第6話 夢の導き

 真詩義がヴァリアント部隊に入隊する意思を見せた頃、ヴェリエルは書庫にいるヘンネと合流した。

「それで? 私だけを呼び出して何の話だ?」

 ヴェリエルの目つきは、到底人前でするようなものではなかった。だが、ヘンネは特に気にすることなく一冊の本を見せた。

「そん中の第三章三部に、私の言いたいことが書いてある」

「………」

 ヘンネらしからぬ突き放すような物言いに、ヴェリエルは恐る恐る目的のベージを開く。そこに記されていたのは、『彼の者、夢より出で来て厄災と為す。彼の者夢より連れられ混沌と為す』という記述であった。

「これは……まさか」

「ああ。夢の導きって呼んでるあれだ」

 ヘンネはやはり右腕に痛みがあるようで、義手の接続部を左手で撫でる。

「あの痴れ者と同じく夢から来た……となると、諸手を挙げて歓迎はしかねる」

「そうなんだが……こっちの第二章五節を見てくれ」

 次に渡された本を見ると、『夢は対峙 強者の爪牙 彼の者の喉を切り裂かん』とある。

「もしあのクソ野郎とマシギが同じ夢の導きでここに来たんなら、恐らく対峙することになるかもしれねぇ。そしてもし、ここにある強者がマシギを指してるんだったら……」

「………」

 夢の導きがそんなに頻繁に起こる現象ではない。寧ろ本来起きない出来事と言えるくらいに頻度は低い。広げているこの本も、嘗て夢の導きでリーゼライド王国にやって来た者についての伝記である。


 そして、五年前にも夢からやってきたという男がいた。その男は気立てが良く、聡明であったことで有名であったのだが、ある時にヘンネを襲撃し、その右腕を切り落とした。その後は姿を暗まし、五年経過した今でも足取りが掴めていない。


「あの男、ルビッカ・フェレルにマシギをけしかける……そう、言いたいのか?」

 ヴェリエルは震えた声でヘンネに問いかける。

 現在、リーゼライド王国は周辺諸国との戦争の準備をしている。そんな状況下でルビッカの捜索及び討伐などしている暇はない。加えて、まだ何も知らない真詩義にそんなことをさせるのかという不安があったからだ。

 しかし、ヘンネは鼻で笑うと、盛大なため息を吐いた。

「誰がそんなことさせるって言ったんだよ。私もそんなことさせる程バカじゃないさ」

「……そうか」

 ヘンネもヴェリエルも分かっている。今のままで夢の導きについて調べていると、目先の戦争にも影響が出る。それに、ルビッカの件は国内でも禁忌とされている。捜索に協力してくれる者などいないだろう。

 しばしの無言の後、氣分を変えるようにヴェリエルが咳払いをした。

「それで、私に伝えたかった話はこれだけか?」

「そうだ。まぁ、クソ野郎のことを思い出す羽目になったが、今から迎え入れる奴のことを知っておかねぇと。信頼したところでいきなり裏切られることも視野に入れることができた」

 もちろんヘンネもヴェリエルも、本気で真詩義が裏切るとは思っていない。だが、過去に同じ境遇の人間が裏切ったのだ。それを無視することはできない。

「部隊にはなんて言っておく? 期待の新人としての紹介したいのだが」

「やめとけやめとけ。どうせ紹介しても、鼻で笑われる。一応ミリアムと一緒に挨拶するように言っておいたが、あいつも嫌われてるからなぁ……」

「何はともあれ、元帥に報告する必要がある。……どうなるかは予想できるが」

「ああ……頭の固いクソ爺共は反対するだろうよ」

 真詩義の入隊が拒否されれば、強力な戦士を手放すことになりかねない。反対された時の代案を頭の中で思考しながら、ヘンネはヴェリエルを連れて、元帥の元へと急いだ。



 リーゼライド王国は、決して軍事国家ではない。確かに軍隊は存在し、その中でも精鋭の集まるヴァリアント部隊だけでなく、街を巡回する衛兵や国境付近で敵国の監視をする各地の駐屯兵など、軍人という括りで見ればかなりの数の人間がいる。

 その中でも軍全体の統括、代表である元帥は、嘗ては歴戦の兵士として前線で戦っていた者が多い。その為、腕っ節の強い者やより戦果を挙げた者に特別褒賞を与えたり、昇級の誘いをしたりする。

 そんな実力主義の集まりではあるのだが、頭の固いところがある。

 ヘンネが部屋を訪れると、中には現在一人の元帥しかいない。


「その者の入隊を認める訳にはいかんな」

 真詩義に関することを、現段階で出身地以外の分かることを全て報告したヘンネとヴェリエルであったが、即刻却下された。

「理由をお聞かせ願えますか? バークレイ元帥」

 ヘンネが睨むようにヤックル・バークレイを見る。

「素性に不明確な部分が多すぎる。戦の準備をしているこの時に、不要な騒ぎを起こすのは感心せん」

 ヤックルはヘンネを睨み返すと、その場に立ち上がった。

「お前の右腕がどんな奴にやられたのか、忘れた訳ではあるまい」

「……確かに、私は素性不明の男に裏切られ、右腕を失いました。ですが、彼はまだ子供。これから部隊で教育すれば」

 ヘンネの言葉が不自然に途切れる。後ろに控えていたヴェリエルは怪訝そうにヘンネを見るが、ヴェリエルも分かっていた。

 始めから真詩義が受け入れられることはない。それは分かりきっていた。だからこそ、ヘンネは代案を考えていたのだ。

「ではバークレイ元帥。彼を国境遊撃大隊の強襲部隊に配属してはいかがでしょうか」

「何?」

「あそこであれば、王国に被害が及ぶ可能性はほぼありません。もし裏切ろうものなら、あそこにはリレン・オレングラスとグランツ・フォーセルが所属しています」

 首都から離れた危険地帯に常駐している部隊に所属させることで、裏切ることによる被害は防ぐことができる。しかし、それでもヤックルは頭を縦に振らない。

「部隊の士気に関わる。それに、軍の規律や国の法律、敵国の情勢なども頭に入っていなければ使い物にならん」

「お言葉ですが、それは必要ないでしょう。何せ、彼には軍人としての矜持だけでなく、一般素養も激しく欠落しています」

 だったら尚更教育が必要だと、誰もが異議を唱えるだろう。しかし、ヘンネの最低限の目的は、真詩義の入隊である。それさえ達成されれば、そこそこの権力を持っているヘンネが各部隊に口添えすることができる。

「しかし、彼は先にも述べたように、凄まじい戦闘能力を有している。それを十二分に発揮するためには、実践が最も適した修行でしょう。教育などをしている暇があるのなら、腕立て伏せの一回でもする方が彼のためになるでしょう」

「ふむ……」

「彼、マシギ・スメラギには、前線で敵を屠る機械となってもらおうかと」

 そう言いながら、ヘンネは心の中で真詩義に謝った。嘘も方便とはいえ、相当に真詩義の評価を下げているのだから。

 その甲斐あってか、ヤックルは考えるような素振りを見せ、小さくため息を吐いた。

「ただでさえヴァリアント部隊は人手が不足している。一刻も早く使い物になるようにしておけ」

「っ! りょ、了解しました」

 真詩義の入隊が暗に認められた。その喜びに思わず声を上げそうになったが、ギリギリのところで抑えると、声の調子を戻して返事をした。




「はぁ~……」

「お疲れだな、ヘンネ」

 部屋から出てすぐに、ヘンネが肩で息をした。普段から粗暴な言動が目立つヘンネだが、立場が上の者には一応礼儀だけは通す。本人は「肩が凝るんだよ」と言って、稀に口調が乱れたりすることもあるが。

「それで、使い物になるようにしろと言われたが、期間はどれくらいだと思う?」

「さあな。ただ、国境遊撃大隊は今ラクドル共和国との国境に待機してる。その補給部隊が王国に到着するのが、予定通りなら十日。恐らくはその補給部隊と一緒に行くんだろうよ」

 仕方がないとはいえ、真詩義の初仕事はとんでもなく危険なものになってしまった。それに対する罪悪感と、十日で何をするべきかを思考する。

 その時のヘンネの表情は、とても見ていられるようなものではなかった。ヴェリエルはヘンネの肩を掴み、歩みを止めさせる。

「何だ?」

「この十日間のことは、私に任せてはもらえないか?」

「考えはあるのか?」

「有る、といえば嘘になるが……実際問題、マシギの戦闘を間近で見ていた私にしか分からないことがあるやもしれん」

 ヴェリエルの目には、確固たる意志があった。それを確認したヘンネは苦笑し、ヴェリエルの手を優しく振り払った。

「そこまで言うんなら、あとは頼む。こっちは受け入れの準備やらマシギに合うヴァリアントを見繕わなきゃいけねぇからな」

「ああ。期待しないで待っていてくれ」

 はいはい、と適当そうに返事をするヘンネにヴェリエルは苦笑を漏らし、二人揃って訓練場へ向かった。

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