第23話 交流

 翌日、真詩義に部屋に呼び出されたヘンネ、ヴェリエル、ミリアムの三名は、頭に疑問符を浮かべていた。新人と交流を深めるのも仕事の一環であり、全員真詩義を弟のように思っている為に断る理由はない。

「しっかし、部屋に来てくれって言われてもなぁ」

 ヘンネは左右の二人を肩を並べながら、ヘンネはぼやいていた。

「何、今日は休暇だから問題ないだろう。それに、マシギなら変な考えは起こさないだろうから安心だ」

「でも、私とかだけじゃなくて隊長とか副隊長まで呼び出すなんて、一体何事なんだろ?」

 などと言っていると、一際食べ物の察知能力が高いミリアムの鼻が反応した。

「なんだかいい匂いがする」

「私は何も感じないのだが?」

「ほう? 食い意地が張ってると思ったが、ミリアムの嗅覚は豚並みってところか。よかったな、大食いが正当化されたぞ」

「………」

「あーわかったわかった。言い過ぎた」

 和気藹々とした雰囲気のまま、三人は真詩義の部屋の前までやって来た。ここまで来るとヘンネとヴェリエルも何かしらの料理の匂いがすることに気がつき、食事でもするのかと思いながらドアをノックした。

「ヘンネ・グリーンベルだ」

『空いております。お入りください』

 中からはエリゼの声が聞こえ、ヘンネがドアを開ける。

 するとそこには、色とりどりの食材から作られた料理が並べられており、個人の部屋で摂る食事にしては豪華すぎるものである。

 そして、驚くべきことがもう一つ。

「ミカルナ王女………?」

 部屋のベッドに腰掛けてる女性に視線が集まる。今は目立たない侍女の服装をしているのだが、その麗しい見た目と発せられる雰囲気は異常である。

「はい、お久しぶりですね。グリーンベル隊長、キーレイ副隊長」

 なぜ王女がここにいるのか。どうして侍女の格好をしているのか。いくつも疑問はあるのだが、そんなことよりもまず、名前を呼ばれた二人は跪いた。

「お久しぶりでございます、ミカルナ王女」

「おい、ミリアム」

「は、はいっ」

 遅れてミリアムも跪き、一気に部屋の中が厳かな雰囲気に包まれる。しかし、ミカルナはクスクスと笑い、エリゼと目を合わせる。

「どうかお顔をあげてください。本日は私もマシギ様に呼ばれた身。皆様と立場は同じですよ」

「マシギが、ですか?」

「はい、エリゼを通じて誘われまして」

 そこでエリゼが一礼し、今回集まってもらった理由と目的を話し始めた。

「本日お誘いしたのは、この並べてある料理に関係したことです。昨日、グリーンベル少将の命令で王宮内の様々な仕事を手伝った際、差し入れを受け取りました。しかしその量が尋常ではなく、この部屋の冷蔵庫に収納しきれない程の量でした。このままでは腐らせるだけとなってしまうでしょうから、交流を深めるという意味で昼食会とし、お誘い申し上げました」

 昼食会。そう聞いてミリアムの目が輝く。

「ということは、その料理、食べてもいいの!?」

「はい。そのためにお作りいたしましたから」

「うはぁ!」

 今にも口から涎が溢れてきそうな表情となっているミリアムだが、王女がいる手前、何とかブレーキをかけることができている。

 そんなミリアムの様子を見ながら、ヴェリエルは真詩義が不在であることに疑問を抱いた。

「オーギュスト。肝心のマシギの姿が見当たらないようだが?」

「『昼食前に運動してくる』と言っておられました。もう直ぐ帰ってくると思われますよ」

「そうか………ところで、なぜミカルナ王女はそのような格好をなされているのですか?」

「ミカルナ様は王女であられるため、常に警護対象となります。それ故に部屋から出て歩こうものなら、必ず誰かがやって来ます」

「大事に思ってくれることは嬉しいのですが、自由に歩くこともできないのは少し窮屈でして……それで、エリゼにお願いして服を貸してもらったんですよ」

 ミカルナは立ち上がって、見せびらかすように一回転する。侍女の服は機能性を重視した服装であるために装飾などはほとんどないが、ミカルナほどの美女が着れば完成された芸術品のように見える。

 それを見てエリゼは小さくため息を吐く。

「要はお忍びです。ミカルナ様の息抜きを兼ねておりますが」

「男性の部屋には初めて入りましたが、案外殺風景なものなのですね」

「はぁ………とにかく、お三方には本日のミカルナ様のお忍びについては口外しないようお願いいたします」

 ミカルナとエリゼの二人のやりとりは、まるでマイペースな妹と世話焼きな姉といった感じで微笑ましいものである。それを見て、ヴァリアント部隊の面々は少しだけ緊張が解れた。










 一方その頃、屋外訓練場から部屋に戻ろうとする真詩義に、ラヴィニアが声をかけた。

「ねぇ坊や。ちょっといいかしら?」

「はい?」

 真詩義はラヴィニアと面識はあるが、それはツイレンと戦ったあの日以来で、碌に話もしていない。真詩義としては初対面と言っても過言ではない。

 ラヴィニアは汗で額に張り付いている髪を手櫛で上げると、笑みを見せた。

「ラヴィニア・オレングラスよ。覚えてくれているかしら?」

「はい。あの時に審判をしてくれた人ですよね」

「そうよ。ヴァリアント部隊の中では強襲が主な役割ね」

 ラヴィニアはそっと真詩義の頬に手を当てると、優しく抱き寄せた。

「貴方、もしかして『可哀想な人』なのかしら?」

「え?」

 その声はどこか憂いを帯びており、少しだけ抱きしめる腕に力が込められる。

「私、そういうのが分かっちゃうのよ。その人の目を見るだけでね」

「えっと……あの……」

「あら、ごめんなさい。感傷に浸っちゃったわね」

 ラヴィニアは真詩義を解放すると、わしゃわしゃと頭を撫でる。その様子に、真詩義はラヴィニアに違和感を抱いた。だが、前から感情の読めないと思っていたのだが、今は暗く沈んでいることがわかったために、直接的に尋ねることが憚られた。

「あの、ラヴィニアさん」

 どこか放っておくことができないと思った真詩義は、ラヴィニアの腕を掴んだ。

「何かしら?」

「もし良かったら、俺の部屋に来ませんか?」

「え?」

 若い男が女性を部屋に誘う。その行為自体は特段珍しいことでもないのだが、ラヴィニアは二十四歳にして異性との経験が豊富であるために、そういう方向での想像してしまった。

 普段は草食系男子を自分が誘って押し倒していたのだが、こうして自分が誘われるのは初めてである。

 真詩義には気づかれていないが、ラヴィニアは自分の顔が熱くなるのを感じていた。







「それで、ラヴィニアも来たってわけか」

 真詩義が部屋に戻ってくると、先に部屋にいた五人が談笑していた。ただラヴィニアを連れてくるとは予想していなかったのだが、特に問題なく参加することになった。

 参加する経緯を聞いて、ヘンネは笑っていた。一方ラヴィニアはミカルナがいるとは思わず、少し萎縮している。

「あ、あの、どうして王女様が?」

「エリゼに誘われたのです。マシギさんがお呼びとのことで」

「そ、そうですか………」

「さて、ラヴィニア様にはまだ説明されていないようですから、本日の目的をお話したいと思います」

 そう言って、エリゼは自身が作った料理をラヴィニアの前に差し出す。

「昨日、マシギ様がたくさんの差し入れをいただいのですが、保存場所がなく、また一人では消費しきれないかもしれないとのことで、昼食会という形で、僭越ながら私が料理を作らせていただきました」

 料理は全て食欲をそそる見た目と匂いがしており、飲食店でもなかなかお目にかかれない高級感がある。真詩義にとっては食べれる料理が全て同じに見えているが、様々な会合や舞踏会に参加したことのあるヘンネやヴェリエルでさえも、エリゼ作の料理に感心するほどである。

「こちらが食前酒になります」

 そして、冷蔵庫に入れていたボトルを取り出すと、人数分のグラスに注ぎ始める。その動作の優雅さは、さすが元王女専属の侍女であっただけはある。


 そしてそれぞれに食前酒が行き渡ったところで、エリゼはミカルナの方を向く。

「それではミカルナ様。乾杯の音頭を」

「はい」

 祝い事でも何でもないが、ミカルナはその場に立ち上がり、グラスを少しだけ掲げる仕草をする。

「本日は、このような場を設けていただいて、本当にありがとうございます、マシギ様。それでは、乾杯の音頭を取らせていただきます」

 そしてミカルナが「乾杯」と言おうとした瞬間、ノックの音が聞こえた。もしやミカルナがここにいることがバレたのかと身構える面々であったが、ノックの主の声を聞いて一気に緊張が解けた。

『マシギ・スメラギ君。ダリウス・オーラケットだ』

「大丈夫だ、開けてやれ」

 どうしたらいいかわからない真詩義は、ヘンネの言葉にしたがってドアを開けた。

「ありがとう。ちょっと話が………って、これはどんな状況だい?」

 軍人三人に軍の重役が二人。王女にその元専属侍女。そして、並べられている料理群。事情を知らない人間が見れば大騒ぎしかねない光景であるが、幸いダリウスはため息を吐くだけでゆっくりと後ろ手にドアを閉めた。

「グリーンベル隊長、ヴェリエル、カインズレイ君ならわかるが、どうしてミカルナ王女までここに?」

「ちょっとしたお忍びだそうだ。もちろん、口外は厳禁だぞ?」

「はいはい、心得てますよ」

 意地悪そうに言うヴェリエルに、戯けた態度で返すダリウス。二人は旧知の仲だからこその関係である。

「あの、ダリウス様とヴェリエル様はお知り合いなのですか?」

「そうですね。幼い頃、家が隣だったもので。よく一緒に遊んだりしておりました」

「あら、それは羨ましいですね」

 こうして話しているうちに、いつの間にかダリウスも昼食会のメンバーに加えられており、エリゼがダリウスの分の食前酒を注いできた。


「それでは気を取り直しまして、乾杯」

「「「乾杯!」」」

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