第5話 実家
重い足取りで辿り着いたのは、築うん十年の平屋。実家の外装は、今も昔もほとんど変わらず年季が入っていた。
いつだったか日和が「時代劇に出てくる武家屋敷みたいだね」なんて賞賛していたけど、俺からしてみれば無駄に広いだけの古い臭いの家だ。
中学の頃に祖父母が亡くなってからは、家の中が余計に広く感じた。
江戸時代から続く歴史ある家だと、父さんが誇らしげに説明していたが、住み心地は最悪だ。隙間が多いせいか、夏場はすぐに虫が入って来るし、冬場は隙間風で寒い。
唯一気に入っているところといえば、縁側で日の光を浴びながら昼寝ができることくらいだ。
「おばあちゃんちは全然変わらないね! 庭もしっかり手入れされてる!」
朝陽は何のためらいもなく、門をくぐり庭先に植えられた松の木を見上げた。
あまりに我が物顔で実家に入るものだから、呆気に取られてしまった。
すると朝陽は何かを思い出したかのように、慌てて門の外まで戻った。
「この時代では、パパの実家に来るのは初めてだもんね。つい普段の感覚で入っちゃったよ」
その言葉で俺は妙に納得した。未来から来た朝陽は、俺の実家に何度も訪れているはずだ。それどころか、ここに住んでいる可能性もある。
この時代に来る直前、俺は朝陽を実家に預けに行った。その事実が変わらないのであれば、こいつは高校生になっても、実家に預けられているのかもしれない。そう考えると、複雑な気持ちになった。
「じゃあ、説明よろしくね!」
朝陽はわざとらしくウインクしてから、俺の背中を押した。
家族にこいつを泊まらせる交渉をしなければならないと考えると、気が重くなった。俺は憂鬱な気分のまま、玄関の引き戸を開いた。
「ただいま……」
遠慮がちに声をかける。声が小さかったせいか、誰の反応もなかった。
実家の造りは、俺がいた時代と大差ない。しかし細かな部分で違いがあった。
例えば、靴箱の上に置かれた蛙の置物。母さんが『無事に帰る』という縁起を担いで飾っていたけど、大学時代に俺がぶつかった拍子に割ってしまった。母さんがバラバラになった蛙を残念そうに見つめながら、箒で掃いていたのを覚えている。
そのほかにも、玄関に並んでいるスリッパのデザインや傘立ての位置も違っていた。勝手知ったる実家のはずなのに、よその家に忍び込んでいるような感覚になった。
居間まで続く廊下を、音を立てないように歩く。開いたふすまから居間を覗き込むと、誰かがテレビを見ながら寝転んでいるのを見つけた。こずえ姉さんだ。
彫りの深い整った顔立ちのこずえ姉さんは、外では美人と持て囃されているらしい。だけど畳の上にだらしなく寝転んでいる姿を見たら、憧れも木っ端みじんに消え去るだろう。
こずえ姉さんを見つめていると、異変に気付いた。目の前で寝転ぶこずえ姉さんは、明らかに若い。疲れ切ったアラサーのこずえ姉さんは、どこにもいなかった。
「もしかして、こずえちゃん?」
隣にいた朝陽がこっそり耳打ちする。俺が頷くと、朝陽が驚いたように息を飲んだ。
そうか。朝陽のいる時間軸では、こずえ姉さんはアラサーどころかアラフィフになる。シワひとつない姉の姿を見たら、驚くのも無理はないだろう。
勝手に納得していると、こずえ姉さんが俺達に視線を向けた。その瞬間、目をカッと見開いて飛び起きた。
「ちょっと、お母さん! 圭一郎が女の子を連れてきたんだけど!」
こずえ姉さんが叫ぶと、「ええ?」という素っ頓狂な返事が聞こえた。それからすぐにバタバタと足音を立てて、母さんが居間まで走ってきた。
母さんは俺と朝陽を交互に見ると、目を丸くした。
「あら、本当。こんな可愛らしいお嬢さん、どこで知り合ったのかしら?」
「もしかして、圭一郎の彼女?」
こずえ姉さんがニヤニヤと笑いながら揶揄う。その言葉に真っ先に反応したのは朝陽だった。
「それはあり得ないです!」
朝陽はブンブンと顔を左右に振りながら、全力で否定した。その反応を見て、母さんとこずえ姉さんはわざとらしく肩をすくめた。いかにも「そうだろうな」と言いたげな反応だ。
こういうのが一番面倒くさい。俺は余計な詮索をされる前に、二人に説明した。
「こいつはネット経由で知り合った友達だ。家族仲がうまくいってなくて、家出したんだと」
家出という言葉に反応して、母さんとこずえ姉さんが顔をしかめた。不穏な空気が流れる中、朝陽は能天気な口調で挨拶をした。
「初めまして! 私、朝陽っていいます! 圭一郎くんのお友達です!」
人懐っこい笑顔を向けられると、母さんとこずえ姉さんは戸惑いながらも朝陽に会釈した。
「まあ、とりあえず座ってください」
母さんは朝陽を居間に通して、座布団に座るように勧めた。
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