第25話 侵攻・後編

 他のリーゼライド王国のヴァリアント兵も奮闘している。敵を倒すこと、仲間を守ること。それぞれ優先順位は異なるものの、一つの組織として機能している。

 ただ、二人はその組織の輪から逸脱していた。

「はぁああ!」

「ぜやぁああ!」

 意図せず肩を並べているミリアムとツイレンは、各個撃破を最優先事項と考えているのだが、一撃で仕留めることができずに手間取っている。そうして一人に構っている間に半分囲まれ、慌てて後退したり相手を手当たり次第に攻撃したりする姿が見受けられる。

 そんな二人の視界の端には、真詩義の姿がある。かつて自分が軽んじていた少年が、どうしてあれほどまでに強い力を持っているのか。

 真詩義の戦う姿に、二人はさらに焦りを感じる。自分はヴァリアント兵、それがあのような素人に負けてもいいのかと。ヘンネやヴェリエルが聞けばくだらないと一蹴するようなプライドだが、戦場で固まりそうな体を突き動かすためには必要なことだった。

「このっ」

 振り下ろされる剣を腕で払い、渾身の前蹴りで敵を倒す。だが、休む暇もなく後続の敵で視界が遮られる。一体あとどれだけの敵を倒せばいいのだろう。段々と血の匂いが充満していく空間で、二人の思考は目の前の闘争に支配されていった。



 一方、真詩義は敵指揮官の目と鼻の先まで迫っていた。真紅の怪物が迫るに連れて相手も浮き足立っていた。

「クソ、一時撤退だ! 残ってるものは迎撃しろ!」

 怒号とも取れる指示に、周囲の兵は指揮官を守ろうと前に出る。だが、先頭の者から瞬時に撃破され、時には三人ほどまとめて吹っ飛ばされる。このままでは追いつかれるのも時間の問題。そう思った時だった。


「楽しそうなことやってるじゃねーか」


 逃げるのに必死な一部の帝国兵の前に、白色のヴァリアントが現れた。なんの特徴もない、ただただ普通のヴァリアント。だが、その表面には無数の傷があった。

「しょ、少佐を守れ!!」

 少佐と呼ばれた指揮官を守ろうと、周辺の兵が並んで壁を作る。だが、そのヴァリアントはゆっくりと歩き出し、足元に倒れている帝国兵を槍のように掴んで投げ飛ばした。

 それを受けて壁の一部が崩れ、隙が生まれる。そこにヴァリアントが一瞬で飛び込み、すぐ近くにいた帝国兵を六人ほど弾き飛ばした。

「甘ぇんだよ!!」

 人間の壁に穴が空き、その隙間から一気に本丸である敵指揮官を捉える。

「ひぃっ!?」

 反射的に腰に下げていた剣を抜こうとしたのだが、それよりも早くヴァリアントの手が指揮官の胸を貫いた。

 手を引き抜くと、心臓に流れるべき血液が溢れ出し、白い体を赤く染める。ヴァリアントはその血に見惚れているかのように動きを止め、幻想的な光景を作り出す。もしこの場面を写真に撮れば、一つの芸術として高い評価を得るだろう。

 しかし、帝国軍からすれば悪夢以外の何物でもない。戦慄し、戦意喪失し、逃げることすらも忘れてその場に立ち尽くす。逃げる者もいるが、そんなことを気にかけている者すらもいない。

 その中で指揮官だった者の首が切り落とされ、ヴァリアントはそれを掲げる。

「我が名は、リーゼライド王国軍ヴァリアント部隊隊長、ヘンネ・グリーンベル! この首を落としたくば剣を取れ! そうでないなら去るがいい!」

 その堂々たる宣言は、仲間を鼓舞し、敵を気圧す。その声で目が覚めたのか、帝国兵はなりふり構わず我先にと背中を向け始める。

「ヘンネさん!」

 その流れの中に、紅い風が混じりヘンネの名前を呼ぶ。元々真紅の表面であるのだが、この時ばかりはそれが血の色に見える。

「隊長と呼べと言ってるだろうが。話はコイツらを見送った後だ」

 ヘンネは敵に対して容赦はないが、戦意なき者にまで手をかけるような戦闘狂でもなんでもない。

 ヴァリアントを装着しているせいで表情は見えないが、真詩義にはどこかヘンネが悲しそうに見えていた。







 指揮官は死に、ヴァリアント兵もいない。そんな状況下でリーゼライド王国軍の精鋭とヴァリアント部隊を相手取るという無謀な策は、たった数時間で崩壊した。

 現在は遅れて到着した衛生班が負傷兵の手当てを行ない、それぞれの部隊における被害の確認をしている。

 ヘンネ率いるヴァリアント部隊は、ヴァリアント自体の損傷は多少あるものの、負傷者や死者はいない。部隊員の多くは衛生班を手伝っており、慌ただしく動き回っている。


 しかし、部隊のツートップであるヘンネとヴェリエルの目の前では、ミリアムとツイレンが地面に正座させられていた。

「ミリアム・カインズレイ、及びツイレン・レグナート。何故お前たちが呼ばれたかわかるか?」

 明らかに怒気のこもったヴェリエルの声に、二人の肩が震える。

「部隊でお前たちだけが、背部に損傷があった。それは経験を積む他ないが、問題は他にある」

「「………」」

 二人ともその問題点がわかっているのか、気まずそうな表情で俯いていた。それだけに、ヘンネは大きくため息を吐いた。

「ヴァリアントは頑丈に作られてる。その理由は装着者の身を守るのはもちろんだが、そうじゃねぇだろ。その頑丈さで盾になるんだろうが」

「「はい……」」

「まぁミリアムはともかく、ツイレンは初陣だった。それにしちゃよくやったと言ってやりたいところだが、ヴァリアント兵でもない相手に後ろを取られてる時点でアウトだ」

 もし相手がヴァリアント兵なら、一撃で命を落としていたかもしれない。ヴァリアントを使用する人間ならば、それくらい想像に容易い。

「マシギみてぇにバリバリ活躍しろとは言わん。だが、最低限背中を取られないように自分の身を守るくらいの力はつけろ」

「「はいっ」」

「つーことで話は終わりだ。ヴェリエルもそんな怖い顔すんな。シワが増えるぞ」

「余計な世話だ」


 いつものように親しげな言い合いをしながら二人の前から立ち去っていく二人。その背中を見送りながら、足を崩した。

「「はぁ……」」

 戦場における失敗。それが死に直結した者も少なくはないことは、軍人ならば誰でも耳に胼胝ができる程聞いている。釘は刺されたものの、こうして生還したことに対する安堵感に包まれていた。

「ダメダメだなぁ…私」

「俺もです……」

 ただ、思い返してみれば酷い戦い方をしていた。とにかく周囲の状況なんて一切御構い無し、手当たり次第に攻撃し、確実に仕留めきれずに反撃され、ついには仲間の活躍を見て焦る始末。これでは死ななかったことが奇跡だと言われても仕方がない。

「あの、ミリアムさん」

「何?」

「マシギ……さんって、いろんな人にいろんなことを教わって強くなったんですよね?」

「そうらしいわ。私の見た限りじゃ、ナイフの扱いも習得してるみたいだし」

 歯切れの悪いツイレンであるが、今回のことで良くわかった。自分は真詩義の足下にも及ばないということが。それ故に尊敬の念を込めて敬称をつけたのだった。

「俺、マシギさんに色々と教わります」

「あ、私も一緒にいいかしら?」

 何故軍人になったのか。二人はそれを心の内に思い返しながら、年下の弟子となることを決意したのであった。

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