第11話 軍人の仕事・前編

 リーゼライド王国は周辺の国と比べて面積が大きく、様々な国からやってくる行商人が集まるため、王宮近くの栄えた街では、国内外を問わない様々な商品が並べられている。

 店主と値段交渉をする者、冷やかしながら談笑を楽しむ者、商品を手に取って良し悪しを見る者。それぞれがそれぞれの目的を持って行動し、街は賑わっている。


「これが、街……」

「そうよ。今日は行商人が多く集まる日で、いつもより人が多いわね」

 ミリアムは外出用の私服を、真詩義は軍で支給された軍服を着ている。真詩義の服装を見てミリアムは物言いたげであったが、特に何も言うことなく出発した。

「それで、何を買うんですか?」

「まぁ買いたい物もあるんだけど、それはまた今度ね。今日は警備の仕事があるのよ。病気とかで休むって人が出ちゃったからね」

「それで、その代理ってことですか?」

「そういうこと」

 ミリアムは先導するように前を歩き、真詩義がその後ろをついていく。側から見れば姉弟のように見えるだろうが、私服と軍服というミスマッチが周囲の視線を集めていた。

「あの、ミリアムさん」

 その視線が気になって、真詩義はミリアムを呼び止める。

「何?」

「なんだか、こっちを見られているような感じがするんですけど……」

「ああ、それはマシギが軍服を着てるからよ。軍人でも軍服のまま街に出ることはあんまりないからね」

「なるほど」

 納得はいったが、今ここで着替えろというわけにもいかない。真詩義は次回から気をつけようと考えるのであった。



 それからしばらく歩くと、一軒の建物の前でミリアムが立ち止まった。

「ここは?」

「行商人たちがよく利用する宿よ。今日はここの警備をするの」

 そう言って中に入ると、開けたロビーがあり、正面には受付と思わしき机があったが、多少の物音が周囲から聞こえるだけで誰もいない。

「すみませーん! 店主の方はいらっしゃいますかー?」

 ミリアムが大きな声で店主を呼ぶと、「ちょっと待っててくれ」という声が奥から聞こえてきた。そして十秒ほどして声の主が姿を現した。

「おう、待たせたな」

 出てきたのは、これでもかという程体つきの良い男だった。見た目だけでいうなら、歴戦の戦士も凌駕するように思えてしまう。

 しかしミリアムはその見た目に臆することなく話を始めた。

「私たちは王国軍の者です。警備担当の者が急病に伏しているため、代役を仰せつかりました」

「ああ、わざわざ済まないな。大したもてなしはできねぇが、夜まで頼むぜ」

「はい」

 軍服を着ていたおかげか、体が小さいために子供とみなされそうな真詩義は特に何も言われなかった。

「あ、あの、警備って、具体的に何をしたら良いんでしょうか?」

 その質問に、店主は眉を顰めた。特に怒っているわけではないのだが、リーゼライド王国では軍が衛兵としての役割も担っている。にも関わらず、警備という仕事がどんな者なのかを知らないことを不思議がっている。

「す、すみません! この者はつい昨日配属されたばかりでして、まだ軍人としての役割を把握しきれておらず……」

 慌ててミリアムが二人の間に入り、店主に頭を下げるのだが、店主は笑い始めた。

「おい、歳は幾つだ? 坊主」

「十六です」

「十六にしちゃ体が小せぇみたいだが……軍人になるたぁ、大したもんだ。仕事に関しては教えてやるから、嬢ちゃんの方は先に二階の様子を見てきてくれ。何人か部屋に残ってる奴もいるから、念のために話を聞いておいて欲しい」

「わかりました。じゃあマシギ、また後でね」

「はい」

 早速ミリアムは二階へ行き、真詩義は店主に話を聞くことになった。


「まず、うちの宿屋での警備はそんなに仕事はない。せいぜい怪しい人間がいないか、怪しい荷物がないかを見るくらいだ。一階部分はこのロビーと部屋が四つ。二階部分は部屋が八つある」

 ロビーには、客用のテーブルと椅子がいくつか並べられていて、小さな宴会ができる程のスペースはある。

「もし、不審人物や不審物を見つけた場合はどうしたらいいんですか?」

「そこは対処が難しいんだが、怪しい奴を見つけたら、まずは見張ってくれ。そして、悪事を働いたなら即刻しょっ引いてくれ。不審物は、置いてあった場所と日付を記録して管理する必要があるから、俺のところまで持ってきてくれ」

「わかりました」

 それ程難しい仕事内容ではないため、真詩義にもすぐに理解できた。だが、一つだけ疑問があった。

「あの、警備の仕事なんですよね? だったら、軍服の方が良いんですよね?」

「ん? いや、別にどんな服装でも良いんだが……そうだな。もし坊主が盗賊やら山賊だったら、丸腰の奴と重武装した奴、どっちを狙う?」

「もちろん丸腰の方です」

「だろ? 軍服ってのは、軍人の証でもある。盗人への牽制って意味じゃ良いかもしれねぇが、相手が近寄ってこないことが多い」

「……機を見計らってまたやってくるってことですか?」

「そういう可能性もあるってことさ」

 店主が満足そうに頷くと、ようやくミリアムが私服で警備にやってきた理由がわかった。

「まぁよろしく頼むぜ。細かい指示は嬢ちゃんに聞くといい。俺は仕事に戻るぜ」

「はい、わざわざありがとうございました」

 真詩義は深々と頭を下げ、店主は満足げに自室に戻っていった。



 それから少しして、ミリアムが二階から降りてきた。

「あ、ミリアムさん」

「どう? マシギ。仕事は理解できたの?」

「はい。丁寧に教えてもらいましたから」

「そう。なら、しばらくはのんびりしてても良さそうね。二階も問題なかったし」

 そう言うと、ミリアムは自分の持っていた袋から小さめの包みを二つ出し、そのうちの一つを真詩義に渡した。

「これは?」

「お弁当よ。時間があまりなかったから、簡単なものだけど」

「あ、ありがとうございます!」

 礼を言いながら包みを開けると、四切れのサンドイッチが入っていた。見た目は整っており、真詩義は感激のままにサンドイッチを頬張った。

「おいひいれす!」

「ちょっ、ゆっくり食べなさいよ」

「ミリアムさんって、料理が上手なんですね」

「そ、そうかしら?」

 純粋な目をして褒められてミリアムも満更でもないのか、はにかんだ表情を見せた。





 日が沈みかけ、警備の仕事は特にやることもないまま仕事が終わりそうである。

 二人はその間に宿屋の様子を見ていたのだが、特に変わった様子もなく、出入りする商人たちと挨拶を交わすくらいであった。

「それで、グリーンベル隊長ったら、実戦訓練と称してラヴィニアさんの悪口言ってた奴らをぶちのめしちゃったのよ」

「あー……ヘンネさんならやりかねないかも……」

 談笑に興じている二人は、もうすぐ仕事が終わるということで少し気が緩んでいた。しかし、真詩義の目はある男を捉えた。

 男は宿屋に入ってきて、傍目からみると普通の宿泊客ではあるが、その目だけは周囲の状況を把握するためにせわしなく動かされ、一瞬だけ目が合った。不審に思った真詩義は、その男の顔を覚える。

 男は店主と少しだけ話をすると、二階に向かった。

「ミリアムさん。さっきの男、怪しくないですか?」

「へ? そうかしら?」

 当然ミリアムも男の姿を確認してはいたが、怪しいとは感じなかった。

「入ってすぐに、周囲の状況を確認してました。目の動かし方が異常でしたね」

「……そう。なら放っておけないわね」

 真詩義の言っていることを信じたミリアムは、立ち上がった。

「私は二階を確認するわ。真詩義は一階と外を警戒しておいてちょうだい」

「わかりました」

 真詩義も二つ返事で指示を了承し、残り少ない時間を警戒に当てた。



 真詩義とミリアムが警戒を始めた頃、リーゼライド王国軍の女性専用の入浴場にて、異例の新入隊員についての談議が繰り広げられていた。

「ヘンネ。マシギの部隊内での立場はどう思う?」

 ヴェリエルは金色の髪が湯につかないように結わえながらヘンネに疑問を呈した。

「そりゃすぐにでも取り立ててはやりたい実力だが、軍ってのはしがらみが多いからなぁ………ラヴィニアはどう思う?」

「いいと思うわよ? 色々と聞きたいことはあるけど、試験を受ける工程は完全にスキップできるわ」

 ラヴィニアは伸びをすると、「それに」と言葉を続ける。

「あの子、結構タイプなのよね」

「一応年齢は十六だそうだ。法的に結婚もできるぞ」

「いや、『結婚できるぞ』ではない。ラヴィニアの暴走で何人の新入隊員が被害に遭ったか……」

 ラヴィニアの発言に肯定的な返しをするヘンネに、ヴェリエルが突っ込みを入れる。

「そんなに被害は出していないはずよ? 確か、今年はまだやってないわ」

「……ラヴィニアが入隊してから、二年間で十名ほど『貞操が危機に晒されたから配属を変えて欲しい』と、嘆願書を提出された」

「もう、いけずなんだから」

「ヴェリエル。こいつに関しては諦めろ。既に不治の病だ」

「あら、グリーンベル隊長はわかってくれるのね」

「残念だが、理解はしてやってない。諦めてるだけだ」

 ラヴィニアは大の年下好き。彼女の年齢は二十四であるが、守備範囲は十四から二十。十六であるマシギはストライクゾーンにバッチリ当てはまっている。

 それでなくとも、ラヴィニアが年下に手を出そうとしたという話は後を絶たず、先ほどヴェリエルが話していた嘆願書を提出した者たちは、ヴァリアント部隊と直接関わりのない部署へ配属されている。

「まぁ、私の性癖については置いといて、マシギは文句なしで前線で起用できるレベルにあると思うわ」

「解析の結果、ツイレンを倒すのにヴァリアントの出力を使った時間がたったの一秒ときてやがる。元から、ベルスティ型の右脚部だけでギリアム型をぶっ倒すくらいの実力はあるんだ。そんなのがヴァリアントをフル装備すりゃ、歩く殺戮兵器さ」

 ヘンネは、元帥であるヤックルに真詩義の入隊を交渉する際にも、『前線で敵を屠る機械となってもらおう』と言っていた。そして、それを実行できるかもしれない実力を持っている。

「ではヘンネ。明日から私がマシギの戦闘指南をすることになるが、何か特筆することはあるか?」

「いや、特には。というより、マシギの奴がどこまでやれるかがまだ未知数だ。ツイレンとの戦闘だけじゃなんとも言えん」

「なら、一通り基本の戦闘術を教えた後、適宜内容を変えていくことにする。私の独断で構わないか?」

「ああ、頼む」

 ヘンネはバシャンと音を立てて立ち上がると、右の義手についた水滴を払うように腕を振りながら脱衣所へ向かって行った。



「歩く殺戮兵器、ねぇ」

 ヘンネの背中を見送ったヴェリエルとラヴィニアは、小さくため息を吐いた。

「キーレイ副隊長。隊長は本気であんなこと言っていると思う?」

「そんなわけがないだろう。だが、場合によっては他の将校たちが口出ししてくるかもしれん。それには備える必要がある」

 ヴェリエルの階級は准将、ヘンネの階級は少将。そこまでの階級になれば軍内での発言力も大きい。だが、それ以上の階級の相手から真詩義に関して口を出されると、ほとんど防ぐ手がない。極端な話、単騎で敵陣に突撃しろと中将や大将、元帥の者に言われれば、真詩義もそれに従うしかない。

「軍などに関わらせたこと自体がそもそもの間違いなのかもしれない………私が責任を持って一人前にする」

「そうね……」

 真詩義は巻き込まれる形でありながらも従ってくれている。その姿が健気で、半分騙しているような感覚陥ったヴェリエルは、罪悪感を一人噛み締めていた。

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