第9話 戦果

「こりゃ驚きの結果だな」

 ツイレンと真詩義の対決は、マシギの圧勝で終わった。しかし両者のヴァリアントが破損したために、ヘンネと共にヴァリアント部隊直属の技術士であるロムンド・カインフィルに見せに来ていた。

「驚き、ですか?」

「ああ。少年、ベルスティ型使ってんなら連続稼働限界ってのは聞いたと思うが、ヴァリアントに内蔵されている所謂心臓部分に、連続稼働した時間が記録されている」

 ロムンドは電子媒体に映し出されたデータを見せてきた。だが、真詩義が見たことがない言語で書かれているため、全くもって意味が分からない。首を傾げている真詩義に気づいていないロムンドは、そのまま説明を続けた。

「グリーンベル隊長。少年のベルスティ型の連続稼働時間、一秒だとさ」

「一秒……?」

「ああ。ヴァリアントの力を借りての行動が一秒。そういうこと」

 ロムンドは満足げにキーボードを高速で叩き、ヴァリアントからデータを抽出する。

「それにしても、ギリアム型の注文をしたってのに、ベルスティ型が来るなんて誰も思っちゃいないさ。運が悪かったな、少年」

「あはは……」

 真詩義は試合前にブチ切れていたヘンネの姿を思い出す。

「それはそうと、どれくらいで修復できそうだ? あと、発注した場所にちょいと言っとかなきゃな」

「修復自体はそう難しくない。三日もあれば完了するさ。クレームの方は、ヴァリアント部隊の方からで頼むよ」

「あいよ。そうだ、マシギ。そろそろ昼にしようか」

 周囲の器具やヴァリアントに目移りしている真詩義に、ヘンネが声をかける。丁度目に入った時計は、既に正午を過ぎていた。

 だが、そこで真詩義は首を傾げる。

「昼、ですか?」

「なんだ? あんま腹が減ってないのか?」

「あ、いえ……」

 真詩義は昼食というものを食べたことがない。知識としては知っていたが、周りでは誰もそんな言葉は口にしなかったこともあり、昼食はいけないものだという認識がある。その為に躊躇している。

「あの、変なこと聞いちゃうかもしれないんですけど……」

「なんだ?」

「昼食を食べるのって、悪いことじゃないんですよね?」

 内容が内容なだけに、ヘンネとロムンドは呆気に取られ、真詩義を見た。

「わ、悪いことって……犯罪ってことでいいのか?」

「そんな感じです」

「あのなぁ……飯食うだけなのに、何で悪いってなるんだ?」

 ヘンネは真詩義の頭をワシャワシャ撫でると、そのまま髪を掴んで引きずり始める。

「いだだだだだ!?」

「隊長としての命令だ。私の昼食に付き合え」

 そう言って整備室を後にした。


「こりゃ騒がしくなりそうだ」

 そんな微笑ましい光景を見ながら、残されたロムンドはニヤリと口角を引っ張り上げると、早速ヴァリアントの修復に取り掛かった。




「あ、グリーンベル隊長!」

 約二分もの間、真詩義を引き摺り続けたヘンネの元に、ミリアムがやってきた。

「って、何でマシギは引き摺られてるんですか?」

「こいつ、昼飯食うのが罪だとか言い出したんだよ」

「えぇ……」

 まるで可哀想な人間を見る目で真詩義を眺めるミリアム。対する真詩義はそれどころではなく、髪を引っ張られる痛みに耐えていた。

「へ、ヘンネさん……痛いです……」

「人前では隊長と呼べ。いいな」

「はい……」

 ようやく解放され、その光景を見てミリアムが笑った。

「マシギ。別にご飯を食べることは悪いことじゃないのよ? 寧ろ、朝昼晩しっかり食べないと、体が持たないわ」

「その結果、体がよく育ったということか」

「そ、それは言わないでください……」

 ミリアムの体はマシギよりも大きい。今年で十九に為る女性とはいえ、身長が百七十五センチは高いだろう。加えて胸も大きければ、よく食べる人間はよく育つという言葉の権化とも言えるだろう。それに比べ、真詩義は百六十ほど。目を見ようと思うと、ミリアムが見下ろす形となる。しかし、ミリアムは高身長であることがコンプレックスで、小さくため息を吐いた。

「マシギはもっと食ってもっとでかくならねぇとな。ほら行くぞ、二人とも」

「ま、待ってください!」

 早足で歩いていく二人の後を、真詩義は慌てて追いかけるのであった。



 ここは、王国軍に所属している人間が利用することのできる食堂。王国が所有する施設ということだけあって、作りは豪奢なものである。幾つも並べられた大小のテーブルには、目に見えるだけで百人はくだらない軍人が食事をしている。

「うわぁ……」

 前の世界では自分と全く無縁であるはずの光景に、真詩義は圧倒されていた。

「ここが食堂。朝昼晩、ここで飯を食うのが基本だ………って、今日の朝はどうした?」

「へ? あ、朝は食べてないです」

「なんで食べてないのよ……」

 ヘンネもミリアムも、食べないのが当然という態度をとる真詩義に、ため息が出た。

「とにかく食うぞ。マシギはメニューとか知らないだろうから、私のススメの」

「三天極盛セットがオススメよ!」

 ヘンネの言葉を遮り、ミリアムは声高に叫んだ。が、ヘンネがすぐにその頭を小突く。

「アホか。あんなもん食えるのはお前くらいだ」

「えー……だって美味しいし」

「食べる量を減らせといつも言ってるだろ。そのうち、寸胴みたいな体になっても知らねぇぞ」

「はい……」

「とにかく、私のススメはフェルズレット・アヴィン。肉と野菜がバランス良く盛り付けられた一品料理だ。一品と言っても、それだけで十分な量はあるから安心しろ」

「は、はぁ」

 真詩義の中では、ミリアムは食いしん坊、ヘンネは健康家という認識が出来上がり始めていた。


「おや、グリーンベル隊長。今日は新米たちと食事ですか?」

「ああ。親睦を深めるのも、仕事の一つだしな」

 料理の注文口へ行くと、壮年の男性がヘンネに話しかけてきた。男性は真詩義の存在に気がつくと、深々と頭を下げる。

「初めまして。わたくし、この食堂を取り仕切っております、ゴドール・パラヌクと申します。以後、お見知り置きを」

「こ、こちらこそ初めまして。マシギ・スメラギです」

「スメラギ様ですね。ご注文はどう致しますか?」

「えっと……フェルズレット・アヴィンをお願いします」

「はい、承知いたしました。では、受け取り口の方でお待ち下さい」

 ゴドールはそう言うと、奥にいるであろう人間に何かを伝え、真詩義はヘンネに引っ張られて受け取り口までやってきた。

「このように注文口で自分の欲しい料理を言って、受け取り口で受け取る。その時は名前が呼ばれるから、しっかり聞いとけよ」

「はい。でも、二人って注文してないんじゃ?」

「昼食に関しては、私たちは注文するものがいつも一緒だからな。ゴドールの方で勝手に注文した扱いにされてんだ」

「あ、ちなみに私は三天」

「食事中にミリアムの方をなるべく見るなよ? 見るだけで胸焼けがする」

「は、はぁ……」

 その言葉にミリアムが反論し、他愛もない話しをしながら料理が来るまでの時間を潰していた。

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