第3話 experiment(実験)

持ち帰ったデータを自分のパソコンにつないで見た。だけれども、文字化けしたり対応した形式のデータでないということですぐに見れなかった。


今時学校にもこのデータを見るのに必要なコンピューターは古すぎてないし... 電気街に行って買うしかないようだ。


時刻は深夜1時過ぎ。私は眠ることのない都市の明かりを眺めて出かける準備をした。


閉鎖都市においては治安というものは極めて高い。全てにおいて管理されておりモニタリングされているからだ。


逆に言えば、常に監視されている。


コンピュータ一を買うにしても当局から目をつけられたら怪しまれてしまう。ましてや、ハッキングして得たデータを見るためとなればバレてしまうことは極力避けたい。


理由が必要だ


そう考えると大勢の人に紛れるのが一番だ。そして、言い訳も考えなくては。


私は思いとどまるようにして、出かける準備を済ませたカバンを玄関に置いて 部屋に戻った。カーテンを閉めて都市の明かりを遮った後、部活の副部長でもある東雲にメッセージを送る。


@00980>君が持っているレトロゲームのデータ貸して欲しいな 掲示板で、レトロゲームが熱い!って見て気になった!!


眠たさみたいな微睡みを感じ始めていると返信があった。添付されたデータと共に一言。


@00932>いい子は早く寝ろ(笑)


私は受け取ったデータを確認しつつ答える。


@00980>はーいzzz


***


閉鎖都市には秋葉原アキバや中国の華強北ホワジャンペイにもどこか通じるような電脳街がある。”波凪”と呼ばれるそこが秋葉原などと大きく異なるのはマニアック過ぎるラインナップがある事と地下の個人商店街を介した闇市の存在である


〈籠の中の鳥が巣立つ時、決まって凪に立ち寄る。この先の道先を教わったのだ〉


こんな事を言う者だっているほどに、ここは都市と外部とを繋ぐ場所なのだ。



:この電車は西循環 内回り:

:まもなく 波凪:

:Soon Naminagi CU-09:


地下を走る新交通システムに揺られて数分。降り立ったホームから人込みに揉まれながらも改札を出るとそこには閉鎖都市内の他の場所と違い独特な雰囲気にあふれていた。

昭和感あるレトロなフォントの看板。街ゆく人は眼鏡率が異常なまでに高い。時折香る機械油のにおいと薬品のにおいが刺激的に私を興奮させる。そして、私と同じように何とも言えない期待・興奮・感動にもにた感情で満たされていた。ここには鬱屈とした、殺伐とした空気など無かった。


だが、それは表層にすぎない。


路地のような細い通路を進んで行くと建物との間に突如として地下階への階段が現れるのだ。


降りた先には地上とは正反対に静寂ですれ違うものは皆、疑心暗鬼に満たされた者ばかりでここだけはいつもどおりの日常があった。


薄汚れて蛍光灯の明かりが青白く照らす地下商店街には見たことが無いような古びた機械、旧規格のパーツや互換品。用途がわからない装置などがぎっしりと店頭に置かれ、まるで縁日の屋台のようでもあった。


ポータブルテレビに繋げられた無数のケーブルが天井を這いまとめられている。都市内の放送でない番組が流れ、店主の男たちはタバコを片手にそれを見ていた。


「.hbdp(Human based data protocol)が読み込めるパソコンが欲しい」

そう伝えると男は低い声で応える。

「バージョンは? データ持ってるなら貸しな 調べよう」


私は持っていたメモリーを渡すと男はどこからかポータブルパソコンを用意して接続する。

「お嬢ちゃん。君がこれを知ってどうするんだ? いや、そんなことはいい。手遅れだな」


不思議そうに私は首をかしげると背後から声をかけられた。女の声だ。


「君はクローンだ。本物じゃない。このデータは君の本物を構成する情報だ」


男はテレビへの視線を変えること無くそう言った。


女は公安の制服を着ておりあとから追いかけてきたもう一人と共に私を連れてゆく。

「何をするの?離して!」

そう言っても反応の無いふたりは私と一緒に車に乗り込んだ。


「これより軍法A#98Fによりあなたを有機的処分とします。これは決定事項です。あなたの代替はすでに完成しています」


やっと開いたその口からは覇気のない声がした。恐怖にも近い感情で私は落ち着いてなんていられなかった。


走り出した車は徐々に速度を上げてゆく。


車が停車したのは両親が働く研究所だった。連れられて行った先は、電気椅子のような厳つい椅子と無数の配線だけがある狭い部屋だった。


埃臭い中で、私は座らされてそれら配線を接続される。


「全く、困ったやつだ」


遠くで聞こえるおばさんの声は聞き覚えのあるものだった。都市の住人なら誰でも知っているはずだ。


「私の今後に邪魔をしようだなんて考えてないわよね?」

「(いえ。そんなつもりはありません。ただ、取り扱いには私どもも困っておりまして)」

両親がそう言い訳する声が聞こえる。

「娘と別居しているというのによく言えたものだな。まぁいい。私の方で処分してやる」

「(ありがとうございます)」

「涙一つ出さないだなんて、親失格だな」

笑い声だけが響く中で、私に接続された配線から情報が流れてくる。シリアル値に加えて様々な確認するための情報をやり取りしているようだ。


「紫桜凪咲。お前はなにか言い残すことはないのか?」

おばさんの声。そして見える姿は軍服を着ており、胸元には閉鎖都市内で最も権威ある責任者である3㐧大佐3等大佐のバッチをつけている。


「私をどうするの?処分って...?」

私の問に女は、薄ら気味悪く微笑んで答える

「君は既に処分されるべきだったのだが、研究者どもがそれを拒んだ。君は極秘の実験での成果として電脳を埋めこまれたが、電脳は機能しなかった。だが、たちの悪いことにネットワークとはアクセスが可能らしく、君に何かしらの異常があれば伝播し大規模なトラブルになるとか云って手を出せずにいた。だが、私はひらめいた!」

壁のスイッチを押込み、無機質なブザーと共にモーターのような音が響き始めた。

「今、電波を遮断した上でなら君をどうしたって影響は無いはずだ。研究者どもめ馬鹿だな...」

私は鳴り響くブザーに怖がりながらも女の方を見ると何も言っていないのに語り始めた。


「私は仮にも平和なこの閉鎖都市に置いて君のような不良品どもを片付けたくて仕方が無かった。だが、今回の様に(仮にも)極秘情報への不正アクセスを行おうとした罪としてなら問題無いと気づいたのだよ。私の昇進を妨害するような障害物は取り除かないとね」


ブザーが鳴り止み機械音声がこの部屋が電波暗室となったことを告げる。


耳鳴りのような感覚が出始めた私は女を睨んだ上で訊く

「 私を消すの?」


問いかけに無言で頷いた。薄ら笑う女は私の電脳と物理的にアクセスする端末にコードを繋ぎ、反対側を無機質な装置に接続する。


装置にはDOS-clearと書かれている。電脳生物の安楽死などで使われるものだが、それよりも見た目がメカメカしく 業務用(対ヒト)と書かれていることが恐怖をより引き出してくる。


「あなたに取って意味がわからないような事でも、私達からすると重要な事ってあるねよね。さようなら 紫桜凪咲」


暖かい感覚が首筋を伝って脳へと流れてくる。鼓動のような感覚は徐々に強まって息苦しさが強くなっている。なのに、どこか冷めてゆく身体には力が入らずに眼の前の女の姿は霧に包まれるように薄らいでゆく。


(終った...)


そう思っては、頬に伝う涙が冷たく凍るようだった。


真っ白な意識で包まれた








「何よ!何とかしなさいよ おい!役立たず 早くしないと上層部にバレてしまうわ」


うるさいという感覚と共に明瞭となってゆく意識。目が覚めた世界は先程よりも変わった空気感は確かな事で、気のせいでも無かった。


訂正


今まで感じたことの無いほどに鋭い嗅覚と端末が脳内にあるかのように意識するだけで多くもの情報へアクセス出来るようになっていた。


女の派手な香水とは別に自分の匂いですらわかってしまうほどに嗅覚が敏感に。また「圏外(Error)」となっていた電脳ネットワークも徐々にアンテナが立ち、ネットワークを歩くような感覚でアクセスできていた。


だが、全てが初めてではない。


母が言っていた私への実験。失敗に終った実験だが、実は副作用として嗅覚異常があった。


徐々にその作用は弱まり、今ではちょっと鼻のいいぐらいだったのが一気に鋭敏で繊細で高性能となったのだった。


そして、初めての電脳の感覚を意識しているとなおも流れ続ける過大なデータが徐々に処理能力を圧迫し警告が表示され始めた。


ーオーバーフロー(予告)

ーオーバーフロー(警告)

ーオーバーフロー(勧告)

ーオーバーフロー(発生)

...

ーオーバーフロー(解除されまし...


突如として鳴り止んだ警告は消え、代わりに周囲の装置そしてオーバーフローさせるために私に繋がれた装置も白煙を上げて停止した。


「せ、説明!どういうことよ」

慌てる女に機械を操作していた男は顔面蒼白でこう言った。

「現在、閉鎖都市内のセキュリティが無効化されています。外部からはビュッフェのように情報アクセスし放題 ははは 終わりだぁ」


ははは


乾いた笑い声。そして、これは閉鎖都市開放をする政府にとって最高のタイミングだ。政府諜報局も黙ってはいないだろう。つまり、女は自らの顛末を考えなくてはならないのだ。


「理由は?なぜだ」

「そこの女、情報のキャパ超えた瞬間に都市内の閉鎖ネットの至る所にあるサーバにデータを割り振ったんです。あなたが指示したあと、セキュリティを管理する部門のサーバも落とされたんです」


部屋には駆け足で入ってきた兵士が女の手を強引に掴んで部屋の外へと引きずるようにしている。


「あんた何よ!」

「いま、幕僚監部より貴方を拘束し近隣の閉鎖都市へ事情聴取するようにという指示が出ました。役職は凍結です」

口をぽかんと開けたまま外へと出ていく女を遠目に見ているとあとを追うように男もついていくのだった。


ただひとり、私はというと繋がれた端子を引き抜いて 一先ずは両親がいるはずの控室へと向かおうとして、部屋を出たのだった。



控室の前に来ると両親は既に拘束されていた。恨むような眼差しで見つめてくる中で、閉鎖都市ナンバー2の男が私を見ては、胸ぐらを掴んだ。

「失敗したなあの女。だから、私は失敗したモルモットは鎖に繋いでおけと言っておいたのだがな!」

力強く振りかざされた拳は私の脳を揺らした。視界が歪んだと同時に倒れ込む私に彼らは無関心で連れられていった。


地面のひんやりとした感覚もまた慣れそうだと私は思っていた。



「やぁ待たせたな。もう夜だぜ起きろよ」


聞き覚えのある声は、都市外にいるはずの兄だった。

「機会を待っていたんだ。まさか、ここまで壮大にやるとは流石だな妹よ」


兄と合うのは数年ぶりだ。優しい匂いに私はとても安心していた。理由なんて聞かずにいるくらいに。


兄に抱えられて、車に乗るとそこには見覚えのある青年がいた。

「副部長?東雲君がなぜいるの?」

兄は笑って答えた。

「彼は凪咲よりも早くに僕らに協力してくれたんだ。彼はもうこっちの人間だ」

「こっち?」


理解できないでいると兄は ゴメンと言って

胸ポケットから手帳を取り出した。


ー政府諜報局3課


そう書かれた手帳には兄の顔写真と名前が書かれていた。

「詳しいことは後で話す。ただ、今言えることは この都市はしばらくして無くなるから、しっかりと見ておいて欲しいぐらいだな」


走り出した車は、時折爆破や破壊された建物や電柱を避けながら進む。


「いま、この国は2つに隔てられている。政府が中心となった平和ボケした集団。そして、旧軍として核・生物を脅威に備えた武器として実験し続ける冷たい集団。 戦争なんてとっくに終わっているのに、閉鎖都市という壁で隔てられた人たちは対極の世界にいる」




「だから、私たちはいる」




「そして、ようこそ諜報局へ 逃げられない運命に抗うのが 能力を持たされたものたちの宿命なんだ」

冷たい声。暖かい声色。ぬるい風。


全てはここから始まる。

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