第13話 奇妙な組み合わせ

 日和を家まで送った後、俺も実家に戻った。


 家には誰もいないようで、しんと静まり返っていた。父さんと母さんは仕事で、こずえ姉さんもどこかに出かけているようだ。ついでに、朝陽も帰っていなかった。


 俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。そのまま自分の部屋に向かった。窓から日差しが差し込んだ室内は、溶けてしまいそうなほどに暑かった。


 俺は急いでエアコンのスイッチを入れて、制服のシャツを脱ぎ捨てた。そのまま畳の上で寝転がると、倒れた鞄からA4ノートが飛び出しているのに気付いた。


「そういえば、日和が続きを読みたがっていたな」


 俺は寝転がりながらA4ノートに手を伸ばす。そして、過去の自分が書いていた小説を読み返した。


 ストーリーは、ありふれた恋愛小説だ。


 主人公は高校二年生の女の子。内気な性格で、いつも他人の顔色ばかり伺って生きていた。


 そんな彼女のもとに、人の心が読める不思議な男が現れて、本音で話せない彼女にちょっかいを出すようになった。


 はじめは男のことを苦手に感じていた主人公だったが、自分のことを理解してくれる男に次第に惹かれていく。そんな話だった。


 ラストは、人の心を読める力を失った男とめでたく結ばれるというハッピーエンドだ。現時点では、主人公が恋心に気付いたところまでしか書いていないけど。


 俺はノートの余白をぼんやり見つめる。この後の展開は、何となく覚えている。俺は身体を起こし、勉強机に向かった。


 どうせ暇だし、続きでも書いてやるか。

 日和が小説を読む横顔を想像しながら、俺は物語の続きを書き綴った。



 窓の外が夕焼け空に染まった頃、玄関から話し声が聞こえた。その声で集中力が途切れ、シャーペンを机に置いた。


 誰かが帰ってきたのだろうか? 部屋のふすまから玄関を覗くと、思わぬ人物がそこにいた。


「よっ! 圭一郎!」


 真っ黒に日焼けした透矢が、片手をあげて笑っていた。


「透矢、なんでここに?」

「そこで可愛い女の子に誘われてな」


 透矢はニヤニヤと意味ありげに笑いながら、チラリと背後に視線を向けた。透矢の背後からは、ヘラヘラと呑気に笑う朝陽が出てきた。


 透矢と朝陽という奇妙な組み合わせに、俺の頭は混乱した。


「お前ら、なんで一緒にいるんだよ!」

「部活終わりに偶然会ってな。昨日、日和と一緒に野球部の手伝いに来てくれたから、お礼を言おうと思って声かけたんだ。そしたら、お前んちで居候しているって聞いたからびっくりしたよ。こんな可愛い子と同居しているなんて、聞いてないぞ!」


 透矢は俺の脇腹を小突きながら茶化してきた。明らかに面白がっているのが見て取れる。

 俺は溜息をつきながら、朝陽に詰め寄った。


「おい、なんで透矢を連れて来たんだよ?」

「だって、高校生の透矢さんがどんな感じなのか気になったんだもん」


 朝陽は能天気な笑顔を浮かべながら答えた。昨日までの険悪なムードなんて、すっかり忘れているようだった。こいつの切り替えの早さには、呆れてしまう。


 それにしても、朝陽の口から透矢の名前が出てきたことは意外だった。


「お前、透矢のことを知ってるのか?」

「そりゃあ、知ってるよ!」


 朝陽は当然と言わんばかりに胸を張って答えた。透矢の手前、未来のことは詳しくは喋れないようだけど。


「お! 朝陽ちゃん、俺のことを知ってたんだ! 可愛い女の子に覚えてもらえて嬉しいな」

「またまたぁ! 調子がいいんですから!」


 透矢と朝陽は、すっかり打ち解けていた。こいつらの社交性の高さには感心させられる。


「透矢さん、とりあえず中に入ってください! 冷たい麦茶もありますよ」

「お! 悪いねぇ」


 朝陽はまるで自分の家のように透矢を招き入れた。透矢も遠慮することなく家に上がり込み、慣れた足取りで俺の部屋へ向かった。


 俺は溜息を吐きながら、二人の後を追いかけた。



 透矢は俺のTシャツとジャージに着替えると、畳に寝転んだ。そこに朝陽がやってきて、麦茶を差し出した。


「どうぞ、冷たい麦茶です」

「ありがとう! 喉乾いていたから助かる!」


 麦茶を一気に飲み干した後、透矢は本棚から漫画の新刊を目敏く見つけた。


「あ! この漫画、もう新刊出てたんだ! ちょっと読ませて!」


 透矢は俺の返事を待たずに、漫画を読み始めた。本能のままに生きている透矢を見て、俺は深々と溜息をついた。


 透矢と朝陽が漫画に夢中になり、部屋が静かになった頃、母さんが仕事から帰ってきた。


「あら、透矢くん、いらっしゃい」

「あ! おばさんお邪魔してます!」


 透矢は人懐っこい笑みで、母さんに笑いかけた。


「相変わらず元気そうだね。そうだ、透矢くん夕飯食べてく?」


 透矢は数秒考えた後、再び笑顔を作った。


「誘っていただいて嬉しいんですけど、妹達の飯の仕度をしないといけないんですよね」

「それなら、みんな連れておいでよ!」


 すると透矢は瞳を輝かせる。


「マジすか? 迷惑じゃないですか?」

「大丈夫よ。大勢で食べた方が楽しいし」


 母さんのお人よしは、こういうところでも発揮する。来るもの拒まずという言葉は、母さんのためにある言葉のように感じた。


 夕飯の誘いを受けた透矢は、嬉しそうな表情でスマホを取り出して、妹達を招集した。

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