第36話 結婚式

「お嬢様、1ヶ月間お疲れ様でした」

「そうね。貴方もありがとうね、アスピス。テーラーたちをちゃんと労ってあげてね」


 本当の本当に、疲れた。

 私が頬杖をつくバルコニーの下では、ヴァンドール伯爵家自慢のバラ園の中でセレナと先生の結婚披露宴が執り行われている。あの事件の時にセレナと先生は番となり、晴れて結婚とあいなった。しかし、それは実のところ前々から婚約していたのだ、という建前にしなくてはならず、初夏のうちの1ヶ月以内で開催することとなった。そして、その結婚式のドレスやアクセサリーやお菓子などについて、セレナは私の商会に注文をすることにしたのだ。その準備で私が疲弊したことは言うまでも無い。本当は一番疲弊するはずのテーラーや工房の親方たちは、セレナのためにと張り切って働いてくれた。そして出来栄えに大満足し、今日も元気いっぱい働いているらしい。

 元々の体力が私と違うのよねえ。私が疲れたのは、セレナのウェディング・ハイに付き合わされたのもあるけれど。

 色々なゴタゴタはあったものの、『運命の番』同士の結婚式ともあり、かなり祝福された結婚式と新郎新婦といった様子だ。しかし、それに対しヴァイパーなんかは冷淡な視線を送っている。


「さすがは王室からお金が出ただけあって、ドレスも素敵な仕上がりですね。双方の家への結納金や支度金の援助がなぜか王太子の私財から出たって話ですから。不思議な話だ」


 ヴァイパーが皮肉っぽい言い方で冷ややかに言う。ことの顛末を全て知っている者には滑稽な話なのだが、そんなをサーペンタイン家の使用人が話していたと噂でも立ったら困る。私はヴァイパーの方を向き、釘を刺す。


「口を慎みなさい。私は、そんな話はセレナから聞いてないわ」

「あの伯爵令嬢からは聞かないでしょうね」

「ヴァイパー、そんな皮肉を言ってもしょうがないでしょう」

「まあまあ。ヴァイパーさんはお嬢様が怪我をなされたことにまだお怒りなんですよ」


 アスピスがそう言ってヴァイパーを庇うが、怒っても仕方ない。この落とし所には、国王陛下に、お父様、ヴァンドール伯爵、先生の生家のホーククレスト伯爵も関わっている。所詮、私たちの預かり知らぬところで決められた。


「ともかく、先生は陛下の侍医で、遠くとも殿下のご親戚で同じ血筋。セレナは殿下の『大切なご友人』なの。いいわね?」


 結局、ある程度成長しても男性中心の貴族社会では私のような小娘の意見など入る隙がないのだ。この世界は女性のための物語世界であって、女性のための現実世界では決してない。何はともあれ、思ったよりは綺麗な話にまとまったのだ。巻き込まれた私たちには思うところはあるが、面従しておいて損はならない。

 それでも殿下のご乱心を見ていたものは少なくない。こっそりと噂が出回っているのは知っている。この結婚式に殿下も呼ばれて参加しているのが余計に好奇心を誘っているようだが、流石に王太子の失恋を大っぴらに話す者はいないようだ。


「お嬢もセレナ様も、ウェディングドレスは絶対に白なんだって言いはっていたけど。こう見ると、やっぱり綺麗だね」


 私の隣でバルコニーに肘をついて寄りかかっているルドルフが白いドレス姿のセレナを指差しながらそう言った。こういう殿下関連の話題では、前はルドルフが一番キャンキャンと騒いだものが、こういうところも少しは大人になったらしい。


「お嬢の腕にも傷が残らなかったし。お嬢がウェディングドレスを着る時は、ああいう風に腕を出しても問題ないね」


 少し感心したものの、見込み違いだったらしい。私は呆れて鼻を鳴らす。

 しかし、綺麗だということには同感だ。純白のドレスは薄暗い教会の中でも目を引いたし、真昼の庭園でも日光を反射して輝いている。


「無理言ってシルクサテンをかき集めさせて正解だったわ。白い婚礼着は無垢さとか純潔の象徴だもの。『あなた色に私は染まります』って意味があるのよ。あの姿を見てれば、セレナのことを悪く言う者もいないでしょう」


 まあ、相手はハクトウワシなんだから、染まっても白のままでしょうけど。

 この世界では教会での式は華やかなカラードレスが一般的だが、白いドレスは譲れなかった。前世が日本人の私やセレナとすれば結婚式と言えばカラードレスもいいが、やっぱり純白のロングドレーンやマーメイド、エンパイアだ。セレナの強い希望もあり、今日のためにプリンセスラインの白いドレスを特別に仕立てさせた。テーラーの喜びようと言ったら。

 私の言葉に、ルドルフがふっと笑った。次いで、私の言葉に、みなが口々に好き勝手なことを言いだす。


「おやめください。お嬢様がそんなことをおっしゃるなんて。せっかくの婚礼なのに雪でも降ったらどうするんです?」

「いいことを聞きました。今度商会で婚礼着を承った時に、そう勧めてみます。白は染料のことを考えれば経済的ですし、そう何度も着られないでしょうから毎度買うことになりますしね」

「お嬢は性悪だけど、ロマンチストだからねえ」


 自分でもあまり口にすることのないような夢見がちな乙女っぽい言葉を言ったという自覚はあった。顔がかあっと赤くなる。


「アスピスはともかく、貴方達ねえ……」


 あんまりなふたりに私が口を開きかけるが、私を呼ぶ甘い声に振り向いた。


「ディル!」


 諸々の挨拶回りを終えたらしいセレナが、バルコニーの下で手を振っている。下を覗き込んだ私に、セレナがその手に持ったブーケを投げた。私の手には届かなかったものの、ルドルフが受け止め、私に手渡してくる。


「次は、ディルの番だね!」


 セレナはそう言うと、ハクトウワシの元へ駆けていく。控えていた楽隊が音楽を奏で始める。食事の前にファーストダンスをするらしい。


「次、ね……」


 ギンバイカのブーケの香りを嗅ぎながら、私は苦笑いした。


「今の、次は君の番だね、とは?」

「それは、ブーケを受け取った人が次に結婚式を挙げる――」


 投げかけられた質問に、答えながら振り向く。私は途中で言葉を失った。ルドルフたちが私を囲むように、間に立つ。


「……殿下」


 赤銅色の瞳が、支配者然としてルドルフを見る。しかしいつもと違い、その口元は困ったように笑っているようだった。


「今、話せないか?」

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