第30話 思い出話
伊崎花火大会は、毎年約一万発の花火が打ち上がる夏の風物詩だ。
いつもは殺風景な河川敷も、この日だけは浴衣姿の人でごった返していた。
花火を正面から眺められるベストスポットは、あらかじめ場所取りをしている人達に占拠されている。
俺達は河川敷で鑑賞することを諦めて、少し離れた公園に向かった。数日前に朝陽と一緒に来た、パンダの遊具がある公園だ。
この場所は穴場だったのか、数組の見物人しかいなかった。俺はパンダの遊具に寄り掛かりながら、これから花火が上がるのを待った。
ふと、日和と透矢に気付かれないように、周囲の様子を伺う。もしかしたら、今この瞬間にも朝陽がすぐ隣にいるかもしれない。
朝陽が花火大会に同行している確証はない。だけど、面白そうなことには飛びついてくる朝陽のことだから、付いてきている可能性は高いように思えた。
透矢が懐かしそうに目を細めながら、公園を見渡す。
「この公園、懐かしいな! よくここで遊んだな」
透矢の言葉を皮切りに、日和も過去を懐かしむように会話を始めた。
「そうだね。透矢は色んな学年の子達を巻き込んで、ここで鬼ごっこしていたよね」
「そうそう! それでよく、お前達も巻き込んだよな!」
「あれ、結構迷惑だったんだよ! 公園の前を通りかかっただけなのに、透矢に捕まって強制的に鬼ごっこに参加させられるし」
「日和は足が遅いから、鬼になったらなかなか捕まえられないんだよな」
「そうだよ! いつまで経っても鬼から抜け出せなくて、泣きそうになったもん。でも、そういう時って、大抵圭ちゃんが助けてくれるんだよね」
思い出話に花を咲かせていた日和が、不意に話題を振ってきた。
「そうだっけ?」
俺は過去の記憶を掘り起こす。俺が思い出すよりも先に、日和が当時の出来事を楽し気に語った。
「圭ちゃんはさ、なかなか捕まえられない私を見かねて、わざとゆっくり走って、捕まってくれたよね」
その言葉で、当時の心境を思い出した。
足の遅い日和が、泣き出しそうな表情で公園中を走り回る光景が、見ていられなくなったんだ。だから俺はわざと捕まって、すぐに誰かを捕まえ後に、日和と一緒に戦線離脱した。
そんな昔のこと、よく覚えていたものだと感心してしまう。
「圭ちゃんは、人に無関心なように見えて、結構優しいんだよね。幼稚園の時だって、みんなと一緒に遊ぶのが苦手だった私に合わせて、園庭の隅で一緒に遊んでくれたし」
日和は俺の瞳を見ながら、ふわりと笑った。日和が俺に笑いかけた瞬間、透矢の表情が少しだけ曇った。だけどすぐにいつもの能天気な笑顔を浮かべながら、俺の脇腹を突いた。
「おいそこ! 勝手にイチャイチャすんな!」
透矢が冗談めいた口調で抗議する。透矢の気持ちを知っているからこそ、少しばかりの申し訳なさを感じた。
「イチャイチャなんてしてないよ! 圭ちゃんにありがとうって、言いたかっただけ!」
日和はむくれながら、透矢の言葉を否定した。すると透矢は、両手で顔を覆い、わざとらしく泣きまねをした。
「俺を除け者にして思い出話に浸るなんてひどい! これは甘い物でも食べないと心が持たないなぁ」
「もう、大袈裟だなぁ。少し離れたところに屋台が出ていたから、何か買って来れば?」
日和は呆れた口調で透矢に提案する。
その直後、一瞬だけ透矢が俺に目配せした気がした。その視線で、透矢の意図していることが伝わった。
「日和、一緒に屋台まで行こう」
透矢は少しだけ表情をこわばらせながら、日和を誘った。透矢の思惑を知らない日和は、不思議そうに首を傾げる。
「え? 私も行くの?」
「うん。付いてきて」
「それなら圭ちゃんも連れて、三人で行こうよ」
日和は当然のように俺も誘ってきた。
俺には透矢を焚きつけてしまった責任がある。だから、ここで透矢の邪魔をするのはフェアじゃないように思えた。
透矢の告白が成功すれば、朝陽の存在は完全に消えてしまうのかもしれない。朝陽を守ることを最優先とするならば、ここで透矢の邪魔をするのが正解なのだろう。
だけど、俺はまだ迷っていた。朝陽を守りたいと感じている以上に、日和を失いたくないという気持ちが脳内を支配していた。
何が最善なのかはわからない。もしかしたら、俺はまた間違えるかもしれない。すべての現象が不確実だからこそ、思いのままに行動するしかなかった。
「俺は、ここで待ってる」
そう伝えると、日和は再び首を傾げた。
「え? 待ってるの? なんで?」
「屋台のあるところまで歩くの、めんどい」
俺は適当な理由をつけて、同行を拒否した。すると、透矢が表情を明るくした。
「しょうがないなぁ。それじゃあ、お前の分もなんか買ってきてやるよ! 何がいい?」
「じゃあ、チョコバナナ」
「随分可愛いものを要求するんだな! 分かったよ」
透矢は大袈裟に笑った。それから、少し緊張した面持ちで日和に声をかけた。
「じゃあ、二人で行くか」
透矢はおずおずと右手を伸ばす。驚いたことに、透矢は日和の手を取った。
突然手を繋がれた日和は、きょとんとした表情で透矢の顔を見つめた。見つめられている張本人は、耳まで真っ赤に染めていた。
その光景を見た瞬間、胸の奥が押し潰される感覚になった。
まさか嫉妬しているのか?
透矢が日和に触れた瞬間、不快感を覚えた。
自分の感情に戸惑いながらも、二人が公園から出て行くのを見送った。
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