第10話 暮らしぶり

 料理を受け取り、ヘンネに案内されるままに端のテーブルに腰掛けた三人。ヘンネはミリアムの持っているトレーに乗せられた極盛の料理を見て、小さくため息を吐き、真詩義は真詩義で、自分のトレーに乗せられているフェルズレット・アヴィンを信じられないような目で見ていた。

「これ……本当に食べていいんですか?」

「は? 食うために注文したんだろ? だったら食わねぇと、作ったやつに失礼だろ」

 ヘンネはフォークでフェルズレット・アヴィンの中心を刺し、何枚も突き刺さった野菜と肉をいっぺんに頬張る。その豪快な食べっぷりに感心した真詩義ではあったが、ミリアムにじっと見られているのに気がついた。

「ねえ、マシギ。貴方、ここに来る前はどんな生活をしていたの?」

「そうですね……こんな風に大勢で食事をすることもありませんでしたし、こんなに綺麗な食べ物を食べることもありませんでした。それに、こんなに量も多くありません」

 真詩義とヘンネが注文したフェルズレット・アヴィン。大きな丼に野菜と肉が交互に重ねられている人気のメニューの一つ。だが、食べてみると量はそれほどない。育ち盛りの男なら、三つくらいないと満腹にはならないだろう。

 しかし、それでも真詩義にとっては多い。

「ご飯も、朝と夜しか食べませんでしたね。大体はカビの生えたパンとか、虫を食べてました」

「ゔぇ!?」

 ミリアムが素っ頓狂な声をあげた。

「そ、そんなの食べるの!?」

「それくらいしか、食べる物が与えられませんでした。虫は自分で調達はできたんですけど、他の人も虫を探していたので、それほど多くは捕まえられません」

「………」

「ここで与えられた部屋も、前の所なら二十人くらいで使ってました」

「二十!?」

 ミリアムは再び驚きの声をあげ、盛大なため息を吐いた。

「貴方……そんな過酷な状況で暮らしてたの?」

「過酷……ですか?」

 真詩義にとってはそれが普通で、今いる環境が普通ではない。突然こんな場所に来て色々と巻き込まれて苦労しているだろう。そう真詩義を思いやったミリアムであったが、そこでヘンネが話を掘り下げる。

「で、マシギは明日食う物にも困るような環境下で、一体何をしてたんだ?」

「ちょ、隊長!」

 ミリアムが抗議の声を上げるも、ヘンネは表情を崩さずに真詩義を見る。その目は深くを見透かすような、力のある眼差しであった。

「えっと……地下資源の採掘をやってました」

「採掘か……さっき結構な人数で一部屋を使うって言ってたよな? 一緒の部屋にいた奴らも、採掘要員なのか?」

「はい。というより、『現在の技術に関する知識・技術が一定以上身につけていなければ、居住区に住む権利を剥奪する。また、居住区に住んでいない者は、国家の定める指定公共事業を行なう義務がある』という法律があったんです。それで両親は居住区を追い出されて、その先で俺が生まれたんです。だから、俺にとっては採掘したり虫を食べるのはいつものことでした」

「「………」」


 話を聞いた二人は何も言えなかった。真詩義が過酷な環境下で育っていることは予想がついていたが、それは本人が望んだわけでも、悪事に対する報いでもなんでもない。ただ一つの法律だけで幾人もの人がそのような目にあっている。ここリーゼライド王国では、人間の尊厳については厳重に法で守られている。そのため、知識や技術がないだけで居住の権利を剥奪することなんてありえない。

「マシギ」

 ヘンネは立ち上がって真詩義のそばまで来ると、優しく頭を撫でた。

「お前のいた環境は、間違っても普通じゃない。お前みたいないい奴が、悪いこと一つしてねぇのに強制労働だ? ふざけるなって話だ」

「そうよ。知識とか技術があるなら、どんな悪人だってそんなことはさせられないってことでしょ? そんなの絶対おかしいわ」

 ミリアムも怒りを露わにし、極盛の料理をバクバクと食べていく。その姿を見ていた真詩義は、思わず吹き出してしまった。

「…何よ」

「い、いや、『いい食べっぷり』って、ミリアムさんみたいな人を指す言葉なのかと思って」

「どうせ私は大食漢ですよー……」

 落ち込んでしまったミリアムではあるが、料理を口へ運ぶその動作は一度も止まらなかった。




「おや、隊長殿が新人二人と食事とはな」

 一番量の多かったはずのミリアムが一番に完食しようかという頃、ヴェリエルがトレーを持ってやってきた。

 ヴェリエルはチラリと真詩義を見ると、嬉しそうに微笑んだ。

「まさか、ベルスティ型で正規ヴァリアント兵を倒すとはな」

「ああ。それにロムンドの分析では、真詩義の連続稼働時間はたったの一秒。ほとんど自分の身体能力だけでやってたってことになる。とんだぶっ壊れ性能だよ、真詩義の体は」

 そんな会話をしながら、ヴェリエルは真詩義の隣に座る。

「ツイレンはひどく落ち込んでいたのだが、何かフォローをしておくべきか?」

「いや、いいさ。そういうのは自分で吹っ切れねぇと成長しねぇからな」

「私、あいつ嫌い」

 女三人寄れば姦しいとよく言われるが、ヴェリエルが来たことをきっかけに話が弾む。

「だが、ギリアム型の注文をしたのに、どうしてベルスティ型が届いたんだ?」

「知らねぇよ。後でクレーム入れて埋め合わせをさせる予定だ」

 まだ注文の間違いについて怒っているのか、ヘンネはヘソを曲げたような態度で言い放つ。

 そんな隊長副隊長を他所に、ミリアムは真詩義に話しかけた。

「ところでマシギ。この後に何か予定あるの?」

「いや、何も言われてないけど……」

「だったらちょっと街まで付き合ってくれない? ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ」

「いいんですか? 街に出ても」

 真詩義は思わず心をくすぐられた。坑道と狭苦しい部屋を行き来するだけの生活したしてこなかった為に、街どころか家や店というものを見たことがない。興味をそそられるのも当然のこと。

「もちろんよ! って……良いですか? グリーンベル隊長」

「ん? ああ、別に構わねぇよ。ツイレン倒した時点で今日やる予定の基礎は全部パスだ」

 ミリアムの問いに、ヘンネは微笑んで許可を出す。そして、自分の懐から小さな袋を取り出すと、真詩義に押し付けるように渡した。

「これを持って行きな。全部使っちまっても構わねぇから、しっかり楽しんできな」

「は、はい!」

 元気の良い返事によって周囲の人間の視線が真詩義たちのいるテーブル集まるが、本人はそれに一切気がつくことなく街へ行ける喜びを噛み締めていた。

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