第34話 35歳の帰還

 翌日、天気は引き続き快晴。みんなで水族館に行くことにした。鮫の飼育で有名な大洗マリンワールド。

 その入口前、駐車場の片隅にイルカの石像がある。2頭で鐘を挟んで向かい合っている姿。その造形ゆえにカップルや夫婦での写真撮影スポットになっているらしい。

 1組のカップルが去ったそこを、若葉先輩が指差した。


「ほら、2人とも並んで! あたし撮るからさ!」

「いや……俺たちはこういうの……」


 と、隣に目をやると同調して頷いた。


「いやいやいや、何言ってんのさ! 思い出になるし、手伝わせてよ」


 ニコニコと告げる先輩。この言い草は卑怯だわ――と隣の伴侶とお互い目で言いながらも、やっぱりシャレた甘~い写真が1枚や2枚あってもいい、と着地した。俺のスマホを渡す。


「はーい、撮るよー! ……もっと近付いてよ! 手とか繋ぎなさいな、ほらほらほら」


 笑いながらも少し怒りを足した身振り手振りで、もっとくっつくように言われる。互いに変な苦笑を浮かべながら、俺たちは腕を絡ませた。ぎこちなく。

 俺のスマホでパシャリ、そして先輩のスマホでもパシャリ。


「ありがとうございます」

「ううん、ぜーんぜん」


 ふと一陣の冷たい風が吹き、先輩のポニーテールが揺れた。耳にかかった髪をかきあげる。


「……なんか、先輩として感慨深いや」


 遠く、水平線の果てを見ながら、先輩はうんうんと何度も頷いた。


 館内では、自由に過ごすことにした。恋人ではない、伴侶としてのふたり。これからの人生絶えずずっと一緒に歩むのだから、ここで無理にベタベタしなくていい。


「やっぱアンモナイトと違って愛嬌があるな」


 俺が特別展示されていたオウムガイを見て呟くと、


「雨見さん、知ってますか? アンモナイトとオウムガイは、姿こそ似てますけど同じ種ではないんですよ」

「うん、大元の祖先は一緒だけど、早い段階で枝分かれしてるんですよね」

「そうです! アンモナイトはイカやタコの方に近いんです」


 得意げに語る犬井さん。オタク心を刺激されたらしい。楽しんでるようで何よりだ――


「え、ていうか、古代生物とかそんな好きだったんですか?」

「好きって言っても、アノマロカリスとか有名どころだけですけど。中生代ならマイアサウラとか、新生代ならスミロドンとか」


 ティラノサウルスやトリケラトプスではなく、子育て恐竜のマイアサウラと来るか! しかもサーベルタイガーではなくわざわざスミロドンの名称を出すとは……。


「めちゃめちゃ詳しいじゃないですか!」


 俺も思わず血が騒ぐ。


「じゃあ魚類から進化して初めて陸上に適応した初めての生物知ってます? 俺の子供の頃はイクチオステガだったんですけど、それより古い化石が見つかって……」

「エで始まるあれですよね! 当てっこしましょう。せーの」

「「エルギネルぺトン!」」


 ぴったりと一致した。まさか、犬井さんにこんな趣味があったとは!

 その後もイルカショーを見て4人とも年甲斐もなくはしゃぎ、水族館を後にした。

 帰りが混まない内に東京に戻ろうということになった。大洗から水戸へ。そして水戸から上野へ、行き同じく特急電車に乗り込む。

 ただ、行きと違うのは、隣の相手。伴侶同士で並んで座った。


「――うちで本当にいいの? 間違えてない?」

「一度くらい間違えても大丈夫って言ったのは、そっちだろ」

「……ずるいわ」


 俺の隣、窓に目をやりながら星浦が唇を尖らせた。

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