第2話 異なる家族


 ウィルは黒い髪にダークブラウンの瞳を持ち、背はすらっとしているが、つくべきところにつくべき筋肉がしっかり付いていることが、抱き抱えらるとわかる。


 アイナは赤毛の長い髪に、透き通った綺麗な青の瞳をしている。

 こちらもスタイルはよく、しかしながら子の幼さを惹きつける様な、優しさが溢れる。


 そんな父と母から受け継いだリアムこと僕の容姿は、髪はまだ薄いがウィルと同じ色に違いなく、目はアイナの色を受け継いだようで透き通った青い瞳だった。


 突然の転生からもう3週間ほど経ったが、ウィルもアイナも僕のお世話を一生懸命してくれている。


「カリナ、そんなところにいないで、こっちに……あっ……」


 実はもうひとり、この家には住人がいるらしい。

 時々壁の向こう、開いたドアからダークブラウンの髪が見える。

 髪の高さ的に背丈はまだ子供ぐらいだと思う。

 僕は、アイナがカリナと呼んだその子の姿を、まだ見たことはない。



──5ヶ月後──


 ウィルやアイナに外に連れて行ってもらうこともあり、この世界はやはり元の世界ではないということを確信することができた。


 僕たちの住んでいる国の名前はアウストラリア、都市の名前はノーフォークと呼ばれている。

 アウストラリアの中では2番目に大きい公爵領の農業ダンジョン都市らしい。


 この5ヶ月の間に、色々と発見があった。

 両親やいろんな人が魔法を使っているところを見たり、出かけ先で異種族を見たり、ウィルとアイナの知り合いらしい恐怖のちょび髭マッチョに抱き抱えられたり……あの時は、潰されるかと思った。


 うららかな春の日差しが心地よいこの頃。

 乳幼児の体だと、しばしば眠気に襲われる。

 瞼が重い。


「そろそろ離乳食を食べ始めても良い時期ね」


 そうか、やっとそういう時期になったのか。

 自由度の低い赤ん坊の身で、自分の成長が感じられるというのはとりわけ嬉しいものがある。


「今日は家族みんなでご飯を食べましょうねー」


 あやしかけながら、アイナは頭を撫でてくれていた。



 ── 夜──

 

 ついに離乳食を食べる時が来た。

 アイナがキッチンに立ち食事を作っている。

 この世界に来て初めての食べ物だ。


『この世界の食事が美味しいといいなー。早く固形物も食べれるようになりたい。その時はちゃんと嚥下できると良いな』


 おそらくペースト状の離乳食だろう。

 そんな他愛もないことを考えていると、テーブルに食事が配膳されていく。

 前に置かれたのは、やはりペースト状の離乳食だ。


『4人分。父さんと母さんの分に、もうひとり分はあの子のかなぁ?』


 1人分は赤ん坊であるボク用だけど、食卓にはそのほかに3人分の椅子と食事が用意されている。


 結局、転生して6ヶ月近いが、僕はまだ一度も彼女に会ったことがない。

 廊下の曲がり角や開いたドアから覗くダークブラウンの髪。

 それに気付いたアイナに名前を呼ばれると慌ただしく床を擦る音が遠ざかっていく。

 今日は会えると良いけど。

 最近の密やかな願いである。


「ただいまぁー」

「お帰りなさい、ウィル。ちょうどご飯ができたところよ」


 ウィルが仕事から帰ってきた。

 ダンジョン関連の仕事で、モンスターを討伐したり、雑用をこなしたり、稼いでいるらしい。

 毎日のように聞かされる惚気によると、今は安定した仕事を選んでいるようだが、昔は無茶してダンジョン探索していたらしい。

 学院の中等部時代、惚れていた母さんをパーティーに誘い、壮絶でロマンスのある冒険譚を経て今に至るらしい。


「今日も美味しそうだ」

「疲れたでしょ。今日はリアムも一緒に食べるのよ。はいはい、先に一緒に座って待っててね」


 料理を褒められて嬉しそうなアイナは、ウィルを席に着かせ、リビングから廊下に向かって居直ると、別の部屋まで聞こえる大きな声で夕食ができたとカリナを呼ぶ。


「カリナー!夕食の時間よ。いらっしゃーい」


 カリナは、6歳上の姉らしい。

 アイナが席に着いて少しすると、廊下の方からゆっくりとした足音が近づいてくるが、弱々しくドアが揺れて足音が止まる。

 ……踏み込んでこない。


「カリナ、入ってきなさい」

「ほら、アイナの料理が冷めてしまう。こっちに来て一緒に食べよう」


 アイナとウィルの柔らかな声に揺られるように、途中で開き止まっていたドアが再び動き始める。

 ドアが完全に開くと、見覚えのあるダークブラウンの長い髪にキリッと整った顔立ち、アイナと同じ色の瞳をした綺麗な女の子が立っていた。


「あぅあー」


 アイナとは違うタイプの美人さんだ。

 幼いながらに、綺麗に整った容姿に目を奪われて、声が漏れてしまう。


「おいで」


 俯きがちなカリナへ、アイナは席を立つと、笑みで背中を優しく押して席に促す。

 カリナは、渋々といった感じで席に着くも、相変わらず、どこか落ち着かず不安そうに口を噤んでいる。

 

「さ、せっかくの料理が冷めちゃう。食べましょ!」

「そうだな」


 アイナが空気をリセットするように両手を合わせる。

 ニコニコした笑顔のアイナに続き、ウィルも手にフォークを手に取る。


 気まずい中、始まる食事。

 それからもカリナが喋ることはなかった。

 あぁ……ペースト状の離乳食は久しぶりに口にする違う味だったが、場の気まずさの所為か、味をあまり感じなかった。

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