第18話 王宮舞踏会・後編
それからはエリゼのサポートのおかげで、波風を立てることなく舞踏会が進んでいった。とはいえ、一人だけ子供な容姿である為に注目はされていた。それでもわざわざ真詩義に話しかけようとした人間が目に見えて少なかったのは、同じく舞踏会に参加しているヘンネとヴェリエルがそれ以上の注目を集めていたからである。
遠目にでも判別できるくらいに、二人の姿は麗しい。男たちが取り囲むように位置取っており、それでも嫌な顔一つせずに応対している。営業スマイルも甚だしいが、それがわかっていても惹かれてしまうくらいの魅力があった。
「いやぁ、ヴェリエル殿はいつ見てもお美しい」
「そんなことはありません。私とて武人、自らの美の追求などしておりませんので」
「はは! それを聞けば、国中の女性が嫉妬しますなぁ」
なんてことはない会話。だが、男の方はどうにかヴェリエルに取り入ろうと機会を伺っており、ヴェリエルは当たり障りのない返事をしてその場を凌いでいる。
「キーレイ准将。貴女ももう二十五。婚約についてもお考えなのですか?」
「オーティス!」
「別に聞いてもいいだろうに」
婚約の話が出てくると、途端に騒がしくなる。
若い有力なものが結婚相手について聞かれることは少なくない。ただでさえ、ヴェリエルは王国軍ヴァリアント部隊の副隊長であり、見目麗しい。貴族の結婚相手としても申し分ない。
「結婚は特に考えていない。軍人たる者、いつ命を落とすかわからない。このご時世なら尚更だ。婚姻を結んだ相手を残すようなことになりかねん」
ヴェリエルはにべもなくグラスのワインを飲み、同時に剣呑な雰囲気を醸し出す。そのせいか、騒然としていた男たちがすぐに押し黙った。
戦争が起こりそうな状況で軍人の職に就いているなら、いつ戦争で死んでもおかしくない。自身の死だけでなく、それが他人に影響を及ぼすであろうことをも考えている。そんな相手にその思いを軽んじるような発言をするのは憚られたのだ。
また、ヴェリエルと双璧を成しているヘンネは、男たちに囲まれながらも鋭い目つきをしたまま黙っている。それでも何も言われないのは、ヴァリアント部隊隊長、リーゼライド王国軍少将という肩書きなどがあるからである。
「グリーンベル少将。先の帝国軍の迎撃にて、素晴らしい活躍をしたと聞いている」
「いやぁ、流石は最年少で部隊長に任命されただけはあるなぁ」
「これで、帝国も恐るるに足りない」
口々に言われる本心か世辞かわからない言葉たちは、ヘンネの耳を通り抜けていくだけである。
ヘンネの頭の中の大部分が鬱陶しいという思考に支配されているのだが、残りは今回の懸念要素である真詩義のことである。今どこにいるのか、下手な失態をしていないか。変な輩に絡まれていないか。とにかく心配事しかなかった。
真詩義に出会ってまだそれほど日にちが経っているわけではないが、純粋な心やあどけない雰囲気を受けて、真詩義を弟のように思っていた。
だが、貴族たちに囲まれているせいで肝心の真詩義の姿が見えない。悟られないように周囲を確認するが、如何せん身長が小さいために見つからない。
「はぁ……」
真詩義が舞踏会に参加する羽目になったのは、正規ヴァリアント兵になってしまったからである。そうなった責任は自身にあると気負っているヘンネは、一刻も早く真詩義のフォローに入りたい。
しかし、そんな思いを知る者はおらず、ヘンネは聞きもしない世辞を言われ続けるだけであった。
「少し、よろしくて?」
一方その頃、真詩義は一人の少女に声をかけられた。
少女はこの舞踏会の会場の中でも特に目立つ服装で、真詩義の知っている物語のお姫様がそのまま本の世界から出てきたような印象を受ける。
「初めまして、私はミカルナ・ブラン・リーゼライド。第七十三代国王、メルダード・ブラン・リーゼライドの娘です」
つまりはこの国の王女。国王とその妻の次に権力があると言っても過言ではないほどの人物が、どこの馬の骨とも知らない者に話しかけた。
だが、真詩義は事の重大さがわかっておらず、内心どうしてわざわざ話しかけてくるのかと、若干迷惑に思っていた。しかしこれではまたエリゼの手を煩わせてしまう。
「貴方、新米のヴァリアント部隊兵なのですか? とてもお若いようですけど」
「はい。マシギ・スメラギと言います。歳は十六です」
それを聞いて、ミカルナは花が咲いたような笑みを見せた。
「まぁ、私より一つ上だなんて……そのような方がこの場にいるなんて、驚きですね」
「えーっと、不釣り合いなのはわかってるんですけど……」
あまり話したくないという気持ちと今のミカルナの発言が皮肉に聞こえてしまったせいで、真詩義の表情が陰る。
「ああいえ、そんな意味で言ったのではなくてっ……その、不快な気持ちにさせてしまったのなら、申し訳ございません」
ミカルナは慌てて謝罪をすると、困ったような笑みを真詩義に向けた。
「こういった場では、私と歳の近い方がいらっしゃることがあまりなくて……ですから、マシギ様がいらしてくれて、本当に嬉しいのです」
「ミカルナ様のお歳は十五。マシギ様の一つ下にあたります」
すかさずエリゼがフォローと言わんばかりにミカルナの年齢を真詩義に伝える。それでミカルナの反応に納得いった真詩義ではあるが、やはり自分が場違いである事を感じているせいか、ミカルナ相手にも少し萎縮している。
これではいけないと判断したエリゼは、嘗ての主人であるミカルナに意味深な目配せをし、ミカルナも頷く。
「ミカルナ様は、幼い頃から王位を継ぐための教育を受けておりました。王女という立場であるために、自由な行動はほとんど許されてはいません。それ故、同世代の友人がおられないのです」
「……エリゼ。それは言い過ぎよ」
「ミカルナ様の仰る友人とは、王宮の侍女達のことでしょう?」
どこかおどけたようなやり取りに、真詩義の頭の上には疑問符が浮かび上がる。
その反応を見て、ミカルナは何かを察したようにため息を吐いた。
「エリゼ。貴女、私の事を話してないのかしら?」
「はい。その方が面白いと思いましたので」
そう言って上品に笑うエリゼは、悪戯っ子のように見える。
「マシギ様。そちらの侍女、エリゼは、元は私の侍女だったのです」
「えっと……王女の侍女ってことは………えぇー……」
つまりはそういうことである。
舞踏会に備えてエリゼから三日間の教育を受けた真詩義は、エリゼがただならない教養を備えていることはわかっていた。それが王女の侍女とあるならば、納得がいく。
いきなり判明した事実に、真詩義はがっくりとうなだれた。
「なんか、唐突ですね」
「すみません。ちょっとした悪戯心で」
かといって、そのことで怒ったり今更物怖じする真詩義ではない。エリゼに若干呆れながらも、ミカルナもエリゼ同様に親しみやすい人柄出会ったため、舞踏会への不安がいくらか解消された。
「まあまあ。ところで、マシギ様はどこの出身なのでしょうか?」
ミカルナは話を変えようと、出身地の話題となる。真詩義は何も考えずに答えようとしたのだが、エリゼがそれを制する。
「ミカルナ様。事情により、その質問にはお答えしかねます」
「そう、何か事情があるのね」
王族は秘匿すべき情報を多く知っている。そのため、事情があって情報が開示できないことに対して理解がある。屋外訓練場での強さを見る限り、特別な生い立ちがあるのだろう。
「それなら話題を変えましょう。マシギ様はヴァリアント部隊に配属されて日が浅いとお見受けしますが、どうですか? やっていけそうですか?」
「はい。ヘンネさ……グリーンベル隊長も良くしてくれますし、ヴェリエルさんやミリアムさんもいますし」
「そうですか。それは良かったです」
まさか誰かもわからない子供が、王国の有力者の集まる舞踏会で王女と仲良く話している。本人たちは全く気にしていないのだが、参加者たちの中では舞踏会中一番の事件であった。
真詩義が王女とお近づきになっている頃、舞踏会に呼ばれていないミリアムは自室でうずくまっていた。
別に舞踏会に呼ばれなかったからといってへそを曲げているのではない。彼女の頬には、僅かに涙の跡があった。
「はぁ……」
人前では元気に振舞っているミリアムだが、部屋ではこうして大人しくしていることがほとんどである。
どうしてこうなってしまったのか。それは、同じヴァリアント部隊の者達に嫌われているから。何故そこまで嫌われているかは良くわかっている。だが、事実無根であるはずなのに、根も葉も心もない噂ばかり信じる者が後を絶たないのである。
ミリアムは、王族の末端であるモスロック家の従兄弟の家系の生まれた一人娘。生まれが生まれなだけに、コネを使ってヴァリアント部隊に入ったと言われている。いくら否定しても、誰も聞いてはくれない。
「……あ~ん、もうっ」
ボフン! と衝動的に枕を引っ叩き、少しでも怒りを発散しようとする。
誰も自分をミリアム・カインズレイとして見てくれない。『王家の末端の従兄弟の家系の一人娘』としか見られていない。どうしてだろうか。
貴族が自身の血筋を誇るように、生まれというものは重視される。にもかかわらず、どうして良い生まれの人間がこんな思いをしなくてはならないのか。
「………はぁ」
自分以外が悪であるかのような思考を中断させ、ため息を吐く。こんな状態ではダメだ。別に部隊で優れていなくてもいい。自分が自分らしく、自分にしかできないことをしよう。嘗てはそう決めたはずだった。
ふと、真詩義のことが頭によぎる。どこの誰とも知らない少年が、その実力を見せつけた。初めて真詩義を見た者たちは馬鹿にしていたが、新米とはいえ正規ヴァリアント兵を圧倒したこと。生身で三十人弱の凶悪な盗賊団を壊滅させたことを受けて、渋々ながらも真詩義のことを認めている。
「負けてらんないわね」
ミリアムの目に、炎が灯される。自分は真詩義より三歳も年上なのだ。やってやれないことはないはずだ。
「よしっ!」
ボフン! と今度は枕に勢い頭を預ける。成人が寝るにはまだ早い時間ではあるが、早朝から訓練をするために早く寝る。ここ最近で習慣化したことである。
「マシギも誘おうかなぁ……」
真詩義は自分のことを個人として見てくれる。そのことから、知らない間に真詩義に信頼を寄せていた。
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