第5話 ヴァリアント部隊

 ミリアムに案内されている真詩義は、ヴァリアント部隊の訓練場にやってきた。そこにいる人間は、全員ヴァリアントを一部ないしは全身装着している。

「ここは?」

「私たちヴァリアント部隊の訓練場。今の時間は、それぞれのヴァリアントの点検をしてるわ」

 なんとか調子を取り戻したミリアムは、笑顔で真詩義に説明をしている。時折すれ違った人間がミリアムを睨むのが見受けられたが、本人は気づいてすらいないような振る舞いをしていた。


「みんなー! ちょっと聞いてくれない?」

 ヴァリアントの点検をしている面々の近くまでやってくると、ミリアムはその場にいた人間に呼びかけた。

「んだよ! こっちは点検中なんだぞ!」

「早く済ませてくれ」

 集められたことに不満があるのか、ミリアムに対して悪態をつく者が多い。だがそれでも、ミリアムは何も聞こえていないかのように表情一つ変えない。真詩義は心配になったが、何も知らない自分が割って入れば、もっと面倒なことになる。それだけは分かっていたために、何も言わなかった。

「今日は、新しくヴァリアント部隊に配属される予定の人を紹介しに来たの。名前はマシギ・スメラギ、十六歳よ」

 グイッとミリアムに背中を押されて、自分よりも体の大きい人間に囲まれる形となった真詩義。背中をしっかり伸ばして、気を付けをする。

「紹介されました、マシギ・スメラギです。よろしくお願いします」

 少し緊張していたせいか、固い動作で一礼する。非常に初々しいものであるが、あまり歓迎の色は見られない。

「おい誰だ? あんなガキを入隊させようなんて言ったのは」

「こんなチビがヴァリアント兵になれるわけねぇだろ」

「はぁ……私たちも甘く見られたものね」

 聞こえてくるのは否定的な反応のみ。真詩義は頭を下げたまま動かず、それらの言葉を受け続けた。それに我慢ならなかったのは、他でもないミリアムだった。


「みんな馬鹿じゃないの?」

 冷水をぶっかけるような言葉に、その場が凍りついた。

「確かにマシギは子供かもしれない。体は小さいかもしれない。でも、私が朝連行した敵国のヴァリアント兵は、この子が倒したのよ? それも、汎用型の右脚部しか装備しない状態で」

 ヴェリエルが言っていたことをそのまま話す。もし自分もここで初めて出会ったなら、みんなと同じ反応をしていたかもしれない。だが、ミリアムは真詩義という少年のことを知っている。戦闘型ヴァリアント相手に、生身で攻撃を凌いだこと。生身でも反撃をしたこと。道すがらに本人から聞いたことである。

「それに、今は選り好みをしている場合じゃないことはわかってるでしょ? だったら、マシギを歓迎するべきじゃないかしら?」

 確かにその通りではある。しかし、それでも納得のいかない者はいる。その者達は正論を言われて言い返せないことに腹を立てたのか、真詩義とミリアムを鬱陶しそうに一瞥し、その場から去っていった。

 当の真詩義は、まるで何も感じていないかのように周囲の状況を見ている。それを見たミリアムは、一種の気持ち悪さを感じていた。




 その頃、ヘンネは書庫で文献を漁っていた。本を棚から取り出し、欲している情報がなければまた次の本へ。本のタイトルはどれも伝説や神話の関連のものであるが、ヘンネの探し求めているのは神話や伝説ではない。その中に登場するある言葉だけを探しているのである。

「つい最近見たはずなんだけどな……」

 思い出すのは右腕の痛み。表面ではそうでもないように振舞っていたのだが、ヘンネにとって真詩義の存在は必ずしも喜ばしいものではなかった。

 真詩義に聞いた、リーゼライド王国へ来た経緯。話からするに夢の中からやってきたということではあるが、それはある神話に伝えられている『夢の導き』という話がある。真詩義の話は、それにそっくりだったのだ。

「………」

 右腕の痛みに、思わず手を止めた。持っていた本が手から落ちるが、それに構わず右腕の袖を捲り上げる。すると、決して生まれ持ったものではない、黒い金属で作られた義手が姿を現した。

「五年前、か……」

 ヘンネは一人自虐的に笑うと、再び目的の情報を探し始めた。



「ここが、ヴァリアントの倉庫。それぞれのヴァリアントが保管されてるの」

 真詩義が次に連れてこられたのはヴァリアントの保管庫。ロッカーのような収納機器が並べて設置されており、その中にはヴァリアント部隊として使用されるヴァリアントが収められている。

 ミリアムは自分に割り当てられた場所を空けると、中から赤いヴァリアントの頭部を見せた。

「あ、それって」

「そう、これがヴァリアント。マシギが倒した奴と同じギリアム型よ」

「ぎりあむがた?」

「あー、そっか。知らないんだったね」

 そう言って、ミリアムは勝手に他の人のロッカーを勝手に開き、真詩義にも見れるようにした。


「まぁヴァリアントと言ってもいろいろあるんだけど、ここで扱ってるのは一般的に使われてる汎用型を戦闘用に改造したものね。特にうちで使ってるのは二つ。一つはジルベルト型、もう一つは私も使ってるギリアム型よ」

 ジルベルト型と言われた方は、全体的に細い作りになっており、所々に隙間がある。対してギリアム型はまさに鎧と言った感じに装甲が厚く、隙間がほとんどない。

「俺がつけたのはどっちなんですか?」

「いや、マシギがつけてたのはジルベルト型の基本となってる、汎用型のベルスティ型。あれは性能的には問題ないんだけど、使用できる時間に難ありってものでね。その問題を解決したのがジルベルト型なのよ。まぁ、体への負担が激増したから、解決したって言い方は少し違うかもしれないけどね」

「じゃあギリアム型は?」

「ギリアム型は、汎用型の中で最も優れた性能を持ってるグラナー型を基本として強化改良されたものよ。ジルベルト型と違って体への負担はあまりないんだけど、構造上、どうしても関節部分が弱くなるのが欠点ね」

 スラスラとヴァリアントの説明をしていくミリアム。その姿はどこか子供じみたものがあり、ヴァリアントに対する愛情が伝わってくる。

「まぁ、ついでに言っておくと、汎用型も戦闘型も大きく三種類ずつあるの。汎用型はコルスタ型、ベルスティ型、グラナー型。戦闘型はリオーズ型、ジルベルト型、ギリアム型。どれも開発者の名前から付けられているの。ギリアム型の開発者、ギリアム・クレステンダー・アヴェロウ以外はもう亡くなっちゃったけどね」

「随分ヴァリアントが好きなんですね」

「それはもちろん!」

 真詩義の言葉に、ミリアムは身を乗り出して反応した。あと数センチでも動けば唇が触れそうな距離ではあるが 、ミリアムはお構い無しに話し始めた。

「ヴァリアントの中でも戦闘型は、国防の要。それは外敵から国を守り、民を守る存在でもあるの! まさに騎士とも言うべき存在であるヴァリアント部隊は、国の正義の為に戦い続けるの!」

 興奮した様子で、一方的にまくし立てるミリアム。真詩義はその迫力に押し負けて、今にも背中から倒れそうになっている。

「私はヴァリアント部隊の中でも数少ないギリアム型の使用者。故にそれだけの責任がある! ヴァリアントはその上でのパートナーであり、唯一無二の戦友よ!」

「そ、そうですか……」

 真詩義はミリアムのテンションに圧倒されながらも、今朝の出来事を振り返る。

 自分が倒した相手は、ヴァリアントの中でも最も戦闘に適したギリアム型。それも、戦闘用でない一部の装備だけで。

 そうと分かった途端、真詩義の中で形容しがたい高揚感が湧き上がった。かつて自分が地下闘技場で、強豪を倒したあの時と同じ。

 体が熱くなり、心臓の鼓動が早くなる。

「ミリアムさん」

「何?」

「ヴァリアント部隊に、加わりたいです」

 真詩義が嬉々とした表情を浮かべているのが目に入り、ミリアムは驚いた。そんなミリアムの心情など知るはずもない真詩義は、自分の渇望する感覚を素直に口に出した。

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