第20話 思惑・前編
先日、マシギが他の部隊の人間をぶちのめしたことについて、ヴァリアント部隊に苦情が寄せられていた。元々はぶちのめされた男たちがマシギを軽んじていたことが原因なのだが、ヴァリアント部隊に対する嫉妬などが後を押す形となって三つの部隊の隊長がヘンネのもとに来ていた。
「グリーンベル少将。ヴァリアント部隊に特別入隊したあの少年への教育を十分に行なっていただきたい」
「そりゃ悪かったな。だが、教育しようにも、こっちも色々あるからな。遅くはなるだろうが、そこは気をつけよう」
「いつまでに教育すると明言はされないのですな?」
「明言しようにもできないのさ。試験を受けずに入隊したことから、マシギはヴァリアント部隊の中でも嫌われてる。そんな奴らにマシギの教育を任せるわけにはいかねぇし、第一、始めに入隊を勧めたのは私だ。責任を持って一人前にするさ」
ヘンネとしては、このような苦情は気にするようなことでもない。少数の人員で巨大な戦力となるヴァリアント部隊が、何処の国でも優遇されているのは誰だってわかっていること。それに関するやっかみには慣れたものだ。
ただ心配なのは、これを機にマシギがヴァリアント部隊内だけでなく、他の部隊の人間からも白い目で見られることである。
「ともかく、しばらくは若造が面倒をかけることがあるかもしれない。それに関してはこちらの責任であることは心得ている。だが、あいつもまだ子供だ。成人している年齢とはいえ、求めすぎても良くない」
「でしたら、一時的にでも他の部隊に仮所属させてはいかがでしょうか? 我々の部隊であれば、礼節や教養を第一にしております故、教育にはちょうど良いかと」
親切そうに提案する男は、国境の砦から監視・伝令・援護をする砦部隊の隊長。だが実際には親切心など微塵もなく、ヴァリアント部隊との関わりを作っておく口実にしようという魂胆がある。
それを見抜いてなのか、ヘンネはわざとらしい咳払いをした。
「それには及ばない。それに、いつ帝国や共和国と戦争になるかもしれん状態じゃ、教育してる暇なんてないだろ?」
「それは………」
ここで大丈夫などと軽はずみに言えば、自分の部隊が暇であると捉えられかねない。砦部隊は常に軍の目となって見張りを立てているのだが、見張りが暇であるなどと言えば、軍内部での信用を失うことになるかもしれない。それ故に黙り、それ以上のことは何も言わなかった。
「まぁ、どの部隊も暇じゃないことはわかりきっている。下手をすると自分の部隊の中のことすらも手が回らないこともあると聞いてる。そんな状態で他の部隊に厄介ごとを頼もうとは思わねぇ」
砦部隊の隊長が言い淀んだことをいいことに、ヘンネは畳み掛けるように言葉を続ける。
「そっちの心配は最もだが、せめて部隊内部でのことくらいは自分たちで解決しねぇと、食い違いなんかで変な軋轢が生みかねない。何よりもそれは避けたい」
「むぅ………」
他の二人の隊長もこれには異論を唱えることができず、押し黙った。当のヘンネは内心ホッとしたのも束の間、ノックの音が聞こえた。
「誰だ?」
『侍女のエリゼ・オーギュストです。ダリウス・オーラケット様からヘンネ・グリーンベル少将に至急伝言がございます』
「入れ」
『失礼いたします』
エリゼが部屋のドアを開けてヘンネと三人の部隊長を視界に収めると、深々と一礼した。
部隊長たちは何事かと思っていたのだが、ヘンネの手前、何も言わずに待っていた。
「それで、ダリウスから伝言ってのは?」
「はい。マシギ・スメラギ様を正式なヴァリアント兵に任命するにあたり、書類にグリーンベル少将からの所見と署名が必要ということですので、至急人事部まで来て欲しいとのことです」
それを聞いて、この場からおさらばできるとヘンネは内心安堵していた。
「わかった。すぐに向かう」
ヘンネは立ち上がると、部隊長たちには特に何も言うことなく部屋を出て行った。
「チッ、お高くとまりやがって」
ヘンネの足音が聞こえなくなったところで、一人がヘンネに対する不満をこぼした。
「何が『軋轢を生みかねない』だ。ヴァリアント部隊が勝手にそう感じてるだけの話だろ?」
「確かにそうかもな。最大戦力と評されているが、急を要する場合でしか前線に出てくることがない。価値のない小競り合いなんかは俺たちの仕事だってのによ」
実際、ヴァリアント部隊はその力が力なだけに、やすやすと動員していい部隊ではない。その為、出撃回数や先頭頻度などは国境の砦や防衛戦線に比べて圧倒的に低い。
だが、国民の多くはヴァリアント部隊ばかりを支持しており、他の部隊のことをほとんど知らない。こうした扱いの差が、王国軍の中で軋轢となっている。
「ま、グリーンベル少将とキーレイ准将がとっとと結婚なりして退役してくれりゃ、別に気を遣う必要もねぇだろ。あとは変態と変人とガキの集まりだ」
「違いねぇ」
部隊長たちは顔を見合わせてゲラゲラと笑った。しかし、そんな話に夢中になっていたせいで、ドアのすぐ裏にいたエリゼの存在に気がつくことができなかった。
「………」
外で盗み聞きをしていたエリゼは、ため息すら吐くことなくその場を後にした。
今エリゼの心には、ヘンネやマシギ、ヴァリアント部隊の面々への同情と権力などから生まれる派閥に対する憐れみがあった。
今年で二十一となるエリゼは、もう十年は侍女として勤めている。その間はずっと王女であるミカルナの侍女として仕えていた。王族ともなれば様々なしがらみや権力争いに巻き込まれることもあり、人間の醜い部分を多く見てきた。自分の知らない場所ならいざ知らず、こうして目と鼻の先で繰り広げられることに、いい印象はなかった。
「キーレイ准将にも、進言しておきましょうか………」
侍女が口を出す領分ではないが、このような反目を放っておけば、いずれ大きな亀裂となりかねない。リーゼライド王国の一国民として、そのような事態を放置しておくわけにはいかなかった。
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