Dr.ファウスト -Terminus Flores-
@Blackliszt
第一編 余命──ノーフォーク
Neighborhood
第1話 垂り雪
手を握って声をかけてくれている。
でもあまり耳には入ってこない。
「あぁ、そんな、に……かなし、い……かお、をしな、いで。だい……じょう、ぶ……ぼく、はしあわ、せだった、から。……ね?」
握られている感触が少し強くなった。
のぞいている顔はみんな少しだけクシャッとしながらも笑顔になった気がした。
「まん、ぞ、く……あ……りがと____ 」
だめだ、体が怠くなって手に力が入らない。
最後に少し嘘をついた。
まだまだやりたいことがあった。
ましてや心残りが多すぎるくらいの人生だった。
でも愛していた人たちに笑顔でいて欲しかった。
我儘かもしれない。
それでも、ね。
目の前が真っ暗になった。
たわいもないこれまでの人生が巡る。
19年の長くも若い人生だった。
病弱で、他と比べると持てた時間も、機会も、経験も圧倒的に足りなかった。
歯痒く思った。
歯痒く思ったら、本やタブレットを通じて、思いを馳せて慰み憂う。
諦め悪くベットの上で、その日、得た知識を頭に巡らせながら幻想に浸っていた。
本当に長かったのに、何もかもが足りなかった。
治療を受け続けられた環境に感謝している。
命の選択を考えることもあった。
希望と絶望の繰り返しに、バラバラにされそうな心を引き止め保ってくれた家族を愛していた。
そう考えると、最後は愛していた人たちに看取られて幸せな終わりだった。
呆ける思考が人生を締めくくり始める。
もう終わった。
あぁ、幸せだった。
もう、満足だ──
本当に?
心停止を告げる緑の一本線が虚空を走り、空っぽの不安を感じさせるアラートが鳴り響く。
アラート音がどんどん小さくなり、視界と聴覚をノイズが覆い始める。
マスキングされていくような感覚。
変な感覚だ。
視界のノイズはだんだんと白んできて、やがて完全な白となる。
同時に、聴覚を支配していたノイズも止んだ。
無音無稽(むおんむけい)を、ぼんやりと鮮やかな色が移り始める。
わけがわからなくて放心する。
「ウィル、リアムがぼーっとしてる。大丈夫かな?」
一人の女性の顔が、視界の端から現れる。
心配そうな顔をする女性の声が、それが誰かへの問いかけだとわかる。
そして、体が持ち上がる感覚とともに女性の顔が近くなる。
「本当か?」
どこからか男の声が聞こえた。
返事から程なくして、女性の顔の反対側に男の顔が現れる。
思わず、男の方に視界を移すと自然と声が漏れる。
「ぁう…」
二人とも相好を崩しこちらを見ている。
この見ず知らずの二人のことを僕は知らない。
でも、こちらに向けられるこの優しい表情(カオ)は知っている。
父と母の顔だ。
先程まで、家族に見送られていたはずなのに、どこか遠く懐かしいような感覚に「キュッ」と胸を締め付けられる。
「よかった。大丈夫そう、ウィル」
「そうだな。アイナ」
慰めるように、アイナが僕の顔に触れる。
アイナの安堵に相槌を打ちながら、ウィルは頭に手を置いた。
そして、親指で額を優しく撫でる。
くすぐったい。
……けど、あったかい。
額を親指で撫でられるくすぐったい感触に頬が緩む。
そんな僕の心象が伝わったのだろうか。
二人の声が合わさる。
「「リアム」」
── と。
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