第8話 試験
ヴァリアント保管庫に着いたヘンネと真詩義は、隅に置かれていた木箱を開ける。
「これが、新品のヴァリアント?」
「ああ。まだ誰も使ってねぇ、正真正銘の新品だ」
木箱の中に収められていたのは、深紅に着色されたヴァリアント。それぞれの部位には余計な意匠がなく、完全に鎧という印象しか受けなかった。
新品のヴァリアント目の当たりにして感動している真詩義の隣では、ヘンネが木箱の蓋の裏に書かれた紙を見て、顔を顰めていた。
「あぁ!? ベルスティ型だぁっ!? ふっざけんな!!」
途端、ヘンネの怒号が保管庫に響き渡る。真詩義が手を伸ばそうとしていたにも関わらず、全力で叩きつけるように蓋を閉めた。
「ど、どうしたんですか……?」
「どうもこうもねぇ! あのクソ野郎共、注文とは違うものをよこしやがったんだよ!」
「届いたのがベルスティ型……ってことは、注文したのはジルベルト型ですか?」
「いや、注文したのはギリアム型だ……あんの野郎」
ヘンネがヴァリアント部隊として注文したのはギリアム型。そして代金は前払いですでに払っている。しかし、送られてきたのは戦闘型ですらないベルスティ型。連続稼働限界が短い為に、実際の戦闘では使えたものではない。当然、代金も違う。
諦めたようにため息を吐いたヘンネだが、すぐに真詩義に向き直った。
「すまないな。いくらお前が優れていても、ジルベルト型の正規隊員相手にベルスティ型じゃ分が悪いだろう」
「確か、ベルスティ型は使える時間が短いんですよね?」
「ああ。だいたい五分ってところだ」
「なら、その間に決着をつければいいんですよね?」
「……誰もこれを使えとは言ってない。かといって、いきなりジルベルト型を使うのも危険がある。サイズが合わないだろうが、私のヴァリアントを使えば」
「その必要はありません」
ヘンネの言葉を遮り、真詩義は木箱を再び開けて頭部パーツを取り出す。その表情は、戦いに生きがいを感じている若き兵士のようであった。
三十分後。真詩義にベルスティ型を装備させているヘンネは、心配そうにその真詩義を見つめている。真詩義が正しい付け方を知らないために手伝っているのだが。
「あれは………ジルベルト型?」
対するツイレンも自身の使用するジルベルト型を装備している途中なのだが、真詩義が戦闘型ですらないベルスティ型を着用しようとしているなんて思ってもいない。
「本当にいいのか? マシギ」
もう何度目になるかわからない確認をするヘンネ。しかし、真詩義の決定は覆らない。
「大丈夫です。自分より強いものと戦うのは日常茶飯事でしたし、それに」
真詩義は脚部以外を取り付けてもらい、ゆっくりと立ち上がる。
「弱者が不利な状況下で強者を倒す………最高に楽しいことだとは思いませんか?」
「お前……」
地下闘技場での経験から、真詩義にとって戦いは『観客を盛り上げるための競技』であると同時に、『強者殺しの快感』を得るものとなっていた。
故に真詩義は、自分から不利な条件を選ぶ。その背中を見て、ヘンネは仕方なさそうに微笑んだ。
「一応最後の確認をしておくぞ。ベルスティ型の稼働時間は約五分。だが、それは『ヴァリアントの出力を使った合計時間』だ。まぁ私もよく原理は理解してないが、出力解放の条件は自分で探れ。これも訓練だからな」
「わかりました」
深紅の鎧に身を包んだ真詩義は、振り返ることなく返事をし、試合相手のツイレンのいる方へ歩き出した。
「歩くのは……問題ない、か」
鎧に覆われるという慣れない感覚ではあるが、動きに支障はない。もし今も出力が使われていたらどうしようか。そんなことを考えながら、頭部パーツの目にあたる部分、グラスバイザーの視野の確認をする。多少狭くはなっているが、これも真詩義にとっては大した問題ではない。
そして、真詩義に対抗するように、ツイレンも立ち上がって真詩義の方へ歩き出す。ツイレンは青を基調としたジルベルト型を装備している。
ジルベルト型は使用者への体の負担を増大することで、ベルスティ型の弱点であった連続稼働限界を引き延ばすことに成功。しかし、その負担が大きすぎるため、一定以上に鍛え、そういった苦痛や痛みに堪えられる者しか扱うことができない。ツイレンがヴァリアント部隊の新米として認められた上でジルベルト型を使用するということは、それなりの修練を積んできたということ。
相手にとって不足なし。真詩義は相手に見えないながらも不敵な笑みを浮かべる。
「ジルベルト型なのか? それ」
「いえ、ベルスティ型だそうです」
「何故ベルスティ型を装備してるんだ? 新品のヴァリアントを使うとか言ってただろ?」
「これがその新品だそうです。相手が間違えたらしくて」
「……そう、か」
どうして他のヴァリアントを貸してもらわなかったのか。どうして事情を説明するなりして別の日にするという提案をしないのか。やはり真詩義の考えはツイレンには理解できない。
「それじゃ、準備はいいかしら?」
そうして、二人の間に審判のラヴィニアがやってきた。ツイレンと真詩義が頷くと、周囲のギャラリーの視線が一斉に二人に向いた。
「それでは、ツイレン・レグナート対マシギ・スメラギ……始め!」
「はぁぁああ!!」
先に動いたのはツイレン。ヴァリアントの出力によって地雷が爆発したかのような威力で地面を蹴り、一瞬で距離を詰めて右の拳を突き出す。
真詩義はそれを左手でいなすと、ツイレンの腹部に膝蹴りをかまし、一メートルほど浮いたツイレンを回し蹴りで吹っ飛ばした。その距離、およそ十メートル。周囲のギャラリーからはどよめきが起こった。
「案外、やれるもんだね」
今度はこちらからと言わんばかりに、真詩義が地面を蹴る。爆発が起こったかのような衝撃と共に砂埃が巻き起こり、目で追えるギリギリの速さで倒れているツイレンに接近。その速さに誰もが驚愕の表情を浮かべた。
「こんのっ」
ツイレンが立ち上がろうとする。しかし、真詩義の姿を認識する間すら与えられず、顔面に強烈な蹴りを食らった。
「がっ!?」
ツイレンには何が起こったのかすら分からない。ただ、自分がまた後方に吹っ飛ばされていることだけは理解した。
手足が地面に着くタイミングで地面を抉りながら、なんとかそれ以上の後退を防いだツイレン。しかし、既に頭部パーツの一部が破損し、顔が少しばかり見えている。
自分はまだやれる。そう思って足に力を込めた時だった。
「勝負あり! 勝者、マシギ・スメラギ!」
ラヴィニアの無慈悲な試合終了宣言がなされる。ツイレンは思わずラヴィニアに抗議しようと思ったのだが、如何せん足が動かない。何故動かないのか。自問自答するも、その答えは分からない。
一方で真詩義は、もう終わったのかと言いたげな態度で頭部パーツを外し、ツイレンに向かって一礼、ラヴィニアに対しても一礼をする。
「ま、待ってください! お、俺はまだ戦えます!」
試合の判定に抗議することは女々しいと思っているツイレンであるが、この時ばかりは納得がいかなかった。何よりも、素性も分からない素人の子供に負けることに憤りを感じていた。
ツイレンの抗議の声に、ラヴィニアは鬱陶しそうにため息を吐きながら歩み寄ってきた。
「あのねぇ、頭部パーツが破損した状態で試合やるつもり?」
「へ? あっ………す、すみません………」
こういったヴァリアント同士での試合は、パーツが破損した瞬間に終了する。要するに安全のためである。それを知らない訳はないため、ツイレンもそれ以上の抗議はしなかった。
「貴方の負けよ。ツイレン」
「………」
「どうやら、とんでもないルーキーが入ってきたようね……」
たった三回の蹴りで、厳しい試験をくぐり抜けてきた者を敗北させた。周囲の者達は昨日聞いた、『少年が敵国のヴァリアント兵を倒した』という報告が虚偽のものではないと強く確信するのであった。
「あ、ヘンネさーん! 右足のパーツが曲がって取れませーん!」
「はぁ!?」
真詩義の装着していたヴァリアントの右脚部は、蹴りの衝撃に耐え切れずヒビが入って変形してしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます