第4話 事情徴収
人目に付かない境内の裏手まで、朝陽の手首を掴み強引に連れて行く。
ここで逃げられたら一貫の終わりだ。俺は手首を強く掴み、逃亡を阻止した。
「どういうことなんだ? 今すぐ俺にもわかるように説明しろ!」
動揺から脅迫じみた言い方になってしまった。俺の迫力に押された朝陽は、顔を引きつらせな口を開いた。
「説明って、何のこと?」
「さっきお前、日和に今が何年何月かって、聞いていたよな?」
「そ、それがどうしたの?」
「日和が2014年の7月だって答えたら、成功だって喜んでいただろう!」
「あはは、頭を打ったせいかな? 変なこと言ってたね! ごめん、忘れて!」
作り笑いを浮かべながら、俺の追求から逃れようとする朝陽。しらを切る朝陽に苛立ちを感じながら、俺は確信に触れた。
「お前、未来から来たんだろ?」
朝陽はポカンと口を開けて、目玉が飛び出そうなほどに目を見開いた。
未来から来た。普通だったら、何を寝ぼけたことを言っているんだと一蹴するような話だ。
だけど俺は、そんな馬鹿げた話を信じざる得ない状況に追い込まれていた。
先ほどまで俺の傍にいたのは、高校時代の日和だった。そして目の前にいるのは、古谷朝陽と名乗る少女。
こいつが本物の朝陽だというのなら、赤ん坊だった朝陽が成長して、この時代にやって来たことになる。
つまり俺と朝陽は何らかの理由で、2014年の7月にタイムスリップしたことになる。こんな馬鹿げた話、誰が信じてくれるだろうか。日和にだって言えるわけがない。
ちなみに日和には先に帰ってもらった。「こいつに話があるから先に帰ってくれ」と伝えたら、怪訝そうな顔をしながらも、何も聞かずに帰っていった。
妙に物わかりがいいのは、相変わらずといったところだ。
俺の言葉を聞いた朝陽は、わなわなと震えながら俺に縋りついた。
「なんで? なんでバレたの? え、意味わかんない!」
こいつの慌てようから、疑惑が確信に変わった。慌てふためく朝陽に、俺は自分の境遇を明かした。
「俺は2022年の9月にいた、25歳の古谷圭一郎だ。伊崎神社にいたら、蛍みたいな光を見て、気付いたらここに倒れていたんだ」
「2022年の9月って、私がいた時代の17年前じゃん。なんでそんな時代から……」
「それはこっちが聞きてえよ!」
「そうだよね……」
朝陽は頭を抱えながら、拝殿に続く階段にしゃがみ込んだ。
俺がこの時代にいる状況は、こいつにとっても想定外だったらしい。混乱する朝陽に、更なる追及を重ねてみる。
「さっきの話からすると、お前は俺のいた時代よりも先から来たってことだよな? 未来にはもうタイムマシンがあるのか?」
「公には発表されてないし、まだ実験段階だけど、あるよ。私はモニターとして、過去にタイムスリップしてきたから」
「モニター?」
「うん。割のいいバイトがあるからやってみないって誘われて」
「お前、そんな得体のしれないバイトに手を出したのか?」
「だって、家出中でお金が必要だったし……」
「は? 家出?」
「あー、いまのはナシ! 忘れて!」
朝陽は両手を左右に大きく振りながら話を逸らそうとした。まあ、こいつが家出中であろうが今の俺には関係のない話だ。それよりも、この状況を打破する方が先だ。
「お前が未来からタイムスリップしてきたのはわかった。だけど、どうして俺まで巻き込まれているんだよ?」
「それは……私にもわからない。そもそも私はただのバイトだから、専門的なことはわからないし……」
朝陽も今の現象には説明がつかないらしい。手掛かりを失った俺は、頭を掻きむしった。
「それじゃあ、どうやってもとの時代に戻ればいいんだよ……」
この時代に飛ばされた原因が分からなければ、もとの時代に帰る手立てもない。俺は一生、この時代で過ごさなければならないのか?
頭を抱えながら項垂れていると、朝陽から意外な言葉が返ってきた。
「たぶん、もとの時代には戻れると思うよ。あと10日経てば」
その言葉で俺は顔を上げる。
「10日? なんでそんなことが分かるんだよ?」
「だって、私がこの時代にいられる期間は10日だから。一緒にタイムスリップしてきたってことは、一緒に帰れるんじゃない?」
「この時代に留まっていられる日数が、厳密に決まっているってことなのか?」
「うん。この時代に来る前に、そう説明を受けたから。別の時間軸で肉体を保っていられるのは、10日が限界なんだって。リミットが来れば、肉体が粒子状に分解されて、もとの時代に帰れるらしいよ」
「肉体が粒子状って……」
さらっととんでもないことを口走る朝陽に、俺はドン引きする。普通、肉体が分解されるなんて聞いたら、こんな訳のわからない話には乗らないだろう。
それとも未来ではそこまで驚くことではないのか? こいつの感覚が俺には理解できなかった。
「ちょっと! 引いたような目で見ないでよ!」
俺の視線に気付いた朝陽は、頬を膨らましながら抗議した。
「悪い。理解が追い付かなくて」
「まあ、17年前だったらタイムスリップできるなんて信じられないか。それよりさ、さっき蛍みたいな光を見てから倒れたって言ったよね?」
「ああ、言ったけど」
正直に答えると、朝陽は考え込むように腕を組んだ。
「時空間移動の時、誰かに触れられた感覚があったんだよね。もしかして、その光に触れたりしなかった?」
俺は神社での出来事を思い返す。蛍のような光を見たとき、その正体が知りたくて手を伸ばした。あの時、ほんの一瞬だけ光の粒に触れたような気がした。
「一瞬だけ、触れたかも……」
「それが引き金だったんじゃないかな? 時空間移動しているときに介入しちゃったから、この時代に一緒に来ちゃったのかも。巻き込み事故、みたいな?」
「みたいな、じゃねえよ! そんなことって、あり得るのか?」
「だから私は専門家じゃないから、聞かれても分かんないよ! でも、それくらいしか原因が思い浮かばない。私が時空間移動している途中で介入したから、魂だけ掠め取っちゃったんだよ、きっと!」
「魂だけ……」
そう言われて、俺は自分の姿をまじまじと見た。すると自分が高校時代の制服を着ていることに気が付いた。
「おい、鏡を貸してくれ!」
「そんなの持ってないよ! 身一つでこの時代に来たんだから!」
俺は周囲を見渡す。境内の片隅に公衆トイレがあった。そういえば、あのトイレの洗面台には鏡が設置されていたはずだ。俺はダッシュで公衆トイレに駆け込んだ。
鏡で姿を確認して、驚愕した。そこに写っていたのは、昨日までの俺とはまるで違っていた。
目の下に深く刻まれたクマもなければ、無精ひげも生えていない。髪だって無造作に伸びておらず、きちんと切りそろえられていた。
鏡に移っていたのは、高校時代の俺だった。
あまりの衝撃的な光景に、その場にへたり込む。まさか、俺自身も高校生になっていたなんて予想外だった。
現実を知った俺は、おぼつかない足取りで朝陽のもとへ戻った。
「どうだった?」
放心する俺を小馬鹿にするように、朝陽は唇の端をピクピク引き上げていた。
「高校時代の俺だった……」
「やっぱりね。25歳にしては若すぎると思ったよ」
朝陽は他人事のように笑っていた。
「お前は肉体ごと移動しているのに、なんで俺は8年前の姿だんだよ?」
「肉体ごと時空間移動するのは、それなりの処理がいるらしいよ。私も結構大掛かりな装置に入ってここまで来たし」
「つまり、お前は未来の技術で肉体ごとタイムスリップできたけど、巻き込まれた俺は魂だけタイムスリップしたってことか?」
「多分そうだと思う。詳しくは分かんないけどね」
こいつの言葉は、憶測の域から出ない。高校生のバイトに詳しい説明を求めるのも酷な話か。
とはいえ10日経てばもとの時代に帰れるという話が聞けただけでも大きな収穫だ。帰れる可能性があるなら、まだ救いはある。
「10日経てば、もとの時代に戻れるんだよな?」
俺は念押しするように尋ねると、朝陽は軽い口調で答えた。
「うん、戻れると思うよ。だからそれまでは、この時代をエンジョイしようよ!」
俺にはエンジョイしようなんて前向きな気は起きなかった。とにかく何の問題も起こさずに、10日間やり過ごす。それだけだ。
気がかりなことはもう一つある。
「10日で戻れることは分かったけど、それまでの間はどうやって過ごすつもりなんだ?」
この時代に居座るには、住む場所を確保しなければならない。
いくら夏とはいえ、10日間も野宿するのはごめんだ。ホテルに泊まるにも、俺は財布を持っていない。
それに食料だってどうすればいい? 10日間も飲まず食わずでやり過ごすのは無理だろう。考えれば考えるほど、問題が浮かんできた。
一方朝陽は、不安なんて何も感じていないように、にやりと笑った。
「それなんだけどさ、パパのうちに泊めてよ!」
「は?」
図々しい頼みに、思わず素っ頓狂な声をあげる。
「だって、パパなら何の問題もなく、実家に帰れるでしょ?」
確かにそうだ。俺自身は高校時代の姿だから、素知らぬ顔して実家に帰れる。住む場所の問題はクリアできた。
だけど朝陽を泊めるのは、流石に無理がある。この時代の俺の家族は、誰一人朝陽の存在を知らないのだから。
「お前を泊めるのは無理だ! 親に何て言えばいいんだよ?」
「友達とでも紹介すればいいんじゃない? もともと私は、この時代のパパに取り入って、実家に泊めさせてもらうつもりだったから。だからこっちとしては、説明する手間が省けてラッキー、みたいな」
「ラッキー、じゃねえよ! なに勝手なこと言ってんだ!」
「家出した友達を泊めさせてほしいって、お願いすればいいじゃん。おばあちゃん達って、来るもの拒まずって感じじゃん? いけるって!」
どこまでも軽いノリで提案してくる朝陽に呆れ果てた。俺の呆れ顔をものともしない朝陽は、強引に俺の腕を掴み引っ張った。
「とにかく、パパの実家に行ってみよー!」
そのまま引きずられるようにして、実家まで向かった。
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