第14話 告白宣言

 夕食時に透矢の妹達がやってくると、我が家の食卓は一気に賑やかになった。


 透矢には二人の妹がいる。上の妹は透矢とは六歳差で、下の妹は八歳差だ。この時代では二人ともまだ小学生だった。


 透矢の妹はどちらもよく喋る子で、両親や朝陽とも楽しそうに会話をしていた。

 そんな中、話題は透矢の部活へ移る。


「そういえば透矢くん、明後日が野球の試合なんだって?」


 こずえ姉さんが興味津々な表情で尋ねる。すると透矢は、誇らしげに笑った。


「そうっすよ! 明後日は県予選の準々決勝です。相手は前北高校!」

「前北って、あんまり野球が強いイメージないけど、準々決勝まで残ってるんだね」

「今年から有名な監督が来たらしいっすよ。まあ、監督が凄かろうが、うちは負けませんけどね!」


 透矢は自信満々に宣言した。そんな透矢に同調するように、こずえ姉さんは大きく頷いた。


「伊崎高校も今年は凄いよね! 正直ここまで勝ち残るとは思わなかったよ!」

「今年はガチで甲子園目指してますよ! 先輩たちもやる気満々だし! それに俺もいますからね!」


 わざとらしく胸を張る透矢。こういうお調子者なところは、こいつらしい。

 透矢の勝気な反応にみんなが笑った。


「さすがエース! 期待してるよ!」

「お兄がいれば楽勝だよ!」

「頑張ってね! 透矢くん」


 透矢はみんなから英雄のように称えられていた。


 透矢はお調子者で図々しいところもあるが、野球には本気に打ち込んできた。小学校から少年野球チームに入っていて、中学時代も野球部でエースとして活躍していた。


 透矢の家の前を通りかかった時、庭で投球練習している姿を何度も見かけたことがある。


 ひたむきに努力して、周囲からも認められているのは素直に尊敬できる。俺もみんなに倣って、素直にエールを送った。


「透矢、頑張れよ」

「おう! 圭一郎も応援に来いよ」

「ああ、暇だったらな」


 そう答えた直後、朝陽が目を輝かせながら手を上げた。


「それじゃあ、私も応援に行く!」


 その反応を見て、透矢は嬉しそうに笑った。


「おお! 朝陽ちゃんも来てくれるのか! それじゃあ、本気出さないといけないな」


 透矢はデレデレと笑う。その反応に、食卓はドッと笑いに包まれた。

 笑いが収まった頃、父さんが何気なく呟いた。


「でもまあ、透矢くんはまだ二年生だから来年もあるからね。あまり力まずに頑張るといいよ」


 その言葉に、透矢は一瞬だけ笑いを引っ込めた。

 しかし、それはほんの一瞬で、すぐにいつものように能天気に笑った。


「そっすね! 空回りしない程度に頑張ります!」


 そうして和やかな空気のまま、夕食を終えた。



 夕食を終えた後、俺と透矢は縁側でスイカをかじっていた。


「夏といえばスイカだな! 圭一郎はスイカに塩をかける派?」

「かけない派」

「だよな! 俺も!」


 透矢はわっはっはと大袈裟に笑った。一体、何がそんなにおかしいのか?


「お前はさ、いつも楽しそうだよな」

「そりゃあ、しけた面してるよりは、笑ってるほうがいいだろう。しんどいときでも笑っていれば気力を保っていられるしな」

「そんなもんか?」

「そうだよ! だから、圭一郎も笑え!」


 透矢はスイカの汁が付いた指先で、俺の頬をつまんだ。


「やめろって! スイカの汁がついたぞ!」


 俺が眉を顰めると、透矢はもう一度、わっはっはと楽しそうに笑った。


 スイカを食べ終わると、透矢は縁側でごろんと寝転んだ。そして夜空を見上げながら、真剣な表情を浮かべた。


「なあ、圭一郎。聞いてもいいか?」

「なんだよ?」


 妙に改まった言い方をするもんだから、こっちも身構えてしまった。透矢は俺の表情を伺いながら話した。


「お前さ、日和のこと、どう思ってんの?」


 唐突な質問に俺は固まってしまった。


 咄嗟に過去の記憶を引っ張り出す。そういえば過去にも、透矢に同じ質問をされたような気がする。


 あの時の俺は、どんな返事をしたんだっけ?

 恐らくはこんな返事だった気がする。


「どうって、ただの幼馴染だよ」


 俺にとって、日和はただの幼馴染だ。過ごしてきた時間が長すぎて、異性としては見ていなかった。少なくともこの時点では。


「本当に?」


 透矢は真意を探るように、チラリと視線を向ける。突き刺さるような視線に居心地が悪くなり、俺は視線を逸らした。


「本当だよ」


 はっきりと告げたが、透矢はまだ疑っているような眼差しだった。


 二人の間に生暖かい風が吹く。微妙な空気のまま、沈黙が走った。俺は気まずさを紛らわすようにスイカを齧った。


 それから透矢は、夜空を見上げながら言った。


「俺さ、今年の県大会で優勝したら、日和に告白する」

「は?」


 思いがけない言葉を投げかけられてフリーズする。


 透矢が日和に告白? そんなシチュエーションは、過去には存在しなかったはずだ。そもそも透矢は、日和のことが好きだったのか?


 思考が追い付かず、俺はただ透矢の横顔を見つめることしかできなかった。

 透矢は固まる俺を見て、おかしそうに吹き出した。


「なんだよ、その顔!」


 それからひょいっと身体を起こし、立ち上がった。そのまま俺の肩を軽く小突く。


「冗談だよ! 真に受けんな!」


 透矢はいつものように、能天気に笑った。

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