英雄の凱旋
公式には二度目とされる狂信者イェレミアスの帝都入りは、さながら凱旋であった。
甲冑を身に纏い騎乗した50名の騎士たちと、後ろに続く長槍歩兵の隊列。
騎士の甲冑から歩兵の胸当てに至るまで綺麗に磨き上げられているが、間近によく見れば無数の戦いの傷跡が残されていることが分かる。
まさしく歴戦の勇士たち。
忌々しいことに雲一つなく晴れ渡った空から降り注ぐ陽光を浴び、イェレミアスとそれに付き従う者たちは煌びやかに輝いていた。
さらにその背後に異様な光景。
小型の樽を満載した荷馬車を2台引き連れているのだが、帝都に来るまでにイェレミアスが逗留した町からの早馬によると、これは討ち取ったストローレ魔族軍の首を塩漬けにしたものらしい。
その数200。
非道極まることに、この度の帝都招請のきっかけとなったアスビョルン将軍の首もこの中に含まれているという。
首から下の肉体は国境付近の丘に磔にされて晒し物にされたそうだ。
……今頃ストローレの者たちは死者を辱めるイェレミアスたちの振る舞いに怒り狂っているに違いない。
そして最後尾に配置されたのが派遣されていた帝国騎士団である。
彼らはイェレミアスやレーダー子爵の配下ではないため、配置が分かれるのは当然のことではあるのだが、端から眺めて英雄とそれに付き従う者たちという構図となっているのは否めなかった。
何より問題なのは騎馬で隊列を組んで進む帝国騎士たちの中に、イェレミアスの下に置かれることをよしとする表情を浮かべる者が少なからず見受けられることだ。
予測されていたことではあるが、派遣した帝国騎士団の一定数はイェレミアスに取り込まれたのは疑いようがない。
むろん彼らをこのまま野放しにするわけには行かない。気の毒な話だが首輪をつけた上で隔離することになるだろう。
物見高い帝都市民はおおむね歓呼をもってイェレミアスたちを迎えている。
まさしく絵に描いたような英雄の凱旋。
ここまでは教会の狙い通りといったところか。
「『魔族との聖戦に臨む者』か。そんなものに資源を浪費して教会に何の得がある?」
フードを目深に被ったわたしは、人ごみに紛れてイェレミアスの帝都入りを見物していた。
傍らには風采の上がらない灰髪のゴットハルトがいる。
「はてさて、宗教家に理屈が通じないのは今に始まったことではありませんので」
肩を竦めるゴットハルトを横目で睨むと、彼は無精髭の生えた頬を掻いてから真面目に答え始めた。
「教会の権力は年々低下しています。これは歴代の皇帝の努力の賜物と言ってもいいでしょう。かつて皇帝すら教皇の臣下のように扱われた時代があったことを思えばね」
「当然教会としては面白くなかろうな。末端はいざ知らず、上層部が望むのは結局富と権力だ」
わたしの意見に前世の記憶から来る偏見が混ざっていることは認めるが、それを差し引いてもこの世界の教会というのは時に国家をも凌ぐ強大な権力組織として存在している。
「上層部の全員がそうだとは言いませんが、今代の教皇はかなりの野心家のようで。歴代でもっとも影響力の低い教皇との評に甘んじるつもりはないようですな」
「教会の復権か。そんなことのために聖戦でどれほど血を流すつもりなのか」
「本格的に魔族国家に攻め入るかどうかは五分五分といったところでしょう。しかし、任命が実現すれば800年ぶりの勇者誕生です。先代勇者は伝説的人物として民草の間では大変な人気があり、イェレミアスはその再来と持てはやされるわけです」
「教会への支持を集めるには格好の材料というわけだ」
「その意味ではエレオノーラ殿を聖女が勧誘したというのも同じですな。黒曜姫はともすれば勇者以上に民には人気がありますから」
ゴットハルトの言葉にわたしはお行儀悪く鼻を鳴らした。
「今すぐ素っ裸で隊列の目の前に飛び出して行って気狂いの真似でもすれば、その人気とやらも失墜させられるか?」
わたしの発言に凄腕の諜報員だというゴットハルトは心底ぎょっとした表情を浮かべた後、すぐに神経質な笑い声を立てた。
「正直に打ち明けますと、殿下からもヴォルフ殿からもあなたは相当に『風変わりな』お方だと伺っていたのですが、いやはや」
「実際はどうだ?」
「なかなかに狂っておられますな」
小男の忌憚のない評価にわたしは大きく頷いてみせた。
「正しい評価だ」
わたしがにやりと笑うと、ゴットハルトも悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「俄然あなたのことが気に入りましたよ、黒曜姫殿」
この男と組めと言われた時にはどうなるものかと思ったが、上手くやっていくことができそうだった。
この世界の人間にしてはかなり捻くれたユーモアの持ち主のようだ。
それを確認したところで、わたしはゴットハルトとは反対隣にいる男をじろりと見た。
「で、お前は何故わたしの手首を掴んでいるんだ、ベルント」
「いやぁ、本当に飛び出して行っちゃまずいと思って」
近衛騎士団では各上級騎士の下に3、4名の部下が付けられる。
ベルントはその一人だ。
くすんだ金髪を短く切り揃えたなかなかに甘いマスクの持ち主である。
190cmほどの細身の体型で、わたしには劣るが剣の腕は折り紙付き。
少し垂れ気味の目を細めて流し目を送られたら堕ちない女はいないんだとか。
わたしからすれば前世のハリウッドスターで似たようなのがいたなとしか思わんし、むしろその流し目テクを教えて欲しいくらいだ。
以前カロリーネにやってみせたら『眠たいの?』とあやされてしまったんだが。
「お前はわたしを何だと思っているんだ」
「突拍子もないことを仕出かすことにかけてはお前の右に出る者はいないと思ってるよ」
歯に衣着せぬベルントの言葉にわたしは鼻白んだが、反論はできなかった。
「まあいい。二人はこのままイェレミアスたちの動向を追え。わたしは教会へ行く」
「教会?」
ベルントが疑問の声を上げる。
「大聖堂だ。今日はそこで聖女フロレンツィアのありがたい説法があるらしいんでな」
イェレミアスの派手な帝都入りと合わせて教会でも『敬虔な信徒であるならば聖戦を支持せよ』とでも説くつもりなのだろうか。
どうせ眠たくなるような内容に違いないので委細は構わんが、わたしの目的はフロレンツィアと接触することである。
「行くのはいいけど説法中にイビキを掻くなよ」
「馬鹿者。わたしのような美少女がそんなことするものか」
「いや、この前も詰め所で仮眠してる時イビキ掻いてたよ」
「……さて、わたしはもう行く」
肉体的に若いとはいっても騎士稼業は激務だからな。
疲れてイビキを掻くこともあるだろう。
それのどこが悪い。
「相手がイェレミアスではないとはいえ警戒を怠らぬように」
ゴットハルトの忠告に小さく頷く。
「ベルント、いい加減手を離せ」
「はいはい、美少女様」
「やかましい」
掴んでいた手首をようやく解放してくれたベルントと軽く拳を打ち合わせてから、わたしはイェレミアスたちに歓声を上げる人ごみをすり抜けて一人大聖堂を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます