第6話 家出少女

 座敷机には氷の入った麦茶が置かれている。カランとコップの中で、氷が崩れる音だけが響いていた。


 いつもなら賑やかな母さんとこずえ姉さんも、正体不明の家出少女を前にして、どう話を切り出せばいいか戸惑っている様子だった。


 こういう場で話を切り出すのは、本来俺の役目ではない。

 しかしこの状況を招いた俺にしか、説明することはできなかった。俺は意を決して、話を切り出した。


「さっきも話したけど、こいつは家族とうまくいっていなくて、家出したらしい。一応知り合いだし、放って置けないからうちに連れてきた」

「要するに、家出少女ってこと?」


 こずえ姉さんが眉をひそめながら尋ねる。俺が頷くと、今度は母さんが慌て出した。


「家出なんて大変じゃない! いくらご家族と不仲でも、いなくなったとなればさぞかし心配しているでしょうに……」


 慌てふためく母さんに、朝陽はヘラヘラと笑いながら言った。


「大丈夫ですよー。家出することは手紙で伝えてありますから」


 朝陽の言葉に、母さんとこずえ姉さんは顔を見合わせる。俺はこれ以上何かを言われる前に、先手を打った。


「こいつ、行く宛もなくて困っているらしいから、うちに泊めてあげたいんだ。十日でいいから何とかならない?」


 家に誰かを泊めたいなんて言い出したのは生まれて初めてだ。


 本来俺は、率先して人助けをするような性質ではない。だから俺の発言も、母さんとこずえ姉さんからすれば信じがたいことだろう。


 案の定、二人はあんぐり口を開けていた。


「お願いします!」


 ダメ押しをするように、朝陽が深々と頭を下げて懇願する。その様子を見て、母さんとこずえ姉さんは再び顔を見合わせた。


 この反応は当然といえる。突然見知らぬ少女を連れてきて、泊めてほしいなんて容易に受け入れられることではない。


 しかし、俺はこの二人の性格を嫌というほど知っている。二人とも他人への労力を惜しまない人間だ。


 そんな二人が困っている未成年を前にして、放っておけるはずはない。なんだかんだ言いながらも、朝陽を受け入れてくれることは読めていた。


 母さんとこずえ姉さんは、意思疎通するように顔を見合わせる。それからゆっくりと頷いた。


「夏休みの間だけならいいわよ。ただし、親御さんにはきちんと連絡をすること」


 やっぱり承諾してくれた。その言葉に、朝陽はパァっと表情を輝かせた。


「ありがとうございます!」


 元気よく感謝の言葉を伝える朝陽。その反応を見て、母さんとこずえ姉さんは表情を緩めた。


 こうして朝陽がうちに寝泊まりすることは無事承諾された。当面の問題が片付いて、俺はほっと胸を撫でおろした。


 その直後、こずえ姉さんが俺に鋭い視線を向けた。


「ただし、我が家では不順異性交遊は禁止だからね!」


 見当違いも甚だしい忠告に、俺はがっくりする。

 何が不順異性交遊だ。この異常事態に、そんな大それた行為に及ぶつもりはない。


 そもそもこいつは、血の繋がった実の娘だ。女子高生が娘といわれても実感が湧かないが、少なくとも恋愛対象としては考えられない。


「こずえ姉さんが心配しているような事態には、絶対にならないから」


 こずえ姉さんの忠告を、適当に受け流した。


 その日の晩は、久々に母さんの手料理を食べた。平凡なメニューだったが、身体中に栄養が行き渡る感覚になった。


 日和が亡くなってからは、まともな食事を摂っていなかった。

 カップ麺やコンビニ弁当がいいとこだ。疲れた日なんかは、何も食べずに布団に入ることもあった。


 そんな生活を送っていたせいか、人が作った料理はとても美味しく感じた。


 隣に座る朝陽も、美味しそうにご飯を頬張っていた。遠慮という言葉を知らないのか、白米をおかわりしていた。


 食事を終えてからは、風呂に入り、慣れ親しんだ自分の部屋で布団に入った。

 ちなみに朝陽は、客間に布団を敷いている。今頃すやすや眠っているだろう。


 タイムスリップした初日は、何事もなく過ぎていった。


◇◇◇


ここまでをお読みいただきありがとうございます!

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作品ページ

https://kakuyomu.jp/works/16817330658159054809


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