第26話 上官

「「「乾杯!!」」」

 再び侵攻してきたフェルンバーク帝国軍を撃退したことにより、国民のなかで更にヴァリアント部隊への株が上がった。

 そして、祝勝会をしようというヘンネの提案によって、王宮からそれほど離れていない場所にある酒場に、ヴァリアント部隊の人間が集まっていた。

「さぁさぁ、遠慮しねぇで食って飲んで満足してくれ!」

 威勢の良い酒場の店主は、それぞれのテーブルにドカドカと料理を置いていく。野菜や肉などが満遍なく使用されており、それだけで食欲をそそる。


 真詩義はというと、王宮での生活にも慣れてきたのだが、やはり遠慮がちになってしまって料理に手をつけようとはしない。それを見かねてか、ヴェリエルが真詩義の側にやってきた。

「遠慮せずに食べておけ。相手の好意を無駄にするような行動はいただけないぞ」

「は、はい…」

 相変わらずの反応に苦笑するヴェリエルは、持っていたジョッキの酒を一気に呷った。普段の美麗な姿とは違い、こうして酒の席での豪気な姿もまた美しい。現に、店の店員や他の隊員たちの視線の多くはヴェリエルに向いている。

 そんな美姫の側にいることをなんとも思っていないのか、真詩義はヴェリエルに勧められた通り出された料理に手をつけ始める。

「ん、美味しいです」

 しっかりと焼かれた肉と野菜のコンビネーションは、王宮の食堂でよく食べているフェルズレット・アヴィンとはまた違った美味しさがある。

「ねぇマシギ~♪ ちゃんと楽しんでる~?」

 自分の分として用意されたジョッキを掴もうとすると、既に出来上がっているミリアムが抱きついてきた。

「ちょ、ミリアムさん!?」

「んふふ~♪ あー、ちっちゃいなぁ」

 ミリアムの方が幾分体が大きい為、がっちりとホールドされてしまう。振りほどこうにもすぐ近くにヴェリエルや他の隊員もいるから暴れられない。

「うわっ」

 どれだけ強い酒を飲んだのか、ミリアムからはとんでもないアルコールの匂いがした。

「こーんなにちっちゃいのに、あんなに大活躍しちゃうなんてさぁ……なんかちょっとムカつく」

「えぇ……」

「こらカインズレイ。変に絡むな」

「はーい」

 酔っ払ってはいるものの、上官であるヴェリエルの言葉を素直に受けて大人しく真詩義の隣に座った。

「ねぇねぇマシギ。アンタってどんな戦い方を習ってきたの?」

「どんな……ですか?」

「そ。蹴りも強いし、ナイフも使えるし、もっとなんか色んなことできるんじゃないの?」

「それは私も気になるな」

 ヴェリエルもその答えが気になるようで、真詩義を挟んでミリアムと反対側に座った。

 かたや王家の末端の従兄弟の家系に生まれ、コネでヴァリアント部隊に入ったと言われる新米。かたや誰もが憧れる眉目秀麗の副隊長。真詩義の周辺だけ異様な空間になるのは仕方のないことである。

「そうですね………体術は五人くらいから教えてもらって、あとはナイフ術、槍術、棒術、暗殺術……本当は色々あるんですけど、まとめるとそんな感じです」

「随分と多岐に渡るな。あの凄まじい体術が全てではないのは驚きだ」

「あ、そうだ! 私に槍術教えてよ! 私も槍を使うかもしれないし」

「なら、槍を扱う可能性のある者の指導はマシギに任せるとしようか。もちろん、体術に関してもな」

 ヴェリエルは冗談交じりに言い、真詩義の肩に腕を回す。

「ヘンネも言っていたが、現状の訓練では、マシギが新たに身につけられることはおそらくない。なら、私たちがそのレベルに到達するまでは教官役として務まるだろう?」

「それ、キーレイ副隊長が楽したいだけなんじゃないですかー?」

「余計なことを言うな」

 ペシ、とミリアムに軽いツッコミが入り、真詩義はそんな微笑ましい光景に笑みを漏らす。

 酒を飲んだわけでもないのに、体の内側がじんわりと温かい。耳に入る喧騒がやけに心地良い。気分の良くなった真詩義は、自分のジョッキを持ち、中身を一気に流し込んだ。

 しかし、真詩義の為に用意されたジョッキの中身は酒。リーゼライド王国では、十六歳からが成人をみなされ飲酒が認められる。法的には問題はないのだが、酒なんて飲んだことのない真詩義は、アルコール独特の味に動きが停止した。

「………」

「マシギ?」

 ミリアムが心配して声をかける。様子がおかしいということでヴェリエルも気づき、自分のジョッキを置いた。

「うへぇっ」

 ガシャン! と真詩義はジョッキを放り出しながらテーブルに勢いよく突っ伏した。大きな物音に店内が騒然とするが、すでに真詩義の意識はなかった。










「まったく……マシギが絡むと退屈しねぇな」

 ヘンネがすぐに事態の収拾を行なったおかげで、大きな騒ぎになることはなかった。当の真詩義はというと、酒場の二階にある居住スペースで寝かされている。

「まぁ、今回はマシギが酒を飲めるか確認してなかった私の責任だ。明日、改めて店側に謝りに行くさ」

「そうしかめっ面をするな。今日は一応祝勝会だ、隊長であるヘンネがそんな顔をしていたら、下の者も楽しめないぞ」

「少しは私の苦労もわかってほしいんだけどな」

 何杯目かわからない酒を飲み干して、ジョッキをテーブルに叩きつけたヘンネ。すでに宴もたけなわに差し掛かっており、あと数時間としないうちに日付が変わってしまう。そんな深夜独特の雰囲気と明るい喧騒のせいで、二人は感傷に浸っていた。

「マシギは………今の生活をどう思ってるのだろうか」

 そう問いかけるヴェリエルはため息を吐くのだが、その表情はやけに暗い。

 真詩義がこうしてリーゼライド王国に腰を落ち着けることになった原因の一端はヴェリエルにもある。責任を持って面倒を見ると誓ったはずなのだが、今の自分はしっかりと真詩義の面倒を見ているのか。不自由な思いをさせていないか。元いた世界に戻りたいと思っていないか。

 今になって、ようやくそのことを口に出した。

「私は、マシギへの責任を果たせてるだろうか」

「責任だぁ? あいっかわらず堅苦しいこと考えてんじゃねーか」

 ヘンネは吐き捨てるように言うと、ヴェリエルの背中をバシ! と叩いた。

「そんなもん、テメェの頭でいくら考えたってわかるわけねぇだろ? そんなに知りたきゃ本人に聞け」

「だが……」

「だがもクソもあるか。そうやってウジウジされると、見てるこっちがやきもきすんだよ」

 いつになく弱気なヴェリエルに、ヘンネは面倒くさそうに頭を掻いた。

「ったく、酒が入ってひ弱になるのは入隊から変わらねぇな」

「放っておいてくれ……好きで感傷に浸っているわけじゃないんだからな」

「はいはい。まぁ、酒乱じゃないだけマシか」

 ヘンネは自身の責任感のせいで気苦労の絶えない戦友の肩を優しく叩いた。








 翌日。王国軍の中で祝勝会を行なっていたのはヴァリアント部隊のみで、他の部隊は昨日も守備の強化や事務処理に追われていた。そういった仕事がほとんどないこともヴァリアント部隊が嫌われる理由の一つでもあるのだが、誰もそんなことを気にしている様子はなかった。

「頭痛い………」

 昨日、酒を一気飲みしてしまったがために倒れてしまった真詩義は、ツイレンに背負われて王宮まで帰って来た。祝勝会があるとは聞いていたが、まさか倒れるなどと思っていなかったために、ちょっとした騒ぎになった。

 結局エリゼがその後の面倒を見ることになり、就寝できたのはいつもより三時間ほど遅い深夜であった。

「大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 それにも関わらず、いつもと同じ時間にから世話をしてくれることに頭が上がらない真詩義は、嘘でも体調が悪いと言い出せない。

 ただエリゼにはお見通しなのか、ベッドから起き上がろうとする真詩義の体をベッドに押し付ける。

「全く……無理はなさらないでください。二日酔いだからと言って油断はできませんよ?」

「はい……すみません。でも、今日は訓練がありますから」

「でももへったくれもありません。無理をして悪化させてしまっては、私の仕事が増えてしまいますからね」

 体調が悪くても無理して訓練に向かおうとするが、エリゼが『自分にとって迷惑だ』とすることで、その行動を止めた。

「しばらくはベッドで安静にしてください。医務室から頭痛薬をもらって来ますので」

「はい……」

 エリゼは足早に部屋を後にする。

 あと三十分ほどで今日の訓練が始まる。ヘンネには現状の訓練で新たに身につけることはないと言われたが、自分だけが訓練をしない状況は心苦しい。

 頭痛は酷いが、どこか落ち着かないためにベッドの上で様々な体勢になってみる。どの体勢も頭痛を和らげることはなく、外から聞こえてくる鳥のさえずりを鬱陶しく思っていた。









「それで、例の少年のヴァリアント、なんとかできませんか?」

「なんとかも何も、出力使用時間と規格、報告された戦果が全然見合ってない。今できることは、せいぜい表面の汚れを落とすくらいかねぇ」

 リーゼライド王国の中でも屈指の技術者が集められた、ヴァリアント部隊専属の技術士たちは、真詩義の使っているヴァリアントの解析結果に首を傾げていた。

「なぁロムンド局長。ヴァリアントの出力使用時間の条件って、まだ定義されてないんっすよね?」

「ああ。だがいくつか仮説はある」

 ロムンドは若い技術士に向き直ると、一枚の紙を差し出した。そこには、真詩義の使っているヴァリアントの解析結果が記されている。

「現段階でわかっているのは、少年のヴァリアントはそれなりに特別性ってことだな。とはいえ、他のベルスティ型と比べて多少が頑丈ってだけの話だ。ギリアム型の注文だったのを間違えてベルスティ型で作っちまったらしい」

「なら、もしその少年が新しいギリアム型を手に入れた場合、今以上の活躍をするということですか?」

「いや、一概にそうは言えない。少年の戦い方は独特らしくて、グリーンベル少将の話からするに、構造上弱い関節部に相当な負担がかかってるだろうよ。損傷こそないが、もし一瞬の力加減でぶっ壊れましたなんてなれば、俺たちだけじゃない。王国内のヴァリアント全てを再検査する必要が出てくる」

 ギリアム型はベルスティ型やジルベルト型に比べて、関節部の耐久度が低い。真詩義が今の戦い方を続けるなら、ギリアム型を割り当てるのは危険極まりない。

「少将が開発元にクレームを言ったそうだが、その返信がいまだにないのは責任ある技術者の行動とは言えない。必要になれば、俺たちで新たにヴァリアントを作る可能性だってある」

「うへぇ…さらに忙しくなるんですか……」

 若い技術士は辟易したように文句を垂れると、渡された解析結果に目を通す。

「で、この少年の身体能力を鑑みて、クイックブーストを導入するんですか?」

「実装に際しては反動やら出力の問題やらがあるが、少年ならそんなことは些細な問題に過ぎない。まぁ実装して試運転しない限りはなんとも言えないが」


 ロムンドが提案したクイックブースト。元々は帝国で開発された、ヴァリアント専用の外付けのパーツである。主に背部や脚部に装着されることが多く、現段階では最高時速1500kmでの移動が可能となる。ただ、使用時の反動や動体視力や動きが追いつかないことから、リーゼライド王国製のヴァリアントには導入されていない。

「さてと、ユーザーを必要以上に待たせるのは技術者としては三流だ。とっとと作業にとりかかるぞ」

「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る