第7話 新入り

「すでにミリアムの方から紹介があっただろうが、マシギ・スメラギが今日から正式にこのヴァリアント部隊に加わる事になった」

 翌日、ヘンネの方からマシギの入隊が正式に発表された。今でこそ歓迎しているような雰囲気ではあるが、それはヘンネやヴェリエルがマシギを連れてきたからである。ミリアムは隊員たちのその態度が気に食わなかったようで、一人だけ拗ねたような顔をしていた。

 ヘンネは手を上げる事で盛大な拍手を制する。

「まぁ、確かにヴァリアント部隊の所属にはなるが、マシギの初任務は国境遊撃大隊の一員として、百日ほどラクドル共和国との国境に行ってもらう」

 その発表に、誰もが驚きを隠せなかった。

 国境遊撃大隊は、その数こそ多いが、精鋭と言える人間はほとんどいない。その割には国境付近での活動を行なっており、各国の小競り合いが起こっているこの情勢では、命を落とす可能性は高い。実際、ひっきりなしに隊員が補充されているにも関わらず、部隊の人数は例年の記録を見ても増えていない。

 それ故に『捨て駒部隊』と呼ばれている。

「十日後、国境遊撃大隊の補給部隊が戻って来る。それに合わせて最低限の教育をする。その役目はヴェリエルに頼む」

「了解した」

 真詩義に関する報告がなされる中、当事者であるはずの真詩義が一番状況を把握できておらず、引き攣った笑みを浮かべながらヴァリアント部隊の面々を眺める。

 男もいるのだが、女が七割ほどを占めている。軍であるはずなのに、どうして男の方が多くないのか。それは真詩義の偏見ではあるが、軍人というのは通常男がなるものである。それが、半分どころか七割ともなれば、本当に戦闘の為の部隊なのかが疑問に思うのは当然だろう。

「報告は以上だ。何か質問はあるか?」

 ヘンネがそう言うと、一人の女が手を挙げた。薄い紫の髪が肩口で切られており、身長は真詩義よりも十センチほど高い。

 ヴェリエルが頷いで合図をすると、女は真詩義を一瞥してから発言した。

「その子が入隊するって話だけど、こんな子供に任せて大丈夫なのかしら?」

 それは、この場にいるほぼ全員の考えをまとめた質問であった。ヴェリエルは僅かに眉を吊り上げたが、ヘンネが肩を叩いて落ち着かせる。

「確かにそう言いたくなる気持ちはわかるが、マシギの力は凄まじいモンだぞ? 敵国のギリアム型をほぼ一撃で仕留める技を持ってるんだ」

「それは昨日ミリアムから聞いたわ。でも、実際に見てみないとなんとも言えないわね」

「なら、誰かマシギと戦ってみてくれ」

「え?」

 いきなりの提案に驚きの声を挙げたのは、他ならぬ真詩義である。しかしその声は無視され、女が一人の青年を前に突き出した。

「そんなことなら、新人同士で仲良くやるのがいいんじゃないかしら?」

「あのー、ラヴィニアさん……俺、何も言ってないんですけど……」

 青年は体つきは良いのだが、締まりのなさそうな顔をしている。だが、女、ラヴィニアの方が立場が上であるため、拒否することはしない。

 一方でヘンネは首を横に振り、ラヴィニアを指差した。

「ツイレンの奴じゃ役者不足だ。ラヴィニアが相手してやれ」

「あら、随分高く買ってるのね」

 隊長直々の指名なら仕方ない。ラヴィニアは小さくため息を吐くと、大きく伸びをして骨を鳴らす。やる気を出そうかというところで、青年、ツイレンがラヴィニアと真詩義の間に入ってきた。それを見て、ヘンネはツイレンを殺気を含んだ目で睨んだ。

「お前はお呼びじゃねぇ」

「やる前から役者不足なんて言って欲しくありません! 俺だって、ちゃんと試験を突破したんです! 全くヴァリアントでの戦闘の経験がない素人に負ける気はありません!」

 先ほどの表情とは一変、気合の入った目つきをしている。それほどまでに役者不足という言葉が心に突き刺さったのだろう。軍では本来、上官の決定に口を出したり意見をすることは認められていない。しかし、それがよくわかった上での反抗。罰則を科されても文句は言えない行動ではあるが、ヘンネは口角を吊り上げた。

「そうか。そこまで言うならお前がマシギと戦え。悪いが、ラヴィニアは審判をしてくれ。戦闘形式はどうする?」

「それなら、その新入りにとって一番得意な形式で構いません」

「だそうだが、どうする? マシギ」

 そう言われても、真詩義は戦闘形式なんて知らないし、ヴァリアントについても、昨日ミリアムに聞いたこと以外はわからない。だが、戦闘するだけなら、真詩義が最も得意とするものがある。

「お互い得物は無し、決められた範囲内のみでの戦闘……っていうのは大丈夫ですか?」

 少し前まで自身が活躍していた場所。決して大きくないリングの中で、どちらかが気絶するか絶命するまで試合をしていた。その中を生き延びてきた真詩義には、最も親しみのあるやり方である。

 そんなもので良いのかと言わんばかりに、ツイレンは真詩義を見て、思わず聞き返す。

「本当にそれでいいのか?」

「え……いいも何も、そのやり方を一番やってきましたから……」

 ヘンネ、ヴェリエル、ミリアムの三名を除いた全員が、マシギが全く別の世界から来たことを知らない。知っている三名も、真詩義が地下闘技場で命をすり減らすような戦いを繰り返していたことまでは知らない。

「お、俺の一番得意な形式だぞ? 本当に良いのか?」

 自分から言いだしたにも関わらず、ツイレンは真詩義の提案に戸惑っていた。どうして自分がこんなことを聞かなくてはならないのかと思いつつも、『素人相手に自分の有利な形式の試合をして良いのか』という意識がツイレンの中にはあった。

「俺の得意な形式で良いんですよね? さっき言ったのがそうですけど……」 

 だが、真詩義の主張は変わらなかった。本当に良いのかという思いを抱えてはいるが、元々は自分が言ったことだからと腹を括るツイレン。

「わかった。……あの、グリーンベル隊長。そいつの使うヴァリアントはどうするんですか?」

「以前新品のが一つ届いてな。それを使わせる」

「新品を、ですか……」

 ツイレンは不服そうに呟き、拳を握り締める。ヘンネはそれに気がついていたが、あえて何も言わなかった。

「そんじゃ、早速試合の準備すんぞ、マシギ」

「あ、はい」

 ヘンネは真詩義を引き連れると、そのままヴァリアントの保管庫に向かった。




 残された者たちは思い思いに散っていき、試合場所になるであろうところに向かっていく。

「どうして……どうしてあんな奴が!」

 ラヴィニア以外がツイレンの近くから離れていった後、一人怒りを露にした。

 リーゼライド王国において、現在軍人は重宝されている。その中でもヴァリアント部隊は精鋭部隊と認識されている。危険な前線に派遣されることも多く、その分給与などや国内での待遇も良い。その為に人気もあるのだが、選考内容はかなり厳しい。

 まず、筆記試験。特筆することはないが、難易度はそれなりにある。問題はその次にある戦闘技術試験。内容は至極単純で、現役ヴァリアント部隊の人間との戦闘である。お互いにヴァリアントを装着することになっており、受験者はジルベルト型、現役ヴァリアント兵はベルスティ型を使用する。ジルベルト型は体への負荷が大きく、ベルスティ型は五分程しか出力を使って動かすことができない。つまり、試験時間はだいたい五分であり、大概の場合、五分以内に決着がつく。

 ツイレンはそれを乗り越えた数少ない新米兵。自分が苦労に苦労を重ねた結果が報われたのだ。

 しかし、たった今やって来た真詩義は、試験など関係なく入隊が認められた。ツイレンにはそれが納得いかなかった。


「それで、何か策はあるのかしら?」

 真詩義への怒りで思考が埋め尽くされていたツイレンに、ラヴィニアが声をかけた。

「決まってます! 真正面から叩き潰すんですよ!」

「そう、頑張ってね。でも、あの隊長が何の考えも無しに特別入隊を許すとは思えないわ」

 ラヴィニアは軽くツイレンの肩を叩き、その場を後にする。その背中は、ツイレンには大きく見えた。

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