第28話 始動

 リーゼライド王国とフェルンバーク帝国、ラクドル共和国の三ヶ国の対立が始まったのは七十年前。原因は貿易時のトラブルと三百年前に決定した国境線に対する異議である。

 貿易に関しては、取引する物資の価格調整や市場の変動によって、お互いの妥協点が見つからないままになってしまい、必ずどちらかが損をしてしまう。それに関しては仕方のないところはあるのだが、問題は国境線。

 国境線は当時の国王たちが何度も話し合った結果に基づいて決定されたものである。しかし、七十年前にフェルンバーク帝国の学者達が一斉に現在の国境線に異議を唱え出した。それも全員が全員、修正案がほぼ同じ。現在のリーゼライド王国とラクドル共和国の国土の一部がフェルンバーク帝国のものであると。

 その主張を否定しようにも、まず主張した側が証拠を提示しないために、どんな証拠を提示すれば主張を取り下げるのかが不明。奪われた国土を取り返すという名目で侵攻を開始したフェルンバーク帝国であるが、両国とも防衛を固めることでそれを阻止。現在は拮抗状態が続いている。



「ヴァリアント部隊の様子はどうだ?」

「はい。順調に力を伸ばしております。例の少年、マシギ・スメラギが入隊した後の出撃においては、今までの出撃に比べて損害が半分以下になっております」

 第七十三代リーゼライド王国国王、メルダード・ブラン・リーゼライドは頷く。

「このままでは、より大きな戦争に発展する可能性が高い。今でこそ損害は小さいが、少しずつ民の生活にも影響が出始めている。帝国は交渉に応じず、共和国は虎視眈々と付け入る隙を伺っておる」

「このような状態が始まってから七十年。その期間での変化は、帝国が送り込んでくる兵の数がだんだんと増えていることです。それはやはり、戦場で逃げ出す相手を追撃しないことが原因だと思われます」

 そして、メルダードの相談を受けている女は、持っていた資料を広げて目を通す。

「砦部隊からの報告では、帝国は侵攻にヴァリアントを使用することが少なくなったそうです。おかげでヴァリアント部隊を出撃させることなく撃退することは可能となりましたが、それにしては相手が妙な動きをしていると」

「申してみよ」

「二十年ほど前の帝国ならば、どれだけ仲間が倒されても果敢に挑んできました。しかし、ある時を界にすぐに撤退するようになったようです。接敵から撤退までの時間に差異はありますが、以前のような攻撃的な戦闘ではなく、時間を稼ぐような戦い方をしていると。そして、以前とは比べものにならないほどあっさりと撤退すると」

「ふむ……」

 帝国が方針変更をしたとして、それが何らかの策略であることは誰もわかるのだが、その策略が何なのか全く見えない。何かしらの手がかりを掴んで対策をしないと、取り返しのつかないことになる可能性だってある。

「メルダード国王。各部隊からの報告からするに、帝国は戦力を減らさないことを優先事項にしていると思われます。相手の攻め手が緩んでいる今のうちに打撃を与えることで、王国の脅威を取り去ることができるかも知れません」

「……もしすぐに帝国へ打って出た場合、こちらの損害はどれほどだと思うか?」

「小さくはないでしょう。ですが、それを差し引いても帝国の脅威を遠ざければ、王国は安泰でしょう」

 ここで打って出るべきか。今以上の好機を待って耐え凌ぐべきか。いつかは決断するべきだろうが、それが遅ければ遅いほど王国も衰退する。しかし、機を誤まれば多くの国民を無駄死にさせることになる。メルダード自身が民を思いやっているからこそ、決断を下せずに言葉に詰まった。

「……民が求める決断を、知ることはできぬか」

「民にも様々。賛成の人間がいるなら、必ず反対の人間もいます。ある決断が本当に正しかったのか、それは未来にしかわからないことです。大切なのは、それを他でもないメルダード国王が行なうということ。決断の是非ではなく、国王自身が国王自身のお考えで決断を下すことが、国を治める者としての役割なのではないでしょうか」

 国を治める者としての役割。たった一言で国の全てを動かすことができてしまう為に、それだけの責任がある。国無くして民は無し、民無くして王は無し。王は民の為に存在するならば、その決断も民の為でなくてはならない。


「我こそはリーゼライド王国第七十三代、メルダード・ブラン・リーゼライド。この身を民を守る剣とし、民を守る盾となることを誓おう」


 それは王が立ち上がる合図。決断における全ての責を負い、民を守らんとする思いの現れである。

 ただ、メルダードの決意を聞いて、女は口角が吊り上がるのを必死で堪えていた。

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