第21話 誤謬を伴う話

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 織田信長 - Wikipedia



 ――織田信長


 この人物が歴史上に成したことを知りたければ、ウィキペデアのURLを貼り付けておくので是非、参考にしてほしい。そちらの方が詳しいし、彼の事跡を語ることは、特にこのサピエンス科学サイエンスの上では必要ではないので割愛したい。


 さて、織田信長である。


 …おや?

 ここでおかしいと思ってくれる人物がいれば、それはこのエッセイを注意深く読んでくれている証拠である。そして、こう言うはずだろう。

 随筆家エッセイストは明治以前の日本に「Artアート」はなかったと言ってなかっただろうか?なのに何故それ以前の日本人を取り上げるのだろうか?


 …捉え間違えてはいけない。

 それは「芸(藝)術アート」の事であり、「Artアート」とは意味が異なる。


 いや、そうではない。あなたは小さなヨーロッパを源流とする社会以外には存在しなったと言わなかったか?


 …成程、確かにこの時代は大航海時代であり、日本(当時のジパング)は明らかにアジア全体をみても「外輪郭世界アウトサイダー」だった。その理論で言えばそうである。


 だが…、である。

 結論を言うようで申し訳ないが「Artアート」とは何も小さなヨーロッパ社会だけの独占ではない。ホモ・サピエンスが存在する社会ではいくつも成り立つ意識であり、それが他の文明域の人類と摩擦し、同化され、やがてその結果、ホモ・サピエンスとして進化し得たとする「知恵のある人」としての個体認識なのだ。


 だから「外輪郭世界アウトサイダー」における社会でも、その萌芽は当然起こりえるし、ひいてはそれらが対立して、糸の様に纏わりついて、いわば「進化」を伴わせたホモ・サピエンスの全体意識の塊こそが「ボビン」だと、エッセイでは表現していたにすぎない。

 

 では、良いだろうか。

 話は逸れたが、ここで――織田信長を取りあげる意味は何なのか。


 彼はどのような「Art(科学)の体現者アーティスト」なのだろうか。

 

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