第27話 新装備
フェルンバーク帝国の侵攻は完全に失敗し、リーゼライド王国では更にヴァリアント部隊の活躍が取り上げられた。中でも真紅のヴァリアントの持ち主である真詩義の動きは大きく取り上げられており、『小さき猛者、疾風迅雷の猛攻』と新聞で報じられていた。
自分の知らないところで勝手に有名になっている真詩義は、訓練に勤しんでいた。ヘンネに言われた通り、現段階でのヴァリアント部隊の訓練は、真詩義にとって準備運動にしかならないレベルである。そのため、今日もヘンネが提示した特別訓練をこなしていた。
「もっと速く体の動きを切り替えて下さい。一撃外したらカウンターされます」
「やぁあ! はぁああ!!」
「ふん! はぁあっ!」
本日の特別訓練内容は、ミリアムとヴェリエルに槍を教えること。突然指導を任されるとは思っていなかったために段取りは悪かったのだが、かつて自身が習っていたことをありのまま教えている。
しかし、理にかなった手法ではないために、教える真詩義もそれを理解しようとする二人も、上手くいかずに時間だけが過ぎていく。
「はぁ、はぁ……」
「なかなか、マシギの、お眼鏡には、かなわないか……」
「うーん……もう少し速い攻撃じゃないと、相手が複数人だった時に返り討ちにされちゃうだけなんですけど……」
二人の筋は悪くない。むしろ部隊内でも上位に入るほどであるのだが、それでも真詩義にとっては足りないらしい。だがそれを言葉にして伝えることができず、お互いに中途半端な状態が続いている。
「あー……だったら真詩義が色々見せてよ。多分、このままじゃ何にも身につかないからさ」
ミリアムは半分ヤケになっているようで、わざとらしく持っていた槍を地面に置いて座り込んだ。
「それもそうだな。言葉だけでは完全に理解するのは、一部の賢者だけだ」
ヴェリエルも賛成と言わんばかりに構えていた槍を下ろし、真詩義に向きなおる。
そこまで言われてはやらないわけにはいかない。真詩義はミリアムが置いた槍を拾うと、自然体で構える。
「そんな見せるようなものじゃないんですけど……」
と言いつつも、神速のような突きから小さく飛び上がって一回転。着地と同時に二度目の突きからの切り上げ、最後に横薙ぎ。どの動作の繋がりも自然で、五つの動きをするまでにかかった時間は二秒にも満たない。
小さな体から繰り出される早業に、二人は唖然としていた。
「すごい………」
「敵わないわけだな」
「えっと、訓練したら簡単にできるようになると思います。俺じゃあ上手く教えることはできませんけど……」
「何、十分誇れるレベルだ。このまま王国一の武人を名乗ってもおなしくない程度にはな」
謙遜する真詩義に微笑みかけるヴェリエル。それとは対照的に、ミリアムは盛大にため息を吐いた。
「真詩義って、そういう才能があるんだろうねー……私、ダメダメだし」
「えっと……」
一人不貞腐れるミリアムの対処に困った真詩義だが、以前はフォローしようとして更に落ち込ませたために、愛想笑いするだけで何も言わなかった。
三人がいる場所は、屋外訓練場の端。そんな光景は他の隊員たちにも丸見えであり、ヴェリエルとほぼマンツーマンの状態の真詩義に嫉妬の眼差しを向ける者が多数。あとは純粋に真詩義の実力に驚く者と、気にくわないとして嫌悪感を抱く者がいる。
その驚いたうちの一人であるツイレンは、真詩義に尊敬の眼差しを送る。だが、自分の周囲の隊員の批判的な視線に気がつき、急に不機嫌になった。
自分も加わりたい。真詩義に教えを請うことが自分の成長に繋がると感じたのだが、自分が扱う予定の武器は剣、すなわち真詩義の専門外であるために指南を請うことはできない。
「おいレグナート! 気ぃ散らしてんじゃねぇ!」
「は、はい!」
アンタもキーレイ准将を見ていたくせに、と言いたかったが、それを飲み込んで剣を構えた。
一方、全体の様子を見ているヘンネは、ヴァリント専用に作られた武器の試作品を手にとって確認していた。
種類は大きく分けて、剣・槍・斧・銃の四種。ただ、銃は火薬や弾丸の消費を考えると大量に投入できない。故に今日は導入が決まっている剣と槍、斧の三種のみがヴァリアント部隊に届けられた。
「なかなか重量があるな」
「そりゃヴァリアント専用だからな。それを生かすためには必要な処置だ」
技術局の代表としてロムンドがヘンネの質問に答える。
今回のヴァリアント専用武具の開発の理由は、ヴァリアントvsヴァリアントの戦闘を想定したもので、少しでもアドバンテージを得るためである。相手と同じ徒手空拳では、個々の身体能力に大きく依存してしまう。フェルンバーク帝国やラクドル共和国のヴァリアント兵の精鋭がどれほどの実力なのかが分からない現在、兵力の損失避ける目的もある。
「まぁ、歩く殺戮兵器なんて言われてるヴァリアントに武器を持たせようなんて、初めての試みさ。グリーンベル隊長もわかっているだろうが、あくまでまだお試し期間。武器の製作を取りやめる可能性も十分にあることは承知してほしいねぇ」
「ああ、それくらいは予想してる。ただ、相手が同じように武器を作っている可能性も否めない。そこに素手で特攻するような猛者は、片手で数える程度しかいないだろうよ」
人間が扱う剣よりも三倍ほどの重量があり、こんなものを生身で振り回せるとしたら、筋骨隆々の大男くらいなものだろう。
ヘンネは両手で剣を持ち上げ、体の重心を移動させながらなんとか構えてみせるが、屁っ放り腰のようになっていた。
「これを、ヴァリアントなら使えるのか?」
「一応それぞれの型の出力制限を踏まえて重量を設定してる。理論上の問題はないが、使い勝手までは実践してもらわないことにはどうしようもない」
「銃の方はどうなってる?」
「弾薬消費の面から製作見送りだ。特にヴァリアント用は、千の弾薬作るのに国中の技術者を総動員して三日かかる」
銃が使えるなら、それだけでかなりの戦力になる。ヴァリアントが使用する銃ともなれば、敵ヴァリアントの装甲を貫くことも可能かもしれない。そんな淡い期待を抱いていたのだが、人間が使う銃火器でさえ、弾薬消費の面でどの国でも積極的に作られてはいない。弾薬に費やす資源は基本的にヴァリアント製作の方に回した方が有益だからだ。
「まぁ、せいぜい有効活用させてもらうとするさ。そんで、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「あの少年のことか?」
「ああ。先日の迎撃の時、あいつは三十分はヴァリアントを使いっぱなしだった。それでも使用時間は五分にもなってないのか?」
「……四分二十三秒。少年が本物の化け物に見えてきたよ」
ベルスティ型で前線で戦うことは、今となっては常識はずれもいいところであるが、ジルベルト型やギリアム型を使用している者の数倍の戦果をあげている。その点だけで見るならば、軍内部で階級がついてもおかしくない。
それを齢十六の世間知らずな少年が成し遂げようとしている。真詩義を手のかかる弟のように思っているヘンネからすると嬉しい反面、政治や軍の内部のいざこざに巻き込まれないかと心配だった。
「できるだけ早くマシギ専用のギリアム型を手に入れたい。使用時間の問題が解決しなけりゃ、この先の戦争で必ず死ぬ」
「技術局の方で、ギリアム型の製作は始めてる。今までのギリアム型のデータと少年のベルスティ型を無理やり混合したようなジャンク品になるだろうが、次の正式なギリアム型が完成するまでの繋ぎにはなるさ」
「期待しないでおくよ」
持っていた剣を地面に落とすと、ヘンネはそのまま訓練場の中心に戻っていく。その背中を見ながら、ロムンドは小さくため息を吐いた。
その頃、真詩義から槍の指南を受けているミリアムが仰向けに倒れていた。身体中から汗が吹き出し、目も虚ろな状態。真詩義やヴェリエルが呼びかけても反応が薄く、ただ苦しそうに呼吸を繰り返している。
「ヴェリエルさん。これって……」
「熱中症かもしれん。一旦槍の指南は中止にして、ミリアムを医務室まで運ぶ。真詩義は先に医務室に行って、ミリムアが熱中症になったことを伝えてくれ」
「わかりました」
真詩義も熱中症にかかったことがあるために、その危険性はよく知っている。そのため、一目散に医務室へ走って行った。
「全く、訓練で無理をしては本末転倒だぞ?」
真詩義の背中を見送り、苦しそうなミリアムの顔を覗き込む。意識は朦朧としているが、ヴェリエルの姿をその瞳に捉えている。
「今から運ぶから、少しでいい。体に力を入れてくれ」
ヴェリエルは返事を待つことなくミリアムを抱き起こし、その体を背負う。訓練用ではあるが鎧をつけているため結構な重量があるが、そこは軍人。顔色ひとつ変えずに歩き出した。
「………」
ヴェリエルがこうして人を背負うのは、約十年ぶり。年の離れた弟が泣くたびに、抱っこしたりおんぶした理して泣きやませようと必死になっていた。当時は煩わしく思ったことも多いが、今となっては良い思い出である。
「はぁ……はぁ……」
相変わらず苦しそうな呼吸が聞こえてくる。それが記憶の中で弟の泣き声と重なり、少しだけ頬が緩んだ。
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