第13話 正規兵

 宿屋での一件以来、ミリアムはさらに訓練に熱を入れるようになった。ヘンネやヴェリエルは良い変化として考えていたのが、部隊の中では調子に乗っていると邪推する者が多かった。


 ミリアムと真詩義はその活躍を取り立てられ、特別報酬が授与された。なんでも、真詩義が倒した盗賊たちは、王国の中で危険視されていた盗賊団であり、軍の人間たちも手を焼くほどであった。

 三十人近い盗賊をたった二人で倒したという話は、そのとき宿屋に宿泊していた行商人から広まり、たった数日で「王国軍にとんでもない新米二人がいる」と王宮内にまで知られるようになった。

 そして大きな動きが一つ。真詩義の実力を見たいというヤックルを筆頭とする元帥たちの要望によって、真詩義とヘンネの模擬戦が開催されることとなった。



「あのー、ヘンネさん?」

「隊長と呼べと言ってるだろ。で、なんだ?」

 場所はヴァリアント部隊の屋外訓練上。対峙している真詩義とヘンネの周囲には、ヴァリアント部隊の面々だけでなく、偉そうに椅子に座っている男たちが三名ほどいた。

「ここで一体何をするんですか?」

「決まってんだろ。手合わせだ」

「いや、だったらどうしてヴェリエルさんが側に?」

 真詩義のすぐ隣には、紙とペンを持ったヴェリエルが立っている。手合わせの場には相応しくないのは、誰の目には明らかである。

「手合わせする前に、いくつか聞いておかなきゃいけねぇことがあってな。その記録を取るんだよ」

「はぁ……」

 気の抜けたような返事をする真詩義にため息を吐いたヘンネだが、ヴェリエルにアイコンタクトをとって話を続けた。

「では早速質問だ。生身での戦闘経験はどれくらいある? 前の世界にいたことも含めて」

「えっと、先日の盗賊たちと、前の世界では地下闘技場で戦ってましたから………だいたい二年近く毎日戦ってました」

「相手の強さはどのくらいだ?」

「あー……前の盗賊くらいであれば、みんな一人で五十人くらいは相手できると思います。もちろん生身での話ですけど」

「強者揃いということか………その地下闘技場では、マシギはどれくらいの実力だったんだ?」

「一番最近の大会で、一応優勝はしました」

「っ!?」

 王国軍ですら手を焼いていた集団を一人で相手どれる。そんな者たちが集う魔境とも言えるような場所で、齢十六の少年が覇者となったのだ。驚かないほうが無理があるだろう。

「……その地下闘技場の大会に参加した理由は?」

「えっと、そんな大層なものじゃないんですけど……みんなを笑顔にできたらなって思いまして」

 確かに、闘技場というのは娯楽施設として使われることがある。リーゼライド王国にも存在し、そこでは腕に自信のある者たちが規則に法って戦い、観客たちはその勝敗に金銭を賭けたり純粋に試合を見て楽しむこともある。

 だが、笑顔にするのが目的なら、もっと他のことがあるだろう。記録を取っていたヴェリエルは思わず手が止まったが、すぐさま記録を再開した。

「笑顔に?」

「はい。他に娯楽もありませんでしたし、そんな人を笑わせるような特技を持っているわけでもありませんでしたし……自分にできるのはそれくらいかなって」

「つまり、『誰かを笑顔にしたいがために、地下闘技場の大会に参加した』ということでいいのか?」

「はい」

「そのために、修行などはしたのか?」

「その、闘技場を引退した人なんかに頼んで、稽古をつけてもらいました。でも、みんなやり方が違うので、どの技術も中途半端になっちゃいましたけど」

 どこが中途半端だ、とで言いたいヘンネであったが、周囲の目もあるということで咳払いをして調子を戻す。

「では最後に。先日の盗賊騒ぎを除いて、お前は人を殺したことがあるか?」

「あります」

 真詩義が即答し、周囲ではどよめきが起こった。

「……何故だ?」

「闘技場の試合で、相手を殺してしまいました。でも、そういうことがあるというのが大前提での試合なので、全ては自己責任という形になってます」

「………」

 もちろん、悪意を持って意図的に人を殺すことは罪である。それは真詩義にも分かっていることだが、事故とはいえ人を殺したことに対する罪悪感が全くない。

「マシギ」

 ヴェリエルはペンを胸のポケットにしまうと、後ろから真詩義の肩を掴んだ。

「お前は盗賊を計二十人殺害した。それも、自己責任だと言えるか?」

「それは………」

「確かに、その地下闘技場とやらでは、試合の中で絶命することは自己責任かもしれない。だが、先日の盗賊たちにもそう言えるのか?」

「よせ、ヴェリエル」

 真詩義の表情が歪み始めたところで、ヘンネが割って入った。

「あのクソ共は、既に数百人以上殺してる。自分の命を奪われるのは当然。それだけのことだ」

「………」

 ヘンネの言葉に、ヴェリエルは若干納得がいかない様子で黙った。

「マシギも気にすんな。それに、もしかしたら戦争が起こるかもしれねぇから、いちいち相手を殺す度に罪悪感抱いてちゃ話にならねぇ」

「は、はい」

「んじゃ、さっさと試合を始めんぞ。ヴァリアントを………ちょっと待て」

 本来の目的である試合を始めようかと言うとき、ヘンネが王宮の方からヴァリアントを着用している兵士が走ってくるのを見た。

「取り込み中申し訳ありません! 無礼を承知で至急ご報告申し上げます!」

 やってきた兵士は元帥の目の前で無礼を承知で話し始める。それだけ急を要する案件であると予測したヴァリアント部隊の面々は、気を引き締めた。

「北の国境より、フェルンバーク帝国が進軍を開始! 偵察隊の情報では、敵の総数は約千二百! そのうち三百はヴァリアント兵と見られます!」

「駐留している部隊は?」

「厳戒態勢を敷き、攻撃を受けた際には即座に反撃できる状態で待機しております!」

「駐留部隊はそのまま待機、攻撃を受けた際には容赦なく反撃しろ。王宮からヴァリアント部隊を派遣する」

「りょ、了解しました!」

「尚、ヴァリアント部隊はギリアム型のみを派遣する。他は有事の際に備えろ」

「了解!」

 元帥達の指示を受け、兵士は全力疾走で訓練場を後にした。それに続くように、ヴァリアント部隊も動き始める。

 ギリアム型の使用者はすぐさま準備に取り掛かり、一気に慌ただしい雰囲気になる。

 今日まで真詩義に付き添ってくれていたヘンネ、ヴェリエル、ミリアムの三名はギリアム型の使い手。三人とも行ってしまうとなると、王宮内で真詩義は何をしたらいいのかが全くわからない。

「戻るか……」

 ここで突っ立っていても始まらない。未だに慣れない豪奢な自室に向けて、真詩義は歩き出した。

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