第19話 合同訓練

 王宮舞踏会というとんでもない舞台に参加した真詩義は、部屋に帰るなりすぐに眠ってしまった。着せてもらった一張羅もそのままという事態に着替えさせようと思ったエリゼだが、気持ち良さそうに眠っているのを起こすのも忍びない。

 目が覚めた真詩義は、くっきりと皺の付いてしまった服をエリゼに渡しながら謝っていた。



 本日の昼の訓練は、王国軍の部隊交流を含めた合同訓練が行なわれた。二人一組で訓練を行なうのが決まりとなっている。誰と組むかは本人たちの主体性に任せられているため、それぞれの部隊の隊長などから何も言われることはない。

 それぞれが他の部隊の人間を誘い、次々に組ができていく。


「ヴェリエルさんっ! その、僕と組んでいただけませんかっ!?」

「おいテメェ! 何抜け駆けしてんだよ!」

「キーレイ准将。こんな馬鹿たちは放っておいて私と組みましょう」

「「誰が馬鹿だ!」」


「グリーンベル隊長! 俺と組みましょう!」

「姉御! 俺に稽古をつけてください!」

「おいおい、可憐なるグリーンベル隊長に向かって姉御はないだろ」

「「「え?」」」

「お前ら失礼だな!?」


 軍の中で美人と評判のヘンネとヴェリエルは、早々に他の部隊の男たちに取り囲まれた。他の者もすぐに相手を見つけ、訓練を始める。

 だがそんな中で、取り残されている二人がいた。ヴァリアント部隊は他の部隊より圧倒的に数が少ないために残ることは考え難いのだが、見事に真詩義とミリアムだけが他の部隊の者と組むことができなかった。

 同じ部隊ではあるが、二人は仕方なしに組むこととなり、周囲からは注目を浴びる。しかし、二人に話しかけたりしようなんて者はいない。

「それでは、それぞれで訓練を初めてくれ」

 一際厳つい男がそう言うと、各々が場所をとりために動き始めた。



 一応の場所を確保した真詩義とミリアムは、何をしようか悩んだ挙句に組手をすることになった。

「さあ、かかってきなさい!」

 そう意気込んでいるミリアムは、流石正規ヴァリアント兵ともいうべきか、構えが様になっている。

「えっと、何か決まりとかはあるんですか?」

「特にないけど……そうね。お互い怪我をしないように気をつけましょ。攻撃は当ててもいいけど、訓練で怪我したら意味がないわ」

「わかりました」

 ミリアムに対峙して構えをとった真詩義は、ミリアムの手足を観察する。腕は鍛えている割にはそれほど太くなっておらず、女性らしさがある。足は細すぎず太すぎず、だがスラリと長い。

 決して弱いわけではない。初めて真詩義と出会った時、ミリアムが装着していたのは汎用型の中で最も性能が低いコルスタ型。不意をついたとはいえ、真詩義に反応する隙を与えないほどの俊敏さがあった。

「じゃあ行きますよ」

「ええ」

 あの時ミリアムはアッパーで真詩義を倒した。となると、やはり真詩義はアッパーを警戒する。

 ミリアムが走り出し、真詩義に接近する。お互い得物は持っていないため、手が届く距離まで近づく必要がある。ミリアムは拳での攻撃を繰り出すためにボクサーのような構えのまま、真詩義の目の前まで走ってきた。

「はぁああ!」

 手を伸ばせば届く距離。躱されるだろうが、届かせることはできる。そう確信したミリアムだったが、真詩義が躱さなくてもその拳が届くことはなかった。


「あ、ごめんなさい!」

 条件反射とも言える動きで、真詩義はミリアムの頭部に上段蹴りを放ち、それがあまりにも綺麗に側頭部に直撃した。

 動きが止まって、横向きに倒れていくミリアムに慌てて謝罪するも、時すでに遅し。しっかり手加減したはずの蹴りによる脳震盪で気を失ったミリアムは、白目剥いて倒れた。

「………」

「あ、あのー……」

 倒れているミリアムの肩を揺らして呼びかけるも、返事はない。一撃昏倒されたミリアムは、自身に何があったのかすら分かっていない。

 周囲にいた者たちも二人の様子を見ているのだが、やはり声をかけようとする者はいない。

「ミリアムさん? ミリアムさーん!」

 ミリアムが一向に目を覚まさないため、真詩義に担がれて医務室に連れて行くことになった。




「あの馬鹿……真詩義が蹴りが得意なことを忘れてんのか……?」

 遠目に二人の様子を見ていたヘンネの足元では、前哨部隊の男がうつ伏せに倒れていた。

 純粋な生身の戦闘力で男が女に負けるのは、男としてのプライドが許さないという意見も多い昨今。しかし、男はヘンネと組めたことだけで満足したのか、気絶している表情はとても安らかであった。

「さーって、ヴェリエルは………」

 気になる同僚を視線だけで探していると、遠くでヘンネと同じように男を倒しているヴェリエルを発見した。髪一本乱れることなく優雅に立っているのは流石というべきだろう。

 この合同訓練は、部隊同士の交流を主としているが、特に女性の多いヴァリアント部隊の隊員たちの結婚相手を密かに探すことも目的の一つとされている。それ故他の部隊からのアピールが激しい。特に今のヴァリアント部隊は美人が多いことが激しさに拍車をかけている。

「はぁ……」

 自分に向けられる視線にうんざりしながら、ヘンネは盛大なため息を吐いた。





「マシギ様」

 ミリアムを医務室に運んできた真詩義のもとに、エリゼがやってきた。真詩義から王宮内で待機するように言っていたのだが、やはり侍女としてのプライドが許さなかったのか、こっそり真詩義の様子を遠目に見ていた。

「ミリアム様を一撃昏倒なさったようですね」

「大丈夫かな? 一応生きてるみたいだけど……」

 エリゼはミリアムの首筋や手首に手を当て、顔色を確認。閉じている目を開き、瞳孔の状態を調べると、真詩義に笑みを浮かべた。

「見たところ、気絶しているだけのように思われます。少し休ませれば良くなるでしょう」

「そっか」

 ミリアムをベッドに寝かせると、真詩義は部屋の端にあった椅子を持ってきてベッドの側に腰掛けた。


 その後、エリゼが呼んできた医者がミリアムの容態を確認し、脳震盪による気絶だと判明した。ただ命に関わる怪我ではなかったとはいえ、一撃で気絶するような攻撃をやすやすと訓練相手に当てるべきではないと怒られてしまった。そして、他にも傷病人がいることから、エリゼが手伝いに駆り出され、真詩義がミリアムの看病をしろとまで言われた。



「………?」

 しばらくして、看病という名目で椅子に座っている真詩義は、ミリアムの目が開くのを目にした。

「あ、ミリアムさん」

「ん~……マシギ? 何があったの?」

 そう言いながら体を起こすミリアムは、この場所が医務室であることが分かると、ため息を吐きながら手を顔に当てた。

「はぁ……やっぱりマシギに瞬殺されたのね……」

 不甲斐ない思いがミリアムの心を埋め尽くす。

 真詩義が自分より強いことは、もう重々わかっている。それでも、自分が年上であり、部隊でも先輩であることが意地を張らせているのだ。

「私の完敗よ。これじゃあどっちが先輩なんだかわからないわね」

「体調はどうですか? 脳震盪による気絶みたいでしたけど」

「問題ないわ。ちょっとこめかみの部分が痛いだけだから」

 そう言って、ミリアムはベッドから立ち上がり、医務室を出て行こうとする。

「どこに行くんですか?」

「自分の部屋よ。ここは怪我人が来る場所だし、休むだけならいるだけ迷惑になるわ。マシギは自主訓練するなり休むなり、好きにすると良いわ」

 急につっけんどんな態度を取り始めたミリアムは、そのまま医務室を後にした。残された真詩義は、ミリアムの言葉を受けて意気消沈してしまい、重い足取りで自室に戻って行った。







 ヴァリアントは本来、生身の人間ではできないような作業を可能にするために作られた物である。重い物を運んだり、過酷な環境下での作業を行なったり、その用途は多岐に渡る。

 しかし、三十年ほど前からリーゼライド王国内でヴァリアントを使用する男女比が偏り、その割合は3:7となっている。これは汎用型ヴァリアントの生産が盛んなリーゼライド王国だからこそ、家事や大量の買い物という、所謂女性の仕事と言われる日常で多く使用されているためである。

 そうなると必然的にヴァリアントの扱いは女性の方が上手となり、ヴァリアント部隊の入隊試験でも、女性の方が合格率が高くなる傾向がある。

 加えて、入隊した後にも影響がある。男性の場合はジルベルト型、女性の場合はギリアム型が充てがわれることが多い。男なら、ちょっとした痛みくらい耐えられるだろうという精神論と、女性を大切にするからこそ国が繁栄するという政治的考えからそうなっている。


 そんなヴァリアント部隊については様々言われていることはあるのだが、王国で最強の部隊であることに変わりはない。それに、先にもフェルンバーク帝国の侵攻を退け、王国を救っている。今日の新聞では、『ヴァリアント部隊、フェルンバーク帝国の大軍勢による侵攻を阻止』という記事が一面を飾った。ヴァリアント部隊の国民支持率は高く、隊員たちはいわばアイドル的な存在として認識されている。

 彼らのためならどんな支援だって任せてほしいという国民が後を絶たず、王宮には徴収予定の税以外に、食べ物や衣類、剣や鎧といった物がかなり余分に収められている。


「また今回も多いな………」

 王宮の税徴収係は、国民から収められた物を見て唖然としていた。

 税収は国を支える大切なものである。そのため、決められた税は収めることが義務化されている。中には故意に収めない者もいるのだが、多くの国民はきちんと収めるため、わざわざ取り立てに行く必要がない。

 それはそれで良いことではあるのだが、必要上に収められることも少し問題がある。

「おい、こんなにどうする? 流石にここまで多いと、食べ物は腐ってしまうかもしれん」

「そうだな………孤児院に寄付という形になるだろうが、全ての孤児院に分配するには少ない」

 その場にいた税務官は、小さくため息を吐いた。

「とにかく、どういうつもりで収められたにせよ、国のために使わせてもらうとしよう………大半はヴァリアント部隊宛だとは思うが」

「そうっすね」

 税務官は手元の書類の仮の分配案を書きながら、国民がここまで軍を支持してくれることに感謝していた。

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