔道具に名前を登録するだけでスキルが手に入るアリスは、オブジェクトダンジョンの中でもかなり特殊ですね。《知の書》の一端は、アリスの知識を段階的に保持者にもたらすこと。一方で、オブジェクトダンジョンが各地に現れ始める前、つまりステータスの魔石がなかった時代からも《知の書》は各自の意識の中に潜在的に眠っていたのではないか、と言われています」
「へぇー……眠っていた。普通なら、確かめようがないですもんね」
「おっしゃる通り、この説の根本となっているのは、アリスへと入ったこともない人物が《知の書》を保有していた、それこそ、ステータス時代の既知を引いた類推となります。現代では、アリスの司書と呼ばれている、そう、リアムさんのような方は本人が見たこともないもののことを知っていたり、大人顔負けの知恵を披露したりするそうです」
「それじゃあ僕の中にある知識や知恵は、ギフトのような物なんですね」
「私も、リアムさんに初めて会った時は、あなたの学問的な優秀さに様々な疑問を抱えましたが、リアムさんのステータスを拝見した際、ステータスボードに《知の書》があることを確認した時に殆どの疑問が解消されましたよ?」
はてさて、転生とは、なんだろう。
こうなってくると、僕の記憶を証明するものは、なんなんだろう。
……。
この世界、この時代の文化水準は、幸いにも遅れているように僕の目には映る。
魔法がある、違う理の世界でのこと。
僕の前世か、それとも、自分ではない誰かの記憶か……。
僕(リアム・ナオト)とは、誰だろう。
……変わっていないと、信じたい。
「ですから、お若いリアムさんに妙に分別があっていくら優秀でいらしても、そのスキルを見せることで大抵の人は納得してくださるのではないでしょうか?」
「良かったです。最近、普通にしているつもりなのに、驚かれることが多くて……不安で……」
兎にも角にも、これで、いい免罪符ができた。
「この世界には不思議があふれています。そして私はその不思議な摂理を解くことが楽しくて仕方ありません。であるが故に、現象に文字や図形を使ってアプローチする魔法陣学を専門としています。そんなこの身から言わせていただけるのでしたら、才能から遠のくのは浅慮です。自分を見失わないでください。自分とは、作り上げるものではありません。選ぶものだと、私は思っています。怖いものを知らずに噛み砕くと、リアムさん自身の選択を苦楽の時、隔てなく尊重なさってくださいということです」
ホントに、この人を信じて良かった。
"人生とはなにか……わかんないなぁ、この齢になっても。ただその問題に取り組む入り口を一つ、示すとすれば、有名な言葉から拝借。──自を以て、由としなさい。己が善を信じ、愚行権を行使することを恐れるな──直人、歩みを止めるな"
『父さん……いたよ。僕に父さんと同じことを言ってくれる人が、この異世界にも』
……どうやら、現時点において、僕は、直人と同質の者でいたいらしい。
……選んだ。
前の世界になかったものに触れよう。
魔法、スキル、ダンジョン、その他にもたくさん。
それで、自分がどんな選択をしていくのか、歩んだ先で振り返ってみよう。
「ああ、そうそう、それからもう一つ忠言ですが、リアムさんは魔力コントロールに完全に慣れるまで、大杖は握らないほうが良いでしょう」
「どうしてですか?」
「小杖が繊細な魔法・魔力コントロールを補助するものならば、あれは単純に威力を強化するものですから。まずは加減を覚えてから♪」
人差し指を顔の前に立て、ケイトが上機嫌そうに意外な一面を見せる。
「ははは……」
心の中で、『先生も魔法陣学への熱加減を覚えてね♪』と返してしまいの、この愛想笑いである。
「何かまだ質問がありますか……リアムさん?」
「なにもありません!それでは、お聞きしたい内容も全て聞きましたし、僕はそろそろお暇させて戴きます!ほんとありがとうございました!」
「それは良かった。では、また明日お会いしましょう」
「はい、また明日、失礼しました〜!」
逃げるように研究室の出口で一礼し、外へと飛び出した。
「……普段毅然としていると、やはりこういうのはダメですね」
妙に切り替えの早かったリアムの後ろ姿を見て、ボヤきながらもいたずらが成功したようにクスッと笑うケイトの表情は、温い。
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