第17話 王宮舞踏会・前編
屋外訓練場で起こった騒ぎから二日後。ある部隊で成人していないような少年に見事倒された男たちは、総じて部隊長から扱かれていた。
そんなことは露知らず、例の少年は所属する部隊の隊長の部屋に呼び出されていた。
「あの、ヘンネさん」
「隊長と呼べと言ってるだろ」
フェルンバーク帝国の侵攻の阻止に成功したリーゼライド王国ヴァリアント部隊は帰還した。負傷者は数人いるものの、死者はゼロ。帝国軍に一方的とも言える損害を与えた。
そして、帰還してすぐに屋外訓練場での出来事を聞きつけて、騒ぎの当事者である真詩義を呼び出したのである。
「あのなぁ……自主的に訓練するのは構わん。他の誰かと切磋琢磨するのも大いに結構。だけどなぁ」
ヘンネは真詩義の両耳を掴むと、全力で左右に引っ張った。
「相手の面目を潰すなんざ何考えてんだ!!」
「あだだだだだだ!!」
ヘンネの聞いた話では、真詩義が屋外訓練場にやってきて、片っぱしから訓練中の兵を薙ぎ倒していったというものである。所詮噂ではあるのだが、真詩義の戦闘を間近で見ていたヘンネからすると、本当にやり遂げるだけの力がある。それ故にただの尾ひれがついた噂話とは思えなかった。
「はぁ……とにかく、今後はできるだけ他の部隊と連中と訓練しないほうがいい。ただでさえウチと仲の良い部隊は少ないからな。で、だ」
そう言いながら真詩義を解放し、その後ろにいる侍女、エリゼに目を向ける。
「正規ヴァリアント兵と言っても、必ずしも身分が高いわけじゃねぇ。それが侍女をつけられるとは驚いたな」
「初めまして、ヘンネ・グリーンベル少将。エリゼ・オーギュストと申します」
「ああ。コイツの世話とか大変だろうが、どうかよろしくしてやってくれ」
「仰せのままに」
エリゼは恭しく一礼し、自信に溢れる笑みを見せた。
「そんでもって、この馬鹿に色々と教えることがある。教育なんて柄じゃないが、後のことを考えるとな……」
「ああ……例のアレですね」
「それまでに、何としてでも一通りの教育をしなきゃな……」
その教育を受ける本人を完全に無視して進められる会話に、真詩義は少しだけ不満を抱いた。
「あの、教育ってどういうことですか?」
「今のお前は、あまりにも物を知らなさ過ぎる。今後の為ってのもあるが、三日後に行なわれる王宮舞踏会に備える必要がある。それまでに、常識やら作法やらを全部叩き込む」
「三日後って……それまでに終わるんですか?」
「それを終わらせるのですよ。マシギ様がきちんとした教養を身につけていただければ、わたくしも侍女として誇らしく思います」
「でも、勉強なんてほとんどやったことないし」
「そうだとしても、こっちとしては死活問題だ。やれ」
「えー……」
やはり反論は潰されていくのか、横暴とも思えるヘンネの態度に、真詩義は不満の声を漏らした。だが、それは聞き届けられることはなく、耳鳴りがするほどに室内が静まり返った。
教育をする。その方針が決定してすぐに、エリゼが部屋に大量の本を持ってきた。
「さあマシギ様。早速始めましょう」
ドンドンと積み上げられていく本は、優に三十冊を超えている。どれもが最低でも五百ページ程ありそうな分厚さであるため、相当な量となる。
「こ、これを三日で……?」
「人間、やる気になれば意外とできるんですよ?」
「………」
得体の知れない威圧感が真詩義を襲い、背中から冷や汗が吹き出す。
勉強というより、新たな知識を得ることは真詩義としては素直に楽しい。だが、普通に読むだけでも三十日程かかりそうな量を、三日で全て理解しろなんて土台無茶な話である。
エリゼもそれがわかった上で教育しようというのだから、真詩義に逃げ場はない。
泣き言こそ言わなかったが、部屋を出る頃には、あれだけの強さを持っている真詩義が憔悴しきっていた。
王宮舞踏会は、王国内の王族や貴族、その縁者などが集う。そこで交流を深めたりするのが表面上の目的とされているのだが、本当の目的はそれぞれの家系の当主や次期当主の結婚相手を探すことである。どの家系の者と関わりを持てば、自分たちの立場が上がるのかを吟味する場でもある。
そんな中で家系に関係なく招待される者もおり、ヴァリアント部隊所属の正規ヴァリアント兵はよく招待される。王国軍の中でも国防の要となる人物と結婚するとなると、それはそれで注目度が上がり、貴族達にとってもプラスになる。
「つまり会場に集まるのは、教養を備えた貴族や王族と、ヴァリアント部隊の精鋭達です」
エリゼは王宮舞踏会について説明しながら、真詩義の為に用意された服を着せていく。無駄に装飾がついた服の感触が合わないのか、真詩義はしきりに袖や襟首の部分を触る。
「それで貴族の人と話すことがあるから、色々と勉強したんですね」
「そういうことです。まぁ、極力話さないようにするというのも一つの手ですが、マシギ様は目立ちますからね。諦めてください」
「俺が参加しないほうが良いんじゃないですか?」
「そうはいきません。リーゼライド王国の王女であられる、ミカルナ・ブラン・リーゼライド様が、マシギ様の参加をご所望なのですから」
「……はい?」
王女からの希望となるならば、自身が王族でなない限り拒否はできない。だが、顔も名前も知らない人間に命令されるのは気に食わない。そんな反抗の意を示すように、エリゼに聞き直す。
「ミカルナ様からのご指名ですから、参加しないとミカルナ様の顔に泥を塗ることになってしまいます」
とはいえ、この三日で真詩義が教養や文化などとは無縁の環境下で暮らしてきたことを考慮したエリゼは、小さくため息を吐いた。
「まぁ、私が側に控えていますから、困った時はお助け致しますよ」
「ありがとうございます」
うじうじしていても仕方がない。できるだけエリゼに迷惑をかけないようにしようと真詩義は意気込んだ。
理想と現実の相違は計り知れない。それは人種や時代、文化を問わず起こり得ることである。
舞踏会の会場に入ると、訳のわからないほど豪奢な装飾がされており、もし王族や貴族でなければ場違いも甚だしい。そんな中に真詩義はいる。
当の真詩義は、会場に入るなり人の少ない場所を目立たないように会場の端を移動していた。エリゼもそうすることがわかっていたかのように行動していたのだが、真詩義が横から歩いてきた男にぶつかってしまった。
「お前のような奴がヴァリアント部隊とは、王国軍も堕ちたものだな」
男は真詩義を睨みながら、ぶつかった部分を払う。男はまだ若く、真詩義とそう変わらない年齢であるのだが、やはり真詩義と比べると体は大きい。当然、真詩義は見下ろされる形となる。
「……?」
だが、男の発言の意味が真詩義にはわからない。何故ぶつかっただけで、真詩義本人ではなくヴァリアント部隊の評価が下がるのか。
そんな真詩義を見かねてか、エリゼが前に男と真詩義の間に入り、深々と頭を下げた。
「大変申しわけございません」
「……気をつけろっ」
エリゼの行動に面食らった男は、すぐにその場から離れていった。男が早歩きで立ち去っていくのを確認してから、エリゼは顔を上げた。
「もう少し気をつけたほうが良いですよ。ここにいるのは、私やマシギ様よりも格上の身分の方ばかり。悪目立ちをして良いことはありません」
「すみません……」
意図していなかったとはいえ、ぶつかってしまったのは真詩義。それを何も悪くないエリゼに謝らせてしまった。それを申し訳なく思った真詩義は、縮こまってしまった。
しかし、王宮舞踏会はまだ始まったばかり。少なくとも数時間はこの場に留まることが義務となるが故に、落ち込んでいる暇はない。
「その……俺、頑張りますから。だから」
真詩義の必死な姿を見て、エリゼは小さく笑った。
「その為にわたくしがいるのですから。マシギ様は堂々としていらしてください」
茶目っ気のある微笑みを真詩義に向ける。それがどうにも魅力的で、真詩義は思わず顔を赤らめた。
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