第14話Mint


「魔力は万象の源と呼ばれ、あらゆるものに変化し、あらゆる力へと変換できる火に焚べる薪のようなものです。また、変換には変化を促す媒体が必要となります。薪を焚べる人、意思を持って行使する術者ですね。変化・変換される前の魔力は普遍的なものでありますが、生物が保有できる魔力量、変換することのできる属性資質は、力強い熱を得られる木炭や煙が多く出る湿った薪、火起こしに便利な藁のようなもので、商人、木こり、農夫、個によって手に入れやすい燃料もいろいろと変わる、ということです」


 ケイトは教壇の上に大きな麻袋を置いて、魔力についての講義を始めた。


「魔力量は生涯において、一定量まで不可逆的に増えていき、限界レベルに達した後、大きく衰えることはありません。また、生命のエネルギーの一種いっしゅとしても一端を担うため、魔力を多く保有する生物について、基本的に長寿となる傾向があります」


 皆、一生懸命理解しようと講義に集中してはいるが、眉間にシワが寄ったりと、眺めている分には面白い。


「この説明は王立魔法学院高等部教科書の初めから抜粋した内容を少しだけ噛み砕いたものなので、まだ完全に理解する必要はありません。皆さんは簡単に、『魔力は誰にでもある魔法の不思議な素』くらいの認識でいてくださって結構です」


 なんでやねん。

 王都にしかない高等部レベルの説明を初等部一年目の講義でした上、今は理解する必要がないと言うケイトにつっかかりたくなる。

 しかし、そうか。

 初めから頭ごなしに答えの見えない問いかけをするよりか、こっちの方が案外良かったりして。

 これが高等部レベルの説明内容であるのならば、もし、僕たちがこの先魔力に疑問を持っても、すぐに疑問の答えを調べ上げることは難しい。

 ネットのない世界で、これはこれで先生なりの優しさなのだろう。


「それから、皆さんも既にご存知であるでしょう魔石について、簡単な説明をしたいと思います。みなさんの内に秘める魔力を魔石に補充することで、性質に依った事象へ魔力を自動的に変換してくれます。火の魔石からは”火”が、水の魔石からは”水”のように魔石が秘める属性によって変化が起きるのです」


 魔力の講義に続き、次は魔石についての講義が始まる。


「そしてッ……!専用の陣を作る!または付属的に魔石に陣を書き込むことで、変換先の現象の特徴を制御し、書き換えることでより多様な用途を生み出すことができる分野こそ……」


 ケイトはそこで言葉を一旦止め、拳を固く握る。


「魔法陣学なのです……!」


 程よい溜めを挟み、魔法陣学の美学が熱く語られる。


『なんか趣旨ずれてね?』


 この教室にいるケイト以外の誰もがそう感じたのではないだろうか。


「文字や図形を使って森羅万象を書き換え具現化させる。……ああ!……なんて素晴らしい分野なのでしょう!」


 眼前に信仰する神でも降臨しているかのように、恍惚とした表情で更に魔法陣学の神秘語りが止まらない。


「……みなさんも是非、魔法陣学の授業を選択してくださいね」


 取り繕う気もなし、潔い勧誘だ。


「では、魔力についての簡単な説明も程々に、皆さんお待ちかね、魔法選択の時間へと移りたいと思います。一人ずつ名前を呼んでいくので、呼ばれた人は前に出てきて自分の持つ魔法属性を無属性以外一つずつ教えてください。それより後のことは実際に見てもらった方が早いので、一人目の実践をしながら説明しますね」


 ケイトは、自己紹介同様の順番で最初の一人を前へ呼び出す。

 呼ばれて前に出た生徒は、自分の持つ魔法属性を申告した。


「魔法属性は火と水です」

「火と水ですね?それでは、こちらの魔石にように触れてみてください」


 申告された数と同数の種類の魔石が、麻袋から取り出される。


 ……なんか不穏なワードが聞こえた。

 

『魔石が光った』


 一人目の生徒が魔石に触れると、魔石は淡い光を持って輝き始めた。


「では、次の魔石を。はい、結構です」


 一人目の生徒が二つ目の魔石も光らせ、ケイトの合図で手を離す。


「この魔石にはご覧頂いた通り、流れ込む魔力を魔法に変換する魔石の機能を書き換える魔法陣が組み込まれており、魔力が通ると光ります。これらの属性魔石は皆さんに差し上げますので、是非、日頃から魔力を流し、徐々にその属性と魔力を制御する感覚を養ってください。魔力と魔法を操る練習で、最初は誰もが通る道です」


 どうやら、魔力を通すと現象を引き起こす魔石のプロセスに干渉する魔法陣が、魔石内に組み込まれているらしい。


「では次の人、参りましょう」


 そうして話の橋渡しをすると、ケイトは一人ずつ生徒を前に呼び、魔力操作を練習させる。


 ・

 ・

 ・


「リアムさん」


 最初の子から、15分か20分経った頃だろうか、やっと僕の番が回ってきた。


「ふふん、光らなくても拗ねるなよ!その時は僕が魔力の流し方を教えよう!」


 魔石を受け取り戻ってきたアルフレッドは、いつもより上機嫌だ。


『注目と感嘆の声々をちょっと集めたからって、調子に乗りすぎだ』


 入学式の時に見たので知ってはいたが、アルフレッドはもう魔法を使うことができる。

 アルフレッドの魔石の光は他の生徒とは一線を画すほどに強かった。

 教室の全体から「おぉ〜」と感嘆の声が漏れていた。

 僕もそれを見たときは『これはいい練習相手になってくれそうだ』と、心のどこかで彼との巡り合わせがあった幸運を嬉しく思っていたのだが、今は『……面倒臭い』と素直に喜べない複雑な心境になっていた。


「では、属性の申告をお願いします」

「……耳を貸していただいてもよろしいですか?」

「構いませんが……?」


 態々、耳打ちを要求すると、不思議そうに顔を傾げられた。


「リアムさん……なぜ冗談をおっしゃってるのですか?」


 ケイトには、全ての属性適正があることを正直に話した。

 これはスクールで魔法教練を行う上で、どうしても必要なプロセスである。

 ここで自分の属性を偽ると、大きなデメリットとなるだろう。

 ここは正直に申告するのが吉というものである。


「……」


 静かに首を横に振った。

 わざわざ自分から喧伝することはない。


「そういえば、リアムさんは入学式の日にアルフレッドさんの魔法から身を守って見せましたね……よろしい。では、ここで全てを否定するのはやめておきましょう」


 あ、アルフレッド。

 君ってやつは……君の犠牲のおかげで、一蹴されなかった。

 ありがとう。


「しかし、精霊の噂は一見にしかず、とも言います。リアムさん。提案ですが、あなたのステータスを私に見せてはもらえないでしょうか?」

「えっ……?」


 アルフレッド、キミのせいでとんでもない人との間にややこしい縺(もつ)れが起きた。

 ……どうしてくれるんだ。


「やはり、魔法ではまだ僕の方が分があるが、勉強でも負けないからな」

「アルフレッド様……私だって、負けません」

「うん。それでこそ、僕の従者だ」

 

 おいテメェら。

 イチャついてんじゃないよ。


「あの時から原因については、ずっと気になっていたんです」


 興味本位からの提案であることを全く隠そうとしないじゃん。


「直接お見せするのは憚られるので、口頭で、可能な範囲でお応えします」


 あぁ、お腹痛くなってきた。


「それでは、魔力量は?」

「秘密です」

「では、スキルは?」

「スキルは、魔法陣、複合魔法です」

「……わかりました。私も頭がのぼせていたようで、これ以上は追及できませんし、一旦、判断は保留といたします」

「ご配慮痛み入ります」

「ところで……もし本当に全属性を扱えるのであれば、どうです? 魔法陣学、おすすめですよ」


 ……意識を手放しそうになった。


「是非、自由科目選択の際は魔法陣学を履修してくださいね」


 両肩に手を置いて、笑顔で語りかけてくる。

 悪魔の勧誘、というわけでもなし。

 しかし、こう警戒したくなるのは、なんだろね〜。


「さて、では本題もほどほどに、魔石の反応を見てみましょうか」


 もう、ついに魔法陣学勧誘の話を本題といってしまったケイトは、麻袋から属性分の魔石を取り出す。

 教室が一気にざわつき始める。


「まずは火の魔石から」

「はい」


 教室中から溢れている疑問の声をぶった切るように、ケイトから差し出された火の魔石であろう赤い魔石を受け取る。


『光れー……!光れー……!光れー……!光れー……!』


 必死に心の中で『魔石よ光れ〜』となんども反復し念じる。


 ……光らない。


「できませんか……?」

「すみません。僕、精霊と契約できてませんし、いまいち要領がつかめてなくて」

「そうですか。……そういえばそうでしたね」


 精霊契約ができていないことは入学試験をした日、ルキウスに伝えてある。

 担任として、ケイトもルキウスからそのことは聞いていたのだと思う。


「では、少し助言をしましょうか」


 ケイトはウンともスンとも言わない魔石を見て、魔力操作のアドバイスをくれる。


「いいですか? まずは目をつぶって深呼吸をし、心を落ち着かせます」


 魔石を握ったまま目をつぶって、ケイトに言われた通りに試す。


「心が落ち着いてきたら、手の中に握る魔石に集中してください」


 言われた通りに、手の中の魔石に意識を集中する。


「そうすると、体の中にその魔石に引き寄せられるような何かを感じませんか?」

「感じます」


 わずかだが、胸の中心あたりに、わずかに温かく、震えるような何かを感じる。


「よろしい。……それではそのまま感じたそれに、全神経を集中させていってください」


 ケイトの言葉を最後に、手に握る魔石を確かに感じながら全意識を体内の未覚に集中して向ける。


『これが……魔力……!』


 体の中心、心臓のあたりにじんわりと熱を感じる。

 体温とは違う熱は、本流から派流を通って体全体に行き渡り、派流を通ってはまた本流に帰結するように目まぐるしく動く、流れを新たに感じさせ始める。

 激しい力が体を激しく巡っているはずなのに、嫌な感じが全くしない。

 それどころか、安らかさを感じるのだ。

 これまでの生涯に感じたことのない知覚を与えるコレが、魔力と呼ばれるものなのだろう。

 しばし、魔力を感じることに集中し、気持ちの良い温もりに包まれる。


「リアムさん!魔石から手を離してください!」


 気持ちの良い魔力の揺りかごの外から、焦るケイトの声が耳を突き抜ける。


『この風と光は……!?』


 微睡の中から、朝、今日が休学日ではなく平日であったことを思い出すように、閉じていた目を開いた。


「魔力の流れだけで空気が荒れる、図々しい密度ッ──」


 手の中で光り輝く魔石から伸びる光の螺旋の渦、握る拳を囲うように勢いよく吹き荒れる風が、魔力量の多さを現象とする。


「アツッ──!」


 手中の魔石に罅が入った。

 自分で自分の魔法に驚いて、制御が乱れたらしい。

 魔石が割れたこと知覚すると、急激な熱の高まりを感じ、握っていた魔石を床へ放り投げてしまう。


「きゃあぁぁぁぁ」


 手放した属性魔石から豪炎が立ち上る。

 生徒の一部から、悲鳴が上がった。


「動かないでその場で待機!──カワズ!でできてッ!」


 パニックになりかけている生徒達に、ケイトは大声で戒める。

 

「全力、カワズは精霊魔法で援護を!」

「ゲコッ」


 召喚して、肩に乗る一匹のカエルのような精霊に、指示出しをしている。


「森羅万象の一を司るは水。星を旅する水は雨となり、川となり、海へと帰り、時には生を、時には死を司る 。しかしそれらが水の性質は普遍的に静 ──そなたは泡沫。あらゆる動を沈め、やがて全てを呑み込む偉大な水に澱む同字、乱す源泉」


 ケイトの構える杖先に、小さな光々ひかりが可視化する。


「今まさに、我が魔力は動を捕らえる泡沫の牢獄、我を脅威から守る守護者であることを願う──下がって」

「──っ」


 杖を握らない空いた手で、ケイトはリアムを後に下がらせ守る。


「《守護者・水泡の牢獄》!」


 呪文を詠唱し終えた彼女の前に、全長5メートルほどもある首のない大きな水泡の巨人が姿を現した。


「すごっ……」


 高熱の光柱に対峙する巨人を視認すると、込み上げてくる興奮が手足の固まる体を蹂躙する。

 コレが魔法……控えめに言って、最高だった。

 実際に目の前でこんな魔法らしい魔法を目にできるとは ── 、今日までこの世界で生きてきて、どこかでやはり魔法の存在を疑っていたらしい。


「いけぇえええ!」

「やっちまえ!」


 こちらの感嘆を他所に、顕現した水の巨人は歩を進める。

 教室にいた子供たちも、大興奮だ。


「きゃっ──」

「フラジール、側にいろよ」

「はいっ、アルフレッド様」


 火柱に近づいた水泡の巨人は抑えこむように、轟々と立ち上る火柱にその両の手を突き刺す。

 接触と同時に、巨人を覆う水が弾ける破裂音が鳴る。

 水泡の巨人は、意に介することなく前進し、火元である魔石に覆い被さろうとしていた。


「……火が強すぎる……収まらない!」


 火柱は、巨人に被さられても沈静化するどころか、どんどんと太く力強くなっていった。

 今も、完全に覆われることはない火柱が透明となった巨人の姿を陽炎とし、激しいせめぎ合いを続ける。


「リアムさん!」

「……はい!」

「いいですか!先ほどあなたは魔力を感じていたはずです。ですから、その感覚を思い出しながら今から言うことを集中してイメージしてください……!」


 先ほど感じた力の流れが、手放した魔石に洪水のように勢いよく流れている様な気がする。

 でも、まったく枯渇する気がしない。

 衰える気配すらない。


「目に見える炎こそ、爆する滝壺が如く暴れているように見えますが、大元の源泉こそリアムさんの魔力、性質は流れ、水が掴むことのできない光命の術(すべ)を持ったようなものです!」


 確かに、先ほど感じたものを抽象的に表現すればそのようなものかもしれない。


「風のない静かな湖畔、転寝(うたたね)の傍に忘れられたコップの水、開かれたまま埃を被った長編の重たい本でもいいです! なんでもいいですから静かなイメージに寄せるように、とにかく静かで安らぎのあることを思い浮かべて鎮めてみましょう!」

「はい!」


 巨人と火柱を均衡させることに精一杯で上がり続ける腕を震わせながら、同い年の子供相手なら、ちょっぴり難解な想像画をケイトは優しく諭してくれた。


『コップの水……。透き通った、ガラスの水……』


 光差し込む部屋に忘れられた、机の上に佇む水の入ったガラスの器。


「その調子です……!そのまま、糸のように芯を見せた水の純(きいと)を断ち切ります!」


 ケイトの言われるまま、顕となった魔力の芯を千切るように手繰り寄せて、空いた左手で分断した。

 しかし、分断された繋がりは、束の間に引き寄せられ、また繋がってしまう。


「……っ! ならばもう一度、魔力の芯を感じ取って流れ込む力を塞ぎましょう!既に外へ放出された魔力を断つのではなく、注ぎ口の栓を閉めます!いいですね、皮膚を撫でてくすぐったいくらいのところで、止まれと意識して、堰き止めるんです!」

「これは僕の魔力で、魔石(おまえ)の餌じゃないんだよッ!」

「いい調子です!精神集中、大元の栓を絞ることも怠らないでくださいね!」

 

 掌から伸びる魔力の線の始点を、細く、細く、狭めていく。


「結構!後は私の方で沈静化します!」


 希薄となった繋がりは、石に染み入るように消えていた。


「抱きしめて差し上げなさい!」


 ケイトのありったけの魔力を注ぎ込まれて一際大きくなった巨人は、押さえつけていた火の原を抱きしめるように掻き入れ、手中に暴走していた魔石を納めた。

 巨人の手に閉じ込められている魔石は今もオレンジ色の光を放出し、揺らめく焔のように光っている。


「もう……大丈夫……です…………ふぅ……」


 杖を持つ手を下げる間もなく、杖を持たない反対の手で服を正しながら呼吸を整える。


「終了……」


 それから、杖を一振り、残存する魔法との魔力供給を断ち切った。

 魔石を包む魔法がなくなって、魔石は床へと転げ落ちた。

 床に転げ落ちた魔石の放つ光が鈍くなり、白い蒸気を上げながら炭のように黒くなっていく。


「リアムさん、何か異常はありますか?」

「はい、大丈夫です……」

「そうですか……皆さん。本日の授業はこれにて終了とさせていただきます。魔石の授与が終わっていない生徒については、申し訳ありませんが後日、再度機会を設けますので心を構えておいてください。よろしくお願いします。……リアムさんは私に着いてきてください……では、本日は失礼します。お疲れ様でした」


 そう言って足早に教室を去ろうとする。

 早すぎる判断と展開にあっけにとられながらも、気づいた時には歩み始めていたケイトの背中を小走りに追いかける。


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