自由研究

星雷はやと

自由研究



「うぅ……正樹も宗太も、遊ぶ約束をしていたのに居なかった……」


 青い空に綿あめのような入道雲が広がる夏休み、俺は畳の上に転がる。待ちに待った夏休みだが、俺の心には雨が降っている。小学生最後の夏休みだから、遊び尽くすぞと友達と入念な計画を練っていた。

しかし今日は市民プールに遊びに行く予定だったが、友達の二人は待ち合わせの場所に来なかったのだ。携帯電話に掛けても繋がらない。


「お前たちは仲間が居て良いよな……」


 庭で大合唱を繰り返している蝉へ文句を言い放つ。友達の二人は、俺を置いて何処かに遊びに行ってしまったのだろうか?それなら一言言ってくれたっていいじゃないか。不貞腐れて、寝返りを打った。


「あらら~お友達には会えなかったの? 可哀想な冬樹の為に、私が宿題を見てあげるわ!」

「嬉しくない……宿題嫌だ……」


 寝転ぶ俺に影が掛かり、見上げると従妹の舞が立っていた。彼女は夏休み期間中、俺の家で預かっている子だ。小学三年生だが、頭が良くて勉強も運動も出来る。だから俺は年上なのに、主導権を握られているのだ。両親も舞に勉強を見てもらえと、笑顔で言うものだから俺の苦悩は絶えない。


彼女の話を聞く気はないので、反対側へと寝返りを打つ。


「でも早く終わらせたら、毎日遊べるわよ? あと、叔母さんが宿題頑張ったらアイス食べて良いって言っていたよ?」

「くっ……やるぅ……」


 言葉の後ろには疑問符が付いている筈だが、そこには有無を言わせない圧がある。敵は俺より一枚も二枚も上手だったようだ。俺の扱いを完全に心得ている。俺は白旗を上げ、起き上がった。


 自慢げに笑う舞をほんの少しだけ可愛いと思ったのは、きっと俺が疲れていたからだ。






「うぇぇ……終わったぁぁ……」


 最後の一文字をノートに書きこむと、俺は畳へ仰向きに倒れ込んだ。舞の指導はスパルタだった。将来彼女が教師になったら、クラスは阿鼻叫喚のことだろう。疲労感は物凄いが、宿題は無事に終わったから結果オーライである。


「はい、お疲れ」

「ん、ありがと……」


 キッチンから舞が戻り、起き上がりご褒美のアイスを受け取る。このアイスの為に頑張ったとも言える。口の中に広がる甘さと冷たさに、目を細めた。


「……ねぇ」

「んぅ?」


 卓袱台の向こう側に座った舞が、小さな声で話しかけて来た。何時もの堂々とした態度は如何したのだろうか?お腹でも痛いのだろうか?俺はアイスを口に含んだまま、首を傾げた。


「その……自由研究に付き合って欲しいのだけど……」

「……えっ……わっ!?」


  恥ずかしがるように、上目遣いで俺を見ていた。彼女は熱でもあるのではないだろうか?こんな下手に出るところなんて見たことがなかった。俺の口からアイスが滑り落ち、慌てて捕まえる。


「何よ……その反応……。私の手伝いはしたくないの?」

「うっ……しないなんて言ってないだろう……。分かった、手伝うよ」


 舞が口を尖らせ、その黒い瞳が潤む。両親は舞に物凄く甘い。最近のブームなのか彼女は空き瓶を集めることにハマっている。それに対して文句を言うことなく家中の瓶を与えているのだ、万が一にも俺が泣かしたと知られると非常にマズイ事態になる。

俺は保身の為に、彼女に従うことにした。宿題は終わったが、友達二人とは連絡が取れず遊びにも行く気にならない。自由研究に付き合うぐらい、良い暇つぶしになるだろう。


「やったぁ! ありがとう!」


 俺の返事が気に入ったようだ。舞は飛び上がり喜ぶ。年齢相応の振る舞いに、少しだけ可愛いと思ったのは熱さの所為だろう。






「うっ……」


 体全体を大きく揺さぶられている感覚に、俺は目が覚めた。目を開けているが、辺りには暗闇が広がっている。夜だろうか何時の間に寝たのだろう、全く記憶にない。倒れていた体を起こそうと手を着くと、冷たく滑らかな感触に違和感を覚えた。我が家の畳も布団もこんな感覚ではなかった筈だ。ならば此処は何処だ?


「あ、冬樹。起きたの? おはよう!」

「……うっ!」


 舞の声が聞こえたかと思うと、眩しい光に照らされ反射的に目を瞑った。


「大丈夫?」

「嗚呼、だい……じょ……」


 数回瞬きをしながら顔を上げると、俺は透明な硝子に囲まれた丸い部屋に居た。そして丸い天井から、巨大な黒い瞳が俺を見下ろしていた。予測不能の出来事に、足が竦み立っていられずに尻餅を着く。


「あれ? 冬樹? 如何したの?」

「はぁ……はぁ……」


 視線から逃れる為、身を守るように体を丸める。全身が震え呼吸が上がり、落ち着く為に胸へ手を当てる。一体何が起きているのだ。舞の声が上からする、だが頭上には巨大な黒い瞳がある。つまり、巨大な舞が俺を見下ろしているということになる。非現実的だが、この息苦しさは本物だ。


 俺は緩慢な動きで体を起こした。


「冬樹?」

「舞……だよな? これは一体如何いうなんだ?」


 震える声で天井へと尋ねると、黒い瞳は俺を映すと瞬きを一回した。俺と舞の大きさは、明らかに異常だ。巨人と小人のサイズ感である。


「ん? 自由研究だよ! 手伝ってくれるって言ったよね?」

「……は……」


 明るく楽しそうな声で告げる舞に、俺は息をのんだ。確かに自由研究を手伝うと言っただが、この状況は理解出来ない。これ以上は聞いてはいけない、聞いてはいけないと本能が警鐘を鳴らす。


「ほら、冬樹の友達たちも居るから寂しくないよ!」

「……あ……正樹……宗太……」


 硝子の前に二つの瓶が揺らされた。その中には、今日遊ぶ筈だった友達の二人が入っていた。必死な表情で硝子の壁を叩きながら、口を動かしているが何も聞こえない。

二人が入っている瓶には見覚えがあった。舞が両親にせがんで手に入れていた瓶だ。二人の状況から、俺も瓶に入れられていることが分かる。瓶を集めていたのは、この為だったようだ。この行動は全部計画されていた。

絶望的な状況に膝から崩れ落ち、頬に涙が伝う。


「自由研究、楽しみだね!」


 好奇心という狂気に輝く黒い瞳が、俺を射抜く。こんな奴をほんの少しでも、可愛いなんて思った俺は馬鹿で愚か者だ。


 上機嫌な鼻歌と共に、瓶の蓋が閉じられた。




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自由研究 星雷はやと @hosirai-hayato

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