第6話 communication(逓信)

物語は時として予想外で急激な変化を好むらしい。


「諜報局B無線司令より各位。本日03時36分頃 副都心市内で重要監視対象九八◯号が、電脳ネットワーク内にてアンコントロール状態であると連絡があった。氏名:紫桜凪咲 対象の兄である諜報局員が対応するが不測の事態に備えて局員各位は情報統制ならびに官公庁への管理指揮体制を構築せよ 本件事案番号:980F」


ー1時間前

寝落ちしていた私は電脳に接続したままだったようだ。ネットニュースが時折切り替わる中で目が覚めた私は凛に起こされたのだ。

「早く寝よう? もう遅いよ」

うん。そんな声にもなっていない返事をして私はベットへと向かう。


だが、繋がれたままの電脳に気がついて外そうとした時 速報が流れた。


それは烏森凛へ送られた動画や画像が芸能記者を通じて公表されたというものだった。


そう。これは恐れていた最悪の事態だった。


当事者だけで解決すべき事柄だったはずなのに、いたずらに一般人を煽り無責任な攻撃が始まってしまうきっかけができてしまったのだ。


「あぁぁ...」


どうしたの?そんな表情で覗き込む彼女がいつもどおりの笑顔でいた。こんな日常を壊そうだなんて最悪でしかない。


でもまだ間に合うかもしれない。


速報が出て数十秒。間に合う...間に合わせる


みたとしても数人ならば都市伝説のようなものにしかならないはずだ。証拠となるようなアーカイブも全部...全部!消せばいい。

フェイクニュースに仕立てればいい。

「凪咲?鼻血出てるよ それに顔も紅くなってる」

何だっていい。感覚的にネットワークを走り回り私はデータがある部屋や空間を片っ端から破壊する。ノイズに切り欠けデータ そして書き換え。

すべてを意味が分からない文字列にして、動画や画像は形式を認識させずに書き換えて... そうだ。ニュースサイトをダウンさせる。バックアップは消して→記者のコンピュータは初期化と書換え。


...done

...done

...done







暖かさと寒さ。対にあるその言葉を共に実感できていた。遠のく意識とは別に覚醒する何か。そこで初めて自分が通常でないと気づいた。

「凛 もう終わったぞ」


そんな空間で兄の声が聞こえた。

徐々に聞こえ始めた喧騒は、病院であることを示していた。


「まったく。妹の暴走か...」


暴走?キョトンとしていると凛が目を赤くして抱きついてきた。

「死んだかと思ったよ。鼻血や吐血で血だらけになったんだよ」


その問いに私は答える前に兄を見た。何かを察したかのように兄はこう言う。

「君が烏森を助けたんだろうな。安心していい。君が守りたかった情報は破壊という形で守られたよ。それに、警察も気づいていない。ただの事故だと処理される。そう仕向けたというのもあるがな」


肩にポンと手をおいて立ち去る兄。そして凛は安心したようにこう言った。

「実は凪咲のお兄さんから聞いたの。あなたが私を助けてくれたって。手段とか聞いたけど理解できなかったけどね だから...」


少し言うのを躊躇するように口を噤んだ後に囁くように彼女は言った。



ありがとう



不思議と彼女の表情は硬いままで、声にならないような薄れた声で続く。


もう終わらせるから。



そして彼女は復帰後に電撃で卒業を表明した。人気メンバー複数人を連れて...


そしてそれはグループの存続や知名度などを著しく刺激して後に俳優となった彼女はこのことを振り返ってはこう言うことになる。


あの日。私は何かが吹っ切れたと思う。友人である彼女との出会いはコンピュータにマウスという概念が誕生した時のように必然的な偶然であり、つまり奇跡だった。

アイドルに未練というか、やり残した事はたくさんあったけれども後悔は無いと思う。



「諜報局より各位。980F事案は解消した。加えて、本日より重要監視対象九八〇号は登録を抹消し 新たに諜報局員として採用した。詳細は局内掲示板を参照されたい 以上」

無線が途切れ音に合わせて、凪咲の兄は公園のベンチを後にした。休憩がてら深夜の公園でタバコを吸っていたのだ。


高校3年になる凪咲は、進路が決まっている。故に最後の日常であり青春を過ごすのだから何事も無ければ...と願う兄に反して世界はあるターニングポイントへと差し掛かるのだった。

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