第14話 待遇
部屋に戻ってきた真詩義ではあるが、やることがない為にベッドで横になっていた。身元不明の少年が試験を受けることなくヴァリアント部隊に入隊し、こうして綺麗な部屋を割り当てらていることを除けば、誰も不思議がらない光景である。
今までとは全く違う環境に慣れず、未だに自分の部屋を完全に把握していない。それでもベッドで眠る快適さに思考を解かれ、脳の半分以上が機能していないような気怠い感覚に襲われる。
「はぁ……」
派遣されたヴァリアント部隊は今頃どうしてるのか。考えても仕方のないことだが、何を考えるべきかを分かっていない真詩義には他に考えることはない。
考えの末に思考が完全に闇に覆われそうになった時、ノックの音が聞こえた。
『マシギ・スメラギ君。今、手が空いているかい?』
男の声が聞こえ、押っ取り刀でドアを開ける。
「おっと、そんなに急がなくても良かったのに」
バーテンダーのような格好をした背の高い男が苦笑していた。人懐っこいその雰囲気に、真詩義は固く身構えることなく男を部屋に招き入れる。
「どうしたんですか?」
「いやなに。人事の方から、ヴァリアント部隊で活動するに当たっての確認事項と、ちょっとした報告があってね」
部屋には最低限の家具、と言っても真詩義には過ぎたものであるが、それほど多く置いているわけではない。現在の真詩義の部屋には、客人に茶を出す道具もなければ座るための椅子も一つしかない。
男はどっかりと床に座り込み、真詩義はそれに向かい合うように座った。
「俺はダリウス・オーラケット。事務仕事全般の取りまとめ役をやらせてもらってる。君のことは、ヴェリエルからよく聞いている」
「ヴェリエルさんからですか?」
「ああ。昔からの知り合いってヤツさ。っと、そんなこと話してる場合じゃなかった」
ダリウスは三枚の紙が束ねられた書類を取り出すと、真詩義に渡した。
「一応資料は渡しておくけど、念の為に一から説明しておこう」
そう言われたものの、真詩義はこの世界の文字が読めないため大人しくダリウスの説明を聞くことにした。
「じゃあまず、ヴァリアント部隊について。ヴァリアント部隊は王国軍中の一つの部隊という括りになってるが、王国軍としての軍規の埒外にある。でも規則が無いわけじゃなくて、ヴァリアント部隊のみの適応される規則が別にあるんだ」
「ヴァリアント部隊のみ?」
「そう。まぁ、本当はちゃんとした規則があったんだけどね。グリーンベル少将が小難しい規則なんざいらねぇ、なんて言って変更したんだけど、『内輪揉めは粛清対象』『他の部隊との交流を持つこと』『ヴァリアントは大切に使うこと』の三つだけだ」
「三つだけ、ですか?」
軍隊などの大きな組織で、規則が三つだけというのは考えられない。ヴァリアント部隊は軍の中のごく一部ではあるが、それでも少なすぎる。
「でも、その三つだけで部隊を取りまとめてるのがグリーンベル少将って言われると、不思議と納得しちゃうんだよね」
真詩義の疑問に答えるように、ダリウスが言葉を付け加えた。真詩義もヘンネのカリスマ性には気がついており、ヘンネならばと納得した。
「それで、ヴァリアント部隊に所属している間は、三十日ごとに給金が準備されるんだ。受け取る場所とかはその時になったらまたグリーンベル少将やヴェリエルに聞いてくれ」
「そのお金は、何に使ったらいいんですか?」
「自由に使って構わないよ。ただ、給金の前借りなんかをしたいって時には、少し面倒な手続きが必要になっちゃうんだけどね」
給金の前借りなんてできるのか。そんな驚きを抱きつつ、真詩義は口を挟まずに説明を聞き続ける。
「他にも詳しく話をすることがあるけど、次が一番重要な話。君の所属する部隊についてだ」
「確か、国境遊撃大隊の所属になるんでしたよね?」
「あー、それなんだけど、その配属が変わったんだ。何か聞いてないかい?」
「いえ、何も」
真詩義の反応に、ダリウスは頭を抱えた。
「まぁとにかく、君の配属先が変更になったんだ。ツイレン・レグナート君との試合で正規のヴァリアント兵を圧倒した実力が評価され、国境遊撃大隊じゃなくて、正規ヴァリアント兵として採用することになったんだ。おめでとう」
「……それって、良いことなんですか?」
「良いも何も、天と地ほどの差があると言っても過言じゃないんだ」
それから真詩義は、国境遊撃大隊と正規ヴァリアント兵の違いについて説明を聞いた。
ダリウスから説明されたことをまとめると、次の通りである。
・ 正規ヴァリアント部隊の給金は、国境遊撃大隊の三倍
・ 国境遊撃大隊では休暇が認められていない
・ 国境遊撃大隊に配属されると、最低三年は配属先が変更されることはない
この三つが、国境遊撃大隊と正規ヴァリアント部隊の大きな違い。それ以外では大した違いはなく、やはり軍というだけあって有事の際には命がかかった戦いが大きな仕事となる。
それに加えて、真詩義の待遇についても変更点があるとダリウスが言い出した。
「変更点、ですか?」
「ああ。まだ会ったことはないかもしれないけど、王宮には多くの侍女が仕えているんだ。その内の一人を、君につけることになったんだ」
本来侍女というのは、身分の高い人間に仕えて身の回りの世話をする女性である。それが一介の少年に仕えるのは本来ありえない話なのだが、真詩義にはそもそも侍女というのがどういう存在なのかが分からない。
「あの、じじょって何ですか?」
「侍女は、他の人の世話をするのを生業とした女性のことだ。特に君は、この世界について知らないことが多い。侍女に色々とフォローしてもらうのが良いだろうね」
それは真詩義にとっては嬉しい話であった。ヘンネやヴェリエルが不在の今のような状況では、話をできる人間はほぼいない。そうやって誰かがついてくれるなら、余程のことがない限りは大丈夫であろう。
「それじゃあ、侍女は明日あたりに君の部屋を尋ねると思うから、その時にまた詳しく聞いてくれ」
「わかりました」
「じゃ、俺からの報告は以上だけど、何か聞きたいことはあるかい?」
そう言いながら、ダリウスは立ち上がる。
「いえ、今は大丈夫です」
「そうか。なら、これで失礼するよ」
部屋を出て行くダリウスの背中を見ながら、真詩義は今後どうするべきかを考えた。が、やはり何をするべきかが分からなかったため、ベッドで横になることにした。
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