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第4話 Slight(わずかに)

秘密都市と呼ばれた私の故郷。


そんな場所とは正反対のここは、東京市中央にある学研都市だ。そして、兄に連れられて来たのは全寮制の商業高校で、情報処理・簿記に関しては国内トップクラスの学校だった。一方で、アイドルや芸能人も多く在籍し安全性の担保された寮で学生生活を過ごす芸能科もあり、大学といってもわからないほどの場所だった。

今日から私はここで過ごす。卒業して、兄のいる諜報局への採用が強制されている中で最後の日常を過ごすらしい。



2A 9800ー03

紫桜凪咲 SakuraNagi


着替えた濃紺色の制服は伝統らしさを感じながらも高校生らしい軽やかさと重厚的で伝統校らしいシンプルなブレザーだった。ジャンパースカートタイプもあるらしく、入寮時に手渡された制服は2着もあった。胸元には濃い紫色のネームプレートがつけられ、彫刻機械文字独特の白色で丸みのあるフォントで私のクラスや名前、ニックネームが書かれていた。


寮の前。

「やぁ クラス一緒だから行こうか」

副部長...いや、東雲君はまるで元からこの学校の生徒であるかのように慣れた様子でいた。途中、職員室までの道を何度か間違えたが遅刻することなくたどり着けた。

「私は担任の藏前くらまえです。そろそろHRなので行きましょう」

女性で言葉数少なめの担任は名簿片手に立ちあがる。


教室へと向かう途中、藏前は振り向くことなく話し始める。

「そういえば二人とも情報処理が得意なんだそうですね」

ーえぇ 電脳があるので感覚的にできます

ふと、足が止まる。つられて立ち止まると藏前は凍てつくような表情で嘆いた。

「なんて可愛そうな実験動物なのかしら... 紫桜さんでしたっけ? その事はここでは伏せたほうがよろしいですよ」

あとで知ったことなのだが、閉鎖都市内で実験された人間は平和ボケしたこちらの世界では危険人物的な扱いだった。得体のしれない存在と言っても過言ではないそうだ。ドーピングしたスポーツ選手に対する視線や扱いと同じようなものだとも言っていた。


ーわかりました。秘密にしておきます。


返答にふぅんと興味無さそうに返す藏前に東雲を見ると苛立っていた。



教室の扉を開けるとクラスの前半分は隙間なく埋まっていて、後列2列は誰もいなかった。

教室に入る前、藏前は窓からクラスメイトを見ながら言った。

「空席には今不在の芸能課の人が来ます。この学校では芸能人に傷つけたり・情報漏洩したりする事を含めて不用意な接触は禁止です。また、このクラスを含めて全生徒は年に4回あるテストを受け、合格するか 該当の国家資格を取得する事で評価されます。 芸能課・商業課(閉鎖都市管理生徒対象)の皆さんに適用されます。他の課では通常の授業も含まれた「一般的な制度」を適用されるのですが、あなた達は特殊な状態であるのでテストの結果だけで評価され優遇されます」


「さぁ 入って下さい」

藏前と共に教室へと入るとざわついていた空気がとした。

「この二人が転入生の紫桜さん・東雲さんです。よろしくおねがいします」

紹介の後でまばらな拍手が聞こえ、再び元に戻る。


指さされた席に着くと簡単なHRの後に直ぐに授業が始まるらしくクラスメイトは早々に教科書やノートを取り出した。


「そうだ、転入生の二人は教科書を各授業の際に教科担任から受け取ってください。ノートはありますね?」

藏前がそう言って教室を出て行った。


初めての商業科を選んだが、閉鎖都市内でも商業科だったから問題ないと事前に聞いていた。


それでも全国レベルとまで云われるとついていけるか不安ではあった。



※※※

慣れてきた学校に寮。

友人こそ出来なかったがそれ以外は充実していた。


「なぜ、友達が出来ないかって?それはね私が一般人だから。まさか、私以外の女子全員がアイドルや女優だなんて思わないじゃん? そもそも話しかけずらいし、雰囲気も見た目も高校生じゃない。輝きすぎなところに入れるほどの人間じゃないことぐらい自覚してるそれに...」

独り言だ。一方で東雲はというと早速電算部に入ったらしく友人とともに昼食を食べていた。


いいなー


そんな事を思いながら、端末片手に眼下に乱立する大学施設のビルや理系企業のオフィスなどを眺めていると私が生まれ育った世界との違いに驚く。

資本主義と社会主義のように、空の色も空気の匂いも人の目も全てが反対的だった。どちらにもメリットデメリットがあるようにどちらにも特色があり、一概にどちらが良いかだなんてわからない。


ただ、であることは同じ。人間臭さというのも同じようだ。


閉鎖都市の外であっても、ニュースではいじめで自殺した同い年くらいの生徒の事も聞くし 学校でも月に一度はアンケートを書かされる。


ただ、環境が変化した。それだけだった


屋上で一人、サンドウィッチ片手に飲み物を飲んでいると階段を駆け上がる音が聞こえてきた。立入禁止では無いものの人気ひとけのないここに誰かが来るのは初めてだ。


「マネージャさんから電話があって...あれ?」

テレビでもネットでも見たことのある少女はアイドルの烏森凛からすもりりんである。クラスは違うが見たことはあった。


「ごめんなさい。下駄箱に手紙があって...ここに来るように書いてあったの。遅れちゃったんだけどね」

琥珀糖のように透き通った甘い声で彼女は言った。

「そう。それは多分だけど冷やかしかもね。あなた以外誰も来てないし」


嘘...


そんな感情が溢れるように彼女の目には涙が浮かんでいた。純粋すぎて疑うことさえ無かったのだろうかと思うほどに落ち込む彼女に私は特に何も言わずに元のように昼食を続けた。


「ねぇ あなたは何故、ここにいるの?」


不思議そうにする彼女に私は質問をそのまま返した。


「何故だと思う?」


刹那。彼女は開口一番でこう言った。

「芸能人だぁ!」

「違う」

「女優さん?」

「もっと違う」

「実はアイド...」

「一般人よ。ただ、周りには芸能人の女子しかいないから校則で不用意に近づけないし そもそもあの雰囲気では近寄れもしない」


何も返事の無い彼女が気になって振り返ると先程よりも近くで私を見つめていた。


「人形さんみたい。色白で透明感もあるし...それにみんなみたいにうるさくない」

何を言うのかと思いながらもテレビや雑誌で見る彼女よりも間近にいる彼女は別人のようだった。


「それよりもいいの? 芸能課の人間は一般人とは関わりを持たないのでは無いの?」


そう言うと彼女はと微笑んで続けた。

「私は違うわ。アイドルの中でも・学校でも常に一人で入ることが多いから友達が欲しいの。私みたいなかわった性格でも付き合ってくれる人がね」


私は軽く答えながらも考えていた。


過去友達が出来た瞬間を覚えていた試しが無い事を。気づいていたら出来ていた 話していた。だからだろうか。彼女が不器用な方法で私に友達になってほしいと言っている姿が不自然に思えた。


「連絡先交換しよ!」

「いいけど、返信遅いよ」


ぎこちなく操作する彼女は普段とは違った素の烏森だったのだろう。


※※※

テレビでは彼女が出ている過去の音楽番組が流れ、彼女もまた登場している。センターの彼女は周りのメンバーと目を合わせようにも他のメンバーが逸らしたりしていて どこかもどかしいような、気味が悪いような感覚でいた。


それでも輝いている彼女は間違い無く「アイドル」で、自分たちとは違う領域の人間だった。


だけれども最初に感じた気味が悪いような感覚というのは気の所為でもなく割とすぐに証明された。


【速報】人気アイドルグループ 低気圧少女のリーダー「烏森 凛」が休業を発表 体調不良か?


テレビやwebニュースで速報が流れた。原因は体調不良とされているものの様々な憶測や疑惑のもとで理由が考察されていた。

・いじめ

・恋愛トラブル

・ストーカー

・会社との問題

どれも根拠に欠けている点が多く、各々が言いたいようにしていた。SNSでは民度の低さが露呈しまっくていた。


「で、実際のところはどうなの? 凛」

寮の私の部屋。烏森凛は、疲れ切った表情で私と一緒にテレビを見ていた。


「あなたのマネージャが私の部屋に来た時びっくりしたわ。〈凛を預かって下さい〉だなんてペットでもあるまいし」

だが、彼女と一緒に渡された多くの処方薬が私の理解と結びついた。


「そうね。警察にはもう言ってあるけど 凪咲にも教えないと...あのね」


片隅に置かれていた端末を手に取り、動画や画像を私に見せて彼女は続けた。

「グループの誰か... いや、誰かわからないけど私の事を記録している人がいるの。メッセージが来たの。苦手なメンバーがいるのだけど、その娘と言い争いというか、意見の対立になったことがあって その時に彼女を泣かせてしまったの。その時の映像と音声 そして、ファッション誌の祭典Autum collectionでメンバー唯一選ばれた時(発表)の映像が入っているの。他にもわざわざ 不仲そうな画像だとか、私がメンバーに注意している場面とか 全くのプライベートや、憶測や作り話で盛り上がるメンバーやスタッフの映像と音声もあった そして、最後に卒業しなければこれらをリークすると書かれていたの」


いわゆる舞台裏での出来事がそこにはあった。本来なら当事者だけで共有され解決・消費されるはずの記憶が不正に記録されていたのだ。


「最初は我慢して耐えていた。メンバーの中に犯人がいるとも思いたくなかったし。だけど、防犯カメラや隠しカメラ以外にも個人単位の規模で情報が撮られていたの 誰も信じられなかった」


それこそ過労とストレスで倒れるまで。

そう言って彼女は涙を流した。静かに...息を押し殺すように。


「警察は?なんて言ってるの」


「実害があなた宛に送られてきたメールで動画や画像だけだと事件にはならないかもしれません 一般に公開されているとかの実害が無いとー だって」


テレビを消して私は束ねていた髪を解いた。気が滅入っている時は一先ず熱い風呂で無になることだ。

「考えても仕方ないから、お風呂に入ろ それから考えたって悪くないよ それに最悪、私が...」

言いかけてわたしは秘密にしていたわけで無いけれども言う必要が無いことだと思って口を噤んだ。


「でも、凛。あなたは最終的に何を望むの?」

しばらく考える様子の彼女はやっと口を開く。


「私は、烏森凛という姿で多くの人の記憶に残りたい。恋しい風景のように、懐かしい味であるかのように」


「現状はそうでは無いと言うのね。わかったよ」


初めて出来た友人と言える存在。そんな彼女の為に私は決めてた。私が(訂正:にしか)出来ない方法で協力すると。

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