第16話 王女と侍女・後編

 屋外訓練場に着くと、その場にいた全員が真詩義の姿を見てあからさまに嫌悪感を顔に出した。その異様な状況に眉を顰めたエリゼではあるが、侍女は王宮内では身分が低い為に下手な口出しをすることはできなかった。

「マシギ様。剣術の心得はございますか?」

「ないですね」

 あっさり答えながら、壁に掛けられていた剣を取る。剣の全長は約一メートル程で、真詩義の小さい体には不釣り合いに見える。

「それは少々大き過ぎるのでは?」

「そう言われてもなぁ」

 試しに何度か剣を振ってみるが、まともに扱ったことがないために良し悪しなどわかりはしない。

 どうしたものかと考えていると、誰かが背後から近づいてくるのに気がついた。背中にバッチリと殺気も感じており、エリゼが伝えようとする前に、真詩義は反射的に振り返って剣を構えた。

 目の前にはガタイの良い男が立っており、その手には抜き身の剣が握られている。男は真詩義の行動を見て、迷惑そうに睨んだ。

「なんだクソガキ。いきなり剣を向けるたぁどういう了見だ?」

 これは怒っているというよりも、馬鹿にしている。そうエリゼが気がついたのも束の間、真詩義は剣を鞘に収めて笑った。

「いやぁ、背後から不意打ちを仕掛けようとしてた人が、剣を向けられて文句を言うなんて可笑しいですね。自分の行動すら把握できないくらい、ヤクでもやってるんですか?」

 純粋な笑顔で挑発してみせる真詩義。だがこれは、本人が意図的に言ったことではない。地下闘技場ではこういった挑発は挨拶代わりのようなもので、お互い武器を持ったりしていると、勝手に口から出てしまう。

 だが、ここではただの挑発としか捉えられず、男はこめかみに青筋を立てていた。

「テメェ……期待の新入りとかちやほやされて、調子に乗ってるみてぇだな」

「それほどでも。現に目の前のヤク中よりは強いと思いますよ?」

 危ういやりとりを前に、エリゼはどうするべきかを考える。だが、自分が下手に介入すると事態が悪化すると判断し、あくまで真詩義の側に控えるだけにした。

「はっ! 侍女までつけられて、青臭ぇガキには破格な待遇だな」

「まぁまぁそんなことより、誰か剣の手合わせをしてくれませんか? 何せ学んだことがないもので」

「面白ぇ。なら実践稽古でもつけてやるよ」

 まんまと挑発に乗った男は、踵を返して訓練場の中心へ歩いて行った。

「あの、マシギ様」

 エリゼが男の後についていこうとする真詩義を呼び止める。

「無理は、なさらないでください。もしどうしようもなくなった場合は、わたくしが何とかしますから」

「はい、ありがとうございます」

 元から援護を受けるつもりはないと言わんばかりに、真詩義は急ぎ足で男の後を追った。





 真意義が訓練場で男と話をしている頃、昨日までエリゼが仕えていた主人である者が窓から空を見上げていた。

 見ただけで上質な物だと分かるような服装と、華美な装飾が施された調度品が並べられた部屋。そんな部屋で暮らしている彼女は、リーゼライド王国の王女、ミカルナ・ブラン・リーゼライドその人である。

「はぁあ……」

 ミカルナは退屈そうに欠伸をし、座っていた椅子の背凭れにほぼ全ての体重をかける。

 彼女は十五歳で、成人する十六歳までは政治に関わることはない。しかし、必要な教育は全てマスターし、侍女であったエリゼもいない。かといって自分が何か行動を起こせば、それだけで周囲の人間が気を遣う為に、気軽に行動することができない。

 要するに暇なのである。やるべきことがなく、やりたいことも迂闊にできない。

 人間は忙しすぎると精神と肉体が磨耗するが、逆に暇過ぎても時間を無為なものにしてしまう。それをわかっているだが、どうしたら良いのかが分からない。王宮を抜け出そうとしても警備は厳重。料理を作ろうとすれば、他の従者たちが慌てて止めにくる。

 自分が王女であることは重々わかっていることではあるが、ここまで過保護にされると鬱陶しく感じてしまう。

「はぁ………ん?」

 今日何度目になるか分からない溜息が出た。

 ふと下を見ると、王国軍の屋外訓練場に人だかりができている。今日は大々的な演習をするわけでもなく、催し物が訓練場で行われることもない。それ故に異様な光景であった。

 何があるのか見に行きたい。その好奇心に逆らうことができず、ミカルナは動きやすい服に着替えて窓から木を伝って外に出た。



 屋外訓練場が見えて、尚且つ滅多に人に見つからない場所にたどり着いたミカルナは、訓練場の中心に立っている少年の姿を捉えた。

「子供……?」

 遠目ではあるが、身長の低さから子供にしか見えない。そんな彼が、自分よりもふた回り程も大きい男相手に、軽々と戦っている。

 相手の振るう剣を紙一重で躱し、すれ違いざまに腹部や頭部に蹴りを入れる。左手に持っている剣が完全にお飾りとなっているが、それが気にならない程に見事な技であった。

「あんな子、見たことないわ……新米かしら」

 軍人になるには条件がある。まずは年が十五を超えていること。そしてもう一つ、実践試験に合格すること。

 受験者の希望する部隊によって内容は様々だが、日常的に訓練が課されている部隊はどれも正規の軍人と戦うのが試験となっている。体の小さな少年が巨体の軍人に勝てるとは到底思えない。

「あ」

 少年の回し蹴りをもろに顔面に食らった男が倒れ、仲間によって引きずられて退場。そしてまた別の男が少年の前にやってきて、戦闘を開始した。

 もう少しだけ目を凝らすと、見覚えのありすぎる女性が少年の後ろに立っていた。

「エリゼ……ってことは、あの子が例の新人のヴァリアント兵ね」

 エリゼが異例の入隊を果たした者の侍女になるという話は聞いていた。ただ、それがあのような少年だとは思っていなかった。

 あの少年が、一体何を持って特別視されているのか。日頃から刺激に飢えていたミカルナは、少年にただならない好奇心を抱いた。

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